【完結】あの愛をもう一度…

春野オカリナ

文字の大きさ
上 下
2 / 11

葬儀

しおりを挟む
 突然の訃報を聞かされて、意識を失った私が目を覚ました時には、既に両家の両親が来ていた。王都からそんなに離れていない田舎町でこれといった特産物もない山間にトルディ子爵家の領地があった。私の実家は西の辺境地の近くにあった。

 もうすぐクリスマスだという事で、いつも両家の両親が王都の私達の家に泊まることになっていた。

 「目が覚めたのね。大丈夫なの。ここに着いた時に知らせを聞いて心配したのよ」

 私に気遣う声をかけてくれたのは母ロレーヌだった。その隣に父が心配そうに立っている。

 「わ…私はいったい…」

 「なんでも知らせを聞いて、気を失ってしまったと執事から聞いたわ。なかなか目を覚まさないから…」

 この屋敷の使用人は3人しかいない。調理人とメイドそれに執事だけだった。子爵家の財政を考えたらまだ、多い方かもしれない。

 ロイドだけの収入でやっていけるほど、王都での生活は甘くなかった。爵位が低い子爵家や男爵家は大きな家門に寄り添わなくては生き残れない。

 最近はロイドの給金も上がって、長年働いてくれている使用人たちにも少しは給金を上げることを検討していたのに、このような醜聞になったのだから、きっと退職金も値切られる。

 単なる職務中の事故ではなく、勤務時間中に逢い引きと取れる様な無様な死に方をしたのだからだ。

 昨日は王都郊外の孤児院の状態を調べてくる様に言われて、夫はそこに、向かったはずなのだ。でも事故に遭ったのは、王都にあるのカーマンベル伯爵家のタウンハウスのすぐ近くの交差している道で、出会い頭に接触事故を起こした。

 中の人間の様子を駆けつけた騎士が確認したところ、ロイドはグレースを庇うように腕に抱いて即死だった。グレースの方はまだ息があったようだが、その2時間後に亡くなったと聞かされた。

 どうやらロイドはグレースとは孤児院で会ったらしい。密会場所としては不適切な場所で、聞いていた全員が暗い面持ちで俯いていた。

 長い沈黙を破ったのは、夫の母親ミランダだった。

 「お前の所為よ。お前があの子を不幸にしたんだわ。本当はグレースがこの家の嫁になるはずだったのに、お前が薬を盛ってグレースを陥れたのよ。本当に疫病神のような女ね」

 髪を振り乱して泣き叫ぶ姿に私は、憐みよりも嫌悪感の方が先に走った。結婚してからいやその前からもこの義母ミランダには何故か嫌われていた。

 その理由は、彼女がグレースを気に入っていたからだ。華やかな容姿で、社交性のある彼女は人の心を掴むのが上手かった。彼女はいつも手作りだと言って私が作ったお菓子をこの義母に差し入れていたらしい。

 そのことを知ったのはロイドが私の作ったものを食べた時に『味が同じだ』とそう言ったからだ。それもそのはず、全て私が作ってあったものをグレースはさも自分が作ったように言って振る舞っていた。

 そんな事をしても結婚すれば直ぐに露見するのに……。どこまでも自分に都合のいいように私を利用していた。

 「なんていう事を言うんだ。あちらのご両親もいらっしゃるのに…」

 義父は、義母を窘めているが、私の両親の顔は怒りに満ちていた。

 あれは、グレースがエッセン様に眠り薬を飲ませたのだともっぱらの噂だった。当時の同級生の中で噂付きの令嬢が目撃したらしい。エッセン様の飲み物に何かを入れたのを。用心深い彼は婚約者がいるにも拘らず纏わりついてくるグレースを快く思っていなかった。

 私以外の者から食べ物を受け取って飲み食いするなんて信じられなかった。しかし、実際は私も知らずに関与していたのだ。

 あの日、私が持って行こうとした飲み物にグレースが仕掛けた。だから彼は何も疑いもせずに口にしてしまった。

 そして、エッセン様は私も共犯ではないかと疑ったのだ。長い間、婚約関係にあったにも拘わらず、そんな卑怯で姑息な手段を取るような女だと思われていたことが悲しかったし、悔しかった。

 その後も誤解が解けて、手紙が何度も手紙が来ていたが、最初の何通かを呼んで全て破り捨てた。今更謝罪の言葉を言われてもどうしようもない。

 エッセン様とグレースは醜聞を収める為に結婚したが、彼は子供はいらない、養子をもらうと周りに宣言していた。グレースの血を引くと言うだけで嫌悪すると吐き捨てる様に言ったらしい。

 夜会で華やかに振る舞うグレースは、本当は周りにどのように見られていたかは知らない。でもだからといって、自分が捨てた婚約者に縋ると言うのもおかしなこと。

 そして、謂れのない罪で罵倒される私も他人から見たら憐れな存在なのだろうか。

 「いい加減にしてくれないか。娘は被害者だ。そして、君たちの息子も被害者だった。あの婚約解消の時に多くの者が目撃している。グレースが伯爵家の令息を陥れたとな。その後の彼の行動でも分かっているだろう。彼らの離婚は時間の問題だと。そして、また私の娘はあの女に傷つけられた。原因となった女を庇うような家には最早おいておきたくない。葬儀が終われば、子供共々引き取らせてもらう」

 「何を勝手な事を、子供は息子の血を引いているのだぞ。こちらにも権利はある」

 双方の両親は、私達の子供の権利で言い争いになった。当事者である私を無視して……。

 葬儀が終わり、放心状態の私は結局、実家に帰ることになった。ロイドには5歳下に弟がいて、子爵家は彼が継ぐことになった。

 10年前の婚約解消の醜聞に加えて、今度は夫の浮気に加えてその相手が原因となった女性。

 まったく笑えるわね。同じ女に二度も嵌められるなんて……。

 自嘲気味に笑って見せても心は荒れていた。

 どうして私だけがこんな目に遭わなくてはならないのだろう。

 この時の私は自暴自棄になりつつあったのだ。

しおりを挟む
感想 22

あなたにおすすめの小説

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

口は禍の元・・・後悔する王様は王妃様を口説く

ひとみん
恋愛
王命で王太子アルヴィンとの結婚が決まってしまった美しいフィオナ。 逃走すら許さない周囲の鉄壁の護りに諦めた彼女は、偶然王太子の会話を聞いてしまう。 「跡継ぎができれば離縁してもかまわないだろう」「互いの不貞でも理由にすればいい」 誰がこんな奴とやってけるかっ!と怒り炸裂のフィオナ。子供が出来たら即離婚を胸に王太子に言い放った。 「必要最低限の夫婦生活で済ませたいと思います」 だが一目見てフィオナに惚れてしまったアルヴィン。 妻が初恋で絶対に別れたくない夫と、こんなクズ夫とすぐに別れたい妻とのすれ違いラブストーリー。 ご都合主義満載です!

さよなら 大好きな人

小夏 礼
恋愛
女神の娘かもしれない紫の瞳を持つアーリアは、第2王子の婚約者だった。 政略結婚だが、それでもアーリアは第2王子のことが好きだった。 彼にふさわしい女性になるために努力するほど。 しかし、アーリアのそんな気持ちは、 ある日、第2王子によって踏み躙られることになる…… ※本編は悲恋です。 ※裏話や番外編を読むと本編のイメージが変わりますので、悲恋のままが良い方はご注意ください。 ※本編2(+0.5)、裏話1、番外編2の計5(+0.5)話です。

【完結】お荷物王女は婚約解消を願う

miniko
恋愛
王家の瞳と呼ばれる色を持たずに生まれて来た王女アンジェリーナは、一部の貴族から『お荷物王女』と蔑まれる存在だった。 それがエスカレートするのを危惧した国王は、アンジェリーナの後ろ楯を強くする為、彼女の従兄弟でもある筆頭公爵家次男との婚約を整える。 アンジェリーナは八歳年上の優しい婚約者が大好きだった。 今は妹扱いでも、自分が大人になれば年の差も気にならなくなり、少しづつ愛情が育つ事もあるだろうと思っていた。 だが、彼女はある日聞いてしまう。 「お役御免になる迄は、しっかりアンジーを守る」と言う彼の宣言を。 ───そうか、彼は私を守る為に、一時的に婚約者になってくれただけなのね。 それなら出来るだけ早く、彼を解放してあげなくちゃ・・・・・・。 そして二人は盛大にすれ違って行くのだった。 ※設定ユルユルですが、笑って許してくださると嬉しいです。 ※感想欄、ネタバレ配慮しておりません。ご了承ください。

嘘だったなんてそんな嘘は信じません

ミカン♬
恋愛
婚約者のキリアン様が大好きなディアナ。ある日偶然キリアン様の本音を聞いてしまう。流れは一気に婚約解消に向かっていくのだけど・・・迷うディアナはどうする? ありふれた婚約解消の数日間を切り取った可愛い恋のお話です。 小説家になろう様にも投稿しています。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

殿下が私を愛していないことは知っていますから。

木山楽斗
恋愛
エリーフェ→エリーファ・アーカンス公爵令嬢は、王国の第一王子であるナーゼル・フォルヴァインに妻として迎え入れられた。 しかし、結婚してからというもの彼女は王城の一室に軟禁されていた。 夫であるナーゼル殿下は、私のことを愛していない。 危険な存在である竜を宿した私のことを彼は軟禁しており、会いに来ることもなかった。 「……いつも会いに来られなくてすまないな」 そのためそんな彼が初めて部屋を訪ねてきた時の発言に耳を疑うことになった。 彼はまるで私に会いに来るつもりがあったようなことを言ってきたからだ。 「いいえ、殿下が私を愛していないことは知っていますから」 そんなナーゼル様に対して私は思わず嫌味のような言葉を返してしまった。 すると彼は、何故か悲しそうな表情をしてくる。 その反応によって、私は益々訳がわからなくなっていた。彼は確かに私を軟禁して会いに来なかった。それなのにどうしてそんな反応をするのだろうか。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

処理中です...