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2章 傭兵騒動編

6-6 あたしはあんたを、“ノーブル”とは認めない

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『――さて。引き受けてみたはいいものの……どうしたものかしらね、アレ』
「…………」

 そう半ば呆れたようにセシリアが言うのを、アーシャは敵を見据えたまま聞いていた。
 ムジカはあっという間に去っていった。その後を追わないようにアーシャとセシリアが敵――つまりはダンデスに魔弾をばらまいて牽制したのだが。既に追えない距離にまで逃げられたと悟ると、彼は先ほどまでの騒ぎが嘘のように停止していた。
 今はムジカが去った後を、呆然と見上げている――その姿はどうしてか、打ちひしがれているようにも見えたが。

『正直、あの決闘を見た限りでは大したことないって思ってたけれど。使いこなせないなら使いこなせないなりに、うまいことやってるみたい。意外にやるのね、彼』

 ダンデスの操縦技能のことだろう。そこにはアーシャも意外さを感じていた。
 何度も地面に激突しながら、それでも食らいつくようにムジカと切り結んだ。ムジカが防戦一方だったのは、リムが人質に取られたうえでの二対一だったこともあるだろうが……使いこなせていなくとも彼とやりあえたのだ。
 やはりあの速度と魔剣は脅威だ。セシリアの観察に呟きを返す。

「イレイス・レイは危ないよ。さっきムジカはダガーで受けてたけど、たぶんあれ、同じ共振器だからできたことだと思う。近づかれないように立ちまわるしかないかな……?」
『あの速度じゃ、気づいた時には目の前にいそうだけれど、ね。あなたの腰のそれは?』
「ただのダガーだよ。前衛機と組み合うことを考えて用意してもらったんだけど……」

 共振器ではないからやりあえない。切り結べば一方的に負けるだろう――し、もし仮にこれが共振器でも、切り結ぶだけの技能がアーシャにはまだない。
 改めて、アーシャは敵を見た。漆黒色の、左右不釣り合いの異形のノブリス――その機体のことを、アーシャは知っていた。開発者と使用者を除けば、自分が一番にその機体を知っているという自負すらあった。

(……ムジカの<ダンゼル>)

 敵を握り潰す右の歪曲粉砕腕と、細身の左腕が持つイレイス・レイ用共振器。バイタルガードを始めとする各部装甲は極限までそぎ落とし、<バロン>級魔道機関の出力を速度に全振りした“割り切り”の機体。

 ――その機体をあの日、誰よりも近くで見ていた。

 今それを使っているのが彼ではないことに、憤りのような何かを感じて。アーシャはその相手を厳しく見据えた。
 と。

『――どうして』

 不意に零れ落ちた、感情のない呟き。
 その後に、ダンデスは見上げていた顔だけをこちらに向けてきた。

『どうして、邪魔をするんだ。僕は……奪われたものを取り戻したいだけなのに』
「……奪われたもの?」

 何を奪われたというのか。怪訝に眉根を寄せた。
 問いかけたつもりはなかったし、理解できるとも思っていない。だが呟きが聞こえたのだろう。ダンデスが答えてくる。

『あいつは僕の、未来を奪った。僕のノブリスも。僕が、ノーブルとして生きるはずだった未来――あいつがいなければ、僕はノーブルでいられたのに』
「だから、こんなことをしたの?」
『僕は返してほしいだけだ』
「……ムジカを殺せば、全部元通りになるって言うの?」

 返答はない。そもそも会話が成立しているのかもわからないが。
 苛立ちに、歯を食いしばった。脳裏に蘇る光景がある。敵に捕まって、触られてしまったリムの顔だ。どうして、彼女と生徒会長が、敵に捕まっていたのかは知らないが。
 助けに行こうとしたムジカを拒絶した、あの時――あの子は、泣いていたのだ。

『奪われたんじゃない。失ったのは、あなた自身のせいでしょう』

 刺すように鋭い声で、セシリアが告げた。
 嘲笑はない。だが侮蔑を含んだ声音で吐き捨てる。

『面倒は嫌いだからハッキリ言うわ――あなたの戯言を聞く気はないの。投降なさい、ダンデス・フォルクローレ。あなたのやっていることは、この空に生きる人々への反逆よ。あなたがどう思おうと、空賊と手を組んでの浮島の襲撃は――』
『――僕はっ、間違いを正したいだけだっ!!』

 不意にまたダンデスは取り乱して、セシリアの警告を遮った。

『だって、おかしいだろう!? 僕はフォルクローレ――フォルクローレだ!! スバルトアルヴの名門、フォルクローレの嫡子なんだ!! その僕が、こんな――僕はノーブルなのに!! 罪人扱いなんて!! どうして!?』

 子供の癇癪のように共振器を振り回して、絶叫する。
 そうしてひとしきり叫び終えた後には、壊れた笑声を響かせた。
 ゆっくりと……共振器を身構えて、囁いてくる。憎悪を込めて。

『取り戻すんだ。間違ったものは全部壊して。あいつより、僕のほうが強いって証明して。あの決闘は間違いだったって証明すれば、ボクは――』
『呆れた。自業自得の開き直りも、ここまで行くと救いようがないわね……いい? これが最後の警告よ――そのノブリスから降りなさい。あなたは空賊に加担した。この空に対する反逆者として裁かれたくないのなら――……』

 だがその途中で、言葉を止めた。
 ダンデスが共振器を構えたからだ。ゆっくりと振り上げて……前傾姿勢。獣のように地に手をつきながら、何かを囁く。
 戯言だった。

『戻るんだ。僕は。そうだ。やり直す。最初から……だって僕は、ノーブルなんだ。僕は違う。罪人じゃない。僕は……僕は――』
 
 もう言葉は必要ない。言葉を交わす意味がない。ダンデスはもう何も聞いていない――妄執に囚われて、ありもしない可能性にすがっている。
 そんな未来など、もうあり得ないのに。
 セシリアがガン・バズーカを構えて宙に飛んだ。こちらもまた戦闘態勢。遅れてアーシャも地を離れる。突撃機動を躱すなら、空にいたほうが都合がいい。

『アーシャ。悪いけれど、前を任せても? 私の武装では相性が悪いわ。あなたも、それほど相性がいいとは言えないけれど――』
「いいよ、前に出る。フォローをお願い」
『……随分と頼もしいことを言うのね?』


 セシリアに答えて。アーシャは敵を睨んだ。
 あの日、そのノブリスに救われた。それと同じ機体だというのに、どうしてだろう。今は全く別物に思える。
 違いが何かなら、アーシャはもう知っていた。

(そういえば、“あの人”が言ってたんだっけ……ノーブルとして一番大事なのは、“誰かのために”戦えることだって)

 大切にしていた思い出の中で、憧れた人がそう言っていた。
 その言葉と共に、思い出したのはあの少年だ。
 戦う必要などないのに、わざわざアーシャを助けに来たお人好し。自分自身ズタボロになり、後には病院送りになりながらも、セイリオスのために命を懸けた――
 その二人に憧れた。追いつきたいと――ああなりたいと、心から願った。自分もあんなに強くなりたいと。誰かのために戦うことを、恐れない人になりたいと。

 だから。
 敵を前に、ガン・ロッドを構えた。
 告げたのは誰のためでもなく、自分のためだった。

「あんたに、ムジカは殺させない――あたしはあんたを、“ノーブル”とは認めない」
『誇りも誉れも失った。自らの欲のためだけに、空賊と手を組んだ卑怯者――あなたはノーブルではないわ。ただの匪賊よ』

 切って捨てるようにセシリアも言う。
 悲鳴のようなダンデスの雄叫びを合図にして、アーシャはノブリスを機動させた。
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