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2章 傭兵騒動編
6-1 リムさんを少しお借りさせていただいても?
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――その日を夢の中で思い出すとき、その館はいつだってモノクロに染まっていた。
広い庭園も、そこで咲き誇る花々も、主とその娘が住んでいたその館も。何もかもが色褪せて、もう過去がどんな色だったのかも思い出せない。
それは、見上げるほどに大きな館だった――そのくせ、飾り気のない館でもあった。
グレンデルの、代々の当主とその一家が暮らしてきた館だ。長い年月の中で、何度か改修されてきたはずだが。不思議と、その館はいつだって重苦しい歴史のようなものを感じさせた。
だがその日は違った。
その日の館が彼に感じさせたのは、廃墟のような孤独だった――考えてから苦笑した。その日の自分が“それ”を思ったはずがない。なにしろその時自分は、この後の未来を知らないのだから。
記憶が脚色されている。その館は真実、廃墟ではない――これからそうなるのだとしても。
彼がその館を廃墟のように感じたのは、その館がほぼ無人だったからだ。常ならば、あり得ないことだ。だがそのあり得ないことが起こっていた。
執事、メイド、コック、庭師。他にもたくさん。みんないなくなった。懐柔されたか、脅迫されたか――あるいは逃げ出したか。どうでもいい。その時自分が大事だと思っていた考えは二つだけだ。
一つには、“敵”が増えたというだけのこと。
そしてもう一つは――まだこの館には、それでも残された人がいたということだ。
たった二人。存在を隠して育てられた、亡霊のような自分を除けばあと一人だけ。
主の娘。この館の中以外の、どこにも居場所のない少女。
『う、うう……ヒッ、グスッ……うぅ……っ!』
館に響くのはその音だけだ。喉が枯れてもまだ泣き続けている、少女の声。
泣き叫ぶほどに強くはない――それだけの力はもうない。その少女は絶望の中で泣いていた。信じていた何もかもに裏切られ、どうしようもなく途方に暮れていた。これから失われるだろう未来を、自分の運命を呪っていた。
色褪せた世界の中で、その声だけが……その少女の痛々しさだけが、いつまでも鮮明で、鮮烈だった。
そしてそれに反比例するように。彼はその日、自分が何を考えていたのかを思い出せなかった。
『――お嬢様』
ああ、そうだ。昔はそんな風に呼んでいた。
記憶の中、夢の中。幼い自分が、泣きじゃくる少女を前に跪く。
自室のベッドにしがみついて泣いていた少女が、その時初めて声を止めた。今までずっと、彼がそばにいることにも気づいていなかったのだろう――
呆けたように、澄んだ黒の眼が彼を見た。
まだ年端も行かないような少女だ。庭師が作った花壇の鮮やかさに、目を輝かせるような。たまにしか帰ってこない父に、しがみついて甘えるような。まだこの世界の残酷さを知らず、日々を笑って過ごしているような――
そんな少女を、皆が欲望の生贄にした。
知ると知らずとに関わらず、愚かな企てに加担した。誰も彼もが彼女を裏切った。何もかもが彼女を傷つけた。
――彼女の前に残されたのは、彼ただ一人だけだった。
なのに、わからなかった。
『……ご命令を。あなたの望むままに』
思い出せなかった。自分が真実、彼女のためにその言葉を囁いたのか。
自分が真実、彼女のために戦おうとしていたのか。
その時自分が、何を考えて彼女の言葉を求めたのか――
その、何もかもを忘れてしまったから。
『――――――――』
祈るように願う彼女の、痛々しさだけが色褪せない。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「――おーほっほっほっ!! 待ちに待った、私の入隊テストの始まりよー!! ああ、私の晴れ舞台……本当に、本当に待ちわびたわ……ようやく、ようやく私の出番よっ!!」
「……あーまあ、そーな」
そうとしか他に言いようもなく。
今日も今日とて元気に絶好調な高笑いに、ムジカはどうにかそう返した。
お昼時が近づいた、第一演習場スタジアム、そのガレージ兼控室。壁際のベンチにぐったりと体を預けながら、ムジカは疲労感も隠さず顔を上げた。
逆側の壁際、ノブリス用ハンガーには三機のノブリスに四人のメカニックの姿。試合を目前に控えて機体の最終チェック中だが、その間搭乗者たちはやることがない。
だからこそ、暇を持て余したノーブルその一がこれ見よがしに高笑いなんぞおっぱじめていたわけなのだが。
視線を改めて彼女――すなわち明らかに“何か間違ったノーブル”やってる少女、セシリアに向ければ、彼女も彼女でこちらに呆れを向けてきているところだった。
「なによぉ、テンション低いわねえ。せっかくのお祭りなのよ? 辛気臭い顔なんてしてるなんて、なんてもったいないことをしてるの。ほら、シャキッとなさいな?」
「悪いけど勘弁してくれ。今はそういう気分じゃないんだよ……」
「なに? 見ない間に風邪でも引いたの?」
「違う。人生最大級の悪夢見て、自己嫌悪で死にたくなってる」
「悪夢? あなた、傭兵のくせに繊細キャラなの?」
「うるっせえな。キャラとか言うな」
噛みつくように言い返して、ムジカは全身から力を抜いた。
体調はまだ悪くはないのだが、どうも気が滅入っている。繊細などと面と向かって言われたら“ふざけろ”と言い返すしかないのだが、内心では全く笑えもしなかった。
たかが悪夢一つだ。だがそれだけでどこまでも絶不調なのだからやってられない――
と、ふと思い至ってムジカは隣のベンチを見やった。
今更と言えば今更だが、今になってそういや静かだなと気づく。こんな時にはセシリアと同じか、あるいはそれ以上に騒ぎ出しそうなやつが一人いたはずなのだが。
ちらと隣のベンチを見やれば、そのいかにも騒ぎ出しそうな“暇を持て余したノーブル”その二が豪快に眠っていた。
「……なんでこいつはここで寝てんだ?」
「昨日、寝れなかったからみたいよ。開始五分前なのに爆睡なんて、肝が据わりすぎじゃないかしら、この子」
「心臓に毛でも生えてんだろ?」
実際、平均より遥かに図太い女だとは思っている。年頃の少女のはずなのだが、ベンチに寝ころんで高いびきのアーシャは控えめに言ってもノーブルには見えなかった(美しくないわぁ……とセシリアがぼやいた)。
と、眉間にしわを寄せてから今更と言えば今更なことを、本当に今更セシリアが言ってくる。
「今からでも叩き起こそうかしら。チーム戦なんだから、連携のことを少しでも話しておきたかったのに」
「連携どころか合同訓練すらマトモにやってないからなあ……」
アーシャは地獄のエネシミュ漬け、セシリアは自主練メインで時間が合わず。。ムジカは時間はそこそこあったが、まあそれだけだ。ほとんどどころか全くチームとしての訓練はできていない。
視線をハンガーのほうに見やれば、そこには三機の<ナイト>が鎮座していた。
カスタム機はムジカの“クイックステップ”のみで、他の二機はただの標準<ナイト>。色だけはアーシャ用が赤、セシリア用が青と塗り替えられているが、特徴と言えるのはそれくらいのものだ。
セシリアの機体を整備している誰かが、こちらに気づいてセシリアに手を振るのを見ながら。ムジカは思わずぼやいていた。機体は標準的だが、セシリアの<ナイト>の武器だけは明らかに何かがおかしい――
「あのアホみたいにデカいガン・ロッドはなんだ?」
「あら、ガン・バズーカのこと?」
「管楽器?」
古語だ。それも、実物は失われているのでバズーカがどんな管楽器だったのかももはや知りようがないが。普通のガン・ロッドと比べても、明らかに一回りか二回りは大きい。取り回しの悪さは最悪レベルだろう。
「私、実はガン・ロッドでちまちま撃ち合うのって好みじゃないの。何発も撃ってようやく撃ち落とすくらいなら、ハチャメチャな大火力で一発で墜としたほうが効率的――そうは思わなくて?」
「その辺は個人の好みだろうから、まあ好きにすりゃいいだろうが。だからってあそこまででかいと取り回しが……」
思わず呆れて言うが、セシリアは取り合わない。
ずいぃっとこちらに顔を近づけると、自信満々にこう訊いてきた。
「いいこと、ムジカ・リマーセナリー? 貴族とは……いいえ、高貴さとは、エレガントとは、あなたはいったい何だと考えて?」
「なんでいきなりンなこと訊いてくんのかもわからんが……責務とか、責任に対する姿勢とか、そういうのか?」
「いいえ、違うわ」
「あん?」
「エレガントとは……すなわちパワーよ」
「……俺、その“筋肉は全てを解決する”的なのどうかと思うなー」
思わずぼやいてから、ため息をついた。
対するアーシャ機は本当に普通の<ナイト>だ。気になる点は腰部ラックにダガーが差してあるくらいだが。アーシャが格闘の訓練を始めた話は聞かないので、まあ飾りか何かだろう。
半ば呆れるものを感じながら、ムジカはぼやくように訊いた。
「突撃前衛機に、デカブツ持ちに、初心者<ナイト>ねえ……連携できそうか?」
「問題はそこよねえ……」
同じことを考えていたらしい。セシリアも難しい顔をした。
「一緒に訓練してないから、仲間がどう動くかもよくわからないというのも問題だけれど。一番の問題はあなたよね」
「俺?」
「そ。突撃前衛機がまったく連携向けじゃないのよ。誤射の危険性が高すぎるから、迂闊に撃ち込むわけにもいかないし」
「突撃前衛機入りの連携なら、エフテイル三兄弟がやってただろ?」
「アレはあの三兄弟がみっちり訓練してるからでしょ」
じろりと半眼でこちらを睨んで、先を続けてくる。
「言っておくけれどあの三兄弟、かなり強いほうなのよ? 今日の第一試合、彼らの出番だったけれど。対戦相手、ズタボロの完封負けよ? どうせあなたに負けたくらいだからーなんて侮ってた相手、手も足も出ずに負けたんだから」
「……強いほうなら、なんであいつら評価されてこなかったんだ?」
「それは個人じゃ大したことないからでしょう。装甲重視前衛機なんて攻撃力ないうえに遅いから引き打ちで完封できるし、中衛は個人技自体は大したことないし、後衛機は隙を狙い撃つタイプだから高速戦闘に向いてないし。三人集まらないならそりゃ弱いわよ」
あんまりにもあんまりな物言いで、上級生だというのにバッサリと評価する。同情のつもりはなかったが、ムジカは思わず三兄弟に生温い感情を向けてしまった。
と。
「…………」
「……ん?」
ふと視線に気づいて、ムジカはそちらを見やった。
“クイックステップ”のほうだ。アルマと一緒に最終チェックを進めていたリムが、こちらを見ていたが……視線が合ったことに気づいた瞬間に、目を背ける。
「……あなたたち、まだ喧嘩してたの?」
同じものを見ていたのだろう。呆れたように言ってくるセシリアに、ムジカができたのはため息を返すことだけだ。
「まだっつーか、またのが近いな。しくじって怒らせた。しかも怒らせ方がな……今回ばかりは、どーやって謝りゃいいのかもわからん」
「呆れたわねえ。どうせ迂闊に変なこと言って怒らせたんでしょう? だから言ってあげたのに」
「何を?」
「デリカシー」
「うるせえ、根に持ってんじゃねえよ」
また噛みつくように言い返す。が、あちらにも言い分はあるのだろう。セシリアはフンとこれ見よがしに鼻を鳴らしてみせた。
なんにしても、そんなことをしている間にも時間は過ぎていく。あと少しでムジカたちの試合が始まる――
と、ちょうどそんなことを考え始めた時だった。
「――こんにちはー。すみません、ちょっとお邪魔させていただきますねー?」
「……あん?」
間延びした声に、きょとんと全員そちらを見やる。
外から控室にのんびりと入ってきたのは、なんと言うべきか、部外者だった。ついでに言えば見知った顔で、更に言うなれば雇い主だ。
声と同じくらい暢気に現れたレティシアを見やってから、セシリアに呟く。
「俺の客か? ちょっと行ってくる。そろそろアーシャ叩き起こしといてくれるか?」
「それは別に構わないけれど……」
「ん?」
歯に何か挟まったような物言いに、きょとんとセシリアを見やると。
彼女が微妙な表情で訊いてきたのは、これだった。
「あなた、生徒会長と付き合ってるの?」
「ああ? なんだそりゃ?」
「昨日のお姫様抱っこ。噂になってるわよ。浮島の管理者が傭兵にお熱、とかその逆とか。まさか、本当だったりするの?」
「しねえよ。ありゃあの人のジョークとか、パフォーマンスの類だ。傭兵を制御できてるって見せつけるために、遊びに付き合わせたんだと。第一、浮島の管理者と傭兵だぞ? 釣り合い取れるかよ」
「その言い方だと、釣り合いが取れるならOKって言ってるように聞こえるけれど」
「ねえよ、ねえ。そういう意味じゃねえし、絶対にねえ」
雑に言い返してから、セシリアから離れてレティシアに歩み寄る。
後ろからやかましい声(「ほら、とっとと起きなさい!!」「あいたーっ!?」)を聞きながら、ムジカは彼女に声をかけた。
「どうした? 何かトラブルか?」
「そうですねえ、トラブルです。今私、とっても傷つきました」
「今? 怪我でもしたのか?」
「いいえー……心はズタズタですけれどー……」
「……?」
なんでか不貞腐れたように頬を膨らますレティシアに、意味がわからず眉根を寄せるが。
コホンと咳ばらいを一つ置くと、彼女はすぐにいつもの微笑みを浮かべてみせた。
「来ていただいたところ悪いのですけれど、実は今回の用事は、ムジカさんにではなくてですね」
「……? んじゃ、誰に用なんだ?」
予想してなかった一言に、ついきょとんと訊く。
と、彼女が見たのはムジカの後方、壁際のハンガーに懸架されたノブリスのほうだ。
その一機、“クイックステップ”を整備している――
「ええ。ムジカさんが試合に出場している間、リムさんを少しお借りさせていただいても?」
「……リムを?」
「はい――既にラウルおじ様には話を通して、許可ももらってありますよ?」
満面の笑みを浮かべて頷く彼女を見て、ムジカが感じたのは、どこまでも果てしない嫌な予感と。
どうしようもなくうずいてざわつく、うなじの辺りの違和感だった。
広い庭園も、そこで咲き誇る花々も、主とその娘が住んでいたその館も。何もかもが色褪せて、もう過去がどんな色だったのかも思い出せない。
それは、見上げるほどに大きな館だった――そのくせ、飾り気のない館でもあった。
グレンデルの、代々の当主とその一家が暮らしてきた館だ。長い年月の中で、何度か改修されてきたはずだが。不思議と、その館はいつだって重苦しい歴史のようなものを感じさせた。
だがその日は違った。
その日の館が彼に感じさせたのは、廃墟のような孤独だった――考えてから苦笑した。その日の自分が“それ”を思ったはずがない。なにしろその時自分は、この後の未来を知らないのだから。
記憶が脚色されている。その館は真実、廃墟ではない――これからそうなるのだとしても。
彼がその館を廃墟のように感じたのは、その館がほぼ無人だったからだ。常ならば、あり得ないことだ。だがそのあり得ないことが起こっていた。
執事、メイド、コック、庭師。他にもたくさん。みんないなくなった。懐柔されたか、脅迫されたか――あるいは逃げ出したか。どうでもいい。その時自分が大事だと思っていた考えは二つだけだ。
一つには、“敵”が増えたというだけのこと。
そしてもう一つは――まだこの館には、それでも残された人がいたということだ。
たった二人。存在を隠して育てられた、亡霊のような自分を除けばあと一人だけ。
主の娘。この館の中以外の、どこにも居場所のない少女。
『う、うう……ヒッ、グスッ……うぅ……っ!』
館に響くのはその音だけだ。喉が枯れてもまだ泣き続けている、少女の声。
泣き叫ぶほどに強くはない――それだけの力はもうない。その少女は絶望の中で泣いていた。信じていた何もかもに裏切られ、どうしようもなく途方に暮れていた。これから失われるだろう未来を、自分の運命を呪っていた。
色褪せた世界の中で、その声だけが……その少女の痛々しさだけが、いつまでも鮮明で、鮮烈だった。
そしてそれに反比例するように。彼はその日、自分が何を考えていたのかを思い出せなかった。
『――お嬢様』
ああ、そうだ。昔はそんな風に呼んでいた。
記憶の中、夢の中。幼い自分が、泣きじゃくる少女を前に跪く。
自室のベッドにしがみついて泣いていた少女が、その時初めて声を止めた。今までずっと、彼がそばにいることにも気づいていなかったのだろう――
呆けたように、澄んだ黒の眼が彼を見た。
まだ年端も行かないような少女だ。庭師が作った花壇の鮮やかさに、目を輝かせるような。たまにしか帰ってこない父に、しがみついて甘えるような。まだこの世界の残酷さを知らず、日々を笑って過ごしているような――
そんな少女を、皆が欲望の生贄にした。
知ると知らずとに関わらず、愚かな企てに加担した。誰も彼もが彼女を裏切った。何もかもが彼女を傷つけた。
――彼女の前に残されたのは、彼ただ一人だけだった。
なのに、わからなかった。
『……ご命令を。あなたの望むままに』
思い出せなかった。自分が真実、彼女のためにその言葉を囁いたのか。
自分が真実、彼女のために戦おうとしていたのか。
その時自分が、何を考えて彼女の言葉を求めたのか――
その、何もかもを忘れてしまったから。
『――――――――』
祈るように願う彼女の、痛々しさだけが色褪せない。
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「――おーほっほっほっ!! 待ちに待った、私の入隊テストの始まりよー!! ああ、私の晴れ舞台……本当に、本当に待ちわびたわ……ようやく、ようやく私の出番よっ!!」
「……あーまあ、そーな」
そうとしか他に言いようもなく。
今日も今日とて元気に絶好調な高笑いに、ムジカはどうにかそう返した。
お昼時が近づいた、第一演習場スタジアム、そのガレージ兼控室。壁際のベンチにぐったりと体を預けながら、ムジカは疲労感も隠さず顔を上げた。
逆側の壁際、ノブリス用ハンガーには三機のノブリスに四人のメカニックの姿。試合を目前に控えて機体の最終チェック中だが、その間搭乗者たちはやることがない。
だからこそ、暇を持て余したノーブルその一がこれ見よがしに高笑いなんぞおっぱじめていたわけなのだが。
視線を改めて彼女――すなわち明らかに“何か間違ったノーブル”やってる少女、セシリアに向ければ、彼女も彼女でこちらに呆れを向けてきているところだった。
「なによぉ、テンション低いわねえ。せっかくのお祭りなのよ? 辛気臭い顔なんてしてるなんて、なんてもったいないことをしてるの。ほら、シャキッとなさいな?」
「悪いけど勘弁してくれ。今はそういう気分じゃないんだよ……」
「なに? 見ない間に風邪でも引いたの?」
「違う。人生最大級の悪夢見て、自己嫌悪で死にたくなってる」
「悪夢? あなた、傭兵のくせに繊細キャラなの?」
「うるっせえな。キャラとか言うな」
噛みつくように言い返して、ムジカは全身から力を抜いた。
体調はまだ悪くはないのだが、どうも気が滅入っている。繊細などと面と向かって言われたら“ふざけろ”と言い返すしかないのだが、内心では全く笑えもしなかった。
たかが悪夢一つだ。だがそれだけでどこまでも絶不調なのだからやってられない――
と、ふと思い至ってムジカは隣のベンチを見やった。
今更と言えば今更だが、今になってそういや静かだなと気づく。こんな時にはセシリアと同じか、あるいはそれ以上に騒ぎ出しそうなやつが一人いたはずなのだが。
ちらと隣のベンチを見やれば、そのいかにも騒ぎ出しそうな“暇を持て余したノーブル”その二が豪快に眠っていた。
「……なんでこいつはここで寝てんだ?」
「昨日、寝れなかったからみたいよ。開始五分前なのに爆睡なんて、肝が据わりすぎじゃないかしら、この子」
「心臓に毛でも生えてんだろ?」
実際、平均より遥かに図太い女だとは思っている。年頃の少女のはずなのだが、ベンチに寝ころんで高いびきのアーシャは控えめに言ってもノーブルには見えなかった(美しくないわぁ……とセシリアがぼやいた)。
と、眉間にしわを寄せてから今更と言えば今更なことを、本当に今更セシリアが言ってくる。
「今からでも叩き起こそうかしら。チーム戦なんだから、連携のことを少しでも話しておきたかったのに」
「連携どころか合同訓練すらマトモにやってないからなあ……」
アーシャは地獄のエネシミュ漬け、セシリアは自主練メインで時間が合わず。。ムジカは時間はそこそこあったが、まあそれだけだ。ほとんどどころか全くチームとしての訓練はできていない。
視線をハンガーのほうに見やれば、そこには三機の<ナイト>が鎮座していた。
カスタム機はムジカの“クイックステップ”のみで、他の二機はただの標準<ナイト>。色だけはアーシャ用が赤、セシリア用が青と塗り替えられているが、特徴と言えるのはそれくらいのものだ。
セシリアの機体を整備している誰かが、こちらに気づいてセシリアに手を振るのを見ながら。ムジカは思わずぼやいていた。機体は標準的だが、セシリアの<ナイト>の武器だけは明らかに何かがおかしい――
「あのアホみたいにデカいガン・ロッドはなんだ?」
「あら、ガン・バズーカのこと?」
「管楽器?」
古語だ。それも、実物は失われているのでバズーカがどんな管楽器だったのかももはや知りようがないが。普通のガン・ロッドと比べても、明らかに一回りか二回りは大きい。取り回しの悪さは最悪レベルだろう。
「私、実はガン・ロッドでちまちま撃ち合うのって好みじゃないの。何発も撃ってようやく撃ち落とすくらいなら、ハチャメチャな大火力で一発で墜としたほうが効率的――そうは思わなくて?」
「その辺は個人の好みだろうから、まあ好きにすりゃいいだろうが。だからってあそこまででかいと取り回しが……」
思わず呆れて言うが、セシリアは取り合わない。
ずいぃっとこちらに顔を近づけると、自信満々にこう訊いてきた。
「いいこと、ムジカ・リマーセナリー? 貴族とは……いいえ、高貴さとは、エレガントとは、あなたはいったい何だと考えて?」
「なんでいきなりンなこと訊いてくんのかもわからんが……責務とか、責任に対する姿勢とか、そういうのか?」
「いいえ、違うわ」
「あん?」
「エレガントとは……すなわちパワーよ」
「……俺、その“筋肉は全てを解決する”的なのどうかと思うなー」
思わずぼやいてから、ため息をついた。
対するアーシャ機は本当に普通の<ナイト>だ。気になる点は腰部ラックにダガーが差してあるくらいだが。アーシャが格闘の訓練を始めた話は聞かないので、まあ飾りか何かだろう。
半ば呆れるものを感じながら、ムジカはぼやくように訊いた。
「突撃前衛機に、デカブツ持ちに、初心者<ナイト>ねえ……連携できそうか?」
「問題はそこよねえ……」
同じことを考えていたらしい。セシリアも難しい顔をした。
「一緒に訓練してないから、仲間がどう動くかもよくわからないというのも問題だけれど。一番の問題はあなたよね」
「俺?」
「そ。突撃前衛機がまったく連携向けじゃないのよ。誤射の危険性が高すぎるから、迂闊に撃ち込むわけにもいかないし」
「突撃前衛機入りの連携なら、エフテイル三兄弟がやってただろ?」
「アレはあの三兄弟がみっちり訓練してるからでしょ」
じろりと半眼でこちらを睨んで、先を続けてくる。
「言っておくけれどあの三兄弟、かなり強いほうなのよ? 今日の第一試合、彼らの出番だったけれど。対戦相手、ズタボロの完封負けよ? どうせあなたに負けたくらいだからーなんて侮ってた相手、手も足も出ずに負けたんだから」
「……強いほうなら、なんであいつら評価されてこなかったんだ?」
「それは個人じゃ大したことないからでしょう。装甲重視前衛機なんて攻撃力ないうえに遅いから引き打ちで完封できるし、中衛は個人技自体は大したことないし、後衛機は隙を狙い撃つタイプだから高速戦闘に向いてないし。三人集まらないならそりゃ弱いわよ」
あんまりにもあんまりな物言いで、上級生だというのにバッサリと評価する。同情のつもりはなかったが、ムジカは思わず三兄弟に生温い感情を向けてしまった。
と。
「…………」
「……ん?」
ふと視線に気づいて、ムジカはそちらを見やった。
“クイックステップ”のほうだ。アルマと一緒に最終チェックを進めていたリムが、こちらを見ていたが……視線が合ったことに気づいた瞬間に、目を背ける。
「……あなたたち、まだ喧嘩してたの?」
同じものを見ていたのだろう。呆れたように言ってくるセシリアに、ムジカができたのはため息を返すことだけだ。
「まだっつーか、またのが近いな。しくじって怒らせた。しかも怒らせ方がな……今回ばかりは、どーやって謝りゃいいのかもわからん」
「呆れたわねえ。どうせ迂闊に変なこと言って怒らせたんでしょう? だから言ってあげたのに」
「何を?」
「デリカシー」
「うるせえ、根に持ってんじゃねえよ」
また噛みつくように言い返す。が、あちらにも言い分はあるのだろう。セシリアはフンとこれ見よがしに鼻を鳴らしてみせた。
なんにしても、そんなことをしている間にも時間は過ぎていく。あと少しでムジカたちの試合が始まる――
と、ちょうどそんなことを考え始めた時だった。
「――こんにちはー。すみません、ちょっとお邪魔させていただきますねー?」
「……あん?」
間延びした声に、きょとんと全員そちらを見やる。
外から控室にのんびりと入ってきたのは、なんと言うべきか、部外者だった。ついでに言えば見知った顔で、更に言うなれば雇い主だ。
声と同じくらい暢気に現れたレティシアを見やってから、セシリアに呟く。
「俺の客か? ちょっと行ってくる。そろそろアーシャ叩き起こしといてくれるか?」
「それは別に構わないけれど……」
「ん?」
歯に何か挟まったような物言いに、きょとんとセシリアを見やると。
彼女が微妙な表情で訊いてきたのは、これだった。
「あなた、生徒会長と付き合ってるの?」
「ああ? なんだそりゃ?」
「昨日のお姫様抱っこ。噂になってるわよ。浮島の管理者が傭兵にお熱、とかその逆とか。まさか、本当だったりするの?」
「しねえよ。ありゃあの人のジョークとか、パフォーマンスの類だ。傭兵を制御できてるって見せつけるために、遊びに付き合わせたんだと。第一、浮島の管理者と傭兵だぞ? 釣り合い取れるかよ」
「その言い方だと、釣り合いが取れるならOKって言ってるように聞こえるけれど」
「ねえよ、ねえ。そういう意味じゃねえし、絶対にねえ」
雑に言い返してから、セシリアから離れてレティシアに歩み寄る。
後ろからやかましい声(「ほら、とっとと起きなさい!!」「あいたーっ!?」)を聞きながら、ムジカは彼女に声をかけた。
「どうした? 何かトラブルか?」
「そうですねえ、トラブルです。今私、とっても傷つきました」
「今? 怪我でもしたのか?」
「いいえー……心はズタズタですけれどー……」
「……?」
なんでか不貞腐れたように頬を膨らますレティシアに、意味がわからず眉根を寄せるが。
コホンと咳ばらいを一つ置くと、彼女はすぐにいつもの微笑みを浮かべてみせた。
「来ていただいたところ悪いのですけれど、実は今回の用事は、ムジカさんにではなくてですね」
「……? んじゃ、誰に用なんだ?」
予想してなかった一言に、ついきょとんと訊く。
と、彼女が見たのはムジカの後方、壁際のハンガーに懸架されたノブリスのほうだ。
その一機、“クイックステップ”を整備している――
「ええ。ムジカさんが試合に出場している間、リムさんを少しお借りさせていただいても?」
「……リムを?」
「はい――既にラウルおじ様には話を通して、許可ももらってありますよ?」
満面の笑みを浮かべて頷く彼女を見て、ムジカが感じたのは、どこまでも果てしない嫌な予感と。
どうしようもなくうずいてざわつく、うなじの辺りの違和感だった。
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《さっき見たらツイットーのトレンドに上がってた。これ、明日のネットニュースにも載るっしょ絶対》
SNSでバズりにバズり、さらには芹なずなにも正体がバレて!?
暁斗の陰キャ自由ライフは、瞬く間に崩壊する!
※本作は小説家になろう・カクヨムでも公開しています。両サイトでのタイトルは『目立つのが嫌でダンジョンのソロ攻略をしていた俺、アイドル配信者のいる前で、うっかり最凶モンスターをブッ飛ばしてしまう~バズりまくって陰キャ生活が無事終了したんだが~』となります。
※この作品はフィクションです。実在の人物•団体•事件•法律などとは一切関係ありません。あらかじめご了承ください。
神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~
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高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。
女神から貰えるはずのチート能力をクラスメートに奪われ、原生林みたいなところに飛ばされたけどゲームキャラの能力が使えるので問題ありません
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女神から貰えるはずのチート能力は奪われ、弾かれた先は未開の原生林。
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右も左も分からない異世界で途方に暮れる主人公たちが出会ったのは悩める大司教。
圧倒的な能力を持ちながら寄る辺なき主人公と、教会内部の勢力争いに勝利するためにも優秀な部下を必要としている大司教。
双方の利害が一致した。
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