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第2章 一難去ってまた一難
02.
しおりを挟む小さな会議室を埋める十数人の生徒。その制服には、莇の花を模したピンズが小さく煌めいている。彼らの視線の先に立つ俺は、ゆっくりと全体を見回した。
「ーーじゃあ、転入生の友人枠としては、永谷、神内、森本の3人に頼む」
俺の言葉に、三者三様のブーイングが上がった。
転入生の来校が2日後に迫る今、異性愛者救済支援の為の組織である莇会は相応の準備をせねばならない。
まず、何も知らない転入生に近づいて傷付ける輩が現れない為の友人枠の確保だ。勿論其の儘友人になってくれるのが有難いのだが、性格に難のありそうな(あくまで資料では)転入生となると、面倒事を嫌って静観しがちなBの生徒は離れたがるだろうと思う。それも踏まえ、転入生が学園に慣れるだろう1ヶ月を目処に徐々に交友関係を広げさせていくつもりだ。何も知らない転入生には裏切る様で申し訳ないが、お前を守る為だ許せ。
友人枠1人目は、B寮で人数の関係上一人部屋になっている永谷。避けられない運命だと項垂れているこの男、平々凡々を極めた超普通顔だ。まさに中の中。そんな彼は莇会のBクラスの溜まり場になっていたらしい一人部屋を奪われてご不満のようで。
「まぁ、仲良く出来そうならしてやって」
「一人部屋奪った時点で嫌いだよ」
2人目は、Bの中では親衛隊持ちで人気のある神内。穏健派である彼の親衛隊と連携して大人数で見守る為の布陣だ。親衛隊の隊長にも既に許可を取っていると告げると、神内はその無駄に爽やかな顔を歪ませて資料を投げ捨てた。
「俺不良って嫌いなんだよね」
「遠回しに森本まで断ってくんじゃねぇよ」
3人目は、神内と同じ理由で森本。彼の親衛隊は過激派なので相談の際は結構ピリついたが、玲太の和菓子を差し出せば許してくれた。しかし、万が一転入生が彼に惚れでもしたら俺が殺されかねないので、彼はつかず離れずの立ち位置になってもらう。
「お前はこう、転入生に興味はあるけど必要以上に話し掛けようとはしないーー的な不良立ち位置の方がいいって日比谷が言ってたから、それで頼む」
「会長彼奴に騙されてるぞ……彼奴は自分の欲を優先させたいだけだ」
ちなみに日比谷はAクラスの莇会の人間である。彼の発言の意味がよく分からずに首を傾げると、森本は溜息吐いて目を逸らした。しかし、断ることはせず資料に目を通している当たり真面目だ。見た目は不良の癖して「莇会の良心」と言われる理由もわかる。
そして、側仕えについてだが、これは1度契約すれば、転入生がどれ程横暴で最低なクソ野郎でも転入生に所有権が行ってしまう。したがって、Cクラスの主人がいない生徒はとにかく転入生に関わらないように徹底する。俺の親衛隊のCの生徒とも連携出来るようにしているので、おそらくは大丈夫だろう……多分。
「とにかく、転入生が学園に慣れるまではサポート。転入生自身に問題のある行為が目立った場合は理事長に報告して指示を仰ぐけど、永谷を優先的に避難させるつもりだ」
万が一統制の取れていない親衛隊持ちと接触をした場合、割を食うのは親衛隊持ちでない永谷になる。せめて一人部屋が神内か森本だったら良かったのだが、部屋替えまでは許可して貰えなかった。
つきりと痛む頭に、そっと目頭を抑える。最早処理し切れないほど溜まった精神疲労が肉体にも影響を及ぼし始めているのだ。玲太達にも随分と心配をかけていると思うと、心が重くなる。
「どっかで休憩しますー?」
「や、大丈夫」
会議を終え、痛む頭を抑えながら廊下を歩く。病院に検診に行っている 氷雨の代わりに付いていてくれている千種が、心配そうに俺を覗き込んでくる。
風紀委員に完全犯罪ならぬ完全制裁を企てたらしい彼は、現在風紀の要監視対象になっているらしく、俺たちの背後にはさらに風紀委員も着いてきている。氷雨がいない今、正直彼らの存在も有難い。ちなみに、被害者は双子の飛鳥と貴船先輩で、この前の幹部会議でところどころ包帯を巻いていたのは千種の仕業らしい。へらりと笑って躱す俺に、千種は可愛らしいまろ眉を下げて口を尖らせる。この可愛らしい顔で、あの風紀幹部と優位に渡り合うのだから恐ろしい。
ぎゃあぎゃあと騒がしい声に、階下を見下ろす。建物の中心が吹き抜けになっているB校舎は、各階から1階ロビーを見下ろすことが出来るようになっているのだ。
同様に下を見下ろした千種が、馬鹿にしたように鼻で笑う。
「あぁ、いつものですねー」
階下では、引き摺るように連れてこられたDの生徒(Dの生徒は制服が違うのでわかりやすい)2人が何人かの生徒に暴力を振るわれている。この学園ではいつでもどこでも息をするような頻度で見受けられる「D虐め」だ。人間とは恐ろしいもので、この許された暴虐に俺もすっかりと慣れてしまった。しかし、両親との毎日を思い出すからどうしても好きになれない。それを察している親衛隊の皆も、普段俺がDの生徒に出くわさないようにしてくれていたのだがーー流石に毎日とまでは行かないもので。
「今から公開レイプショーやりまーす!参加する奴出てきてくださぁーい」
盛大に顔を顰めてしまう。わらわらと集まった生徒達の不愉快な笑い声と2人の生徒の悲鳴が煩わしい。公開レイプすら合法になる従者制度の恐ろしさに嫌悪感が募る。
A校舎に帰る為には1階ロビーを通らなければならないので仕方なく階段を降りていくが、それに比例して殴打と暴言の音量は大きくなっていく。しかし、下手に止めれば理事長に見咎められる。酷くなっていく頭痛。軽く目眩がした。
その時。
「ちょっと邪魔どいてー」
さらりと空気の間をぬけていくような透明感のある声が響いた。ロビーの中心で束になってDの生徒に襲いかかっていたBの生徒達が、ハッとしたように空間を開ける。丁度1階に降り立った俺達は、割れた空間越しに声の主と対面することとなった。
ふわりふわりと空に浮かんでいるかのように軽やかな足取りで歩いてきた青年は、俺達をちらりと一瞥し、取り残されたDの生徒に近づいた。
「あ、ももちゃん昨日ぶりー」
「……おはようございまーす会計様」
「はーいおはよぉ。あざみぃ?」
「はい、明後日に備えようと。生徒会はどうですか?」
所在なげにおろおろするDの生徒達の傍に立ってこちらに話し掛ける生徒会会計、調月 京也。彼はとにかくふわふわしている。言動も声も態度も考えも。しかしそれでいて、幼等部から今までに至るまで龍我さんに次ぐ次席を守ってきた天才の1人だ。龍我さんがいなければ、創設以来の天才の名は彼が冠していたに違いない。
彼はふわりと空虚に微笑むと、「知らなーい。かいちょーにきけばぁ?」と温度の籠らない声で言った。千種が警戒を強めるのを手で制し、軽く謝罪する。
何しろ会計様は、天才の名を欲しいままにする龍我さん率いる生徒会の事を良く思っていないのだ。彼さえいなければ今頃会長職を務めていたのは会計様だろうと言われているらしく、本人もその自覚があるかららしい。龍我さんが理事長のお気に入りであると言うのも拍車をかけている。ーーつまりは地雷。
脱がされた服を漸く整えたDの生徒に気付いたらしい会計ーー面倒臭いので呼称は外すーーが、逃げようとする彼らを遮るようにしゃがみこむ。引き攣るような悲鳴すら気にとめずふわふわと笑う会計に、苦笑する。どうやらお気に入りができたらしい。
会計は2人の生徒のうち1人に向かってにっこりと微笑んだ。……うわ、顔が良い。
「ねぇ、君とっても目がきれー。ももちゃんも思わない?」
「……ほんとだ、すげえ綺麗ですね」
「ね、ね、それ自前?」
中の上くらいの顔立ちで頬を腫らしているDの生徒の目は、不思議な色をしていた。虹彩のベースは青色のなのだが、瞳孔付近だけ鮮やかなオレンジ色なのだ。少し見る角度を変えれば色味も変わる。俺も思わず凝視してしまう。
学園のトップに話し掛けられた生徒は恐怖のあまり鳴き声だ。
「は、はい、祖父からの隔世遺伝らしくて、アースアイって言うらしいです」
生徒会会計は綺麗なものを好む。それは学園内周知の事実で、最早潔癖とも言えるレベルである。彼は自分好みの生徒ならクラス関係なく側仕えにするので、Dの生徒達には彼の救済を夢見て容姿を磨く者もいるというという。
先程彼をいじめて楽しんでいたBの生徒達数名が嫌な予感に顔を真っ青にして震えている。そんな彼等の様子も目に入っているのだろう。会計は震える生徒の手を楽しそうに取った。
俺としては面倒臭いことに巻き込まれそうなので早く帰りたいのだが、退路をしっかり会計とDの生徒に防がれているのでそれも叶わず立ち尽くしていた。千種がぷりぷりと怒っているのが可愛らしくて、頬をつついて遊ぶ。
「ね、君僕の側仕えにならない?」
声をかけられなかった方の生徒が絶句している。いじめっ子達は今度こそ哀れな悲鳴をあげた。対して、アースアイ少年は突然降ってきた幸運に驚愕と歓喜を隠しもせずに、顔を真っ赤に染め上げて外れそうな程首を大きく縦に降った。
会計にエスコートされ、立ち上がる。
「な、なります、なりたいです」
「わーい、じゃあ君今日からCねー。……」
「……んで、そこの君と君と君その他……6名かな。今からDね」
会計の冷たい声に、絶叫が響く。この展開を察していたのだろうレイプ魔達が、猛然とアースアイ少年に駆け寄って縋り付く。しかしその手が届く前に、会計が彼を守るように抱き締めた。抱きすくめられた少年は、顔が茹でダコのようになっている。
「お願いします!!Dだけは!!お願いします、お願いします、ーーっどうかお許しください!!」
「綺麗じゃないものとは喋りたくないんだぁ、さっさとどっか行きな」
なおも許しを求めて叫び続ける生徒達は、恐らく会計の親衛隊だろうごつい生徒達に引き摺られるように連れて行かれる。もう1人のDの生徒の恨みがましい目に気付いた会計が、しゃがみこんだままだった彼の顔を蹴り飛ばした。鼻血を流しながら吹っ飛ぶ少年も、同じように引き摺られて行った。
嫌そうに靴を地面に擦り付ける会計。抱き締められていた少年の顔が赤から青へ変わる。俺は、静まり返った空間をとりなすように声を掛けた。
「側仕え何人目です?」
「17人目かなー、ももちゃんも狙ってたのになぁ」
「莇会が認証されてなかったらなってましたねぇ多分」
「むむー、残念無念」
俺の容姿も気に入ってくれているらしい彼には、莇会始動の全校集会の後めちゃくちゃ絡まれた。勿論断りはしたが、俺も彼と同様に綺麗なものは大好きなので仲良くさせてもらっている。彼とは基本価値観が合うのである。俺も中学時代はヤリチン野郎だった自覚はあるのでその点でも今の会計とは似通っていて、話しやすい。俺にとっては、この人は性的な目を向けてこないで、さらには物凄く莇会に理解のある、ただのいい先輩なのだ。
そんな優しい会計はふわふわと頭を撫でてくれる。俺と会計が仲良しであるのを知っている千種は微妙な表情だ。ぺしぺしと背中を叩いてくる。
「……ももちゃんお疲れみたいだしこれあげるー」
「カード?ですか?」
「俺の茶室の鍵ー。綺麗にしてるからいつでもおいでぇ」
「まじですかやったぁ」
綺麗好きの会計の茶室は、全校生徒が憧れる理想空間らしい。一度は行ってみたいと思っていたので迷わず受け取ると、会計も優しく笑ってくれる。
元々用があったのだろう、新しい側仕えを引き連れてふわふわと階段を昇っていく彼を見送って、俺達も歩みを再会した。
目眩はいつの間にか無くなっていた。
「あ、あの、会計様ありがとうござーー」
美しく煌めく目を潤ませた少年は、感謝の意を述べようと口を開き、その口を思いっきり塞がれた。驚きに目を見開く少年を見つめる生徒会会計、調月 京也はゾッとするほど冷たい目をしていて。少年は自分の身体が先程以上の恐怖に包まれていくのを感じる。
少年の口から手を外した会計は、ポケットからスプレーとハンカチを取り出して手を拭いた。
「ーー俺ぇ、綺麗なもの以外は感じたくないんだよねぇ。さっきは仕方ないから抱き締めて守ってあげたけど、俺はお前の目以外にはなんの興味もないの」
「ーー」
「例えばさっきのももちゃんは、全部綺麗でしょう?生徒会とか風紀の奴らも、声も顔も、全部綺麗。そういう人としか喋りたくない訳」
「側仕えになるならただ俺を見つめててくれるだけでいいよぉ。でも、俺の前で話す事もーー今後は身動きする事も許さないからぁー」
守ってくれるよねー?
感情の浮かばない透明な目に魅入られた少年は、ただその目を見つめ続け、毒されたように気付けば頷いていた。
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