百地くんは愛される

なこ

文字の大きさ
上 下
10 / 21
第1章 後悔先に立たず

08.

しおりを挟む


 シャワーを浴び、通知を消していた端末を開くと、菖蒲先輩と一見先輩から「よくやった」という旨のメールが来ていた。思わず首を傾げる。てっきり、無断で龍我さんと出掛けたことへの怒りのメールでも来ていると思ったのだが。まぁ、怒っていないのなら有難い。
 端末をテーブルに置こうとしたその時、「プルルルルーー」と電話の受信音がなる。鳥丸からだ。


「なに?」
『夕食は終えられましたか?』
「まだ」
『良ければ御一緒させて下さい』
「おっけー、じゃあ食堂ね。髪乾かすから待ってて」
『お迎えにあがります』


 淡々としたやり取りが終わり、ぷつりと音声が途切れる。今日はもう食べなくてもいいかと思っていたが、鳥丸が来るなら久々に食堂でも行こう。樹と律は日立の所に言っている筈だから、暫くは帰ってこないだろうしメールだけしておくか。

 端末を置いて鏡に向き直り、醜い痣になった首筋をさする。身体中の痣や額の傷はもうすっかり元通りになったが、首輪の傷だけは消えることなく残ってしまった。一生両親から……百地から逃げられない事を暗示しているようで非常に不愉快だ。ーー無意識のうちに首を引っ掻いていた手を止めた。
 苛立ちを振り払うように髪を乱雑に拭きドライヤーを当てていく。色々な色に冒険しまくった髪はやや痛み気味だが、元の質感のお陰かサラサラと指通りよく流れてくれる。最終的にはハニーブラウンに落ち着いた。シンプル・イズ・ベストと言うやつだ。中学時代のマッシュヘアの名残で、普段の様に適当に跳ねさせておかないと、何個も開けたピアスも隠れてまるで良家のお坊ちゃんのようになってしまう。しかし、流石に風呂上がりにワックスなんて使いたくないのでノーセットのまま包帯だけ巻き直して外に出ると、既に到着していた鳥丸が扉の前に立っていた。入ってきてよかったのにと言えば、「出血多量で死にます」と謎の返答をされた。
 食堂へと足を進める。チラチラと俺を見つめていた鳥丸が口を開いた。


「今日はノーセットなんですね」
「風呂入ったし。変?」
「いえ、最高です」


 変な鳥丸、と笑えば思いっきり顔ごと逸らされた。なんなんだこいつは。
 しかし、どうにもすれ違う生徒たちから随分と視線を感じると思ったが、適当に乾かしただけのラフな格好が珍しいのかと納得する。服装もダボッとした白のTシャツ1枚に黒のスキニーパンツというオシャレもクソもない格好だ。もう少しちゃんとすればよかったか、と今更反省する。



 

 主人が部屋から出てきたその瞬間から、鳥丸 氷雨はせりあがってくる鼻血を噴出させないように戦うので精一杯であった。
 鳥丸は『花鳥風月』の一員である武の「鳥海」分家序列第2位、鳥丸家の次男である。1つ上の兄時雨は、風紀副委員長として学園を支えるエリートであり、鳥丸自身も中等部では風紀委員長を務め、高等部でも当然風紀入りするつもりであった。
 しかし、鳥丸は「運命」に出会ってしまったのだ。天皇家を護る本家とは違い、分家は誰か1人生涯の主を決め、主が生を終えるまで守り抜くという風習があった。「運命」に出会う確率は本当に低く、出会うことの無いまま死んで行った先祖も沢山いる。当然鳥丸もそうなると思っていた。ーー船の上で風に揺られ眠る少年。美しく透き通った蜂蜜のような髪はサラサラと揺れ、太陽の光に当てられて輝いている。女らしくはないが、綺麗に整った顔は大人しそうな印象を受けるが、両耳に大量に開いたピアスが一転倒錯的で、少年の危うさを感じさせた。首を隠すように巻かれた包帯や、額の大きなガーゼもそれを助長していた。

 鳥丸はちらりと横を歩く主人を見下ろす。クソあちぃ、とボヤく彼の珍しいヘーゼルの目は、更に珍しい事に瞳孔と虹彩の色の差が曖昧でトロリと溶けて見える。彼の家に異国の血は入っていないはずだから、突然変異だろう。蜂蜜色の髪や真っ白の肌も相まって、会長とは違うタイプの人間味のなさを感じる。ーー話しかければ途端にその口の悪さに絶句する事になるが。
 というか、乾ききっていないしっとりとした髪と白いTシャツの下に浮き出た鎖骨がえろすぎる。オーバーサイズのTシャツも鳥丸レベルなら彼シャツに置き換えて妄想余裕である。危険だから辞めて欲しい。邪な視線をよこす生徒達に本気の殺意を込めて睨みを利かせることを忘れない。誰が1番邪な事を考えているか、なんて余計な話なのである。




 食堂に入れば、ざわりと空気が揺れ悲鳴が上がる。入学当時は何故悲鳴をあげられるのか分からずかなりビビったが、今では慣れが追いつき、特に反応もすることなく座席を探す。昼に会長と出かけたことがもう広まっているのか、何時もより向けられる視線が多い。端末でビーフシチューセットを注文し(鳥丸はフィレステーキセットを注文した)、ぼんやりと肘をつく。午前から歩き回ったせいか、随分疲れている。課題は明日でいいや。


「お昼は楽しめましたか?」
「うん、龍我さんにピアス貰った。ほらこれ」


 買ってもらったピアスを見せれば、何処からかガシャーン!と何かが落ちる音がした。目の前の鳥丸もわなわなと身体を震わせ、俯いている。え、なに怖い。


「り、龍我さん……。……いぇ、いいんです……統真様がいいならいいんです……」


 顔を上げた鳥丸はにこやかに微笑んで言うが、噛み締めた唇から血が滲んでいる。何となく理解した。側仕えになるくらいだから、こいつは俺の事が好きで、龍我さんと俺がふたりで遊んでたら確かに嫌だろう。嫉妬というやつだ。思わずにやにやしてしまう。だって誰かに好意を持ってもらえるなんて、素晴らしく運のいいことだ。思いは大切にしなければ。鳥丸の、俺の側仕えの証である腕輪を見つめ、口を開く。


「今度鳥丸も一緒に遊ぼうぜ。何かお揃いとかしよ。鳥丸ピアスの穴空いてないし、ピンキーリングとか」


 俺の言葉に顔を赤らめて頷いてくれる鳥丸に、俺も嬉しくなる。何だか普段は大人っぽい彼が可愛く見えて、よしよしと頭を撫でてやる。周囲の生徒たちの視線も生暖かくなった気がする。




ーードスン!!

「ぐえっ」

 届いた夕食を食べていると、唐突な背中からの衝撃に思わず机に顔を突っ込んでしまう。幸いにもビーフシチューは鳥丸が瞬時にずらしてくれた。ズキズキと痛む鼻を抑えて背後を振り返れば、が憤怒の表情で立っていた。


「うわ、出た」
「うわ、出た、じゃないよ!!お前、……会長様にピアスを貰ったってほんと!?」
「なんだ貴様」


 昼にも突っかかってきた少年に鳥丸が警戒を見せる。ここまで感情を露わにする鳥丸を初めて見たので思わずぽかんと眺めていると、少年は荒々しく地団駄を踏んだ。


「僕は神の化身たる会長様の誉れ高き親衛隊だ!こいつが身の程知らずにも会長様とお出かけに行った挙句、プ、プ、ププレゼント、なんて……、!!くっそ羨ましい……!!!」
「お前化粧してない時の方が良くね?」
「え、ほんと……?って違う!」


 なんだよ褒めたのに。頬を膨らませると、鳥丸によしよしと頭を撫でられる。ぷりぷりと怒っている少年を眺めつつ、ふとこいつの名前を知らないことを思い出した。


「てかお前誰?」
「ーーはぁあぁあ"ん?!?!?何回行ったら覚えるの!?小町こまちだっつってんでしょ!?」
「あぁ、平治郎か」
「小町って呼べ!!」


 そうだそうだ、小町 平治郎だった。女みたいな見た目とは反対に男らしい名前だなぁなんて思った事もあったと思い出す。リアクション芸人のような反応を見せる平治郎に鳥丸も完全に興味を失ったようで、俺に危害が加えられないか見張りつつ食事をとっている。俺もビーフシチューに意識を戻した。
 その後も何かきいきいと文句を言い続けていた平治郎は、完全に無視しきっている俺たちの背中を平手打ちすると、来た勢いのまま猛然と去っていった。


「親衛隊に伝えますか?」
「や、いいよ。可愛い嫉妬だし」


 あそこまで盲目に思われる龍我さんはやっぱりすごいと思う。神の化身という言葉もあながち否定できないほど完璧人間であるし、好きな人を想うが故の嫉妬なんて、あの程度なら可愛いものだ。平治郎の制裁に踏み切ったりせず直接文句を言ってくる馬鹿正直さが面白くて、俺もキレることなく放置している。怒っているくせに褒めたら嬉しそうにするのも馬鹿っぽくて可愛い。お優しい、と笑う鳥丸に曖昧に笑い返しておく。その方がウケるから、とは言えずじまいだ。


「と、統真くん、一緒に食べていい?」


 聞き馴染みのある声に顔をあげれば、平治郎の去っていった方向を見つめる玲太がおろおろと立っている。隣の席の椅子を下げてやれば、嬉しそうに隣に座ってくれる。鳥丸にも気安く挨拶する玲太が微笑ましくて何となく眺めていると、いつものように和菓子をプレゼントしてくれた。


「今日はわらび餅なんだ……普通のと、草わらびなんだけど、統真くん食べれる?」
「食べたことないけど多分大丈夫だと思う。ありがとう」
「うん、……あの、今日も泊まってもいい?」
「うん」


 和菓子屋『御堂』の子どもである玲太も和菓子作りが得意なようで、こうしていつも和菓子を作ってAの食堂まで持ってきてくれるのだ。これがまたとても美味しくて、コンビニに売っているような和菓子が食べられなくなってしまう程。臆病で繊細な玲太に作られただけあってとても繊細な味がする。樹と律もきっと喜ぶだろう。
 今日は玲太も俺の部屋に泊まるので、ついでに鳥丸も誘ったが断られた。統真様は本気で俺を殺す気ですかとぷりぷりする鳥丸に首を傾げる。玲太を見たが、苦笑されただけで終わる。とりあえずわらび餅だけおすそ分けして別れ、部屋に向かう。扉を開ければ、そこには既に2人が帰ってきていた。


「おかえりー統真」
「ただいま」
「ピアス新しくしたのか?」


 流石は樹、目立ちやすいデザインというのもあるだろうが、気付くのが早い。龍我さんに貰ったと言えば、2人はにこやかに微笑んだ。楽しめたんだな、と頭を撫でてくれる律の隣に座り、わらび餅の箱を開ける。
 4人で玲太作のわらび餅をもそもそと続きながら、会長とのお出かけの話をする。2人が楽しそうに聞いてくれるから俺も話しやすい。


「そっか、統真くんが楽しめたなら、僕も嬉しいよ」
「会長絶対統真のこと狙ってるでしょ」
「統真はどう思ってるんだ?」


 三者三様の反応にくすくす笑うと、草わらび餅に菓子切りを指す。普通のわらび餅よりも好きかもしれないと言えば、玲太は嬉しそうに微笑んだ。


「んー、会長は俺を気に入ってるだけで、好きとは違うと思う。でもすげーいい人だし、女だったら絶対惚れてたわ」
「……そうか、でももし会長が告白してきたらどうする?」
「同性愛に偏見とかはないし、なんなら菖蒲先輩と一回ヤってるし……多分頷くんじゃねぇ?でも玲太と樹と律の方が好きだしなぁ……やっぱわかんねぇわ」


 魔性だなぁ、と笑う律に頭突きをしつつ、微妙な表情を浮かべる樹を見る。きっと俺が会長や彼の親衛隊に傷付けられないかどうか心配してくれているのだろう。安心してくれ。俺は護られるべき女じゃないんだから、ちゃんと傷付いても自分の足で立ち上がれる。そんな思いを込めて見つめると、小さくため息をついて目を逸らされた。


「ーーなんかあったら必ず言ってくれ……不安で死にそうなんだ」
「あぁ、ありがとう樹」


 珍しく樹の方から俺に抱きついてくる。どうにも心配症らしい樹は、時々こうして俺だけではなく律や玲太にも過剰な不安を示すことがある。きっと俺たちの何かが彼の心のどこかにある傷を抉ってしまっているのかもしれない。いつか、お互いの家の事や過去のことも話せる時が来ればいいと思う。とりあえず今は4人でぎゅうぎゅうとくっついていよう。


「なぁ3人とも、不安なこと、して欲しいこと、して欲しくないことはなんでも言えよ。出来る限り聞くし、ちゃんと俺も言うから」
「約束ね!」
「も、もちろん!」
「……あぁ、約束だ」


  そういえば、3人もしっかりと頷いてくれた。やっぱりこんないい友達ができるなんて俺は幸せ者だ。






ーー幸せ者、だよな。
しおりを挟む
感想 54

あなたにおすすめの小説

【BL】国民的アイドルグループ内でBLなんて勘弁してください。

白猫
BL
国民的アイドルグループ【kasis】のメンバーである、片桐悠真(18)は悩んでいた。 最近どうも自分がおかしい。まさに悪い夢のようだ。ノーマルだったはずのこの自分が。 (同じグループにいる王子様系アイドルに恋をしてしまったかもしれないなんて……!) (勘違いだよな? そうに決まってる!) 気のせいであることを確認しようとすればするほどドツボにハマっていき……。

私の事を調べないで!

さつき
BL
生徒会の副会長としての姿と 桜華の白龍としての姿をもつ 咲夜 バレないように過ごすが 転校生が来てから騒がしくなり みんなが私の事を調べだして… 表紙イラストは みそかさんの「みそかのメーカー2」で作成してお借りしています↓ https://picrew.me/image_maker/625951

全寮制男子校でモテモテ。親衛隊がいる俺の話

みき
BL
全寮制男子校でモテモテな男の子の話。 BL 総受け 高校生 親衛隊 王道 学園 ヤンデレ 溺愛 完全自己満小説です。 数年前に書いた作品で、めちゃくちゃ中途半端なところ(第4話)で終わります。実験的公開作品

王道学園なのに、王道じゃない!!

主食は、blです。
BL
今作品の主人公、レイは6歳の時に自身の前世が、陰キャの腐男子だったことを思い出す。 レイは、自身のいる世界が前世、ハマりにハマっていた『転校生は愛され優等生.ᐟ‪‪.ᐟ』の世界だと気付き、腐男子として、美形×転校生のBのLを見て楽しもうと思っていたが…

ヤンデレ執着系イケメンのターゲットな訳ですが

街の頑張り屋さん
BL
執着系イケメンのターゲットな僕がなんとか逃げようとするも逃げられない そんなお話です

愉快な生活

白鳩 唯斗
BL
王道学園で風紀副委員長を務める主人公のお話。

ザ・兄貴っ!

BL
俺の兄貴は自分のことを平凡だと思ってやがる。…が、俺は言い切れる!兄貴は… 平凡という皮を被った非凡であることを!! 実際、ぎゃぎゃあ五月蝿く喚く転校生に付き纏われてる兄貴は端から見れば、脇役になるのだろう…… が、実は違う。 顔も性格も容姿も運動能力も平凡並だと思い込んでいる兄貴… けど、その正体は――‥。

変態高校生♂〜俺、親友やめます!〜

ゆきみまんじゅう
BL
学校中の男子たちから、俺、狙われちゃいます!? ※この小説は『変態村♂〜俺、やられます!〜』の続編です。 いろいろあって、何とか村から脱出できた翔馬。 しかしまだ問題が残っていた。 その問題を解決しようとした結果、学校中の男子たちに身体を狙われてしまう事に。 果たして翔馬は、無事、平穏を取り戻せるのか? また、恋の行方は如何に。

処理中です...