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第1章 後悔先に立たず
02.
しおりを挟むすごく楽しい。
寮監に「観光したい」と伝えると、すぐに小さな馬車を用意してくれた。街に出ると、レンガ造りの古風な建物の中にゲームセンターやコンビニ、スーパーなどもあって、時代錯誤な感じが面白い。遊園地は少し遠くの中等部の近くになるらしく、今の時間から行くと消灯まで間に合わない(馬車は時間がかかるのだ)ようなので今回は断念するが、それでも十分なほど街並みが素晴らしいのだ。行く先々で大喜びで写真を撮りまくる俺を生暖かい目で眺める3人。
とりあえず何か食べようとオシャレな雰囲気のカフェに入り、テラス席に座る。置かれていたタブレット端末から各々食事を頼んでいく。少し遅い昼ご飯になってしまうが、夕ご飯まで待てない。俺は食が細い方なので、Sサイズのブルーベリーソースのパンケーキとロイヤルミルクティーのセットにすることにした。自分の端末を翳し、会計を済ませる。
注文が終わり、皆力が抜けたように椅子に凭れ掛かる。……本当に疲れた。
「す、すごいね……本当に、別世界にきちゃったみたい」
「理事長の趣味で一から作られたらしいぞ」
「へぇ、なんで知ってんの?」
「さっき本人から聞いた」
理事長になんて会ったっけ?と首を傾げると、そんな俺を見て花染も首を傾げた。見つめ合う俺たちをオロオロと眺める御堂とニヤニヤ笑う月待。月待が面白そうに笑いながら口を開いた。
「さっき思いっきりビンタしてたじゃん」
「…………え、あれ理事長なの!?」
「やっぱり知らなかったか……」
呆れ顔でため息を吐く花染。どうやら情報系のテレビ等にもよく出演している有名人らしい。御堂も当然知っていたらしく、困った顔をされた。
そうしているうちにパンケーキが届いたので、お礼を言ってフォークとナイフに手をつける。店員の男性は目を見開き、頬を染めて「ごゆっくり」と笑ってくれた。
「百地くんって魔性だよねー……。統真って呼んでいい?」
「結局最後にモテるのはマナーがちゃんとしてる男だからね。いいよ、俺も律って言うわ」
嬉しそうに笑う律が可愛くて思わず頭を撫でると、律にも頭を撫でられた。御堂と花染のことも樹、玲太と呼ぶと2人とも嬉しそうに返してくれる。
パンケーキはふわふわで、キラキラと輝くブルーベリーソースとバニラアイスと絡めて食べると口の中で蕩けて混ざり、甘い味が広がる。紅茶のスッキリした味が甘味を中和してくれるので、パクパクと食べ進めることが出来る。夢中になって食べる俺は、近づく足音に全く気づくことが出来なかった。
「やぁ、先程はお疲れ様」
「!り、理事長様」
樹が慌てたように立ち上がるが、優しく止められ大人しく座る。先程までのふわふわした時間が終わるのはいやだから早く帰って欲しい。
帰れの念を送りながら理事長を見つめると、にこりと微笑んだ理事長は逆に隣のテーブルの椅子を俺の隣に引き寄せてきて座る。ムカつくので場所は空けなかった。
「随分と嫌われてしまったなぁ」
「……」
「おや、随分大人しい」
当たり前だ。理事長なんかに楯突いてクラス落ちさせられたら堪らない。理事長ってことはつまりこの島の全権をになっている王様だ。学園にいる限り、絶対に嫌われてはいけない。
「その、ビンタしてごめんなさい」
「おやおや、私のお巫山戯で大層怖がらせてしまったからね、気にしなくていい。せめてここの食事は私が持たせてもらおう」
「わーいありがとうございまーす。聞いた?タダだってラッキー」
思わぬタダ飯に嬉しくなる。にっこり笑ってパンケーキを口に含む。樹と律は苦笑いで理事長にありがとうございます、とお辞儀している。玲太は小刻みにプルプルしている。ふわふわの髪の毛も相まってトイプードルみたいだ。
理事長はエスプレッソを注文し、椅子に深く腰かけた。
理事長の話によると、ただの案内役を理事長自ら演じることで、「きちんと理事長について知っているか(特に名家の子息の場合)」「知らない場合、ただの案内役にマナーある態度をとれるか」を調べているらしい。俺の場合少し特殊なので、1つ目に関しては見逃されたようだが、馬車で同じだったふたりは、そこそこの名家にも関わらず理事長に気づかず、さらに失礼な態度を取ったために、生徒会の不興を買ったらしい。よかった、罵倒は心の中に留めておいて。実はクラス発表の時散々愚痴ってましたとも言えず、静かに頷いておく。
それにしても、随分と顔面偏差値高めの空間が出来上がっている。理事長はいかにもデキる男と言った風体で、男の俺でもゾクリとするようなエロい顔をしている。仲良くしていたバーのカマ店長が喜びそうな顔だ。
樹は染めたことの無さそうな艶のある黒髪で、顔もクールで真面目そう。ツリ目がちな目は少しきつい印象も与えそうだが、絶対女子ウケするタイプだ。
対照的に、律は明るい茶色の髪に青色の目。聞いた所によるとクォーターらしいが、成程距離も近いしスキンシップも激しめだ。しかし、優しげなタレ目と大きな口の可愛らしい顔で近寄ってこられて嫌がる女は絶対いない。
玲太は手入れを怠った髪とダサい私服で一見ただのキモオタ陰キャ(口が悪すぎる、と後に怒られた)だがよく見れば目は大きいし整っている。まさにトイプードルだ。この後是非とも美容院に連れていきたい。
つるんでいた女の子たちが見たらさぞ喜ぶだろうな、とぼんやりと考えていると、珈琲を飲み終わったらしい理事長にゆっくりと覗き込まれる。
「疲れてしまったかな。私はそろそろ帰るが、君たちもそろそろ出た方がいい。馬車は時間がかかるからね」
「あ、スーパーよらないと……」
「寮室に1つ置かれている端末で郵送してもらえるから、今日はそれで頼みなさい。他にも基本的には街で買い物しなくても郵送して貰える」
勿論、お出かけを楽しみたい子は自分で行くけれど、馬車が面倒くさくて学年が上がるほど出かけなくなってしまって私は悲しい、と苦笑する。確かにのんびり進む馬車は急ぎの用事には不向きだろう。なんにしても郵送してもらえるのは助かる。頷けば、理事長は優しげに微笑んで店から出ていった。
緊張から解放され、大きく息を吐く。全員の溜め息が被り、笑ってしまった。
「帰るかー」
「またお腹すいてきた」
「り、律くん大食いだね……」
「此奴は食べすぎだ」
「うるさいよ樹!成長期なの!」
「どうだか」
幼馴染らしい2人の掛け合いに玲太とケラケラ笑う。あぁ、楽しいなぁ。
玲太と別れ寮に戻ると、先程まではいなかった在校生の視線が一気に集まる。思わずビクリと震える。律と一緒に樹の後ろに隠れる。寮監が近づいてくる。
「お帰り。お疲れのところで申し訳ないんだけど、皆君たちの事が気になって仕方ないみたいで、各学年のAの子たち全員ロビーに集まっちゃってね……。挨拶だけしてもらってもいい?」
通りで人数が多いわけだ。
しかし、理事長の「普通はCかD」発言からてっきり歓迎されないと思っていたため、思ったよりも歓迎されている様子に少しだけ安心する。恐る恐る樹の背中から離れる。
すると、顔を赤らめて1人の少年が走ってくるのが見える。ポカンと口を空けて見ていると、少年は律の前で止まった。
「月待様、お待ちしておりました……!あ、花染様もいらっしゃったんですね」
「月出、久しぶりー」
「お前相変わらずだな……」
急に内輪の盛り上がりが始まって戸惑ってしまう。混ざることも出来ず、とりあえず端末を弄って待っていると、退屈そうな俺に気づいた律が焦ったように覗き込んでくる。樹も申し訳なさそうで、こっちも申し訳なくなる。
「と、統真ごめんね。この子は月出って言って、俺の家の分家筋なんだ」
「俺達は我儘を言ってこの学校に中学まで入らなかったから、久々の再開でな……仲間外れにしたかった訳じゃない」
「や、いいよいいよ、お前らの知り合い結構いるっぽいし、樹も律も良い奴だから皆会えて嬉しいんでしょ」
俺がそう言うと、生徒たちがうんうんと大きく頷いている。ーーだって、花染と月待なんて、家での教育なんて右から左だった俺でも知っている名家だ。
この国には大昔から続く名家というものがいくつかある。例えば、古来から天皇家を支えてきた『花鳥風月』と呼ばれる名家が、代表的だろう。「政の花染」、「武の鳥海」、「芸事の風祭」、「神事の月待」として今なお各界を支えている。他にもグループ化されている名家は沢山あるし、そうでなくても権力を持つ名家は沢山ある。
彼らも本来なら俺如きが喋っていい相手じゃないのかもしれない。歓迎されていたのは2人だけだと思うと、疲労がぶり返してくるようだった。
しかし、俺の発言を聞いた月出は、待ってましたとばかりに俺の前へと駆け寄り、何故かしゃがみこんだ。
「大変失礼致しました……!はじめまして、月出 蛍と申します。自己紹介、とても可愛らしかったです。これからぜひ仲良くしてください!」
自己紹介を持ち出され、顔を赤らめてしまう。しかし、律に不相応だと吊し上げられるわけではないらしい。とりあえず俺もしゃがみこんで差し出される手をゆっくりと握ると、満面の笑みでブンブンと振られた。
立ち上がって律と樹を振り返ると、安心したような顔で抱きしめてくれる。嬉しいけれど、とりあえず困っている寮監の為に挨拶した方がいいのではないだろうか。この中で一番無名なのは俺だから、挨拶というのは俺がすべきなのだろう。
「はじめまして、この度Aクラスに入学することになった、百地 統真です。わからないことばっかりでご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします……?」
「なんで聞いた?」
「ーーブフッ」
注目の中挨拶するのは恥ずかしくてどんどん尻すぼみになってしまう。しかし皆良かったぞー、なんでも聞いてくれ、と拍手してくれる。樹と律も当たり障りなく挨拶を済ませた。
夕食を作る気力もないので、そのままロビーのカウンターで夕食を取る。カレーライスをモグモグと食べていると、隣に座っていた月出が口を開いた。
「これから生活するにあたって、注意すべき点を教えさせていただきます」
1つ、生徒会や風紀委員ほか、Sクラスにいる役持ちの人間には極力関わらないこと。「親衛隊」とやらが騒ぐらしい。
1つ、早めに『側仕え』を決めること。特に顔も良く身分も高いと、外では簡単に好きにできない分、Sクラスに狙われやすいのだという。しかも、Aは他の人の側仕えには「なれない」ので、傷つけても学園内の従者制度に反しない唯一のクラスなのだ。哀れみの目で2人を見つめると、「百地様もです」と諌められた。
1つ、自分の親衛隊には近づきすぎないこと。時にはファンこそが最も危険な敵に成りうるらしい。可愛さ余って憎さ百倍ということか。よく分からない。
「親衛隊ってなに?」
「従者制度に関係なく、対象に好意を抱く生徒たちが集まって作る、学園公式のファンクラブのようなものです。ちなみに月待様の親衛隊隊長は僕です」
そして、月出は気まずそうに目を逸らし、オムライスを口に運んだ。
「ーーその、百地様も明日には出来てると思います」
「ーー来るとは思ってたが……」
生徒会会長、冷泉 龍我は恐ろしい程に整いきった顔を、不快そうに歪めた。視線の先には1枚の用紙。
『親衛隊発足願ーー対象者:百地 統真』
それ自体は別にいい。問題は冷泉にこれを提出してきた目の前の人物にある。睨みあげられた当の本人は、ゆったりと告げる。
「ーーあんさんの好みが俺と同じなんくらい、もう知っとるやろ?」
緊迫した空気が流れる。
「えらい性癖持ちの生徒会長から護ったらんとなぁ思って。ーーちょっとでも触れてみぃ、殺したるからなァ」
苛立たしげな舌打ちが夜の生徒会室に響いた。しかし、冷泉は鼻で笑う。
「花染が黙ってねぇだろ」
「……ハッ、知らんわあんなボンクラ」
新『百地 統真親衛隊隊長』、菖蒲 杏椰は取り出した百地の写真を見つめ、顔を緩めた。ーー写真にはパンケーキをモグモグと食べ、頬をふくらませる百地が写っていた。
「こぉいうタイプは、囲って、ドロッドロに甘やかして、ひたすら快楽漬けにして、外で息なんて出来んようにすんのがえぇねんーーどないに綺麗な声で啼くんやろなぁ。」
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