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2章 傭兵騒動編
5-7 八つ当たりされてもな
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「戦闘ログ、見させてもらったぜ。いやあ、学生だってのに、よくやるもんだ。うちのがあんな簡単にあしらわれるとはね。恐れ入ったよ」
「…………」
いったい何の用で、この男は現れたのか――
怪訝に睨んだ視線の先、フリッサはにやにやとこちらを見ている。最初に見かけたあの目付け役らしい男はいない。今回も彼は一人だった。
フリッサが敵かどうか。それは考えなくてもわかる。敵だ――ただし、セイリオスの、と補足がつく。ムジカ自身にとってのフリッサは、今のところ変に意味深で不穏なだけの、ただの傭兵でしかなかった。
彼の仲間である空賊と交戦はしたし、決して友好関係のある相手ではない。だが理由もないから敵対もしない。そして、今も敵意は感じない――いつか敵になると察していても。
奇妙な関係だ。その未来の敵を、見据えてムジカは訊いた。
「それは自白と取られる可能性があるが。いいのか?」
「空賊が身内とバレたら困らないのかって?」
フリッサの反応は苦笑だ。肩をすくめてみせた。
「既にバレてんだろ? なのに気を使ってもな。必要な時に必要な分だけ、必要な相手に隠しとけば、後は余分だよ。特にセイリオスみたいな“連合的”な浮島はな。他の浮島から睨まれるから、管理者の強権を振るいにくい。証拠がなければ、まあどうとでも」
「この会話が録音されてりゃ、それこそ自白と取られそうなもんだが」
「ああ……中枢管理システム使えば、やろうと思えばできるか。だがま、自白程度じゃな。少なくとも、前回の兄上とターナーの話なら、兄上の勘違いで済む話さ。空賊のやつが話を合わせた、そう言っとけば逃げられる程度。俺達を追い出すには少々遠い」
それに――などと、フリッサは続き口にはしなかったが。
ムジカは相手の内心を察していた。バレたところでどうでもいいと思っているのだろう。あるいは、どうとでもなると思っているのか。似てはいるが、明確な違いがある。前者の想いは無思慮によるものだ。だが後者の選択には覚悟がある――
だがムジカが気になったのはそこではなかった。
「ターナーってのも知らないが。兄上って、誰のことだ?」
「なんだ、知らなかったのか。ターナーはお前がノした空賊のことで――ガディ・ファルケンは俺の兄だよ」
「……似てねえな?」
「そらまあ。腹違いだからな」
さらりとフリッサがそんなことをばらす。
思い出していたのは、空賊と揉めた日にガディが言っていたことだ。スバルトアルヴの風習と、ドヴェルグと呼ばれる傭兵たちのこと。ガディから感じた負い目のようなものの原因は――
(察するに、弟がドヴェルグやってんのが理由か? ま、弟が汚れ仕事やらされてる中で、自分だけ浮かれてもられないってことかね……)
ムジカはため息をついた。それは人の事情だ。自分の事情ではない――し、安易に踏み込む気にもなれない。前段としても、話を切り上げるにはそろそろいい頃合いでもある。
その程度に見切りをつけて、ムジカは訊いた。
「そんな話がしたくて、わざわざこんなところまでやってきたのか?」
「いいや、まさか。お前さんも聞いてたと思うけど、そろそろ島から出てくタイムリミットなもんでね。その前に、心残りを片付けておきたいのさ」
「心残り?」
「仕事だよ」
答えたフリッサは、そこで何かに呆れたように肩をすくめてみせた。
「あんまり人にバラすもんじゃないがね。お前さんも察してるだろ? 俺たちはノブリス“ロア”の回収を命じられてここに来た。アレ回収して帰らないと、おまんま食い上げなのさ。どこにあるか知ってるか?」
「……ダンデスが生徒会長を殺そうとした、その取引でセイリオスのものになったんじゃなかったのか?」
メタル襲撃事件の直前のことだ。ダンデスがムジカに仕掛けてきた決闘の件。
ダンデスの不正をレティシアが暴露したため、それに激昂したダンデスがレティシアを殺そうとした。浮島の管理者の血族の殺人未遂など、通常なら死刑がふさわしい。その助命の対価として支払われたのが<バロン>級ノブリス“ロア”だが。
「確かにそういう話は聞いてるさ。だが、取引は取引でも“裏”取引だろ? 正当性がないんだから、正当性のない手段で奪い返されても文句は言えないって寸法さ」
「……随分と、手前勝手なこと言ってねえか?」
「そらそうだ。発案者はノーブルだぜ? 何期待してんだ?」
突き放したようなことを、本当にあっさりとフリッサは言う。
困ったことに、ムジカもそれは否定する気になれなかった。寄ったことはないが、スバルトアルヴは特に格別らしい。聞く限りでもワーストレベルにひどいと感じる。
(貴族の嫡子を傭兵という名の奴隷に仕立てて、ひたすらこき使うノーブルねえ……?)
思うところはあるが、今はいい。なんにしても、そこでムジカはため息をついた。
“ロア”のことなら知っている。それが心残りだというなら、素直に答えておいたほうが相手のためだろう。
だから、というわけでもなかったが。努めて無感動に、ムジカは告げた。
「捨てられたぞ」
「……は?」
「だから、“ロア”だ。あの本体、クッソつまらねえって捨てられたよ」
何故そんな努力をしたかといえば、答えは簡単。相手を哀れんだからだ。
そして案の定、フリッサの反応はこれだった。
「な、ちょ、ま……は、はあ!? 捨てられたってどういうこった!?」
「そのまんまだよ。もらったやつが言うには、『装甲で耐えて撃ち返すといえば聞こえはいいが、死にたくない“下手くそ”が機能性度外視して装甲貼り付けまくったゴミみたいな構成の機体』って断言しやがってな。正確にはどっかに保管されてるのかもしれんが、まあそういうことだ。たぶん誰も知らんぞ、置いてあるとこなんて」
泡食って叫ぶフリッサに冷淡に告げる。
魔道機関は取り上げられて<ダンゼル>に使われているが。本体がどこにしまわれたのかはそれこそアルマのみぞ知ることだ。もしかしたら、彼女自身もう知らないかもしれない――あまりにもどうでもよすぎて、忘れ去られたということは十分にあり得る。
告げられた当のフリッサはと言えば、彼は膝をつきこそしなかったが、がっくりと肩を落として打ちひしがれたように、
「うっそだろ、おい……どうすんだよ。“ロア”回収して帰らねえと、俺たち怒られんだよ。<男爵>級とはいえ爵位持ちノブリスだぞ。なくしたらお家断絶ものだ。それをお前、『お前んちのノブリスはゴミだから捨てられた』って報告しろってのか? 俺たちが恨まれるじゃねえか!」
「ダンデスに文句言えよ。元はと言えばアイツのやらかしだろ」
「スバルトアルヴのナンバーツーノーブルの家に文句言えってか!? そもそも今回依頼元があいつらなんだよ! あいつらからすりゃ、だからこその依頼だ! それをできなかったなんて言ってみろ、全部俺たちのせいだぞ!?」
「ンなこと俺に言われても」
知ったこっちゃない、とまでは流石に言わなかったが。表情には出ていたらしい。
こちらを凝視するフリッサは、だが事実その通りではあるので、ぐぎぎと声にならないうめき声を上げていた。雇い主からの折檻を恐れているわけでもないだろうが、本気で困ってはいるらしい。
そんな様子を見ながら、ムジカは顔をしかめた。
(随分な無茶振りだと思うんだがなあ……)
ドヴェルグ傭兵団に課された任務と、そのために実行された計画のことだ。
仲間の一部を空賊に偽装し、フライトシップを撃墜させてセイリオスに不時着した。その理由は奪われた(ということになっている)ノブリス“ロア”の奪還のためだ。自らの船を簡単には修理できない状況にまで追い込んで、その間に“ロア”を奪う道筋を立てる。全てはスバルトアルヴのノーブルのために――
計画もひどいものなら、結果もおそらくは惨憺たるものになる。“ロア”の奪取が成ったなら、少なくともセイリオスは彼らドヴェルグ傭兵団を許しはしないだろう。奪取の方法如何によっては大事になる。そこから傭兵団のバックにスバルトアルヴがいることがバレれば一気に外交問題だ。
浮島間での抗争などそう多いものではない――が、歴史を紐解けばあることにはある。どれもろくでもない結果にしかならなかった。だがそれも当然だ。人が人を殺す、何の意味もない行為でしかないのだから。
だからこそ、わからないことをムジカは訊いた。
「何が楽しくて、あんたらはそんなクソみたいな連中の命令聞いてんだ?」
――傭兵なら、どこにだって行けるはずなのに。
それはただ、本当にただ疑問だったからふと訊いただけだったのだが。
「…………」
「……?」
不意に訪れた音のない沈黙に、ムジカは訝しむように眉根を寄せた。
変化は唐突だったが、明確でもあった。
「……それをお前が言うのか?」
先ほどから打って変わって、感情の乗らない静かな声音で。
顔から表情を消したフリッサが、嘲るように言ってくる。
「見てたぜ、さっきの試合。浮島の管理者を抱きかかえての登場なんて、バカみたいなパフォーマンスだったな。笑えたよ――あそこまで管理者に媚びへつらう姿勢を見せておきながらさ。お前さん、観客からはバカにされてたんだぜ? 傭兵なんぞがってな。少し前にはお前さんがこの島救ったんだろ? なのになんでバカにされっぱなしなんだ? なんでこの島でまだ傭兵やってる?」
「…………」
「ああ、いい。いいさ。お前がそれをどう思ってるかもわかってる――どうだっていいんだろ。ザコが何を言ってようが、やってようが、お前さんには何もかもがどうだっていいんだ。お前が俺に興味を持ってないのと同じだ。全部どうでもいいんだろ」
見透かすように細められた目を、ムジカは無言で見返す。
その目にあるのは怒りだろうか。こちらからは見透かせない相手の情動を前にして、ムジカが感じたのは怪訝だ。こちらの言葉が何かの逆鱗に触れたらしいことはわかるが、それが何かはわからない。
今は敵意を明確に晒して、フリッサは言う。
「本当の、俺たちの仕事はな。ダンデス・フォルクローレの人生を滅茶苦茶にしたお前を殺すことさ。この間のナイフ戦の辺りで、薄々察してはいただろ? 今明言もしてやった、なのにお前は表情一つ変えない――これだってどうでもいいんだろ? お前さ。ハッキリ言って気味が悪いよ」
「……驚いて悲鳴でも上げながら、やめてくださいと言えとでも?」
「さあな――だが普通のやつならそうやって、茶化してきたりはしないんだよ」
どうだろうか。その通りかもしれない。想像したのはどうしてか、リムでもラウルでもなくアーシャだった。
彼女がもしここにいたのなら。何を言うかはわからないが、慌てながら身構えでもしたかもしれない。クロエとサジが一緒にいたなら、二人をかばうように前に出ることだろう――そんなことを聞かされても、身構えもしない自分とは違って。
考えてから、内心でだけ苦笑した。つまり、こういう考えが普通ではないと言いたいわけだ。のんきにバカげたことを考えている。お前を殺したいと言われても、それを脅威にも感じない。
相手を見くびっているからではない。どうしても、死ぬことを恐れられない。そんな感情は三年前のあの日に置き去りにした。
今を生きているのはその余禄であり、惰性だ。戦う理由などない――生きる理由など。
見透かされたのはおそらくそれだ。侮蔑を含んだ怒りはまだ続いた。
「お前の戦い方を見ててわかった。お前は空っぽだ。最小の見切りで全てを躱すなんて馬鹿げた発想は、真実捨て身と変わらない――お前は自分の命すらどうだっていいと思ってる。でなけりゃ、わずかにでもミスったら死ぬような戦い方ができるものか。お前はお前自身を含めた何もかもがどうでもいいんだ」
「…………」
「腹が立つんだよなあ……俺たちが持ってないものを持ってるくせに、お前はそれをなんとも思ってない――何が楽しくてクソみたいな命令を聞くか? その答えは簡単だ。楽しいわけがあるか。俺たちにはそれ以外の選択肢がないんだ。お前の“傭兵”と俺たちの“傭兵”は違う。俺たちに自由なんかない」
――そんな簡単なこともわからないお前は、恵まれた人間なんだろう。
「……随分と、好き勝手言ってくれたもんだが」
叩きつけるように吐き出された言葉を、だがムジカは苦笑でもって受け止めた。
腹が立つと言われて、ようやくムジカは彼の怒りの原因を察した。つまりはこちらの無神経さだ。鬱屈としている部分に、知らず知らずのうちに言葉をぶっ刺した。
確かに、簡単な話ではある。奴隷に選択肢はない。それだけの話だ。
そしてムジカにとっては他人事だから、見抜いたことがある。ケンカを売るつもりはなかったが、さりとて本音以外を語るつもりもない。そして今、思いついた言葉は彼に怒りをぶつけられてもなお無感動で。
興味がない相手に贈る言葉など、所詮はこの程度のものにしかならなかった。
「何が気に食わなかったのかは知らないが、八つ当たりされてもな。だから俺に、何をどうしろって?」
「……っ!」
どこまでもフラットな無関心の声音に、一瞬だけフリッサがまなじりを吊り上げた――
だがこちらの売り言葉など、それこそどうでもいいことだと気づいたのだろう。怒りをしまい込むと、彼はムジカに背を向けた。
去り際に吐き捨てられた言葉は、これだ。
「次に会う時は、俺たちが仕掛ける時だ――覚悟しておけよ」
ムジカは何も言い返さなかった。控室から去る背中を無言で見送って――
脱力感に、ため息をついた。思いつくままに喋ったが、今にして思えば挑発だった。完全に相手を怒らせた。依頼に私怨が追加される形になった。
どんなふうに、何を仕掛けてくるつもりなのかは知らないが。苛烈な攻めになるのは間違いない――
だがムジカの胸の内に会ったのは、そんなことではなかった。
「……俺が恵まれた人間だって?」
フリッサに言われたことを繰り返して、だが表情になったのは苦笑だった。
よくもまあ、という言葉が脳裏にちらついた。こちらが相手のことなどどうでもいいように、あちらもこちらのことなど知りもしないだろう。知らないから、“恵まれてる”などと言う言葉が出てくる。だから苦笑するしかなかった。
何も知らないくせに、などという言葉を吐くつもりもない。そんなことを言ってもバカバカしいだけだ。
ふと振り向いた視線の先には、空のハンガーがある。先ほどまで、そこには“クイックステップ”が――かつては“レヴナント”と呼ばれたムジカの乗機があった。
――“必要”のために生み出された“亡霊”。
「…………」
何があったわけでもないが、ひどく疲れた。この後はリムと合流する予定だったのだが、どうしてもそんな気にはなれない。
リムに“先に帰る”とだけメッセージを送って、ムジカはそのまま帰路についた。
――自分が真実恵まれた人間だと思い至ったのは、その帰路の中でのことだった。
「…………」
いったい何の用で、この男は現れたのか――
怪訝に睨んだ視線の先、フリッサはにやにやとこちらを見ている。最初に見かけたあの目付け役らしい男はいない。今回も彼は一人だった。
フリッサが敵かどうか。それは考えなくてもわかる。敵だ――ただし、セイリオスの、と補足がつく。ムジカ自身にとってのフリッサは、今のところ変に意味深で不穏なだけの、ただの傭兵でしかなかった。
彼の仲間である空賊と交戦はしたし、決して友好関係のある相手ではない。だが理由もないから敵対もしない。そして、今も敵意は感じない――いつか敵になると察していても。
奇妙な関係だ。その未来の敵を、見据えてムジカは訊いた。
「それは自白と取られる可能性があるが。いいのか?」
「空賊が身内とバレたら困らないのかって?」
フリッサの反応は苦笑だ。肩をすくめてみせた。
「既にバレてんだろ? なのに気を使ってもな。必要な時に必要な分だけ、必要な相手に隠しとけば、後は余分だよ。特にセイリオスみたいな“連合的”な浮島はな。他の浮島から睨まれるから、管理者の強権を振るいにくい。証拠がなければ、まあどうとでも」
「この会話が録音されてりゃ、それこそ自白と取られそうなもんだが」
「ああ……中枢管理システム使えば、やろうと思えばできるか。だがま、自白程度じゃな。少なくとも、前回の兄上とターナーの話なら、兄上の勘違いで済む話さ。空賊のやつが話を合わせた、そう言っとけば逃げられる程度。俺達を追い出すには少々遠い」
それに――などと、フリッサは続き口にはしなかったが。
ムジカは相手の内心を察していた。バレたところでどうでもいいと思っているのだろう。あるいは、どうとでもなると思っているのか。似てはいるが、明確な違いがある。前者の想いは無思慮によるものだ。だが後者の選択には覚悟がある――
だがムジカが気になったのはそこではなかった。
「ターナーってのも知らないが。兄上って、誰のことだ?」
「なんだ、知らなかったのか。ターナーはお前がノした空賊のことで――ガディ・ファルケンは俺の兄だよ」
「……似てねえな?」
「そらまあ。腹違いだからな」
さらりとフリッサがそんなことをばらす。
思い出していたのは、空賊と揉めた日にガディが言っていたことだ。スバルトアルヴの風習と、ドヴェルグと呼ばれる傭兵たちのこと。ガディから感じた負い目のようなものの原因は――
(察するに、弟がドヴェルグやってんのが理由か? ま、弟が汚れ仕事やらされてる中で、自分だけ浮かれてもられないってことかね……)
ムジカはため息をついた。それは人の事情だ。自分の事情ではない――し、安易に踏み込む気にもなれない。前段としても、話を切り上げるにはそろそろいい頃合いでもある。
その程度に見切りをつけて、ムジカは訊いた。
「そんな話がしたくて、わざわざこんなところまでやってきたのか?」
「いいや、まさか。お前さんも聞いてたと思うけど、そろそろ島から出てくタイムリミットなもんでね。その前に、心残りを片付けておきたいのさ」
「心残り?」
「仕事だよ」
答えたフリッサは、そこで何かに呆れたように肩をすくめてみせた。
「あんまり人にバラすもんじゃないがね。お前さんも察してるだろ? 俺たちはノブリス“ロア”の回収を命じられてここに来た。アレ回収して帰らないと、おまんま食い上げなのさ。どこにあるか知ってるか?」
「……ダンデスが生徒会長を殺そうとした、その取引でセイリオスのものになったんじゃなかったのか?」
メタル襲撃事件の直前のことだ。ダンデスがムジカに仕掛けてきた決闘の件。
ダンデスの不正をレティシアが暴露したため、それに激昂したダンデスがレティシアを殺そうとした。浮島の管理者の血族の殺人未遂など、通常なら死刑がふさわしい。その助命の対価として支払われたのが<バロン>級ノブリス“ロア”だが。
「確かにそういう話は聞いてるさ。だが、取引は取引でも“裏”取引だろ? 正当性がないんだから、正当性のない手段で奪い返されても文句は言えないって寸法さ」
「……随分と、手前勝手なこと言ってねえか?」
「そらそうだ。発案者はノーブルだぜ? 何期待してんだ?」
突き放したようなことを、本当にあっさりとフリッサは言う。
困ったことに、ムジカもそれは否定する気になれなかった。寄ったことはないが、スバルトアルヴは特に格別らしい。聞く限りでもワーストレベルにひどいと感じる。
(貴族の嫡子を傭兵という名の奴隷に仕立てて、ひたすらこき使うノーブルねえ……?)
思うところはあるが、今はいい。なんにしても、そこでムジカはため息をついた。
“ロア”のことなら知っている。それが心残りだというなら、素直に答えておいたほうが相手のためだろう。
だから、というわけでもなかったが。努めて無感動に、ムジカは告げた。
「捨てられたぞ」
「……は?」
「だから、“ロア”だ。あの本体、クッソつまらねえって捨てられたよ」
何故そんな努力をしたかといえば、答えは簡単。相手を哀れんだからだ。
そして案の定、フリッサの反応はこれだった。
「な、ちょ、ま……は、はあ!? 捨てられたってどういうこった!?」
「そのまんまだよ。もらったやつが言うには、『装甲で耐えて撃ち返すといえば聞こえはいいが、死にたくない“下手くそ”が機能性度外視して装甲貼り付けまくったゴミみたいな構成の機体』って断言しやがってな。正確にはどっかに保管されてるのかもしれんが、まあそういうことだ。たぶん誰も知らんぞ、置いてあるとこなんて」
泡食って叫ぶフリッサに冷淡に告げる。
魔道機関は取り上げられて<ダンゼル>に使われているが。本体がどこにしまわれたのかはそれこそアルマのみぞ知ることだ。もしかしたら、彼女自身もう知らないかもしれない――あまりにもどうでもよすぎて、忘れ去られたということは十分にあり得る。
告げられた当のフリッサはと言えば、彼は膝をつきこそしなかったが、がっくりと肩を落として打ちひしがれたように、
「うっそだろ、おい……どうすんだよ。“ロア”回収して帰らねえと、俺たち怒られんだよ。<男爵>級とはいえ爵位持ちノブリスだぞ。なくしたらお家断絶ものだ。それをお前、『お前んちのノブリスはゴミだから捨てられた』って報告しろってのか? 俺たちが恨まれるじゃねえか!」
「ダンデスに文句言えよ。元はと言えばアイツのやらかしだろ」
「スバルトアルヴのナンバーツーノーブルの家に文句言えってか!? そもそも今回依頼元があいつらなんだよ! あいつらからすりゃ、だからこその依頼だ! それをできなかったなんて言ってみろ、全部俺たちのせいだぞ!?」
「ンなこと俺に言われても」
知ったこっちゃない、とまでは流石に言わなかったが。表情には出ていたらしい。
こちらを凝視するフリッサは、だが事実その通りではあるので、ぐぎぎと声にならないうめき声を上げていた。雇い主からの折檻を恐れているわけでもないだろうが、本気で困ってはいるらしい。
そんな様子を見ながら、ムジカは顔をしかめた。
(随分な無茶振りだと思うんだがなあ……)
ドヴェルグ傭兵団に課された任務と、そのために実行された計画のことだ。
仲間の一部を空賊に偽装し、フライトシップを撃墜させてセイリオスに不時着した。その理由は奪われた(ということになっている)ノブリス“ロア”の奪還のためだ。自らの船を簡単には修理できない状況にまで追い込んで、その間に“ロア”を奪う道筋を立てる。全てはスバルトアルヴのノーブルのために――
計画もひどいものなら、結果もおそらくは惨憺たるものになる。“ロア”の奪取が成ったなら、少なくともセイリオスは彼らドヴェルグ傭兵団を許しはしないだろう。奪取の方法如何によっては大事になる。そこから傭兵団のバックにスバルトアルヴがいることがバレれば一気に外交問題だ。
浮島間での抗争などそう多いものではない――が、歴史を紐解けばあることにはある。どれもろくでもない結果にしかならなかった。だがそれも当然だ。人が人を殺す、何の意味もない行為でしかないのだから。
だからこそ、わからないことをムジカは訊いた。
「何が楽しくて、あんたらはそんなクソみたいな連中の命令聞いてんだ?」
――傭兵なら、どこにだって行けるはずなのに。
それはただ、本当にただ疑問だったからふと訊いただけだったのだが。
「…………」
「……?」
不意に訪れた音のない沈黙に、ムジカは訝しむように眉根を寄せた。
変化は唐突だったが、明確でもあった。
「……それをお前が言うのか?」
先ほどから打って変わって、感情の乗らない静かな声音で。
顔から表情を消したフリッサが、嘲るように言ってくる。
「見てたぜ、さっきの試合。浮島の管理者を抱きかかえての登場なんて、バカみたいなパフォーマンスだったな。笑えたよ――あそこまで管理者に媚びへつらう姿勢を見せておきながらさ。お前さん、観客からはバカにされてたんだぜ? 傭兵なんぞがってな。少し前にはお前さんがこの島救ったんだろ? なのになんでバカにされっぱなしなんだ? なんでこの島でまだ傭兵やってる?」
「…………」
「ああ、いい。いいさ。お前がそれをどう思ってるかもわかってる――どうだっていいんだろ。ザコが何を言ってようが、やってようが、お前さんには何もかもがどうだっていいんだ。お前が俺に興味を持ってないのと同じだ。全部どうでもいいんだろ」
見透かすように細められた目を、ムジカは無言で見返す。
その目にあるのは怒りだろうか。こちらからは見透かせない相手の情動を前にして、ムジカが感じたのは怪訝だ。こちらの言葉が何かの逆鱗に触れたらしいことはわかるが、それが何かはわからない。
今は敵意を明確に晒して、フリッサは言う。
「本当の、俺たちの仕事はな。ダンデス・フォルクローレの人生を滅茶苦茶にしたお前を殺すことさ。この間のナイフ戦の辺りで、薄々察してはいただろ? 今明言もしてやった、なのにお前は表情一つ変えない――これだってどうでもいいんだろ? お前さ。ハッキリ言って気味が悪いよ」
「……驚いて悲鳴でも上げながら、やめてくださいと言えとでも?」
「さあな――だが普通のやつならそうやって、茶化してきたりはしないんだよ」
どうだろうか。その通りかもしれない。想像したのはどうしてか、リムでもラウルでもなくアーシャだった。
彼女がもしここにいたのなら。何を言うかはわからないが、慌てながら身構えでもしたかもしれない。クロエとサジが一緒にいたなら、二人をかばうように前に出ることだろう――そんなことを聞かされても、身構えもしない自分とは違って。
考えてから、内心でだけ苦笑した。つまり、こういう考えが普通ではないと言いたいわけだ。のんきにバカげたことを考えている。お前を殺したいと言われても、それを脅威にも感じない。
相手を見くびっているからではない。どうしても、死ぬことを恐れられない。そんな感情は三年前のあの日に置き去りにした。
今を生きているのはその余禄であり、惰性だ。戦う理由などない――生きる理由など。
見透かされたのはおそらくそれだ。侮蔑を含んだ怒りはまだ続いた。
「お前の戦い方を見ててわかった。お前は空っぽだ。最小の見切りで全てを躱すなんて馬鹿げた発想は、真実捨て身と変わらない――お前は自分の命すらどうだっていいと思ってる。でなけりゃ、わずかにでもミスったら死ぬような戦い方ができるものか。お前はお前自身を含めた何もかもがどうでもいいんだ」
「…………」
「腹が立つんだよなあ……俺たちが持ってないものを持ってるくせに、お前はそれをなんとも思ってない――何が楽しくてクソみたいな命令を聞くか? その答えは簡単だ。楽しいわけがあるか。俺たちにはそれ以外の選択肢がないんだ。お前の“傭兵”と俺たちの“傭兵”は違う。俺たちに自由なんかない」
――そんな簡単なこともわからないお前は、恵まれた人間なんだろう。
「……随分と、好き勝手言ってくれたもんだが」
叩きつけるように吐き出された言葉を、だがムジカは苦笑でもって受け止めた。
腹が立つと言われて、ようやくムジカは彼の怒りの原因を察した。つまりはこちらの無神経さだ。鬱屈としている部分に、知らず知らずのうちに言葉をぶっ刺した。
確かに、簡単な話ではある。奴隷に選択肢はない。それだけの話だ。
そしてムジカにとっては他人事だから、見抜いたことがある。ケンカを売るつもりはなかったが、さりとて本音以外を語るつもりもない。そして今、思いついた言葉は彼に怒りをぶつけられてもなお無感動で。
興味がない相手に贈る言葉など、所詮はこの程度のものにしかならなかった。
「何が気に食わなかったのかは知らないが、八つ当たりされてもな。だから俺に、何をどうしろって?」
「……っ!」
どこまでもフラットな無関心の声音に、一瞬だけフリッサがまなじりを吊り上げた――
だがこちらの売り言葉など、それこそどうでもいいことだと気づいたのだろう。怒りをしまい込むと、彼はムジカに背を向けた。
去り際に吐き捨てられた言葉は、これだ。
「次に会う時は、俺たちが仕掛ける時だ――覚悟しておけよ」
ムジカは何も言い返さなかった。控室から去る背中を無言で見送って――
脱力感に、ため息をついた。思いつくままに喋ったが、今にして思えば挑発だった。完全に相手を怒らせた。依頼に私怨が追加される形になった。
どんなふうに、何を仕掛けてくるつもりなのかは知らないが。苛烈な攻めになるのは間違いない――
だがムジカの胸の内に会ったのは、そんなことではなかった。
「……俺が恵まれた人間だって?」
フリッサに言われたことを繰り返して、だが表情になったのは苦笑だった。
よくもまあ、という言葉が脳裏にちらついた。こちらが相手のことなどどうでもいいように、あちらもこちらのことなど知りもしないだろう。知らないから、“恵まれてる”などと言う言葉が出てくる。だから苦笑するしかなかった。
何も知らないくせに、などという言葉を吐くつもりもない。そんなことを言ってもバカバカしいだけだ。
ふと振り向いた視線の先には、空のハンガーがある。先ほどまで、そこには“クイックステップ”が――かつては“レヴナント”と呼ばれたムジカの乗機があった。
――“必要”のために生み出された“亡霊”。
「…………」
何があったわけでもないが、ひどく疲れた。この後はリムと合流する予定だったのだが、どうしてもそんな気にはなれない。
リムに“先に帰る”とだけメッセージを送って、ムジカはそのまま帰路についた。
――自分が真実恵まれた人間だと思い至ったのは、その帰路の中でのことだった。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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キョウキョウ
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毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
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