百地くんは愛される

なこ

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第1章 後悔先に立たず

06.

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 どっと疲れた。入学してからまだ間もないのに、既にこの学園に呑まれてしまっている。
 そろそろ日が沈む。早く帰らなければ。あの後、自己紹介やら親衛隊同士の関係図やら色々、この学園の人間関係の構成について教えてもらって、気づけば結構時間が経っていたらしい。
 革靴の響く心地よい音を聞きながら校舎の扉をあけ、外に出る。ざぁあ、と春の風が涼しくて目を細める。この学園の夏は暑いのだろうか。島だから暑そうだ。


「お、きたきた。統真様帰ろ!」
「……一見先輩」


 外で待っていてくれたらしい一見先輩がニコニコと手を振ってくれる。並び立って歩くと、小さい頃を思い出して少し嬉しくなる。昔よりも随分となったらしい先輩をちらりと見上げると、ばっちり目が合ってしまった。


「さっき百地って呼んでませんでした?」
「親衛隊として紹介したからこれからは統真様って呼ぶよー!」


 その言葉に、やっぱりやめた方がと思わず呟けば、ぎゅむ、と頬を両手で挟まれ息が詰まる。先程までの笑顔はすっかりと消えうせ、真顔の一見先輩と目が合った。相変わらず吸い込まれそうなほど綺麗な青色の目をしている、なんて場違いなことを考えてしまう。


「あのさ、なんなの?昔は反抗的ですっごくかっこ良かったのに、俺達の親みたいなことばっか言うね。……正直うざいんだけど」


 目をそらす事さえ許さないとばかりに此方を見つめる一見先輩。うざい、なんて久々に言われた気がする。でも仕方がないじゃないか。反論も反抗も、懇願も何もかも全て捻じ伏せられてここに来たんだ。あんな家でどうして反抗し続けられるというのだろうか。失笑する俺に、一見先輩は不愉快そうに眉を顰める。


「向こうでヤられたの?」
「いえ、キスとかフェラとかどまりです……鞭打たれたりとか、暴力とかの方が多かったですよ」


 先輩の舌打ちが広場に響く。当時は沢山守ってくれて、年下の俺や千種、万波の矢面に立ってくれていた先輩からすれば、今の俺の姿は苛立ちを誘っても仕方が無いと思う。思わず謝れば、表情とは裏腹に優しく頭を撫でてくれる。


「統真様が謝ることじゃない。……学園にいる限りは自由だから、一緒に幸せになろ!一見先輩との約束!」
「何なんですかそのキャラ……」
「笑ってれば幸せになれるんだぞ?」
「……逆では?」


 むしろ無口な方だった人の唐突なギャル化にクスクス笑えば、一見先輩も満足気に笑ってくれる。わかってないなー、と笑う先輩が楽しそうで、俺も嬉しい。

 そういえば、先輩は従者はいるのだろうか。側仕えの選び方とか、色々教えてくれるかもしれない。入学してからそろそろ結構経つし、側仕えも決めていかなければならないのだが、どうにも従者制度に馴染めない為、選び兼ねているのだ。


「先輩って、側仕えいます?」
「いるよ?俺Bだし。てか十時だよーん。万波は千種の側仕え」
「俺の親衛隊以前に対等じゃなかったわけか……」


 十時先輩と万波はCクラスらしい。Bクラスの一見先輩とAクラスの千種が『位持ち』として守る為に側仕えにしているという。先程までの罪悪感のような感情がすっかり消えていく。それを先に言えよ。
 どうやら側仕えの選び方は別の人に聞いた方がいいのかもしれない。この人たちは特例だ。


「んー、でも家同士の繋がりで選ぶ人は結構多いよ?側仕えは別に1人じゃなくてもいいし。会計とか10人くらいいるし?趣味悪いよねー!」
「成程、蹴落とし合いかと思ってましたけど、守り合いなんですね」
「や、大方蹴落とし合いで間違いない!」


 からからと笑う先輩に、薄ら寒くなる。気に入らない奴をわざと側仕えにしたり、好きな人を側仕えにして滅茶苦茶したり、結構歪んだ制度であるという認識は崩さない方がいいらしい。
 しかし、『位持ち』は既に側仕えになってしまっているから、俺は別に探さなければいけない。難航しそうな側仕え選びに、面倒になってくる。


「菖蒲先輩に紹介してもらおっかな」
「あのさー統真様、菖蒲は本来信用する人間じゃないからね?真っ先に疑ってかかるタイプの人間だからね?」
「なんか言ったか?一見ィ」


 背後からの声に振り返ると、こめかみに青筋を浮かべた菖蒲先輩が歩いてきていた。うぇっと舌を出す一見先輩を殴り(結構いい音がした)、地面に沈める。俺の頭を撫でると、ゆったりと微笑んだ。


「菖蒲先輩と一見先輩って髪の色似てますね」
「ちょっと統真様、一緒にしないでくれるー?」
「ほんまや、それだけはやめぇ反吐が出る」


 どうやらこの2人、相性が悪いらしい。しかしBの一見先輩がSの菖蒲先輩にそんな態度で大丈夫なのだろうか。尋ねると、どうやら一見先輩は元々Sで、クラス落ちにクラス落ちを重ねたらしい。気持ちはSとの事。とんだ不良である。


「側仕えが欲しいんやって?」
「あ、そうです。どうやって探したら良いのかなって思って。菖蒲先輩はどうやって選びましたか?」
「俺はおらんよ」


 全然役に立たない。思わず軽く舌打ちをしてしまう。ケラケラ笑う一見先輩を再び地に沈めた菖蒲先輩は、しょんぼりとした様子で俺の頭に顎を乗せて歩く。……歩きにくい。
 菖蒲先輩は人を寄せつけない雰囲気の通り、自分のことは自分でする主義らしい。花染の分家筋の他の家からも頼まれたらしいが全部断ったという。本家がAで分家がSだと、少々複雑なのだと面倒くさそうに笑う先輩。頭を撫でておいた。


「でも菖蒲先輩の側仕えになりたくてわざとクラス落ちした人もいるんですよね?千種が言ってました」
「あいつほんま余計なことしか言わんな」
「小詩の可愛いとこだよね~!」


 どうやら間違ってはないらしく、嫌そうに頭を搔く。親衛隊内のCクラスから適当に見繕ってくれると言うが、何となく長い付き合いになる相手は自分で選んだ方がいいような気がして、断っておいた。俺は家同士の付き合いよりは、人柄とか気が合うかどうかで選ぼうと思う。









「ただいま」


 部屋に戻ると、律と樹が出迎えてくれる。明日は一緒に街に出ようと言えば、嬉しそうに笑って頷いてくれた。


「どうだった?」


 この前のことがあって以来、俺の親衛隊を信用していない樹は緊張した面持ちだ。何にもないよ、と安心させるように樹の膝に乗ると、そのまま抱きしめてくれた。本当に心配してくれていたようで嬉しくなる。そのまま体重をかけ、ふわりと欠伸を漏らす。


「なんか絶対服従になったって」
「どの口がってやつだね」


 律が吐き捨てるように嘲笑う。律は自分の親衛隊に俺を護るように言ってくれているらしくて、親衛隊同士の仲が結構ピリピリしていると菖蒲先輩が言っていたのを思い出す。絶対に先輩達が悪いので諦めて欲しい。
 用意してくれていたチキンカレーを頬張る。バターがまろやかで美味しい。普段よりも1時間ほど遅い夕ご飯なので、掻き込むように食べてしまう。デザートのおはぎ(玲太作)をもしゃもしゃと食べながら、目の前で神経衰弱で遊ぶ2人の手を見つめる。
 

「そろそろさ、側仕えをみつけようと思うんだけど」
「あ、それなら俺の幼馴染に統真の側仕えになりたいって言ってる奴いるから紹介しようか?」
「まじ?」


 思わぬ朗報に顔を上げると、何やら端末をいじる律。どうやら連絡をとってくれているらしい。正直、律の友人なら赤の他人よりは安心できるし、有難い。「今から来てくれるって」と言う律に慌てておはぎを飲み込む。


「鳥丸ってやつなんだけど、統真に一目惚れして理事長の庭にわざと侵入してBからCに落ちたんだよね」
「滅茶苦茶過激派じゃねぇか。大丈夫な訳?」
「大丈夫だよ、樹も知ってるし。強いし良い奴だよ。たまに変だけど」


 「たまに変」という言葉を使われる人は大抵「とても変」だって俺は知っている。だってまだあったことも無い相手の為に、学園での権利を捨てられる程の人間だぞ。絶対やばい。しかも、樹と律の知り合いの「鳥丸」なんて、確実に『花鳥風月』の一員だ。お家騒動には巻き込まれたくない。既に呼んでしまっていなかったらお断りしている案件である。
 

「あ、寮に着いたって。迎えに行ってくるね」


 マイペースな律はのんびりと部屋を出ていく。皿を洗いながら、早くシャワー浴びたいと呟く。それを聞いた樹が拭きながらクスリと笑った。
 カチャリ、と扉が開く。律の声ともう1人、少し低めの穏やかな声が聞こえてきた。てっきり一見先輩タイプパッパラパーかと思っていたので少し意外である。入ってきたのは、随分と背の高い、しかしどうにも目立たない「普通」の男だった。
 皿洗いを中断して、ソファに座る。俺と樹が隣に座り、対面に律と男が座る。……すごく視線が痛い。真顔で此方をガン見してくる男と、何となく目を合わせられず机の上のおはぎを見つめる俺。


「初めまして。鳥丸 氷雨とりまる ひさめです。1年Cクラス。あと『花鳥風月』の鳥にあたる鳥海家の分家序列2位の次男。でも家のことは兄の時雨しぐれ担当だから気にしないでください」


 怒涛の自己紹介に圧倒されながらも、とりあえず頷いておく。基本的に顔面偏差値が高めのこの学園においては平均的な容姿に当たるであろう彼は、しかし名家の威厳と言うべきか、容姿以上の存在感がある。


「あの、側仕えを探してて」
「お任せ下さい」
「いや、その、まだ考え中で」
「お任せ下さい」
「もうちょっと色んな人と関わってから……みたいな」
「お任せ下さい」


 思わず涙目で樹の顔を仰ぎ見る。圧が強い。呆れた表情の樹が鳥丸を静止し、口を開く。


「まずは自己アピールをした方がいい」


 違う、そうじゃない。
 しかし「成程」と呟いた鳥丸はしばし逡巡し、再び真っ直ぐな目で俺を見つめる。だから圧が強い。

 一目惚れのきっかけは行きの船の中での寝顔がだったことらしい。あの時は怪我で見た目は結構ボロボロだったと思うのだが、「武」で国を支えてきた『鳥』にとっては取るに足らない怪我だったようだ。ともあれ、「護る」ことを本懐としている鳥丸家の次男にとって、俺は庇護欲を最大限に擽る存在になったという。しかし、彼はBクラス。側仕えとして支えることは出来ない。親衛隊に入ることも考えたが、雑多な人間の中の一人なんて矜持が許さない。


「そうだ、クラス落ちしよう、と思いまして。理事長の温室の花壇の花をポキッと」
「過激過ぎない?」
「あ、大丈夫ですよ。枯れかけの奴を剪定しただけなので、後で感謝されて罪は不法侵入だけに留まりました」


 Cに落ちた彼には当然SやAから沢山従者になれというアプローチが届いたらしいが、律か樹からの紹介を信じてずっと断ってきたのだという。因みに、兄には一途な愛を貫くさまを褒められたという。成程、「おうち柄」と言うやつだ。
 しかし、性質のヤバさは置いておいて、強いらしいしちゃんと好きでいてくれているらしいし、割と良い相手である気がしてきた。ーー人はそれを洗脳というが。


「……あと俺、中学時代はずっと成績学年20位以内でした」
「よしのった。課題見せて!」
「お任せ下さい」


 ガシッと固い握手を交わす俺と鳥丸。良かった~とニコニコと笑う律と頭を抱える樹。2人にも感謝しなければ。鳥丸の隣に座り、真顔で写真を撮る。早速無理やり入れられた菖蒲先輩のアドレスに添付して「側仕え出来ました☆」と送っておく。直ぐにバイブ音がなったが、面倒くさそうなので放置しておいた。
 側仕えの手続きとしては、寮監・担任・理事長に書類提出が必要らしい。正式に側仕えになれば、従者クラスの生徒でも、迎えや手続きがなくても扉の横にある機械に端末をかざすだけで、Aの寮や教室を行き来出来るという。
 迎えに行くついでに取ってきてくれていた書類に2人でサラサラと署名していく。鳥丸が明日提出しておいてくれると言うので、ありがたく任せる事にした。









 消灯の時間が近づいてきたので、鳥丸は取り敢えず帰らせ、シャワーを浴びる。毎日が濃厚すぎて、楽しいが疲れもたまる。でも、街に逃げていた時と同じくらい楽しい気がする。浴室の鏡に移る自分の顔が思ったよりも穏やかで、嬉しくなる。親に命令されていやいや入ったけれど、感謝しよう。
 明日は美容院でリタッチカラーだな、なんて考えながら、鼻歌を歌う。











「ほんっと、可愛いよねー統真はさ」


 フンフフーン、と微かな鼻歌が聞こえてくる。入学してからの騒動が嘘のように穏やかな空間に、樹と律はくすくすと笑う。


「身の回り全部『花鳥風月』に固められてることに気付くのはいつになるのかな」


 そう、律がなんの打算もなく鳥丸を紹介するはずがない。樹と律は統真が「しんどい」と弱音を吐いた時に思ったのだ。俺達が
と。『位持ち』なんて比ではない立場を持つ『花鳥風月』に、統真を引き込んでしまえばいいのだと。
 同室は花染と月待、親衛隊は菖蒲、側仕えは鳥丸。このまま上手く行けば、統真の魅力で『花鳥風月』をまとめあげ、百地をなんの当たり障りもなく世論を味方につけて潰すことだってできるようになる。


「ふぁー、気持ちよかった」
「おつかれ、統真。そろそろ寝よっか」
「髪乾かすぞ」
「頼むわー。俺髪乾かすの苦手」


 樹は自分の足元でうとうとと目を瞬かせる統真の髪の毛を柔らかく梳き、うっそりと笑う。
 そうだよ、統真。統真はただ、俺たちに甘やかされていればいい。そうしていつか自分の足で立てなくなって、俺達に縋りつくようになればいい。
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