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第2章 一難去ってまた一難
01.
しおりを挟む雨続きの毎日は、酷く億劫な気分になる。俺は激しい雨音を聞きながら、ふわりと欠伸を漏らした。
莇会としての活動も随分と慣れてきた。驚異的な回復力でギプスも取れ、歩けるまでになった氷雨や親衛隊には何度も助けられたし、サイコパス田中も中々有能で、異性愛者として困っていた生徒たちを集めてしっかりと纏めてくれた。更には理事長の後押しもあって、瞬く間に学園の一角を担う程に成長していく組織に、俺の方が気後れしてしまうほどで。
「それでは、資料1ページ目を見てください」
副会長の声に、さまよっていた意識を戻し、資料に目を落とす。「転入生」と大きく銘打たれた資料には、玲太もかくやというほど爆発している髪の毛に、いつの時代のものだと思わず突っ込みたくなるような瓶底メガネをかけた生徒の写真が載っている。到底清潔感があるとは言えないその写真を見て、面食いの会計が思いっきり顔を歪めた。
「ちょっとふくかいちょー、何これ人間?それともトンボ?」
「資料を見る限りは人間ですね」
「俺絶対むり!関わりたくないー!綺麗なものしか愛せない!」
トンボとは言い得て妙だ。同じく綺麗な物好きの俺としても到底受け入れ難い写真で、目を逸らしたくなる。
生徒会の呼び出しで突然集められた風紀委員幹部、莇会、親衛隊総隊長が集う会議室で、突然告げられた転校生の存在。しかも3日後ときた。普通は一か月前位には伝えておくべき事柄が、何故こんなにも直近になったのか。
「3日後って……さすがに急すぎなーい?」
不愉快そうな飛鳥兄に、俺も大きく頷いた。風紀委員や莇会は転校生の生活をサポートするにおいて、かなり重要な役割を担うことになる。特に、外部からの人間は同性愛に慣れていない可能性が高いと身をもって知っている。だからこそ正直もっと早く伝えて欲しかったという思いが大きい。口には出さずとも他の面々も同じことを考えているのだろう、皆神妙な表情で資料を眺めている。
副会長は、お綺麗な見た目に合わない乱雑な手つきで頭を掻き、ため息をついた。
「私と会長も、昨日理事の方から伝えられたばかりなので……何でも、理事の一人の甥っ子に当たるようで」
「裏口かァ?」
「えぇ、前の学校で暴行騒ぎを」
資料をめくる。流し読みしたらしい貴船先輩が鼻で笑った。
不良グループに所属し、一般人に暴行を加え大怪我をさせて退学処分。被害者の証言によると、歩いていた所を突然襲われ、数人がかりで暴行されたとの事。逮捕されたが、金の力で揉み消した。しかし、一度騒ぎになった分学校としては退学処分にせざるを得ず、甥の経歴に傷をつけたくない叔父の力でこの学園に裏口入学することになったという。ーーキャラが濃すぎはしないだろうか。双子の庶務が口笛を吹いた。
龍我さんと副会長の疲労極まると言った様子を見るに、かなりの無理難題を押し付けられたらしい。龍我さんはあれで真面目な人だから、裏口入学というのも中々受け入れ難いだろうに。可哀想になってくる。
「この叔父というのも厄介でして、転校生の事を蝶よ花よと可愛がっているらしく、Sクラスに入れろと……。因みに1ページ目に書かれている通り、一応受けさせた入試成績では到底合格ラインにも届いていませんでした」
「Sは流石に……実力差がありすぎると孤立してしまうのでは?」
親衛隊総隊長がにこやかに呟く。彼が敬愛してやまない学園の要人各位と同じSクラスに入れるというのは、彼としては許し難いことなのだろう。笑顔で隠してはいても、ちょうど反対側に座っている俺には激しい貧乏揺すりが丸見えである。この人怖いんだよなぁ。
「百地くん。莇会の君から見て、どのクラスが妥当ですか?」
「D。理事の甥っ子という立場を加味して百歩譲ってもCですね。名家の子息でもC、Dに組み込まれている生徒は沢山いますから、たかが理事の血縁と言うだけでSというのは理事長の意に反します」
「ですよねぇ……。はぁ……」
副会長の質問に答えると、皆うんうんと深く頷く。従者制度に則って考えるのであれば、転校生はどう見てもD入り確定だ。理事長参加の莇会としては最高でもA以上は認められない。欲を言えば、サポートする為にもCには入れて欲しいが(Dを支援すると理事長の怒りを買うので)、入試の成績を見る限り難しいだろう。良く考えれば莇会としての仕事はないということになるが、それは流石に可哀想にも思える。
しかし、理事から多額の寄付を受けている生徒会としては、希望通りに入れないと学園への寄付を絶たれる可能性も考えなければならない。これぞまさに板挟みである。ついに白目を剥き、言葉を失った副会長に代わって龍我さんが口を開く。
「S、せめてAだとよ。だが、莇会副長の急なクラス上げの件もあって、今不用意に上位クラスに組み込むのは生徒の不満を煽るだけだ」
「Aはいやだ……Aはいやだ……」
「……せめてBでどうだ?」
囁くようにAは嫌だを繰り返す俺を呆れたように一瞥した龍我さんは、Bクラス入りを推薦する。確かに、Bが一番無難かもしれない。入試成績を公開しなければ馬鹿はバレないし、入ってから頑張って成績をあげてもらえれば何とかなるだろう。万が一成績不順でDに落ちても、それは彼自身の怠慢のせいだと理由付けができる。
というか、そもそも横暴な性格らしいから名家の子息たちが過ごすこの学園で馴染むことが出来るのだろうか。友達が出来ないと、勉強や学園生活にも支障が出るだろうし、何人かこちらで用意した方がいいだろうか。自分の毒舌をすっかりと棚に上げて考える俺を置いて、幹部会議は進む。
「まァ無難だが、先方はSかAをお望みなんだろォ?」
「Bで通す。理事長に頼む」
「さっすがお気に入り。説得力が違ェ」
揶揄するような響きを持った貴船先輩の言葉に、不愉快そうに龍我さんが顔を顰めた。俺も莇会として学園の組織幹部が集まる会議に出席するようになってから、この2人の仲の悪さを改めて知ることになった。ぎゃあぎゃあと言い合いを始める2人に、生徒たちも慣れたように雑談に入る。とにかくああ言えばこう言うの繰り返しでこちらが止めても埒が明かないのだ。つまり、非常に面倒臭い。
暇潰しに、机の下でゲームをしている飛鳥弟に消しカスを投げる。思いっきり睨まれたのでやめた。怒ったオカマは怖い。
とりあえずB入りが確定した所で、俺もBにいる莇会の生徒をピックアップして端末で連絡を取る。転入生の写真と経歴の資料だけ添付すると、『クソめんどい』『死ね』『トンボじゃん』と返事が来る。莇会は会長副長という立場こそあれどみな対等なので、こういったクソ生意気な返信が当たり前になっている。イラッとしたが、大人な俺は無視をして前のスクリーンにもう一度向き直った。
不毛な喧嘩は終わりを告げたようだ。
「とにかく、あとのことは彼の素行や性格を見次第の話になります。彼がただ単にいい生徒の可能性もありますからね。きっとそうですよ。……きっと……おそらく…………多分……」
「「全然説得力なくて草」」
「草ってなんですか……」
2人の庶務の言葉に、何となく馬鹿にされていると思ったのだろう副会長は項垂れた。俺も双子の庶務のネット用語についていけない副会長が面白くて、思わずクスリと笑ってしまう。首を降って表情を戻し、前を見ると、穏やかに微笑んで此方を見つめる龍我さんと目が合った。
……ああもう、調子が狂うなぁ。
「「「転校生?」」」
「おお、揃った」
玲太が作った羊羹をいつもの4人で囲む。流石に幹部会議の資料は見せられないので3日後に来ること、Bに入ることを説明すると、樹が不安そうに眉を顰めた。
「統真はなにかするのか?」
「いや、とりあえずBの生徒任せ。理事長の命令しだいでは俺も出向くけど」
問題が起こらない限りは関わることも無く終わるだろう。
俺がそう言うと、律と樹があからさまに安心したような表情になる。ぎゅう、と抱き締めてくる律に、随分と心配と迷惑をかけてきた分何も言えず、俺も抱き締め返しておく。
俺と律と樹はAで、玲太はS。今はいないが氷雨もCだから、此方から関与する事がない限り出会うことも殆どない相手だ。親衛隊の方にも総隊長から話が行くだろうから、菖蒲先輩や月出たちも、上手くかかわり合いにならないよう立ち回ってくれる。
「ぼ、ぼく、ちょっと不安……」
「……そうなんだよなぁ」
経歴が経歴だ。何も起こらない気がしない。馬鹿が振り切れて「従者制度なんておかしい!」なんて言い出しでもしたら、理事長の不興をかってD落ちも有り得る。そして、理事VS理事長へーー、なんてぼんやりと想像を膨らませていた俺の頬を玲太がつついた。
「羊羹、美味しくない?」
「いや、めちゃくちゃ美味いよ。ちょっと疲れただけ」
「……大丈夫?」
心配そうな3人に、へらりと笑う。ハリボテのように積み上げた莇会という立場。それについていけていない心は、着実に俺を蝕んでいる。3人もそれに気付いているからこそ、俺の心配をしてくれている。
「大丈夫だって。お前らいるし」
そう言って、安心させるように律の肩に頭を乗せる。微かに甘く香る香水に、とろりと意識が揺蕩っていく。ふわりと欠伸を漏らした俺の頭を玲太が優しく引き寄せ、膝に乗せてくれた。寝てていいよと告げる穏やかな声に、俺はそのまま意識に蓋をした。
「統真くん、無理してるよね」
膝に乗る髪を好きながら、玲太は小さく呟いた。さらさらと流れる蜂蜜色の髪の隙間に同じ色の長いまつ毛が揺れている。統真の微かな寝息を聞くのが好きだ。穏やかな夢は、沢山のことに巻き込まれて辛い思いをしてきた統真が、穏やかであれる唯一の場所なのかもしれない。悪夢を見ていない時の彼は、彼本来の純粋さが無垢な表情から読み取れて、玲太もほっとするのだ。
船の中で当たり前のように自分と一緒にいてくれた優しい統真に玲太が出来ることは、美味しい和菓子を作って一緒に食べることくらいしかない。頬を染めてぱくぱくと食べてくれる彼の表情が好きで、玲太は毎日せっせと和菓子を作るのだ。
「……転入生、か。良い奴ならいいが……」
「いい予感はしないね」
律と樹が、親衛隊や『花鳥風月』の面々にメールを送るのを見つめ、もう一度統真の髪を撫でる。もう彼は学園での地位を獲得したのだから大丈夫のはずだ。何も無いはずだ。ーーなのに、何故こんなにも不安なのか。顔を顰める玲太に、端末から顔を上げた2人が声をかけた。
「玲太も統真を頼む」
「ぼ、ぼく、何も出来ないよ……?」
「ーー?悔しいけど、正直統真の1番の支えは玲太だと思ってるぞ。俺は」
「うん、俺もそー思う。それに、いざとなった時に玲太が側にいれば、統真も動きやすい筈だよ」
2人の優しさに溢れた言葉に玲太の心が温かくなる。そうだ、自分はSクラスなのだ。何も出来ない無能とからかわれた中学生時代とは違って、今の自分は学園の支配者側なのだから。玲太は2人の目をしっかりと見つめ、深く頷いた。
「うん。今度こそ、ぼくたちが統真くんを支える番だ」
「あぁ」
「うん!」
3人で、顔を見合わせて微笑みあった。
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