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異世界
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セオドアが病を克服し、成人の儀も終えて、ヒロにやれることはもうない。この世界に来た始めの約束通り、ヒロは元の世界に帰ることになった。
アルフィに連れられて、懐かしい祈祷場に足を踏み入れると、ローガンが地面にガリガリと何かを描いていた。
「ローガン様」
「おお、ヒロか」
ローガンが振り返ると、元の世界から来た時の格好で、ヒロが立っていた。
久しぶりに身につけた向こうの服は、違和感でしかなかった。ちょうど仕事場から帰る途中に、こちらの世界に来たんだっけ、とヒロは思い返す。
帰ったら、たしか次の日は休みだったはず。その間に仕事の調子を取り戻しておかないと。時が止まっているのもそうだが、翌日が休みであることもラッキーだった。
「セオドア様への挨拶はもう良いのか?」
「はい。またすぐ会えるからって」
「やれ、老体に負担をかけるのう」
ローガンはそう言いながらも、楽しそうに笑った。
「そう簡単に世界を行き来はできんと言うべきじゃろうか」
「そうしたらセオドア様、こちらの世界に来かねないですよ」
「それは困るのう。いやしかし、本来ならそうなのだ。じゃが、ヒロとセオドア様はそうではないようでな」
ローガンは顎髭をさする。
「病を治すなにかを呼んで、来たのがヒロじゃった。じゃから病を治せる人を呼んだのかと思ったんじゃが……どうやら、一番結びつきが強い魂を呼んでおったのかもしれん」
「結びつきが強い魂、ですか」
「うむ。まあつまるところ、赤い糸というやつじゃよ。一番の薬は愛じゃとな」
カッカッとローガンが笑うものなので、ヒロは冗談半分に聞いていた。
「今度はいつ来るのじゃ?」
「本当はセオドア様がこちらに来ると言っていたのですが、私の世界には獣人がいないので目立つと断って。私の方の仕事が落ち着いたらまた来たいと思います。でも連絡が取れないので……その……」
「なんじゃ」
「二日に一度は迎えに来るそうです」
ローガンに迷惑をかけて申し訳ない気持ちと、恥ずかしい気持ちが入り混じり、声が小さくなりながらヒロは言った。
ローガンは、気軽に飛べる荷物転送用ではないんじゃがのうと声を立てて笑っていた。
そんなことがあってから数日。ヒロは元の世界に戻っていた。久しぶりのコンクリートを、懐かしい気持ちで踏み締め、数ヶ月ぶりの我が家に帰って来た。時間は経過していないので、変わらずの我が家、冷蔵庫を開けてもあの日あのままの状態でヒロを迎えた。
休日を仕事のことを思い出しながら過ごしていた時、部屋の中心に突然、カッと光る紋章が現れ、かと思うとその上に現れたのはセオドアだった。二日に一度は来るというのは本気だったらしく、しかしヒロが帰った日の翌日だったのは、ちゃんと世界を跨げるか試したかったかららしい。そしてセオドアに連れられてあちらの世界に行くという、なんとも感慨深くもない世界渡りで再びローガンにこんにちはをしたのだった。
そんな感じで気軽に世界を行き来できるようになっているので、ヒロはまったく気が抜けない。眉毛を整えているところにセオドアがやって来たらどうしようと、変な気を回してしまう。
その結果、生活感に満ち溢れていた部屋は整い、見られたくないことをする時はお風呂場でするようになった。すっぴんは、すでに毎日見られていたから別にいいけれど、その他もろもろのことは隠しておきたいという乙女心である。
「ヒロ、迎えに来た」
仕事から帰ってご飯を作っていると、セオドアが現れる。時間のタイミングは良かったが、今日は料理に手をつけてしまっていた。
「セオドア、今日料理しちゃってるの。だから、ええと……良かったら食べていく?」
敬称と敬語を外してくれと言われたので、今ではだいぶフランクに話すようになった。
「良いのか!」
「肉じゃがだから、口に合うか分からないけど、良かったら」
「喜んでいただこう」
セオドアはもはや勝手知ったる感じで床に座る。ローテーブルがここでは普通だと最初に知ってから、座って物を食べるということを覚えてくれた。あちらの世界では、ベッド以外では履物を履いての生活が普通だったので、だいぶ馴染んでくれたのだと思う。
二つのお皿に肉じゃがを分けて入れて、お茶碗も二つ盛る。セオドアにはまだ箸は難しいのでスプーンを持って、彼のもとへ持っていく。品数が一品だが、一人暮らしなんてこんなものだ。ここにいつもなら納豆がつくけれど、セオドアは苦手そうなので出していない。
「では、いただきます」
「いただきます」
ヒロが手を合わせて挨拶をすると、セオドアもそれにならう。誰かに料理を食べさせる時は、いつも緊張する。
「……なんだかほっとする味だな」
「そう言ってもらえると嬉しい」
二人で食卓を囲むのも、最初は緊張したけれど、今では自然になってきた。
「最近、騎士団の仕事や公務の方はどう?」
セオドアは、騎士団に入り、訓練を行っている。それと同時に、弟のルカが王位を継いだ時に支えられるよう、国の公務の勉強を、国王の元でやっていた。
「忙しいけれど、病に伏していた時よりずっといい。いろんなことを学べるし、体をたくさん動かせてできることが増えるしで、楽しい。ルカは物覚えが良くて、すぐに抜かされるのではないかと気が気でないよ」
弟のルカが次の国王候補ということで、セオドアと一緒に国の勉学に励んでいる。競い合える兄弟がいることはいいことだと、ヒロはくすくす笑った。
「頑張らなきゃだね、お兄様」
「もちろん」
セオドアも笑った。
あっちの世界に行ったり、こっちの世界で生活したりしながら、これからも不思議な出会いをしたセオドアと生きていくのだろう。
ふと落とされた唇は、甘くて優しい肉じゃがの味がした。
終
アルフィに連れられて、懐かしい祈祷場に足を踏み入れると、ローガンが地面にガリガリと何かを描いていた。
「ローガン様」
「おお、ヒロか」
ローガンが振り返ると、元の世界から来た時の格好で、ヒロが立っていた。
久しぶりに身につけた向こうの服は、違和感でしかなかった。ちょうど仕事場から帰る途中に、こちらの世界に来たんだっけ、とヒロは思い返す。
帰ったら、たしか次の日は休みだったはず。その間に仕事の調子を取り戻しておかないと。時が止まっているのもそうだが、翌日が休みであることもラッキーだった。
「セオドア様への挨拶はもう良いのか?」
「はい。またすぐ会えるからって」
「やれ、老体に負担をかけるのう」
ローガンはそう言いながらも、楽しそうに笑った。
「そう簡単に世界を行き来はできんと言うべきじゃろうか」
「そうしたらセオドア様、こちらの世界に来かねないですよ」
「それは困るのう。いやしかし、本来ならそうなのだ。じゃが、ヒロとセオドア様はそうではないようでな」
ローガンは顎髭をさする。
「病を治すなにかを呼んで、来たのがヒロじゃった。じゃから病を治せる人を呼んだのかと思ったんじゃが……どうやら、一番結びつきが強い魂を呼んでおったのかもしれん」
「結びつきが強い魂、ですか」
「うむ。まあつまるところ、赤い糸というやつじゃよ。一番の薬は愛じゃとな」
カッカッとローガンが笑うものなので、ヒロは冗談半分に聞いていた。
「今度はいつ来るのじゃ?」
「本当はセオドア様がこちらに来ると言っていたのですが、私の世界には獣人がいないので目立つと断って。私の方の仕事が落ち着いたらまた来たいと思います。でも連絡が取れないので……その……」
「なんじゃ」
「二日に一度は迎えに来るそうです」
ローガンに迷惑をかけて申し訳ない気持ちと、恥ずかしい気持ちが入り混じり、声が小さくなりながらヒロは言った。
ローガンは、気軽に飛べる荷物転送用ではないんじゃがのうと声を立てて笑っていた。
そんなことがあってから数日。ヒロは元の世界に戻っていた。久しぶりのコンクリートを、懐かしい気持ちで踏み締め、数ヶ月ぶりの我が家に帰って来た。時間は経過していないので、変わらずの我が家、冷蔵庫を開けてもあの日あのままの状態でヒロを迎えた。
休日を仕事のことを思い出しながら過ごしていた時、部屋の中心に突然、カッと光る紋章が現れ、かと思うとその上に現れたのはセオドアだった。二日に一度は来るというのは本気だったらしく、しかしヒロが帰った日の翌日だったのは、ちゃんと世界を跨げるか試したかったかららしい。そしてセオドアに連れられてあちらの世界に行くという、なんとも感慨深くもない世界渡りで再びローガンにこんにちはをしたのだった。
そんな感じで気軽に世界を行き来できるようになっているので、ヒロはまったく気が抜けない。眉毛を整えているところにセオドアがやって来たらどうしようと、変な気を回してしまう。
その結果、生活感に満ち溢れていた部屋は整い、見られたくないことをする時はお風呂場でするようになった。すっぴんは、すでに毎日見られていたから別にいいけれど、その他もろもろのことは隠しておきたいという乙女心である。
「ヒロ、迎えに来た」
仕事から帰ってご飯を作っていると、セオドアが現れる。時間のタイミングは良かったが、今日は料理に手をつけてしまっていた。
「セオドア、今日料理しちゃってるの。だから、ええと……良かったら食べていく?」
敬称と敬語を外してくれと言われたので、今ではだいぶフランクに話すようになった。
「良いのか!」
「肉じゃがだから、口に合うか分からないけど、良かったら」
「喜んでいただこう」
セオドアはもはや勝手知ったる感じで床に座る。ローテーブルがここでは普通だと最初に知ってから、座って物を食べるということを覚えてくれた。あちらの世界では、ベッド以外では履物を履いての生活が普通だったので、だいぶ馴染んでくれたのだと思う。
二つのお皿に肉じゃがを分けて入れて、お茶碗も二つ盛る。セオドアにはまだ箸は難しいのでスプーンを持って、彼のもとへ持っていく。品数が一品だが、一人暮らしなんてこんなものだ。ここにいつもなら納豆がつくけれど、セオドアは苦手そうなので出していない。
「では、いただきます」
「いただきます」
ヒロが手を合わせて挨拶をすると、セオドアもそれにならう。誰かに料理を食べさせる時は、いつも緊張する。
「……なんだかほっとする味だな」
「そう言ってもらえると嬉しい」
二人で食卓を囲むのも、最初は緊張したけれど、今では自然になってきた。
「最近、騎士団の仕事や公務の方はどう?」
セオドアは、騎士団に入り、訓練を行っている。それと同時に、弟のルカが王位を継いだ時に支えられるよう、国の公務の勉強を、国王の元でやっていた。
「忙しいけれど、病に伏していた時よりずっといい。いろんなことを学べるし、体をたくさん動かせてできることが増えるしで、楽しい。ルカは物覚えが良くて、すぐに抜かされるのではないかと気が気でないよ」
弟のルカが次の国王候補ということで、セオドアと一緒に国の勉学に励んでいる。競い合える兄弟がいることはいいことだと、ヒロはくすくす笑った。
「頑張らなきゃだね、お兄様」
「もちろん」
セオドアも笑った。
あっちの世界に行ったり、こっちの世界で生活したりしながら、これからも不思議な出会いをしたセオドアと生きていくのだろう。
ふと落とされた唇は、甘くて優しい肉じゃがの味がした。
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