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葬儀
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突然の訃報を聞かされて、意識を失った私が目を覚ました時には、既に両家の両親が来ていた。王都からそんなに離れていない田舎町でこれといった特産物もない山間にトルディ子爵家の領地があった。私の実家は西の辺境地の近くにあった。
もうすぐクリスマスだという事で、いつも両家の両親が王都の私達の家に泊まることになっていた。
「目が覚めたのね。大丈夫なの。ここに着いた時に知らせを聞いて心配したのよ」
私に気遣う声をかけてくれたのは母ロレーヌだった。その隣に父が心配そうに立っている。
「わ…私はいったい…」
「なんでも知らせを聞いて、気を失ってしまったと執事から聞いたわ。なかなか目を覚まさないから…」
この屋敷の使用人は3人しかいない。調理人とメイドそれに執事だけだった。子爵家の財政を考えたらまだ、多い方かもしれない。
ロイドだけの収入でやっていけるほど、王都での生活は甘くなかった。爵位が低い子爵家や男爵家は大きな家門に寄り添わなくては生き残れない。
最近はロイドの給金も上がって、長年働いてくれている使用人たちにも少しは給金を上げることを検討していたのに、このような醜聞になったのだから、きっと退職金も値切られる。
単なる職務中の事故ではなく、勤務時間中に逢い引きと取れる様な無様な死に方をしたのだからだ。
昨日は王都郊外の孤児院の状態を調べてくる様に言われて、夫はそこに、向かったはずなのだ。でも事故に遭ったのは、王都にあるのカーマンベル伯爵家のタウンハウスのすぐ近くの交差している道で、出会い頭に接触事故を起こした。
中の人間の様子を駆けつけた騎士が確認したところ、ロイドはグレースを庇うように腕に抱いて即死だった。グレースの方はまだ息があったようだが、その2時間後に亡くなったと聞かされた。
どうやらロイドはグレースとは孤児院で会ったらしい。密会場所としては不適切な場所で、聞いていた全員が暗い面持ちで俯いていた。
長い沈黙を破ったのは、夫の母親ミランダだった。
「お前の所為よ。お前があの子を不幸にしたんだわ。本当はグレースがこの家の嫁になるはずだったのに、お前が薬を盛ってグレースを陥れたのよ。本当に疫病神のような女ね」
髪を振り乱して泣き叫ぶ姿に私は、憐みよりも嫌悪感の方が先に走った。結婚してからいやその前からもこの義母ミランダには何故か嫌われていた。
その理由は、彼女がグレースを気に入っていたからだ。華やかな容姿で、社交性のある彼女は人の心を掴むのが上手かった。彼女はいつも手作りだと言って私が作ったお菓子をこの義母に差し入れていたらしい。
そのことを知ったのはロイドが私の作ったものを食べた時に『味が同じだ』とそう言ったからだ。それもそのはず、全て私が作ってあったものをグレースはさも自分が作ったように言って振る舞っていた。
そんな事をしても結婚すれば直ぐに露見するのに……。どこまでも自分に都合のいいように私を利用していた。
「なんていう事を言うんだ。あちらのご両親もいらっしゃるのに…」
義父は、義母を窘めているが、私の両親の顔は怒りに満ちていた。
あれは、グレースがエッセン様に眠り薬を飲ませたのだともっぱらの噂だった。当時の同級生の中で噂付きの令嬢が目撃したらしい。エッセン様の飲み物に何かを入れたのを。用心深い彼は婚約者がいるにも拘らず纏わりついてくるグレースを快く思っていなかった。
私以外の者から食べ物を受け取って飲み食いするなんて信じられなかった。しかし、実際は私も知らずに関与していたのだ。
あの日、私が持って行こうとした飲み物にグレースが仕掛けた。だから彼は何も疑いもせずに口にしてしまった。
そして、エッセン様は私も共犯ではないかと疑ったのだ。長い間、婚約関係にあったにも拘わらず、そんな卑怯で姑息な手段を取るような女だと思われていたことが悲しかったし、悔しかった。
その後も誤解が解けて、手紙が何度も手紙が来ていたが、最初の何通かを呼んで全て破り捨てた。今更謝罪の言葉を言われてもどうしようもない。
エッセン様とグレースは醜聞を収める為に結婚したが、彼は子供はいらない、養子をもらうと周りに宣言していた。グレースの血を引くと言うだけで嫌悪すると吐き捨てる様に言ったらしい。
夜会で華やかに振る舞うグレースは、本当は周りにどのように見られていたかは知らない。でもだからといって、自分が捨てた婚約者に縋ると言うのもおかしなこと。
そして、謂れのない罪で罵倒される私も他人から見たら憐れな存在なのだろうか。
「いい加減にしてくれないか。娘は被害者だ。そして、君たちの息子も被害者だった。あの婚約解消の時に多くの者が目撃している。グレースが伯爵家の令息を陥れたとな。その後の彼の行動でも分かっているだろう。彼らの離婚は時間の問題だと。そして、また私の娘はあの女に傷つけられた。原因となった女を庇うような家には最早おいておきたくない。葬儀が終われば、子供共々引き取らせてもらう」
「何を勝手な事を、子供は息子の血を引いているのだぞ。こちらにも権利はある」
双方の両親は、私達の子供の権利で言い争いになった。当事者である私を無視して……。
葬儀が終わり、放心状態の私は結局、実家に帰ることになった。ロイドには5歳下に弟がいて、子爵家は彼が継ぐことになった。
10年前の婚約解消の醜聞に加えて、今度は夫の浮気に加えてその相手が原因となった女性。
まったく笑えるわね。同じ女に二度も嵌められるなんて……。
自嘲気味に笑って見せても心は荒れていた。
どうして私だけがこんな目に遭わなくてはならないのだろう。
この時の私は自暴自棄になりつつあったのだ。
もうすぐクリスマスだという事で、いつも両家の両親が王都の私達の家に泊まることになっていた。
「目が覚めたのね。大丈夫なの。ここに着いた時に知らせを聞いて心配したのよ」
私に気遣う声をかけてくれたのは母ロレーヌだった。その隣に父が心配そうに立っている。
「わ…私はいったい…」
「なんでも知らせを聞いて、気を失ってしまったと執事から聞いたわ。なかなか目を覚まさないから…」
この屋敷の使用人は3人しかいない。調理人とメイドそれに執事だけだった。子爵家の財政を考えたらまだ、多い方かもしれない。
ロイドだけの収入でやっていけるほど、王都での生活は甘くなかった。爵位が低い子爵家や男爵家は大きな家門に寄り添わなくては生き残れない。
最近はロイドの給金も上がって、長年働いてくれている使用人たちにも少しは給金を上げることを検討していたのに、このような醜聞になったのだから、きっと退職金も値切られる。
単なる職務中の事故ではなく、勤務時間中に逢い引きと取れる様な無様な死に方をしたのだからだ。
昨日は王都郊外の孤児院の状態を調べてくる様に言われて、夫はそこに、向かったはずなのだ。でも事故に遭ったのは、王都にあるのカーマンベル伯爵家のタウンハウスのすぐ近くの交差している道で、出会い頭に接触事故を起こした。
中の人間の様子を駆けつけた騎士が確認したところ、ロイドはグレースを庇うように腕に抱いて即死だった。グレースの方はまだ息があったようだが、その2時間後に亡くなったと聞かされた。
どうやらロイドはグレースとは孤児院で会ったらしい。密会場所としては不適切な場所で、聞いていた全員が暗い面持ちで俯いていた。
長い沈黙を破ったのは、夫の母親ミランダだった。
「お前の所為よ。お前があの子を不幸にしたんだわ。本当はグレースがこの家の嫁になるはずだったのに、お前が薬を盛ってグレースを陥れたのよ。本当に疫病神のような女ね」
髪を振り乱して泣き叫ぶ姿に私は、憐みよりも嫌悪感の方が先に走った。結婚してからいやその前からもこの義母ミランダには何故か嫌われていた。
その理由は、彼女がグレースを気に入っていたからだ。華やかな容姿で、社交性のある彼女は人の心を掴むのが上手かった。彼女はいつも手作りだと言って私が作ったお菓子をこの義母に差し入れていたらしい。
そのことを知ったのはロイドが私の作ったものを食べた時に『味が同じだ』とそう言ったからだ。それもそのはず、全て私が作ってあったものをグレースはさも自分が作ったように言って振る舞っていた。
そんな事をしても結婚すれば直ぐに露見するのに……。どこまでも自分に都合のいいように私を利用していた。
「なんていう事を言うんだ。あちらのご両親もいらっしゃるのに…」
義父は、義母を窘めているが、私の両親の顔は怒りに満ちていた。
あれは、グレースがエッセン様に眠り薬を飲ませたのだともっぱらの噂だった。当時の同級生の中で噂付きの令嬢が目撃したらしい。エッセン様の飲み物に何かを入れたのを。用心深い彼は婚約者がいるにも拘らず纏わりついてくるグレースを快く思っていなかった。
私以外の者から食べ物を受け取って飲み食いするなんて信じられなかった。しかし、実際は私も知らずに関与していたのだ。
あの日、私が持って行こうとした飲み物にグレースが仕掛けた。だから彼は何も疑いもせずに口にしてしまった。
そして、エッセン様は私も共犯ではないかと疑ったのだ。長い間、婚約関係にあったにも拘わらず、そんな卑怯で姑息な手段を取るような女だと思われていたことが悲しかったし、悔しかった。
その後も誤解が解けて、手紙が何度も手紙が来ていたが、最初の何通かを呼んで全て破り捨てた。今更謝罪の言葉を言われてもどうしようもない。
エッセン様とグレースは醜聞を収める為に結婚したが、彼は子供はいらない、養子をもらうと周りに宣言していた。グレースの血を引くと言うだけで嫌悪すると吐き捨てる様に言ったらしい。
夜会で華やかに振る舞うグレースは、本当は周りにどのように見られていたかは知らない。でもだからといって、自分が捨てた婚約者に縋ると言うのもおかしなこと。
そして、謂れのない罪で罵倒される私も他人から見たら憐れな存在なのだろうか。
「いい加減にしてくれないか。娘は被害者だ。そして、君たちの息子も被害者だった。あの婚約解消の時に多くの者が目撃している。グレースが伯爵家の令息を陥れたとな。その後の彼の行動でも分かっているだろう。彼らの離婚は時間の問題だと。そして、また私の娘はあの女に傷つけられた。原因となった女を庇うような家には最早おいておきたくない。葬儀が終われば、子供共々引き取らせてもらう」
「何を勝手な事を、子供は息子の血を引いているのだぞ。こちらにも権利はある」
双方の両親は、私達の子供の権利で言い争いになった。当事者である私を無視して……。
葬儀が終わり、放心状態の私は結局、実家に帰ることになった。ロイドには5歳下に弟がいて、子爵家は彼が継ぐことになった。
10年前の婚約解消の醜聞に加えて、今度は夫の浮気に加えてその相手が原因となった女性。
まったく笑えるわね。同じ女に二度も嵌められるなんて……。
自嘲気味に笑って見せても心は荒れていた。
どうして私だけがこんな目に遭わなくてはならないのだろう。
この時の私は自暴自棄になりつつあったのだ。
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