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第2章 一難去ってまた一難
04.
しおりを挟む「て、転入生すごかったね……」
「な?玲汰も悪いけどあれと仲良くしたいとか言い出したら縁切るわ」
「ぼくこそ悪いけど絶対ない」
どもりの玲太とは思えないほどはっきりした返事。まあ、だよな。
「Sの食堂やべえな……めっちゃ綺麗」
Aの食堂も初めて見た時は城かと思うほど綺麗だと思ったが、Sの食堂はそれ以上だ。Aが重厚な雰囲気の洋館であれば,Sは豪奢な宮殿のような雰囲気である。白を基調とした内装は高い天井と天窓によって開放感あふれる空間を作り上げていて,非常に居心地が良い。Aクラスに在籍する俺たちは、俺たちの中で唯一Sである玲太の許可を得てここに入ることができる。
今日は最近ずっとバタバタしてできていなかった氷雨の退院祝いもかねているので、先ほどから俺の隣にはついに腕の包帯も取れた氷雨がたっている。使用人の男性に透明な食堂の扉を開けてもらい、玲太の後に続くように入っていく。Sクラスの生徒ばかりの中入っていくのは緊張するが、彼らは暖かい歓声で俺たちを迎えてくれる。綺麗な空間を写真に撮ってもいいかと尋ねると快く頷いてくれた。
席を探して奥へと歩く俺たちを、先についていたらしい菖蒲先輩と一見先輩が手招く。先輩たちが座っているテーブル周辺は異様に空間が空いている。玲太に目配せし、先輩たちに近づくと菖蒲先輩が俺を抱き込んで膝に座らせてくる。悲鳴が上がった。
「ちょっと杏椰さん。統真から離れてください」
「まぁええやんか。――統真様、お疲れさんですわ」
俺の頭を撫でてほほ笑む菖蒲先輩は、相変わらず綺麗な目を細めた。この人相手に抵抗すれば痛い目を見ると俺は知っているのでされるがままの状態でいると、前に立つ樹と律が盛大にむくれる。ほほをわかりやすく膨らませる2人がかわいくて思わず声をあげて笑った。すると、2人は驚いたようにパチパチと目を瞬かせ、次いで吹き出すように笑う。――おい、氷雨写真を撮るんじゃない。
菖蒲先輩から離れて隣のテーブルに5人で腰掛け、備え付けの端末から注文をしていく。俺は「牛すね肉のビーフシチューとポテトグラタンのセット(本日のデザート付き)」にした。さすがS、食事も豪華だ。ちなみに玲汰はオムライス(本日のデザート付き)、氷雨は湯豆腐定食、樹はフィレステーキセット(本日のデザート付き)、律は俺と同じセットに加えて中華セットとデザート2つを頼み、一見先輩から正体不明のエイリアンを見るような目で見られていた。
「氷雨、改めて退院おめでとう。これからもよろしく」
全員の注文が届いたのを確認し、氷雨の目を見つめてそう言えば彼も頬を染めて深く礼をしてくれる。彼が顔を上げたのに合わせて目の前に小さな袋を差し出す。訝しげに受け取った彼に開けるように言うと、恐る恐る袋を開けた氷雨は目を見開いた。
「これ……」
「おそろい。約束してただろ」
そう。袋に入っていたのはネックレスである。アクセサリーをよくプレゼントしてくれる龍我さんにお勧めのお店に連れて行ってもらい、オーダーメイドで頼んだ品が昨日ようやく寮に届いたのだ。もちろんお揃いであるので俺も同じデザインのものを身に着けている。制服のボタンを1つ外して襟を崩して見せてやると、なぜか樹にチョップされた。
成り行きを知っている玲太達3人がニヤニヤした様子で氷雨を眺めている。しかし、うつむいたままの氷雨は顔を上げることはない。覗き込んだ俺はびしりと固まってしまった。
――な、泣いている。ぼろぼろと無表情で涙を流す様子は泣き方を知らない子どものようで胸が苦しくなる。でも、とっても綺麗だ。頬を片手で持ち上げ、ハンカチで涙をぬぐってやる。
「泣かせるつもりはないんだって。でも喜んでくれてうれしい。……あぁもう氷雨はかわいいなあ」
「ひゅぅ、統真様男前ー!かっこいい」
「一見先輩うるさい」
からかってくる先輩をいさめ、尚も溢れる涙を拭いてやる。ネックレスを袋から出してつけてやれば、氷雨は顔を真っ赤にしてようやく微笑んだ。俺も微笑み返せば、玲汰がと小さく拍手をした。不思議な玲汰だ。氷雨が落ち着きを取り戻したところで、食事に戻る。温かいうちに食べてしまわなければ。まだ嬉しそうにネックレスを眺める彼をいとおしく思う。
午前のとんでも野郎のせいで謎に疲れたのもあって、ぺろりと平らげてしまう。親に無理やり連れていかれた高級の会食で食べたものよりも数倍おいしかった。全員の食事が終わったタイミングで提供されたデザートと紅茶(樹と氷雨はコーヒーだ)を頂く。単品で頼んだ律のハーフサイズで出てきたイチゴのタルトはイチゴ特有の酸味と生クリームの甘さが上品にマッチしていて非常においしい。テイクアウトも頼めないだろうか。
少し口の中が甘ったるくなったので、紅茶で中和しようとカップを持ち上げた――その時だった。
バタァン!!という大きな音を立てて食堂の扉が開く。扉近くの席に座っていた生徒たちが不愉快そうに顔をしかめているのが見える。食堂中の視線が扉に集まっていた。
「うわーー!!すっげえ綺麗だなここ!!」
大声で叫びながら入ってきたのは、件の転入生であった。しかし、転入生に続くように入ってきた生徒会の面々の姿に生徒にも混乱が広がる。俺も知らず目を見開いてしまう。龍我さんが転入生に追従するように歩いてきたからだ。転入生が腕に引っ付いても抵抗しない龍我さんはどこか親しげな様子すら感じられる。なんであんなあたおかと一緒にいるのだろうか。先ほど一緒に監視していた時は皆不愉快そうだったはずだ。なんとなく気分が下がって目をそらすと、ニヤニヤと笑う菖蒲先輩とばちりと目があった。
「……なんですか?」
「……いーや?なんもあらへんよ」
「はあ……」
再び転入生の方に目をやると、こめかみに青筋を浮かべた貴船先輩が龍我さん達と対峙している。学園の2大組織の長の不穏な空気に、転入生に罵声を飛ばしていた親衛隊の生徒達も静まり返る。そう言えば、S専用の食堂にしては随分と人数が多い。恐らく親衛隊同士で連絡を取りあって、S以外の隊員も来ているのだろう。流石だ。
貴船先輩がちらりと此方に目をやる。その視線の先を追った龍我さんと、しっかり目が合った。
「統真くん?」
玲太が首を傾げるのに対して、曖昧に誤魔化して笑う。……別に何も気にしてないのに、変な感じで逸らしてしまった。
貴船先輩が馬鹿にするような雰囲気でクックッと嗤う。俺から目を逸らした龍我さんが嫌そうに顔を歪める。
「おやおやァ?会長殿は転入生にお熱かァ?」
「はーー?お前、なにいーー」
「そうなのか!?!?」
「いや、ち」
「どうやらそうらしい。奇抜な趣味をお持ちのようでェ」
龍我さんが目を見開いて、貴船先輩に掴みかかろうとする。しかし、それを遮るようにして大声で龍我さんに抱きつく転入生に、彼は何も言えずに呆然している……ように見える。きっと、貴船先輩が龍我さんを転入生に惚れているという形に仕向けているんだろう。
転入生は顔を真っ赤にすると(ほぼ瓶底メガネと前髪で見えていないが)、ブンブンと首を降って両手で自分を抱きしめた。
「ごめんな、龍我。俺男とは付き合えない。でも、友達にならなれる!龍我、俺と友達になろう」
「良かったなァ、冷泉」
どんどんと進んでいく話に、周囲は完全に置いてけぼりである。遠目で、平治郎がハンカチを口にくわえて引っ張っている。怒り方がどうにも古典的で面白い。
転入生が再び抱きついても眉を顰めるだけの龍我さんに、もやもやが募る。個人的には彼にすごく可愛がって貰っている自覚があるのだ。例えば龍我さんは親しい人間以外に長時間触られるのは好きじゃないってこと、きっと転入生は知らない。でも、俺の頭はよく撫でてくれるし、「可愛がっている後輩ランキング」では上位にくい込むはず。……あ、だからこそ転入生を断らないってことは、そういうこと?
席を立つ。にわかに視線が集まったが、気にもしなかった。微妙な表情の氷雨も立ち上がり、俺の荷物を持ってくれる。
「ごめん、俺先戻るわ」
「あ、うん」
「放課後、理事長に呼ばれてるから晩飯いらないし、食べといて」
「あ、うん」
気遣わしげにこちらを見る3人の目が気まずい。菖蒲先輩と一見先輩にも軽く会釈をすると、何故か満面の笑みで見送られた。氷雨を後ろに控えながら真っ直ぐに扉に近づいていくと、俺を見た貴船先輩が殊更楽しそうに嗤う。会釈してすれ違おうとした俺の肩を「まァ待てよ」と掴んで止めると、俺は転入生の前に差し出された。
「お前らも紹介しとかねェとな」
「お前誰だ?」
「……莇会会長百地 統真です別に生徒会とか風紀とか目立つあれじゃなくて同好会みたいなもんだから気にしないでいいよじゃぁまたいつか」
「なんて??お前早口過ぎて聞こえねー!」
耳元で叫んでくる転入生。唾が来たねぇな息くせぇんだよ殺すぞ。……失礼。これ以上巻き込まれたくないので貴船先輩の手を振り払うと、予想に反して簡単に手は外れた。ちらりと見上げた会長が何か言いたげな顔をしているが、すぐ横を無言で通り過ぎる。
食堂の扉を出ようとした俺たちを、もう一度貴船先輩が呼び止めた。ゆっくりと歩いてくる彼を見つめる。俺の目の前まで歩いてきた彼は、耳元に顔を近づけた。氷雨が警戒を強める。
「……そろそろ、罰ゲームのお時間だ。覚えてるよなァ?」
「……えぇ、勿論。歓迎会で捕まりましたから」
「いい子だ。明後日一日あけとけェ」
糞が。黙ってヤられると思うなよ。殺意を込めて睨みあげれば、「なんもしねェよ」と小突かれた。信用できるか。今度こそ歩き出す俺たちを、もう誰求めることはない。
「……止めないんだ。へぇ」
もやもや、もやもや。
これは、思っていた以上に脈アリか。一見は向かいに座る菖蒲に目配せする。案の定物凄く楽しそうにしている菖蒲は、会長の青ざめきった表情を写真に撮っている。後で送ってもらおう。
先程去っていった統真様は誰が見てもわかるほど拗ねていた。会長の恋を応援する体制に入った会長親衛隊が嬉しそうに囁きあっている。そして、割増で転入生に憎悪の目が向いている。しかし、当の転入生本人はと言うと、何を勘違いしたのかぐるりと食堂を見渡して口を開いた。
「俺は、お前らなんかに負けないぞ!親衛隊なんて直ぐに廃止してやるからな。な、龍我、もうすぐで自由になれるぞ」
びっくりするほど頭が弱いらしい転入生は、上の空の会長に抱きついて笑う。キモイたわしに抱き着かれるのは最高に可哀想だ。後で統真様に送ってやろう。
ーーぎゃぁああああああ!!!!!!
「え、何見てなかったんだけど」
「あぁ?冷泉にキスしよったあのアホ」
「ーーは?死んだねぇ」
「何でされるがままやねんあいつさっきから……」
今度こそ顔色を失って窒息寸前と言った様子の会長は、副会長に支えられてやっと立っている状態だ。しかし転入生はあれで異性愛者を名乗るつもりなのだろうか。どう見ても喜んでいるようにしか見えない。異性愛者というのは莇会の人間のことだ。ーー前に莇会の一員に試しに色仕掛けしてみたのだが、目の前で吐かれた経験がある。それは一見の地味なトラウマになっている。
自分がした事もわからずにキスされた気になって照れている転入生に合掌する。
冷泉 龍我は理事長のお気に入りだ。冷泉本人が望む人間以外に触れさせてはならないとは公然の秘密。まぁ、望む人間は「人に触られるのが嫌い」だと思っているらしいが、本当は違う。彼に触ってはならないのだ。だからこそ親衛隊は彼を神のように信仰するし、統真様を受け入れた。
「統真様、冷泉に落ちたかな~」
「……あれは恋ちゃうやろ。懐いてた先輩とられたっちゅうてむすくれとるだけや」
「なにそれ……くそ可愛いな」
「ほんまそれな……」
「なぁ龍我。あいつ、誰だ?」
「……あぁ?統真か?」
「あいつ、高等部から?」
「……?あぁ」
「…………そうなんだ」
ーーこんな所に。
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