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第2章 一難去ってまた一難
06.
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翌朝。
「絶対いやだ」
「お断りだな」
「ご、ごめんね、無理」
なぜかリビングの床に正座させられている俺と、ソファにふんぞり返って此方を見下ろす3人。昨日理事長に言われたように、3人の(特に玲太の)安全を考えてしばらくは距離を置こう、告げたとたんにこれである。威圧的に見下ろしてるつもりなんだろうが、正直可愛いだけだ。ローアングルから見上げても美形なのがすごい。
そんな風に関係ないことを考えていたのがばれたのか、ぺちぺちと頬をたたかれる。ぶすっと頬を膨らませた律が俺を睨みつけた。
「なんで転入生のせいで統真と離れて過ごさないと駄目なわけ」
「だからぁ、お前らに転入生の毒牙が及ぶのがやなの」
「でも一緒がいいもん……」
くそ、可愛く涙目で見たって折れないからな……おいやめろ近づくな。うるうると青色の目を潤ませる律を慰めるように撫でる樹もこころなし黒目が湿り気を含んでいる。哀愁をにじませる彼らに心が折れそうになりつつも、俺は目をそらして猛攻をやり過ごす。勿論一緒に過ごしたいと言ってくれるのは嬉しいし同じ思いだが、それよりも彼らの身の安全が第一なのだ。俺に関係のない生徒ならばいざ知らず、友人となれば必死にもなる。――俺は性格が悪いんだ。友人の取捨選択くらいさせてくれ。
おそらく俺たちが登校するころには、転入生のD行きは反映されているだろう。それに激怒した転入生が、異性愛者のための「莇会」にすがってくる可能性は低くはない。まあ、食堂での彼はどう見ても異性愛者には見えなかったが。……龍我さんにキスしてたくらいだし。
とりあえず、莇会としてはDクラスの生徒は支援禁止対象なので断る権限はあるが、そもそもそんな特権を廃止したがっている転入生が大人しく色々受け入れるとは思えない。ーーちなみに莇会の総意として、転入生は昨日一日で「絶対に関わってはいけないあの人」という認識で固定化している。昨日理事長室を出た後にD落ちの通達をしたら、Bクラスの生徒からは歓喜と感謝のメールが来た。
とにかく、転入生の不満の対象になりかねない(というか絶対なる)莇会の会長である自分のそばに大切なイケメンは置いておけない。その点田中くらい普通顔の男なら、存在にすら気付かれないかもしれない。中身は加減を知らないサイコパスだが、転入生相手なら加減もいらないだろうしちょうどいいだろう。氷雨と仲もいいようだし。
トイプードルのような顔で俺を見つめる玲太と目を合わせないように顔を捻る俺を見て、折れないと漸く悟ったのか、3人は海よりも深いため息をついた。うーん、気まずい。
「その分寮では一緒にいようぜ。Aの教室は従者クラスも来るから無理だけど……部屋なら氷雨かお互いの親衛隊くらいだろ」
「俺転入生嫌い」
「律……」
「統真にこれ以上何かあったら俺、家の権限使ってでも潰すから」
「金持ちこわ……」
真顔で恐ろしいことを告げる律に、同調するように頷く2人。『花鳥風月』にそれを言われると説得力がありすぎて怖いのでやめて欲しい。
手に持った端末をするりと撫でる。この上でさらに「風紀委員長とこの後会う」なんて言おうものなら、絶対に離れてくれない気がする。賢明な判断が出来る俺は、そのことを隠し通すことを決意した。
人通りの少ない廊下を歩きつつ、田中を引き連れて風紀委員室へと向かう。明日の罰ゲームの内容を聞いておかなければならないのもあるし、転入生の具体的な性格や行動についてしっかりと情報を共有しておきたいのもある。風紀委員室には嫌な思いでしかないので、正直行きたくなさ過ぎて吐きそうだ。近づいていくにつれて顔色が悪くなっていく俺の顔を、田中が覗き込んでくる。
「百地さあ、マジで色々無理しすぎ」
「……」
「俺だって急に隔離室から出てしんどいのに、お前そんなんで大丈夫なわけないじゃん」
立ち止まる俺の肩を組み、ロビーの椅子に座らせる田中。周囲の生徒たちが空気を読んでくれたのか移動してくれる。申し訳ない気持ちになりながらも、俯いて田中の肩に頭を預けた。目を閉じれば思い出す尋問室での悪夢。それが両親から植え付けられたトラウマをフラッシュバックさせるのだ。そんな日々がひたすら続くものだから、当然睡眠時間は減るし。不眠気味でひどくなった俺の目のクマに触れ、田中は顔を顰める。
隔離室にいたときは自分以外に興味なんてまるでない奴だと思っていたが、そんなこともないらしい。返事をしない俺に気を悪くしたらしい彼が貧乏ゆすりを始める。さらには俺のクマをぐっと強く指で押し、ぐりぐりと骨をなぞる。――鈍い痛み。
「聞いてる?」
「き、いてる。いってえよぶっ飛ばすぞ」
「なんかさぁあ、色んなことに首突っ込みすぎ。そりゃ莇会会長だからある程度仕方ないのかもしんないけど、もっと立場にふんぞり返って自由に過ごそうよ」
「……うるっせえなぁ」
わかってるよ。
そんなこと、出来るならしている。だけど、理事長だって、色々な理由付けをしたって莇会が俺自身の逃げ場に過ぎないことを知っていて許可してくれたのだ。それ相応のものを返さないといけない訳で、転入生の件をどう捌くかについてもしっかり見られているに違いない。俺は龍我さんのように理事長に無制限に気に入られてはいないのだから自分の存在価値を誇示しなければならないのだ。
本当は、ただ楽しく何も考えないで過ごしたい。それを叶えるには「莇会」の立場をこの学園全体に示さなければ。莇会会長としてSクラスに昇格するのが最終目標だ。
頭を上げ、ため息をつく。ズキズキと痛む頭を押さえ、背もたれにぐったりと頭をのせる。そろそろアポをとった時間になる。行かなかったらまた地獄の尋問だ。――ああ、嫌だ。嫌だ。面倒臭い。何もかもが。
2人でソファを占拠してダラーっと姿勢を崩した。
「死にてぇ――――――」
「それな。俺らまだ高校生よ?」
「ね、もうやんなっちゃうわ」
「ほんとよねぇ、クソよクソ。うんこよ」
「……何やってんの?統真様」
ぐちぐちと小学生並の会話を何故かカマ口調で続けていると、不意に俺たちの顔に影が差した。見上げると、すごく微妙そうな顔をしている一見先輩と、ポカンとした風紀幹部の飛鳥兄がこちらを見下ろしている。そして、何故か一見先輩の両腕には手錠が嵌まっている。ソファに倒れこんだまま真顔で見上げる俺たちに、一見先輩はひくりと口角を震わせた。
しかしまあ、手錠がよくお似合いである。そのまま逮捕される姿が簡単に想像できる。千種が見たら大喜びしそうなので無言で端末を掲げて写真を撮っておいた。
「こんにちは一見先輩に風紀幹部様」
「いやいや消して消して」
「飛鳥先輩でいいよー。今から風紀室ならいっしょに行く?」
「は?統真様風紀室行くの?鳥丸弟は?」
「あそこです」
廊下の先を指さすと、2人の目が追うように廊下の先に向かう。そして一転呆れた目に。そこにはまるでストーカーのように陰からこちらを覗いている氷雨がいる。よく見ると瞬き1つしていない彼は、飛鳥兄の姿に警戒を強めているのが分かる。その様子を見た飛鳥先輩は、苦笑して「何もしないよ」と呟いた。……ほんとかよ。
しかし、正直一見先輩がいてくれるのは(明らかに別件だが)気持ち的に助かる。見た目は不良で中身は変人だが、親衛隊であるし、そもそも兄のような存在でもあるし。端末をいじって親衛隊幹部に手錠姿の一見先輩の写真を送信し、俺は飛鳥先輩の申し出に頷いた。立ち上がり、制服を整える。
前を歩く飛鳥先輩と一見先輩は、見た目の華やかさからか間延びした口調からか、補導する人とされている人とは思えないほど緩い雰囲気を垂れ流している。会話の内容は物凄くピリピリしているが。
「お前マジ統真様になんかしたら今度こそ殺すから」
「えー。てか今回は俺関係ないしー」
「風紀が一番危険って学園としてどうなわけ?マジ有り得ないんだけど~」
「貴船に言ってよ―言えるもんなら」
一見先輩の舌打ちが廊下に響く。彼は苛立ちのまま頭を掻こうとして両手を拘束する手錠の存在を思い出し、飛鳥先輩の脛を蹴るにとどめた。俺の隣を歩く田中がぼそりと「罪状増えるぞ」と呟く。勘弁してほしい。主に千種のおかげで風紀委員会に俺の親衛隊はただでさえ目をつけられているのだ。運営停止処分でも食らえば俺が困る。
飛鳥先輩が風紀委員室の扉をノックする。中から聞こえた声に自然と震えだす俺。気づいた一見先輩が頭を撫でてくれる。
――よし、頑張ろう。深呼吸して、前を見据えた。
「おせェ。何してやがった……なんで一見の野郎がいんだァ」
「補導」
「ざまぁー!!俺らのいないとこで統真様になんかしようったって無駄ですよーだ」
「いつもの如く補導されて来ただけでしょーが」
「うるっさ。マジ黙ってればぁ?」
扉が開いてもまだ続く気の抜けた会話。もともとSクラスだっただけあって、貴船先輩とも交流があるらしい。龍我さんとも仲の良い一見先輩のことだから、貴船先輩との仲は良くはないのだろうが。しかも先輩の口ぶりから補導はBクラスまで行った今でも日常茶飯事のようだ。このままDクラスに落ちることだけは避けてくれ。
騒ぐ彼らを放置してこちらを見た貴船先輩が、にやりと邪悪な笑みを浮かべた。――あ、無理だ死ぬ。
プツンと何かの糸が切れた様にじわりと滲み出す本能的な涙。せめてそれを見せないように田中の後ろに隠れる。そして、努めて明るい声を出そうと口角を上げた。
「何隠れてんだてめェ……この前の威勢はどこ行きやがったァ?」
「うううう、いたいけな1年生にこれ以上なんの恐怖を植え付けようってんですか……。あああ無理無理もうやだ新歓に続いて?またどっかの部屋にでも?無理やり?連れ込んで?また輪姦?やってらんね――――――」
「疑問形やめろ」
「ホモはホモで乳繰り合ってろよ偏見持って暴言吐いたわけでもないじゃん巻き込むなって。こちとら女の子しか恋愛関係として見れないんだって。いいじゃん男も好きになれるやついっぱいいんならそっちでさああ」
「……」
「罰ゲームとか無理。もうご飯一緒に食べるくらいしか無理。2人きりは無理。せめて親衛隊か氷雨かいないと無理。あと田中」
異常に高い声とテンションで朗々と語りだす俺を、部屋にいる全員が呆気にとられた顔で見つめている。しかし、田中の肩越しに見えた貴船先輩はどこか楽しげにすら見える。「俺を巻き込むな」と囁く田中を無視して背中をつねっておく。残念だが莇会副長の時点で無関係とは言えないし言わせない。
まるで幼児退行したかのような残念な語彙力で愚痴り続ける。一度言ってしまえば逆に勇気が出てきた。きっと今ならなんだってできそうな気がする。いっそのこと、かつて理事長にしたようにビンタでもしてやろうか。
――バァアン!!!
ずんずんと貴船先輩が座る委員長席へと進み、彼の机を思い切り両手で叩く。視界の端でヒラの風紀委員たちの身体がびくりと揺れた。俺は手を机についたまま、ニヤニヤと見上げる貴船先輩をまっすぐ見下ろす。涙目だぞ、なんて嗤う先輩は完全に俺を舐めきっている。全く腹立たしいことこの上ない。
心配した一見先輩が自力で手錠を外して近づいてくる――いや外せるんかい。飛鳥先輩のこめかみがピクリと動いた。
「よく考えてみてくださいよ。そもそも新歓でAクラスの生徒に手を出すのって違反ですよね?はい違反です。つまり、罰ゲーム自体無効。てゆーか正味既に受け終わったようなもんですよ」
「あぁ”?じゃあてめえはどうして欲しいんだァ?」
「むしろご褒美くださいよ。なんかください」
「厚かましいなァ」
「あーあーあーあ!!痛いな――――心が痛い!!!何にも悪いことしてないのに理不尽だなー悲しいな――これが学園の治安を守る風紀のやり方かぁ――――!!!!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎ出す俺に、次第に貴船先輩の視線が冷酷さを失って呆れに変わっていく。もはや俺の涙腺は完全に制御を失ったようで、元気にしゃべってはいるものの次から次へとぼろぼろ涙が零れ落ちてしまう。しかしそれを拭う暇もなく口も動くのだ。まじめに仕事をしている風紀委員の皆には騒がしくて申し訳ないが、今日ぐらい言わせてくれ。
しんどいしんどいと嘆く。こんなこと親の前でもしたことがない。しかしそろそろ叫ぶのも疲れ、徐々に尻すぼみになっていく。ぐずぐずと鼻をすする俺の頭をよしよしと撫でる一見先輩が、俺をガン見している貴船先輩を睨みつけた。補導されてきたはずの彼にエスコートされ、応接用らしきソファにエスコートされる。対面に貴船先輩と飛鳥先輩が座り、俺は田中と一見先輩に挟まれるように座った。
飽きたらしい田中は端末でゲームを始めている。それを風紀の2人は面白そうに眺めていた。
「田中お前人が泣いてるときにゲームしてんじゃねえよ」
「俺お涙頂戴系嫌いなんだよね」
「俺お前がなんかされてても絶対助けねえわ」
「は?俺助けたのに?クソじゃん」
「お前がな」
「ねぇ貴船。なんかこういう歯に衣着せない会話、めずらしいねー」
「……そうだなァ」
「ちょっと、統真様卑猥な目で見ないでくれる?」
「黙ってろ一見ィ。会計の野郎の前に転がしてやろうか」
「あ、ちょ、それはマジで無理殺されちゃう」
「絶対いやだ」
「お断りだな」
「ご、ごめんね、無理」
なぜかリビングの床に正座させられている俺と、ソファにふんぞり返って此方を見下ろす3人。昨日理事長に言われたように、3人の(特に玲太の)安全を考えてしばらくは距離を置こう、告げたとたんにこれである。威圧的に見下ろしてるつもりなんだろうが、正直可愛いだけだ。ローアングルから見上げても美形なのがすごい。
そんな風に関係ないことを考えていたのがばれたのか、ぺちぺちと頬をたたかれる。ぶすっと頬を膨らませた律が俺を睨みつけた。
「なんで転入生のせいで統真と離れて過ごさないと駄目なわけ」
「だからぁ、お前らに転入生の毒牙が及ぶのがやなの」
「でも一緒がいいもん……」
くそ、可愛く涙目で見たって折れないからな……おいやめろ近づくな。うるうると青色の目を潤ませる律を慰めるように撫でる樹もこころなし黒目が湿り気を含んでいる。哀愁をにじませる彼らに心が折れそうになりつつも、俺は目をそらして猛攻をやり過ごす。勿論一緒に過ごしたいと言ってくれるのは嬉しいし同じ思いだが、それよりも彼らの身の安全が第一なのだ。俺に関係のない生徒ならばいざ知らず、友人となれば必死にもなる。――俺は性格が悪いんだ。友人の取捨選択くらいさせてくれ。
おそらく俺たちが登校するころには、転入生のD行きは反映されているだろう。それに激怒した転入生が、異性愛者のための「莇会」にすがってくる可能性は低くはない。まあ、食堂での彼はどう見ても異性愛者には見えなかったが。……龍我さんにキスしてたくらいだし。
とりあえず、莇会としてはDクラスの生徒は支援禁止対象なので断る権限はあるが、そもそもそんな特権を廃止したがっている転入生が大人しく色々受け入れるとは思えない。ーーちなみに莇会の総意として、転入生は昨日一日で「絶対に関わってはいけないあの人」という認識で固定化している。昨日理事長室を出た後にD落ちの通達をしたら、Bクラスの生徒からは歓喜と感謝のメールが来た。
とにかく、転入生の不満の対象になりかねない(というか絶対なる)莇会の会長である自分のそばに大切なイケメンは置いておけない。その点田中くらい普通顔の男なら、存在にすら気付かれないかもしれない。中身は加減を知らないサイコパスだが、転入生相手なら加減もいらないだろうしちょうどいいだろう。氷雨と仲もいいようだし。
トイプードルのような顔で俺を見つめる玲太と目を合わせないように顔を捻る俺を見て、折れないと漸く悟ったのか、3人は海よりも深いため息をついた。うーん、気まずい。
「その分寮では一緒にいようぜ。Aの教室は従者クラスも来るから無理だけど……部屋なら氷雨かお互いの親衛隊くらいだろ」
「俺転入生嫌い」
「律……」
「統真にこれ以上何かあったら俺、家の権限使ってでも潰すから」
「金持ちこわ……」
真顔で恐ろしいことを告げる律に、同調するように頷く2人。『花鳥風月』にそれを言われると説得力がありすぎて怖いのでやめて欲しい。
手に持った端末をするりと撫でる。この上でさらに「風紀委員長とこの後会う」なんて言おうものなら、絶対に離れてくれない気がする。賢明な判断が出来る俺は、そのことを隠し通すことを決意した。
人通りの少ない廊下を歩きつつ、田中を引き連れて風紀委員室へと向かう。明日の罰ゲームの内容を聞いておかなければならないのもあるし、転入生の具体的な性格や行動についてしっかりと情報を共有しておきたいのもある。風紀委員室には嫌な思いでしかないので、正直行きたくなさ過ぎて吐きそうだ。近づいていくにつれて顔色が悪くなっていく俺の顔を、田中が覗き込んでくる。
「百地さあ、マジで色々無理しすぎ」
「……」
「俺だって急に隔離室から出てしんどいのに、お前そんなんで大丈夫なわけないじゃん」
立ち止まる俺の肩を組み、ロビーの椅子に座らせる田中。周囲の生徒たちが空気を読んでくれたのか移動してくれる。申し訳ない気持ちになりながらも、俯いて田中の肩に頭を預けた。目を閉じれば思い出す尋問室での悪夢。それが両親から植え付けられたトラウマをフラッシュバックさせるのだ。そんな日々がひたすら続くものだから、当然睡眠時間は減るし。不眠気味でひどくなった俺の目のクマに触れ、田中は顔を顰める。
隔離室にいたときは自分以外に興味なんてまるでない奴だと思っていたが、そんなこともないらしい。返事をしない俺に気を悪くしたらしい彼が貧乏ゆすりを始める。さらには俺のクマをぐっと強く指で押し、ぐりぐりと骨をなぞる。――鈍い痛み。
「聞いてる?」
「き、いてる。いってえよぶっ飛ばすぞ」
「なんかさぁあ、色んなことに首突っ込みすぎ。そりゃ莇会会長だからある程度仕方ないのかもしんないけど、もっと立場にふんぞり返って自由に過ごそうよ」
「……うるっせえなぁ」
わかってるよ。
そんなこと、出来るならしている。だけど、理事長だって、色々な理由付けをしたって莇会が俺自身の逃げ場に過ぎないことを知っていて許可してくれたのだ。それ相応のものを返さないといけない訳で、転入生の件をどう捌くかについてもしっかり見られているに違いない。俺は龍我さんのように理事長に無制限に気に入られてはいないのだから自分の存在価値を誇示しなければならないのだ。
本当は、ただ楽しく何も考えないで過ごしたい。それを叶えるには「莇会」の立場をこの学園全体に示さなければ。莇会会長としてSクラスに昇格するのが最終目標だ。
頭を上げ、ため息をつく。ズキズキと痛む頭を押さえ、背もたれにぐったりと頭をのせる。そろそろアポをとった時間になる。行かなかったらまた地獄の尋問だ。――ああ、嫌だ。嫌だ。面倒臭い。何もかもが。
2人でソファを占拠してダラーっと姿勢を崩した。
「死にてぇ――――――」
「それな。俺らまだ高校生よ?」
「ね、もうやんなっちゃうわ」
「ほんとよねぇ、クソよクソ。うんこよ」
「……何やってんの?統真様」
ぐちぐちと小学生並の会話を何故かカマ口調で続けていると、不意に俺たちの顔に影が差した。見上げると、すごく微妙そうな顔をしている一見先輩と、ポカンとした風紀幹部の飛鳥兄がこちらを見下ろしている。そして、何故か一見先輩の両腕には手錠が嵌まっている。ソファに倒れこんだまま真顔で見上げる俺たちに、一見先輩はひくりと口角を震わせた。
しかしまあ、手錠がよくお似合いである。そのまま逮捕される姿が簡単に想像できる。千種が見たら大喜びしそうなので無言で端末を掲げて写真を撮っておいた。
「こんにちは一見先輩に風紀幹部様」
「いやいや消して消して」
「飛鳥先輩でいいよー。今から風紀室ならいっしょに行く?」
「は?統真様風紀室行くの?鳥丸弟は?」
「あそこです」
廊下の先を指さすと、2人の目が追うように廊下の先に向かう。そして一転呆れた目に。そこにはまるでストーカーのように陰からこちらを覗いている氷雨がいる。よく見ると瞬き1つしていない彼は、飛鳥兄の姿に警戒を強めているのが分かる。その様子を見た飛鳥先輩は、苦笑して「何もしないよ」と呟いた。……ほんとかよ。
しかし、正直一見先輩がいてくれるのは(明らかに別件だが)気持ち的に助かる。見た目は不良で中身は変人だが、親衛隊であるし、そもそも兄のような存在でもあるし。端末をいじって親衛隊幹部に手錠姿の一見先輩の写真を送信し、俺は飛鳥先輩の申し出に頷いた。立ち上がり、制服を整える。
前を歩く飛鳥先輩と一見先輩は、見た目の華やかさからか間延びした口調からか、補導する人とされている人とは思えないほど緩い雰囲気を垂れ流している。会話の内容は物凄くピリピリしているが。
「お前マジ統真様になんかしたら今度こそ殺すから」
「えー。てか今回は俺関係ないしー」
「風紀が一番危険って学園としてどうなわけ?マジ有り得ないんだけど~」
「貴船に言ってよ―言えるもんなら」
一見先輩の舌打ちが廊下に響く。彼は苛立ちのまま頭を掻こうとして両手を拘束する手錠の存在を思い出し、飛鳥先輩の脛を蹴るにとどめた。俺の隣を歩く田中がぼそりと「罪状増えるぞ」と呟く。勘弁してほしい。主に千種のおかげで風紀委員会に俺の親衛隊はただでさえ目をつけられているのだ。運営停止処分でも食らえば俺が困る。
飛鳥先輩が風紀委員室の扉をノックする。中から聞こえた声に自然と震えだす俺。気づいた一見先輩が頭を撫でてくれる。
――よし、頑張ろう。深呼吸して、前を見据えた。
「おせェ。何してやがった……なんで一見の野郎がいんだァ」
「補導」
「ざまぁー!!俺らのいないとこで統真様になんかしようったって無駄ですよーだ」
「いつもの如く補導されて来ただけでしょーが」
「うるっさ。マジ黙ってればぁ?」
扉が開いてもまだ続く気の抜けた会話。もともとSクラスだっただけあって、貴船先輩とも交流があるらしい。龍我さんとも仲の良い一見先輩のことだから、貴船先輩との仲は良くはないのだろうが。しかも先輩の口ぶりから補導はBクラスまで行った今でも日常茶飯事のようだ。このままDクラスに落ちることだけは避けてくれ。
騒ぐ彼らを放置してこちらを見た貴船先輩が、にやりと邪悪な笑みを浮かべた。――あ、無理だ死ぬ。
プツンと何かの糸が切れた様にじわりと滲み出す本能的な涙。せめてそれを見せないように田中の後ろに隠れる。そして、努めて明るい声を出そうと口角を上げた。
「何隠れてんだてめェ……この前の威勢はどこ行きやがったァ?」
「うううう、いたいけな1年生にこれ以上なんの恐怖を植え付けようってんですか……。あああ無理無理もうやだ新歓に続いて?またどっかの部屋にでも?無理やり?連れ込んで?また輪姦?やってらんね――――――」
「疑問形やめろ」
「ホモはホモで乳繰り合ってろよ偏見持って暴言吐いたわけでもないじゃん巻き込むなって。こちとら女の子しか恋愛関係として見れないんだって。いいじゃん男も好きになれるやついっぱいいんならそっちでさああ」
「……」
「罰ゲームとか無理。もうご飯一緒に食べるくらいしか無理。2人きりは無理。せめて親衛隊か氷雨かいないと無理。あと田中」
異常に高い声とテンションで朗々と語りだす俺を、部屋にいる全員が呆気にとられた顔で見つめている。しかし、田中の肩越しに見えた貴船先輩はどこか楽しげにすら見える。「俺を巻き込むな」と囁く田中を無視して背中をつねっておく。残念だが莇会副長の時点で無関係とは言えないし言わせない。
まるで幼児退行したかのような残念な語彙力で愚痴り続ける。一度言ってしまえば逆に勇気が出てきた。きっと今ならなんだってできそうな気がする。いっそのこと、かつて理事長にしたようにビンタでもしてやろうか。
――バァアン!!!
ずんずんと貴船先輩が座る委員長席へと進み、彼の机を思い切り両手で叩く。視界の端でヒラの風紀委員たちの身体がびくりと揺れた。俺は手を机についたまま、ニヤニヤと見上げる貴船先輩をまっすぐ見下ろす。涙目だぞ、なんて嗤う先輩は完全に俺を舐めきっている。全く腹立たしいことこの上ない。
心配した一見先輩が自力で手錠を外して近づいてくる――いや外せるんかい。飛鳥先輩のこめかみがピクリと動いた。
「よく考えてみてくださいよ。そもそも新歓でAクラスの生徒に手を出すのって違反ですよね?はい違反です。つまり、罰ゲーム自体無効。てゆーか正味既に受け終わったようなもんですよ」
「あぁ”?じゃあてめえはどうして欲しいんだァ?」
「むしろご褒美くださいよ。なんかください」
「厚かましいなァ」
「あーあーあーあ!!痛いな――――心が痛い!!!何にも悪いことしてないのに理不尽だなー悲しいな――これが学園の治安を守る風紀のやり方かぁ――――!!!!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎ出す俺に、次第に貴船先輩の視線が冷酷さを失って呆れに変わっていく。もはや俺の涙腺は完全に制御を失ったようで、元気にしゃべってはいるものの次から次へとぼろぼろ涙が零れ落ちてしまう。しかしそれを拭う暇もなく口も動くのだ。まじめに仕事をしている風紀委員の皆には騒がしくて申し訳ないが、今日ぐらい言わせてくれ。
しんどいしんどいと嘆く。こんなこと親の前でもしたことがない。しかしそろそろ叫ぶのも疲れ、徐々に尻すぼみになっていく。ぐずぐずと鼻をすする俺の頭をよしよしと撫でる一見先輩が、俺をガン見している貴船先輩を睨みつけた。補導されてきたはずの彼にエスコートされ、応接用らしきソファにエスコートされる。対面に貴船先輩と飛鳥先輩が座り、俺は田中と一見先輩に挟まれるように座った。
飽きたらしい田中は端末でゲームを始めている。それを風紀の2人は面白そうに眺めていた。
「田中お前人が泣いてるときにゲームしてんじゃねえよ」
「俺お涙頂戴系嫌いなんだよね」
「俺お前がなんかされてても絶対助けねえわ」
「は?俺助けたのに?クソじゃん」
「お前がな」
「ねぇ貴船。なんかこういう歯に衣着せない会話、めずらしいねー」
「……そうだなァ」
「ちょっと、統真様卑猥な目で見ないでくれる?」
「黙ってろ一見ィ。会計の野郎の前に転がしてやろうか」
「あ、ちょ、それはマジで無理殺されちゃう」
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というわけで、剣や体術の訓練なんか大嫌いな魔導士で細身の主人公は、同僚の脳筋騎士たちとは違い、敵国の捕虜となっても平穏無事な牢屋生活を満喫するのであった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
ボクに構わないで
睡蓮
BL
病み気味の美少年、水無月真白は伯父が運営している全寮制の男子校に転入した。
あまり目立ちたくないという気持ちとは裏腹に、どんどん問題に巻き込まれてしまう。
でも、楽しかった。今までにないほどに…
あいつが来るまでは…
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1個目と同じく非王道学園ものです。
初心者なので結構おかしくなってしまうと思いますが…暖かく見守ってくれると嬉しいです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/bl.png?id=5317a656ee4aa7159975)
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更新楽しみにしています😊
初めは結構普通の王道学園ものかなぁと思って覗いてみたらもう私の好みドンピシャで本当作者様に感謝しかないです!!!!!
個人的には主人公の性格が凄いタイプで、こういう少し壊れそうだけど気が強そうで男前だったりするような主人公が本当に好きなんで、ずっと色んなとこ、さ迷って探してたんですけど本当にもう見つけた!て感じで何でこんなに素晴らしい子を虐待してんだ親!!!!!て感じで見てました笑
田中のちょいサイコパスな感じも大好きですし、律と冷汰と樹と主人公が和菓子食べてるのみてると凄いほのぼのして癒されます!この子達の絡み本当尊い。
転校生と主人公の関係てどんな何でしょうね?
これから更新される予定はありますか?あるのであれば一生待ってます!!!!!
語彙力が無くて伝えきれませんでしたがこの作品本当に好きです!作者様の他の作品もこれから見ようと思ってます。
こんなに素晴らしい作品をありがとうございました!!!!!
最高です…!!
みんないいキャラしてて大好きです🫶🏻
この作品に出会えて良かったです✨✨
続きが気になります🥳🥳