上 下
22 / 28

準備

しおりを挟む
 オリビア王妃の思いを聞いてから、やはりあの親子はお互いを思っているのだけれど見えない壁があって、どこかぎこちない空気感になってしまうんだなと思った。王家って大変だ。でも、互いが互いを愛しているのなら、納得のいくまで話し合えば良いのにとも思う。セオドアは王妃のことを恨んでいないから、息子に対して申し訳なく思う必要もないし、王妃はセオドアの幸せを願っているのだから、母に対して遠慮などする必要もないのだ。

「ままならないものだなあ……」

 ヒロがこの問題を解く機会を設けることは難しいので、少し歯痒く思うも、きっかけを待つしかない。
 与えられた部屋で、シワにならないよう掛けられた三つのドレスを見ながら、自分とセオドアもままならないものだと思った。
 普通に、エナと変わらない感じで接していただけなのに、まさか好意を抱かれるとは思わなかったし、そもそも男として接していたのでその可能性は考えたこともなかった。兄のようだ、なんて言ってくれていたのに。歳の差を考えてもやっぱり弟にしか思えない。ヒロはアラサーに突入したばかりの二十代だが、それでも十歳以上離れた子を恋人に、とは考え難かった。逆に十歳年上だったなら、可能性はあったかもしれない。
 とりあえず、一種の気の迷いとしか思えなかったので、この会わない期間で目を覚ましてくれたらと思った。

「ドレス試着してみるかな」

 三着あるうちのひとつを手に取って、はたと気付く。

「着方が分からないかも……」

 後ろにジッパーがあるだけなら良かったが、飾りのリボンと留めて結ぶリボンとが入り混じり、どのように着たら良いか分からなかった。他の二着を見てみたけれど、同じように一目ではよく分からない作りになっていて、どうにか試着していくうちに壊してしまっては怖いと、諦めた。

「色だけ選んで、当日エナにお願いしよう……」

 そしてその当日はあっという間にやってきた。
 朝から王宮は騒ついており、成人の儀の準備で慌ただしくしていた。
 少しだけ扉を開いて外を見ると、女官がバタバタと行き交っていた。ヒロも一応女官なので何かすべきな気がしてくるが、セオドアとの接触禁止を今第一優先事項として授かっているので、下手に動けない。国王に食客と言われたからにはぐうたらしていてよさそうだけれど、日本人としてのサガが、ヒロを落ち着かなくさせる。

「アイザック団長もローガン様も忙しくされてそうだしなあ」

 手持ち無沙汰なヒロの相手をしてくれる人がいない。と、兵士がこちらに向かって来ているのが見えた。扉の隙間からヒロが外を見ていることに気がつくと、目線が合う。

「ヒロ殿! 王妃様がお呼びでございます」
「分かりました」

 女装の準備だろうと見当をつけたので、疑問に思うことはなかった。借りている三着のドレスを大事に持ち、兵士に案内されてついた部屋は、この前と同じ部屋だ。中に入ると、王妃が支度をしているところだった。長く透明感のある栗色の髪はくるくると巻かれ、いつもより豪華なドレスに身を包み、今は化粧を施しているようだ。
 鏡台の鏡越しに目があって、王妃はヒロに気がつく。

「ヒロ、こちらに来てお化粧とカツラを付けてもらいなさいな。あなた、よろしく頼むわね」
「はい」

 王妃はひとりの女官に声をかけて、ヒロを託した。任された女官に、「こちらへ」と導かれて、ヒロは椅子に腰掛ける。

「どの衣装を着られますか?」
「あ、この青のドレスを……」
「ではそれに合うように見繕います」

 女官はみんなヒロのことを男だと思っているので、顔だけ作って別室で着替えさせるみたいだった。久しぶりに眉を描き、白粉をはたき、紅をさして、と一通りの化粧をしてもらう。その後、カツラを被って、ハーフアップに結ってもらった。

「まあ。ドレスを着ていなくても十分女の子だわ」

 支度を終えた王妃は、ヒロを見ておっとりと歓声をあげる。

「はい、できました」
「ありがとうございます」

 ちら、と鏡を見ると、いつもよりだいぶ女らしさが増したヒロの姿が写っていた。

「ドレスはどこで着るのかしら?」
「同僚のエナに頼もうかと思っております」
「そのエナはセオドアに付きっきりでなくて?」
「あ」

 ヒロは失念していたので、うっかり素が出てしまった。

「ここで着ていきなさいな」
「え」
「みなさん、この子は女の子なの。ご内密にね」

 すべての女官の視線がヒロに集中する。ヒロはどこを見たらいいやら分からず、目を瞬かせながらぺこりと頭を下げた。

「……よろしくお願いします。それとあの、下着だけ取りに行かせてください」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

異世界着ぐるみ転生

こまちゃも
ファンタジー
旧題:着ぐるみ転生 どこにでもいる、普通のOLだった。 会社と部屋を往復する毎日。趣味と言えば、十年以上続けているRPGオンラインゲーム。 ある日気が付くと、森の中だった。 誘拐?ちょっと待て、何この全身モフモフ! 自分の姿が、ゲームで使っていたアバター・・・二足歩行の巨大猫になっていた。 幸い、ゲームで培ったスキルや能力はそのまま。使っていたアイテムバッグも中身入り! 冒険者?そんな怖い事はしません! 目指せ、自給自足! *小説家になろう様でも掲載中です

裏の林にダンジョンが出来ました。~異世界からの転生幼女、もふもふペットと共に~

あかる
ファンタジー
私、異世界から転生してきたみたい? とある田舎町にダンジョンが出来、そこに入った美優は、かつて魔法学校で教師をしていた自分を思い出した。 犬と猫、それと鶏のペットと一緒にダンジョンと、世界の謎に挑みます!

老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜

二階堂吉乃
ファンタジー
 瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。  白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。  後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。  人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。

【完結】神から貰ったスキルが強すぎなので、異世界で楽しく生活します!

桜もふ
恋愛
神の『ある行動』のせいで死んだらしい。私の人生を奪った神様に便利なスキルを貰い、転生した異世界で使えるチートの魔法が強すぎて楽しくて便利なの。でもね、ここは異世界。地球のように安全で自由な世界ではない、魔物やモンスターが襲って来る危険な世界……。 「生きたければ魔物やモンスターを倒せ!!」倒さなければ自分が死ぬ世界だからだ。 異世界で過ごす中で仲間ができ、時には可愛がられながら魔物を倒し、食料確保をし、この世界での生活を楽しく生き抜いて行こうと思います。 初めはファンタジー要素が多いが、中盤あたりから恋愛に入ります!!

大草原の小さな家でスローライフ系ゲームを満喫していたら、何故か聖女と呼ばれるようになっていました~異世界で最強のドラゴンに溺愛されてます~

うみ
ファンタジー
「無骨なドラゴンとちょっと残念なヒロインの終始ほのぼの、時にコメディなおはなし」 箱庭系スローライフが売りのゲームを起動させたら、見知らぬ大草原に! ゲームの能力で小屋を建て畑に種を撒いたりしていたら……巨大なドラゴンが現れた。 「ドラゴンさん、私とお友達になってください!」 『まあよい。こうして言葉を交わすこと、久しく忘れておった。我は邪黒竜。それでも良いのだな?』 「もちろんです! よ、よろしくお願いします!」 怖かったけど、ドラゴンとお友達になった私は、訪れる動物や魔物とお友達になりながら牧場を作ったり、池で釣りをしたりとほのぼのとした毎日を過ごしていく。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

処理中です...