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第1章 後悔先に立たず
09.
しおりを挟む空は快晴。気温も良好。
そう、本日は新入生歓迎会である。
広大な運動場には特設されたステージに立つ俺たち新入生と、それを下卑た笑みで眺める在校生。このまま大人になって巣立った先が今の社会か。とても闇が深い。
双子の生徒会庶務が淡々とゲーム内容を説明する。内容は例年通り「鬼ごっこ」で、新入生全員及び全学年のC、Dは逃げる側、在校生のS、A、Bは追う側になる。制限時間は3時間、10時から13時まで。捕まった生徒は捕まえた生徒の端末に表示されたQRコードを読み取って速やかに運動場に戻って来なければならない。捕まえた生徒は、捕まった生徒に願い事を1つ聞かせることが出来る。
「願い事は捕まった生徒のクラス毎に制約が発生しまーす。よく聞いてね!」
捕まえたのがS、Aの生徒である場合は、2人しか居ない場所には行かないことや、身体に触れる事は禁止。これには玲太と樹がホッと息を吐いた。また、Bだった場合はそこまで厳しくはないまでも、良識の範囲内で願い事すること。そして、Cの生徒の場合ーー更に主人がいる生徒の場合、必ずその主人に願い事の内容を言って許可を取ること。Cの新入生の中の1人が安堵に崩れ落ちた。きっと良い主人に出会えたのだろう、腕輪を握り締めている。
「そして、Dはどんな願いでも拒否権なし!いつも通りだけど。だけど、CとDの人は逃げ切ったらクラス昇格もあるから頑張って!」
震えるDの新入生の目に一抹の希望が宿る。逃がす気なんてない癖に、変に餌なんかチラつかせて希望を見せて叩き落とす、この学園の常套手段なのだろう。在校生のDの生徒達はみな疲れきった表情をしていて、少し胸が痛む。昔の俺みたいだ。
ルール説明が続く。逃げる範囲は学園敷地内全部(寮以外)と街の外で、街の施設内に入る事は禁止(食事や買い物での利用は可能)。それなら建物の中も入れる学園の中の方が安全か。つまり、Aになればなるほど学園内の入れる校舎や施設が増えるから逃げやすい訳だ。つくづくAでよかった。
新入生が逃げ切った場合のご褒美としては、AとBの生徒は生徒会に1つ願い事ができる。俺は迷いなく1年間(交渉出来れば3年間)街での食費無料を狙う。Cの生徒は主人がいない生徒はそのままクラス昇格。主人がいる生徒は相談して決めるとの事(あくまで主人の権限の方が高い)。Dの生徒はクラス昇格。
「クラス昇格した人、何年か前に一人だけいたんだって」
囁きかけてくる律には悪いが、その一人が相当の運動神経を有する凄い人だったけだと思う。3時間もの間大した隠れ場所もないまま400人位の生徒に追われるのだから、逃げられたら奇跡だ。
「それじゃあ早速新入生は逃げてください!10分後に在校生が動き出します!楽しみましょー」
大歓声が轟くのを背後に感じながら、溜息を着く。一緒に逃げている玲太も少しうんざりした様子だ。俺達は俺と玲太、律と樹の2人組で逃げ、離れすぎ無い距離感を保って端末で情報を交換し合う事にした。しかし、律と樹の親衛隊は彼等の護衛に回るらしいので、2人はまず安全だろう。問題は俺たちである。まず玲太に親衛隊はないし、俺の親衛隊は嬉嬉として本気で捕まえる側に回る旨のメールが来た。護る気ゼロである。
「玲太、俺は絶対服従という言葉の意味を必ず言うことを聞くことだと考えてるんだけど、間違えてる?」
「あ、合ってると思うよ」
「だよな。ふざけんなまじで」
ペースよく距離を稼ぎ、理事長が所有する温室(鳥丸事件の場とも言う)の扉を開ける。扉が空いた事に驚く玲太にドヤ顔を決める俺。この日の為に理事長にオネダリしておいたのだ。ぬかりない。
さて、温室は暖かな空気と適度な湿度が保たれた心地よい空間で、花々が咲き乱れる美しい場所だった。俺も玲太も思わずその幻想的な空間に息を呑む。
「す、すごいね」
「いつまでだっていれる気がするわ」
綺麗なものは好きだ。見とれながら写真を撮り、ベンチへと走っていく俺を微笑ましそうに眺める玲太。少し恥ずかしくなりながら、でも興奮を隠せずに写真を撮り続ける。ーー鬼ごっこ開始の鐘が鳴った。
ガタン、
大きな物音に重く閉ざされた瞼を無理矢理上げる。ぱちぱちと瞬きをすれば、肩に俺の頭を乗せてくれていた玲太が厳しい目で外を見ている。「誰か来た」と囁く玲太は素早い手つきで律と樹にメッセージを送った。人目に付くベンチから離れ、木の影に身を隠す。
カチャリと扉を開けて3人の生徒が入ってくる。まだ見た事のない生徒に玲太を見ると、どうにも顔色が悪い。3人から目を離さない玲太の耳に顔を近づける。
「……知ってる人?」
「風紀委員の先輩方だよ。1人は風紀委員副委員長様。2人は幹部様で、庶務様とは違って二卵生で、あまりにていなーー」
「誰かいるーー?」
1人が放った大きな声に、慌てて口をつぐみ息を潜める。大きな木々のエリアを挟んで反対側を歩く彼らに見つからないよう、少しづつ場所をずらしながら距離を保つ。制限時間はあと2時間。ここで捕まる訳には行かない。
「……流石に誰もいないかしら」
「月待と花染の坊ちゃんなら理事長に取り入るかと思ったけど」
「委員長に連絡だな」
どうやらあの2人狙いらしい。玲太が風紀委員は律と樹狙いだとメールしているのをぼんやりと眺め、ふと顔を上げた。
目が合う。顔が、不気味に歪む。
「ーーーーッッ!玲太逃げるぞ!」
思いっきり玲太の腕を引っ張り走り出す。楽しげに笑いながら追いかけてくる彼らは、さすがは治安維持部隊とあって非常に足が早い。俺も玲太も特段運動神経がいい訳でもないし、追いつかれるのは時間の問題だろう。
焦る俺の手を固く握り、玲太が囁く。
「ふ、ふたてに、別れよう」
「ーー分かった。必ず連絡しろよ」
ゼェゼェと息を吐く玲太は既に限界が近い。S校舎とA校舎の分岐点にさしかかり、一度固く手を握り、そして二手に分かれた。階段を駆け上がり、廊下を走る。何人かの生徒たちが俺を見て笑い、追いかけようとして止まる。風紀委員の獲物は取らないということなのか、回らない頭で考えながら全速力の鬼ごっこを続ける。
『えー、現在全学年のC組が全滅、Dは新入生が全滅で1学年残り2人、2学年残り1人、3学年残り4人です!』
鳥海がアウトか。嘲りを含んだ放送が流れ、校舎内が湧く。周囲の生徒達は俺と風紀委員の鬼ごっこを見学することにしたのか、皆俺が目の前を走っても捕まえることなく囃し立てるだけだ。まるで見世物にされているかのようで、不愉快極まりない。
それにしても、誰かもちゃんと知らない人に捕まるのなら、親衛隊や龍我さんに捕まる方がいいのではないだろうか。ーーいや親衛隊はダメだ。1番ダメだ。
じりじりと距離を詰められ、ついに教室の窓際に追い詰められる。にこやかに笑う3人の生徒がにじりよってくる。1歩後ずされば1歩近付いてきて、背中が窓にぶつかった。ぜえ、ぜえと荒い息を吐く俺と、肩すら揺れていない彼ら。まさに袋の鼠だ。残り1時間を伝える放送が虚しく響く。
「ーー全員、こっち、かよーー」
「うふふ、だって話してみたかったのよ。冷泉のお気に入りと」
「てっきり女みたいな奴が好きなんだとばかり思っていたが……華奢ではあるが」
「委員長にも送ったよ」
委員長、と聞いて顔を引きつらせる俺ににっこりと笑いかけてくる3人。委員長が来るまでここでお話しましょうと微笑む彼らを後目に、こっそり端末を操作する。A校舎に風紀委員3人と、委員長が来る旨だけ伝え、電源を落とす。俺は息が整ってきたのを確認し、持っていた水を口に含んだ。包帯が蒸れて気持ち悪い。
「あら、怖くないの?」
「怖がったら見逃してくれます?」
「無理よね」
ケラケラと軽快に笑う男はおネェなのだろうか。女性口調で喋りはするが、見た目はしっかり男だ。ーー美意識は高そうだが。
「私は飛鳥 和臣。鳥海家の分家筆頭の長男。風紀委員幹部を務めているわ」
「俺は鳥丸 時雨だ。弟が世話になっているな」
「俺は飛鳥 和大ー。和臣の双子の兄で、風紀委員幹部」
俺は『花鳥風月』にかかわらなければならない呪いにでも掛かっているのだろうか。とりあえずお辞儀だけする。このまま残り1時間時間を稼げないだろうか。
『Dも全滅ー!Bの新入生も全滅!Sの新入生は冷泉会長が捕まえたようです!残りはAの3人!』
玲太が捕まった。しかも相手はあの会長だ。別に偶然だろうが、俺の方に助けに来てくれなかったことに少しだけモヤモヤとしてしまう。俺は八つ当たりのように、面白そうにニヤニヤと笑う彼らを睨みつけた。
「なんですか?」
「いーや?可愛いなーと思って」
「そりゃどうも」
飛鳥兄のからかいを適当に受け流し、窓を開ける。心地よい風に目を細める。3階から飛び降りるのは流石に無理だ。パルクールとかやった事がない。こんなんだったら街に出て美味しいお昼ご飯でも食べたかった。捕まる挙句に昼抜きなんて1番最悪じゃないか。
「待たせたなァ」
じりじりと距離を詰めてくる3人を睨みつけていると、ガチャリと扉が開き1人の男が入ってくる。冷泉よりもさらに背が高く、ガタイがいい。これまた恐ろしく美しい顔だが、男には隠しきれない愉悦が浮かんでいる。3人に委員長と呼ばれたその男は俺を真っ直ぐに見下ろすと、歪んだ笑みを浮かべた。ーーこの人は嫌いかもしれない。
「風紀委員長、 貴船 総司だ」
「初めまして。百地 統真です」
端末を出せと差し出す彼の手をじっと見つめる。随分と大きな手は各所が擦り切れていて、よく使われていることが分かる。流石に4対1で逃げられるはずもないので、大人しく端末を差し出す。ゆっくりと取り上げた委員長は、何故か空を飛鳥弟(おネェの方)に渡すと、俺の手を掴みーー
キスをした。
「えーーーっ、んむ、ーー!?!?」
20センチはあるのではないかと思うほどの身長差で、無理やり腰を持ち上げられる。容赦なく腹を殴ったが、俺の手が痛くなるだけで全く効いていない。大きな手で腰と後頭部を押さえつけられれば抵抗もできず、荒波のようなキスを甘受することしか出来ない。
「口開けろ」
遠くで残り30分を告げる放送が響いている。耳元で低い声で囁かれるが、断固として首を振れば鼻で笑った委員長に再び後頭部を抑えられ、肉食獣のようなキスを受ける。もう一度殴ろうとしたその時、腰にとんでもない衝撃が走った。
バチィ!!!
「ーーーーーーあ"!?!?!?」
「ダメよォ統真ちゃん、キスはディープがマナーでしょ?」
一気に身体から力が抜け、腰を支える手に全体重が乗る。声がした方に目を向けると、スタンガンを持ってニコニコとこちらを見る飛鳥弟の姿があった。あれを使われたのかと理解する間もなく、舌を突っ込まれキスが再開される。
「あと、27分。楽しみましょうねぇ、統真ちゃん」
地獄ような笑い声。
ぐちゅ、ヌチュ、
「ん、ぅ、…うっは、なせ、」
バチバチバチーー!!
「ーーっぁああ"あ!」
キスと、電気が嵐のように降り注ぎ、抵抗力を奪っていく。
「ーーん、…はぁ、んぐ、むーーは、ぁ」
グチュグチュと唾液が絡まる音が脳に響き、意識が霞む。もう何分だったのだろう、ずっとディープキスだけをされ続けた俺はほとんど酸欠状態で、全く思考が回らない。キスは一応得意分野だから応えて適当に終わらせようとすればスタンガンが襲い、逃げようとすればスタンガンが襲い、身体はまるで自分のものでは無いのでは無いかと思うほど制御が聞かない。
スタンガンの鮮烈な痛みが両親の暴力を彷彿とさせて。
「ん、はー、も、……やぇ、…」
「は、…かぁわいいなァお前。冷泉の野郎が気に入るだけのことはある」
ようやく唇が離れ、後頭部から手が離される。そのまま地面に崩れ落ちる俺を放って、俺の端末に自分のQRコードを読み取らせる彼をぼんやりと見つめていれば、視界に影がかかった。
「庶務に、統真ちゃんは熱中症だからこのまま保健室へ連れていくって言っておいたわ」
「良かったねー、これからまだまだ楽しめるよー」
「氷雨は俺から適当に言っておこう」
まさか、まだ続くのか。信じられない気持ちで青ざめる俺を見た委員長は、悪辣な笑みを浮かべる。
「何驚いてんだァ?……これからてめぇは風紀室で気持ちよーくしてやるからなァ」
「ひ、ーーや、いや、だ、龍我さー」
「……あらあら」
鳩尾に衝撃が入る。そのまま意識を失ってしまった俺は、最後の最後に風紀委員長の最大の地雷を踏み抜いてしまったことに気付かなかった。
風紀委員長の前で生徒会長の名前を出すことは禁忌である。ーーこの学園の常識だ。
「……菖蒲はどうするー?」
「一見の方が厄介よ」
「親衛隊は風紀に逆らえねェよ。ーー弱みなんか作りやがって馬鹿だなァアイツらも」
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