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2章 傭兵騒動編

6-8-1 どうして

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『――邪魔を、するなあぁぁぁぁっ!!』
「――くっ!!」

 絶叫、咆哮、体軸がアーシャを正面に捉える――瞬間に、アーシャは中空で<ナイト>を機動させた。
 敵ノブリス、<ダンゼル>の体が膨れ上がる、そう錯覚するほどの速さで敵が迫る。機動そのものは安直だ。フェイントも小細工もない、ただの愚直な突撃。
 だがまばたきほどのわずか一瞬で、いきなり懐に飛び込んでくる。

(やりづらい……!!)

 速度に任せた刺突を体ごと躱しながら、アーシャは唇を噛みしめた。過ぎ去る背中をガン・ロッドで狙うが、魔弾が<ダンゼル>に追いつかない。
 急停止、軌道変更。突撃の後には隙とタイミングを探す敵の旋回に付き合うように、アーシャは<ダンゼル>に並走した。敵の機動の先に置くように魔弾を撃つが、相手は軌道をジグザグに折り曲げて潜り抜ける。
 機動性能に限界まで特化されているためか、<ダンゼル>の速度は尋常ではない。並走と呼べたのはわずか数秒。後には置き去りにされ、後ろを追いかける形になる。<ナイト>の速度まで加味すれば魔弾は<ダンゼル>に追いつくが、相対速度はほとんどない。敵は避けることに苦労している様子もなかった。

 逃げる敵に当たらない魔弾を放つのも不毛だが、一方で格闘機が逃げ続けるのも意味がない。敵が懐に飛び込もうと隙を計っているのは何度もの繰り返しでわかっている。
 アーシャの狙いはその一瞬だ。こちらに飛び込もうとするその一瞬。あの特殊すぎるブーストスタビライザーの都合上、体軸をこちらに合わせなければ、あの<ダンゼル>は突撃できない。そこに当てる。
 だが予想以上にそれが難しい。相手は近づかなければ攻撃できないからこそ回避に全神経を集中できる。対してこちらは常に相手がいつ突撃してくるか、警戒をし続けなければならない。もしその警戒が一瞬でも遅れたら、待っているのは死だ。

 不意にダンデスが機動を変えた。
 縦に三角を描くように、急制動と強引な飛翔。魔弾を下方に置き去りにして、今度は上方からアーシャに体軸を合わせる。
 動きは追えていたが、太陽の光に目が眩んだ。
 反応が一瞬遅れる。咄嗟にブースターを機動して横に飛んだが、機動を強引に合わされた。振り上げられた凶刃が、漆黒の体躯ごと迫る――

(マ、ズった――!?)
『アーシャっ!!』

 悲鳴じみたセシリアの声。それよりもわずかに一拍、彼女が横合いから撃った魔弾のほうが早い。ダンデスが飛び込んできたまさにその場所に、置くようにして放たれていた。
 それでもダンデスが攻撃に踏み込んでいたのなら、アーシャは両断されていただろうが。

「――ちっ!!」

 舌打ちの音は肉声で聞いた。それほどの距離から機動を変えて、ダンデスがすれ違う。
 九死に一生――だが、安堵の余裕はない。即座に振り向いて魔弾をばらまいた。追いかける魔弾が当たらないのは分かっている。牽制の狙いはセシリアに突っ込ませないことだ。彼女のほうに機動したなら、当たるような場所に先回りして魔弾を置く。
 ダンデスはやはりセシリアを狙おうとしていたようだが、ばらまかれた魔弾に追うのをやめた。その間にセシリアは更に距離を取り、敵の視界から消えるよう移動する。その間もアーシャは敵を追いながらガン・ロッドを撃ち続ける。
 前衛を受け持ったアーシャは役割を割り切っていた。後衛のセシリアを狙わせないよう、相手を阻害し続けること。それを最優先に考える。仕留めるつもりで攻撃を放つが、自分が仕留める必要はない――それがチームだ。

『――空に飛んだのは失敗だったかしらね』

 そのチーム――つまりはセシリアから通信が入る。しかめっ面で、面白くもなさそうに言ってきた。

『いつもの癖で空中戦を挑んだけれど。どうせ彼があの機体を使いこなせてないのなら、地上にいたほうが楽だったかも。地面に何度も激突してたくらいだから、そっちのほうが狙いやすかったかしら』
「それはそうかもだけど……地上戦だとあたしたちにも逃げ場がないよ。地上戦ならそれこそ、相手は突っ込んでくるだけでいいんだし」
『……厄介なノブリスね、アレ』

 セシリアが言うように、<ダンゼル>は本当に厄介なノブリスだった。
 イレイス・レイという必殺武器もさることながら、何よりも異常なのはやはり機体の速度だ。全速力ならば魔弾も置き去りにするなど、尋常な速さではない――それを使いこなすムジカも大概だが、使いこなせていないとわかるダンデスですらこれなのだ。ろくでもないというしかない。

 だが一方で、アーシャにはこのようなノブリスが――格闘機が現代で廃れていった理由もわかる気がした。
 そもそもが狂気の沙汰なのだ。誤射云々は関係なく、敵の懐に飛び込むという行為そのものが。敵が攻撃してくる真っただ中を突っ切って接近する。言葉にするのは簡単だが、それは死と隣り合わせの蛮行だ。正気では到底行えない。
 現にダンデスだって、こちらの隙を縫うように、比較的安全なタイミングでしか突撃してこない。迎撃を恐れるのは当然と言えば当然だが……
 ムジカは、それを恐れていなかった。あの決闘の時も、メタル襲撃の時も、入隊テストの時も。ダンデスのように隙を探して突っ込むのではなく、初めから迎撃前提で敵に突っ込んでいた……

(経験? 自信? それとも……見えているから? 何を考えていれば――)

 あんなふうに、頭から平然と敵に突っ込めるのか。
 わからない。そもそも今、そんなことを考えている余裕はないのだが。
 回避に集中する敵をセシリアと追いながら。不意に彼女が言ってきた。

『少し、考えがあるのだけれど。いい?』
「なに?」
『――

 あまりにも不吉な切り出しから、セシリアが言う。

『ほんの少しだけ、援護を薄くするわ。やりたいことがあるの……そんなに長い時間はかけない。けれど、その間はさっきみたいに助けてあげられない。いい?』
「……時間を稼げってこと? それで勝てるの?」

 返答は首肯だ。そしてセシリアが思いついた考えを話す時間もない。
 だから迷っている時間もない。逡巡はしない。すぐに答えた。

「わかった。やるよ。だから――早めにお願いね」
『――それでこそ、アーシャ・エステバン。私が認めた――』

 その言葉を、聞き終える前に。

(――来たっ!!)

 ダンデスが反転した。
 アーシャと正面に向き直ったその瞬間に――爆音。全力の再突撃。
 迎え撃つように、アーシャは機動を止めた。ただし待ち受けはしない。真正面からガン・ロッドを撃って迎撃する。
 これまで剣を振り上げながら突っ込んできていたダンデスは、だが今回だけは共振器を前に突き出していた。傘で雨を受け止めるように、真正面からの魔弾をイレイス・レイで防ぎながら突っ込んでくる。
 さらにもう一発魔弾を撃ちこみながら、アーシャは身構えた。敵はその魔弾を殺し、魔剣を前に突き出した姿勢で迫る――

(確かに、その機体は速いけど……!!)

 目が慣れてきた。だからこそ、わかる。
 ダンデスの機動は単調だ。多少の工夫はあれど、ただ突っ込んでくるだけ。加えて魔弾を防いだせいで、敵は構えを変えられない。それならば本質的には魔弾と何も変わらない。
 そして何よりも――

!!)

 ムジカが生み出した、あの“超えるべき壁”よりは。
 だから、振り下ろされる刃より早く。アーシャは自分で空から落下した。
 M・G・B・Sを切断、同時にブースターを起動。のけぞるようにスウェイバック――全身を使って真下に逃げる。
 真上を抜けていく<ダンゼル>の、驚愕の音を聞いた――気もしたが。
 即座にアーシャはガン・ロッドを突き上げた。

『……っ!?』

 ガン・ロッドによるボディブロー。ほとんど装甲のない、バイタルガードを強打する。敵の苦悶は音声ではなく、ガン・ロッドに伝わる振動で感じた。
 そして<ダンゼル>が速度のままに吹き飛んでいく――

(撃てなかった……!!)

 タイミングは一瞬。引き金を引けなかった。撃てていればそれで終わりだったのに――
 後悔よりも先に、アーシャはM・G・B・Sを再起動。急いで背後を振り向いた。
 <ダンゼル>がこちらを向いていた。

「……っ!?」
『お前、お前、お前ぇぇぇぇぇっ!!』

 絶叫、咆哮、怒り。爆音は――ない。
 この距離でブースターを起動すれば、制御しきれないとダンデス自身わかっていたからだろう。だからフライトグリーヴの機動力のみで接近してくる――だがそれでも十分に速い。
 先ほどまでの突撃戦術とは違う。まとわりつくように近距離から、ダンデスはメチャクチャに共振器を振り回す。
 息ができない。全神経を集中させて、アーシャは全力で後退した。ダンデスに剣術の覚えはない。だがどれだけ雑でみっともなくとも、共振器の一振り一振りがこちらには致命傷になる。
 左右に体を振り、時には落下も交えてアーシャは避け続ける――が。
 完全に忘れていた。<ダンゼル>の武器は、共振器だけではないということを。

(このままじゃ、押し込まれるっ! どうにか、隙を――)

 そのためにもと突き出した、ガン・ロッドを。
 衝撃と共に、<ダンゼル>の右腕が捕まえた。

「……っ!?」
『どうして――どうして、邪魔をするんだ……?』

 歪曲粉砕腕。
 メタルすら締め潰す異形の右ガントレットが、ガン・ロッドを握り潰していく――
 ダンデスの声は目の前のノブリスよりも、その砕けていくガン・ロッドから聞こえてくるような気がした。

『お前には、関係ないだろう? 僕は、あの傭兵を殺したいだけだ。たかが傭兵じゃないか? 下船な平民が死のうが、どうだっていいだろう。なのに、どうして邪魔するんだ……?』
「……あんた、本気で言ってんの?」

 ガン・ロッドはその間も砕かれていく。引き金を引いて魔弾を乱射するが、粉砕歪曲腕はそれすらも呑み込んでガン・ロッドを握り潰す。このままでは武器がなくなる――――ならばなおさら、こんな話をしている場合ではないというのに。
 それでも怒りと共に、相手を睨んだ。
 ダンデスは……泣いている。泣きながら、叫んでくる。どこまでも悲痛な声で。

『当たり前だろう。だって、僕はノーブル――ノーブルなんだ。スバルトアルヴの英雄なんだ。何をしたって。何だって許される。それが僕らだ。僕らだったんだ! 間違ってるのは僕じゃない――そうだ、僕じゃない! だから僕が正すんだ!! それの何が悪いっ!?』
「それはあんたの勝手な理屈っ! 開き直ってんじゃないわよっ!!」
『僕はノーブルだ――この世界で最も偉い。僕は、ノーブルなんだっ!!』

 ガン・ロッドが完全に砕けた。もう使い物にならない。銃床を放り捨てて後退したが、敵が<ダンゼル>であることを忘れていた。
 後ろには逃げきれない。振りかざした共振器が。魔の光をたたえて振り下ろされる――

 ――そのガントレットを、横から魔弾が貫いた。

「……え?」

 その声は、本当に自分のものだったのかどうか。
 アーシャを両断するはずだった共振器の軌道がズレる。元々共振器が振れればいいだけだった、<ダンゼル>の左ガントレットが砕けていた――だが今の一撃はセシリアの、ガン・バズーカの一撃ではない。
 ダンデスが攻撃されたほうを見やる。そこにいたのは一機の<ナイト>だ。今日の入隊テストで、アーシャたちと戦う予定だった――
 ダンデスが、こう呟くのが聞こえてきた。

『ガディ、先輩……?』
『……お前みたいな“ノーブル”ばかりだったから、“ドヴェルグ”は生まれたんだろう』

 疲れ切ったような声音でそう言う。その<ナイト>――ガディ?――の言葉の意味は、よくわからなかったが。
 周囲を見回して、ハッと二つのことに気づいた。
 一つは視界の隅に見えていた。ガディが戦っていた<ナイト>が、今はスタジアムに落ちている――セシリアの言っていたことはこれだ。少しの間だけガディに加勢して、墜としやすいほうから墜とした。
 局所有利、数的有利。チーム戦の基本だ。
 そしてもう一つは――これが、好機だということだった。

(武器なんか、なくても――!!)

 彼を見ていた。だからやり方もわかる。
 M・G・B・Sを再び切断。それよりもわずかに速く振り上げた――右フライトグリーヴ。ブースター、フライトグリーヴの全機動力を下方へ転じて――振り下ろす、踵!!
 全身に返る衝撃が、確かな威力を伝えてくれた。

『――がああああああっ!?』

 悲鳴と共に、<ダンゼル>が空から落ちていく。そのまま一直線に、スタジアムへ。
 地面に激突し、だがそこで終わりではない。ダンデスはまだ共振器を手放していなかった。砕けた左腕から、右腕に持ち変えて。痛みをこらえるようにゆっくりと立ち上がる――が。

『ありがとう、アーシャ――いい位置よ』

 待ち受けていたのは、セシリアだ。スタジアムの中央で。ガン・バズーカを両腕と腹で保持する、奇妙な構えで身構えていた。
 通信用に繋いでいたセシリアとの回線に、彼女の<ナイト>の状態が表示される――サリア内燃魔道機関、ガン・バズーカにダイレクト・コネクト。M・G・B・S切断。フライトグリーヴ機能停止。バイタルガード、感応装甲スリープ。ライフサポートシステムは生命維持装置以外の全機能を終了して
 ガン・バズーカの銃口――いや、砲口に燐光が灯る。

『匪賊のあなたに教えてあげるわ。貴族らしさとは――エレガントとは、いったい何か』

 そして。
 セシリアの宣告と共に、視界が閃光に染まった。

『――パワーよ』
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