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第1章 後悔先に立たず
05.
しおりを挟むあの菖蒲 杏椰を号泣させたという噂は瞬く間に学園中に広まった訳で。放課後になる頃には教室から廊下から、歩く場所全てで様々な感情を込めた視線の攻撃を喰らう羽目になった。タブレット端末には初期設定の時点で登録されていた理事長のアドレスから「やってんね~笑笑」とメールが来ていたので受信拒否にしておいた。しかし、菖蒲先輩はファンが多いらしいので、正直絶対なにか女同士でよくあるいざこざみたいなものが起こると思っていたが、意外にも突っかかってくる人もおらず、寧ろ「キスして欲しい」とせがまれる方が多かった。
あの後樹と律は俺のキスで腰砕けになった菖蒲先輩の話を聞いて大爆笑をしてよくやったと褒めてくれた。きっとこの2人は過去に菖蒲先輩にいじめられたのだろうと思う。玲太は顔を赤らめて俯いていた。
「統真様、そろそろいいですかぁ?」
きゅるん、と大きな目を瞬かせてこちらを見つめる千種の声にのんびり席を立つ。また後で、と見送ってくれる2人に手を振って教室を出る。ふわりと欠伸が漏れた。
「おねむですかぁ?」
「あー、昨日徹夜でゲームしたから」
「今日は早めに終わるのでご安心下さいね!」
「頼むわ」
軽快に進む会話は非常に気が楽で心地良い。対面こそ最悪であったが、俺は割とこいつの事が好きな方だ。初対面でもないので気安いのもあるが、ぶりっ子であざとい割にめちゃくちゃ男らしい所もあって、そのギャップが面白い。例えば、千種は自惚れではなく俺以外の人間に全く興味がないらしい。律や樹が彼にどれだけ怒っても素知らぬ顔をするのもそれが理由だ。人の助言や苦言、懇願、何もかもが本気に聞こえない。心に響かない。
「言っとくけど、俺が許してやっただけでお前らがやった事って犯罪行為になりかねない事だからその辺無視すんなよ」
「……統真様に許してもらう以上のこと、求めてないのでぇ」
「次はねぇぞってことなんだけど」
「統真様がそう言うならその通りに」
うっさんくせぇ。顔を顰めると、可愛らしい顔でフフっと笑う。俺の発言だって響いてないくせに、何が「統真様」だって言ってやりたい。だけど、何となくそれを言うのは良くない気がして口を噤んだ。
「お優しいですねぇ、統真様は」
「無駄口は叩かない主義」
「あはは、これでも誰かを好きになったの初めてなんでぇ、上手い関わり方が分からないって言うかぁ……」
「あとさ、統真様っていうのやめない?お前はダメでしょ」
俺の言葉に、ぴくりと身体を揺らし、上がった口角のまま視線を下げる千種が何故か泣き出しそうに見えて、少し乱暴に頭を撫でる。驚いて顔を上げる彼の顎をやんわりと掴み、こちらを向かせる。顔が微かに赤らむのを見つめながら、小さく 嗤った。
「お前、本当に俺のこと好きなわけ?」
「え、あ、と、統真様?」
「別に他人に興味がなくても嫌いでもいいんじゃない?……いつかお前を本当に思ってくれる人の声に気付けたら何か変わるかもだけど。……でも、それは俺じゃない誰かだ」
「……じゃあそんな人、一生いないままですよぉ」
泣き出しそうに笑う千種。容姿が女っぽいのもあって同情心も湧いてくるが、ぐっと堪えて離れる。
俺と千種は境遇が似ているから、きっと彼は罪悪感のようなものが心の奥底に巣食っているだけで、それを俺だけを特別だと「勘違い」しているのだろう。
『花鳥風月』と呼ばれる「花染」や「月待」のような名家があるように、他にも系列や出自等が似ている何家か纏めて渾名で呼ばれる家々がある。例えば現生徒会長、冷泉 龍我の家もそうで、「冷泉」「貴船」「宝華」「神楽」の四家を合わせた『四天』もそれだ。『花鳥風月』が大昔から天皇家を支えてきた古き名家だとすれば、『四天』は現代の世界中で活躍するVIPだと思ってくれればわかりやすいと思う。
その中で、俺や千種の家は、『位持ち』と呼ばれる。「一見」「十時」「百地」「千種」「万波」の五家がそれに当たるのだが、一文字目を見てもらえばわかる通り、数字の位から取られただけのあだ名で、別に名誉ある位を与えられたとかでもなんでもない。
『位持ち』は、家の古さでいえば『花鳥風月』と同じくらいで平安時代も半ばという時期に生まれた名家ではあるが、そのどれもが中流貴族止まりでその先も大した発展もすることなくそこそこを維持してきた。弱い犬ほどよく吠えるとはよく言ったもので、身分の割になまじ古い分プライドだけは一丁前に高く、厳しい規律や政略結婚で五家の間での根強い繋がりを維持することでそこそこの立場を現代社会にまで残してきた。
しかし、そんな家で当然子どもたちが自由になれる訳もない。家同士の繋がりを深める為に他の家々と違って幼等部から『麗蘭学園』に入ることの無い俺たちはお互いのことを小さな頃からよくよく知っている。この学園に入ったのは『位持ち』の中では俺が最後だったから3年間丸々合わない期間はあったものの、俺と千種ほか三家は所謂幼馴染だ。そこには親の打算しか無いのだが。
だからこそ、中等部から入ったという千種がそうなってしまった理由もわかる。俺だってずっと壊れそうだったのだ。親に逆らう事なんて考えもしない小学生の頃なんて、ただ傀儡になるだけの日々だった。人の言葉が全部中身のない愛想に聞こえても仕方がないと思う。
「俺の言葉を信じろなんて言わない。そんな責任持てないしね。ただ、俺なんて見なくても、意外と周りは怖い人だらけじゃない」
小学生の頃、大人たちに連れられて躾されたのも、大人同士の繋がりの為に餌にされたのも、全部同じだから。だからこそ俺だけ逃げられなかった事を彼らが負い目に感じる必要は無い。逃げられなかったからこそ、俺は女の子たちに愛を貰ったし、信じられる友人も沢山できた。
ただ、必死の反抗すらもねじ伏せられて、『位持ち』からは一生逃げられないとこの身に少しだけ多めに刻み込まれただけだ。
「千種の好きが俺への負い目からくるものなら、やめて欲しい。『位持ち』は対等だろ?」
「そんなつもりないですよぅ!……『位持ち』なんてどうでもいいプライドよりも、僕は僕の想いを大事にしたいです」
「……」
千種の必死の言葉を聞いて、思わず顔を歪めてしまう。同じ『位持ち』の千種が親衛隊副隊長というのは家的に非常にまずい。位持ちの五家は常に対等でなければならないと言われてきたし、卒業して学園という逃げ場を奪われた時に、千種と俺はきっと手酷い仕置きを受けるはずだ。千種もそれをわかっていて俺を好きだと言ってくれているのだから嬉しいのは嬉しいが、ほか三家がどうでるか。
廊下の真っ只中で顰めっ面で固まる俺たち。いつの間にか親衛隊が集合している部屋に着いていたようで、痺れを切らした菖蒲先輩がイライラとした表情で出て来た。千種は綺麗な笑顔になる。
「いつまで待っとったらええねんはよ入りぃ。統真様、来て下さって有難うございます」
「あ、はい」
惚ける俺と千種を引き離し、千種を教室に蹴り入れると(素晴らしくよく飛んだ)俺に甘ったるい顔で微笑む。どうせ、千種と俺の関係も知っていて、今の話も聞いていたのだろう。
「千種もあれで良い奴なんで、親衛隊外で可愛がってやってくださいね」
「中等部からの知り合いやからなぁ、愛着も湧くってもんですわ。親衛隊である限りは『菖蒲』が守りますよって」
こめかみに青筋が浮かんでいるかもしれない。……まぁ、菖蒲先輩がいるなら、千種は大丈夫だろう。少しだけ羨ましくて、目の前の彼から目を逸らし、伏せる。ーー俺はきっと百地から逃げられる日は来ないけれど。
ガラリと扉を開け、中に入った俺はーーそのままずっこけた。
「やっほー百地、おひさ!」
「あっは、やっぱりびっくりしてる」
「仕方ないっすよ、俺たちっすから」
先程まで話題にしていた『位持ち』全員がそこにいるなんて、誰が想像するというのだろう。しかも、完全見た目不良3人組だ。ブリーチのしすぎで傷んでそうなピンクの髪の一見 涼介、緑の髪の十時 和麻、紫の髪の万波 颯。親の目がないからってはっちゃけすぎでは無いだろうか。まぁ、親の前で堂々と赤髪にしてぶちギレられた俺が言うことではないが。
「……なんで『位持ち』全員が揃ってるんだ……対等とは……?俺の記憶違い?」
混乱する俺を教卓の椅子に無理矢理座らせた千種は、ドッキリ大成功ですぅ、とニコニコ笑うと自分も親衛隊の生徒たちと同じように座席に腰を下ろした。それにしても、随分と人数が多い。教室の座席では足りず、壁沿いに立っている生徒も数人いる。動揺し過ぎて言葉が出ない俺の代わりに、菖蒲先輩が口を開いた。淡々と親衛隊の紹介を進めてくれるのはいいが、全く入ってこない。
「ほな、自己紹介から始めよかぁ。俺たちは統真様に心底惚れきって、統真様を護りたい、助けたいって思っとる人間の集まりや」
「護りたい、ねぇ」
「うぐっ……そ、それで、『百地隊』47人はこれより百地 統真様に忠誠を誓い、絶対服従しますんで、要は『側仕え』が47人いると思ってくれたらいいですわ」
菖蒲先輩によると、俺の親衛隊は「掛け持ち禁止」らしく、完全に俺の親衛隊だけを希望している生徒のみで構成されている。菖蒲先輩の圧迫面接に打ち勝った生徒がここに集結したという訳だ。
しかし、そんなことはどうでもいい。動揺から立ち直った俺は、真っ直ぐに派手頭共を睨みつけた。部屋の気温が心なし下がったような気がする。
「一見先輩、十時先輩、千種、万波。絶対服従なら命令します。今すぐ親衛隊をやめて下さい」
「聞けなーい!ごめぴ!」
「あは、無理無理だってすっげぇタイプなんだもん」
「すんませんっす!それだけは聞けないっす!」
「……というわけなんでぇ、因みに僕もお断りしまぁす!」
満面の笑みで命令を無視して笑い合う彼らを、呆れ混じりに眺める親衛隊。おい、なんでいい雰囲気になってんだ。何が「それ程までに熱い想い、流石幹部様!」だ。待て待て幹部なんてもっと聞いていない。『位持ち』は対等でないと行けないんだ。ーーじゃないと、親が。
どくり、と心臓が嫌な音を立てるのが聞こえた気がした。俺の首に首輪をかけ、足枷をつけ、家を出る前日までひたすらに教育をしてきた両親の姿がチラつく。降り注ぐ痛みと悲しみと恐怖。親に逆らえばどうなるかなんて、彼らもわかっているはずなのに。何故そんな呑気に笑っていられるんだろう。
「あのですね、親衛隊ってつまりは俺の『下』につくってことなんでしょう?そんなのダメに決まってるでしょうが」
「百地いつの間にそんな親みたいなこと言うようになっちゃったのー!?マジ無理なんだけど!」
「一見先輩、」
「俺らの代で親さっさと蒸発させて変えれば良くなーい?やっぱ3年の間色々されてたっぽいけど、可愛い弟分が傷だらけで入学してきたこっちの身にもなれって感じ!マジやばいから!」
カタカタとパソコンを操作しながら愚痴る一見先輩の目は全く笑っていなくて、思わずビクリと震えてしまう。菖蒲先輩にヤられた時にしっかり傷や首輪痕も見られていたらしい。一見先輩にもたれ掛かるようにして座っている十時先輩も、ニヤリと笑った。万波も激し目に頷いている。
「お前が千種と万波と一緒に入ってこなかった時、どんだけ焦ったかなんてわかんねぇだろぉ?まして、首に包帯額にガーゼなんて姿で船に乗ってきた映像見た時なんか、息詰まって死ぬかと思ったぁ、あは」
「ほんとっすよ!頼むから幸せになって欲しいんす!その手助けがしたいだけっす」
なら、先輩、友達だけの関係でいいじゃないか。そう吐き捨てた俺は、背後から菖蒲先輩に覆い被さるように抱き締められた。
「好意を無下に扱ったらあかんよーー悪意になるから」
「そうだそうだー!」
「あは、このままいさせてくれないってんならじゃあ、ぶち犯そっかなぁ」
「うわ!十時先輩最低っすね!」
「お前と千種は前科一犯だよなぁ?」
彼らの物騒なセリフと共に固くなる菖蒲先輩の拘束に1週間前の地獄を身体を思い出し、青ざめる。他の生徒達の目も情欲に染まっていきそうな気配に焦った俺は、もはや叫ぶように肯定するしか無かった。
「わかった!わかりましたから、どうなっても俺は悪くないですから、」
俺の悲鳴のような声を聞いた彼らはニヤリと笑い、ハイタッチをする。教卓に沈みこんだ俺を慰めるように菖蒲先輩は頭を撫でる。前から思ってたけどこの人、手テクやばい。気持ちいい
「言質とったりー!じゃあ自己紹介再開しよっか!俺は第一幹部の一見 涼介だよーよろぴ!」
「あは、俺は十時 和麻。第二幹部」
「俺は万波 颯っす!第三幹部っす!」
「そして僕が、千種 小詩。親衛隊副隊長ですよぉ」
「んで、俺は菖蒲 杏椰、隊長や。どうぞよろしゅう」
菖蒲先輩の声に、全員がいっせいにお辞儀をする。行き届いた教育にため息も出ず、右手をのろり上げるに留まった。自己紹介をしてとりあえず会釈すると、拍手喝采が沸き起こる。
「改めて、百地 統真です。長い間よろしくお願いいたします」
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