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2章 傭兵騒動編
5-3 なんだって俺がこんなこと……
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(……なんだって俺がこんなこと……)
やらされにゃならんのか、などと。
決して居心地のいいものではない大歓声にさらされながら、ムジカは遠い目をして空を見上げた。青い空はいつもと変わらず胸のすくような青さをしているが、それが心を慰めてくれるわけもない。腕の中の重みが消えるわけでもない――
視線をわずかに降ろせば、ノブリス“ブーケ”を纏ったレティシアが、抱えた腕の中で周囲に手を振っている。わざわざバイザーを外して観客に自らをアピールしているようだが、その表情は見るからにご満悦だ。ムジカとは対照的である。
「ふふふ。皆さん驚いてますねえ。やっぱりサプライズはこうでないと」
「……そーかい」
としか言いようがない。どうにかそれだけ絞り出して、ムジカはまたため息をかみ殺した。
腕の中のお姫様といえば気楽なもので、こんなことまで言ってくる有様だが。
「どうです、ムジカさん? セイリオスのお姫様を独り占めしている感想は? 鼻高々になったりしません?」
「ならない。むしろこんなしょうもないことで、人から恨まれたくないって気持ちを噛みしめてる」
言いながら、ちらとムジカは観客席に視線を走らせた。
麗しの、などと前に自分で言っていたが、彼女が人気者であること自体は事実らしい。面白がるような黄色い悲鳴の数が多いが、中には男の悲鳴も聞こえる。絹を裂くような、というよりは肝を裂くような、それはそれは野太い悲鳴だ。そこそこの数の男がレティシアに懸想しているらしいが。
レティシアはこちらの回答に不満らしい。露骨に唇を尖らせてみせた。
「えー。もうちょっと何かありません? 花嫁さんですよ花嫁さん。もっと気の利いたこと言ってもバチは当たりませんよ、"私の騎士様"?」
「……ナイトじゃなくて、マーセナリーだっつーのな。ノブリスをドレスにする花嫁もいねーよ」
どうでもいいことにだけどうにか言い返して、またため息をつく。
とはいえ、ムジカもバカではない――あるいはバカでも、無条件に人を信用するほどお人好しでもない。
伝わるはずもないが、バイザー越しに胡乱な目を向けてムジカは訊いた。
「……それで? なんだってこんなパフォーマンスを? まさかとは思うが、ホントに罰ゲームだけが理由じゃないだろうな?」
「理由、ですか? それはもちろん、私が楽し――あ、待ってください。嘘、嘘ですから。放り捨てようとしたでしょう今。むー。むーですよむー。それもないとは言いませんけど、私の話も聞いたくださいます?」
「内容次第じゃ、マジで放り捨てるぞ」
「むー……」
ひとしきり唸った後、では真面目な話をしますね、と。
周囲に笑顔を向けて素知らぬ顔をしつつ、前置きを挟んで彼女が言ってきたのは――
「まあ、目的は概ね今回の入隊テストと一緒です。ケアですよ、ケア」
なんと言うべきか、ある意味では自業自得とか因果応報の類のことだった。
「まず先に言っておきますとですね……ムジカさん。あなた、やりすぎました」
「……ああ?」
「感謝はしていますし、ご恩に報いたいのが本音ではありますけれど……先のメタル襲撃事件、戦功一位は私かあなた、そのどちらかです。かたや超大型メタル撃破、かたやほぼ単騎での別動隊撃滅。どちらが上かなんて競う気もありませんし、本当にどうでもいいんですが……そこが少し、問題になりまして」
「どんな問題だ?」
「メンツですよ」
「メンツ」
おうむ返しに繰り返して、ムジカは露骨に嫌な顔をした。聞いただけで具合の悪くなる類の単語だ。要するに、その単語が出てきたときの話は大抵ろくでもない。
そしてレティシアが言ってきたのも、案の定ろくでもない話だった。
「戦功第一位が、ノーブルでもなんでもないただの傭兵です。それも、一人でとんでもない成果を出した……問題点は二つです。一つは、単にノーブル側が面白くないということ。そしてもう一つ――これが最も問題視されている点ですが――そんな強大な力を持った“ゴロツキ”の存在を、許容できるかどうかということ」
「…………」
「一応は私の直属という形になってますから、私の威光で黙らせることもできますけどね? 一方で皆に受け入れさせるためには、私があなたを制御できているということを示さなければならないわけです。でなければ、あなたが危うい――猟犬は、人に噛みつかないと示せなければ駄犬と変わりありませんから」
「……犬、ねえ?」
言っていること、その理屈は理解できる。
これが誇りと共に生きる“ノーブル”ならまだ話も別だったのだろうが。傭兵は所詮ただのゴロツキでしかない。誰かが身分を保証しない限り、誰も信用してくれないのだ。
そして雇用した側も。成果だけでなく、雇った傭兵が真実信用に足る存在であることを示さなければならない。短期的に放り出すのではなく、長期的に手元に置くつもりならなおさらだ。でなければ統治者としての資質を疑われる。
レティシアはそのためにこんなことを画策したらしいが。
「連中、俺が首輪で繋がれてるとこ見れば満足するわけか?」
犬からの連想で、ついそんなことを言ったが。
そういや前にも首輪の話をした記憶があるな、などと思い出したのと同じタイミングで、レティシアが「ふふふ……」と暗い笑みを漏らした。
「……なんなら本当につけてみます? 首輪。私としましては、どんとこい案件ですけれど……?」
「勘弁してくれ。趣味じゃねえし、情けない姿見せたらリムに殺される」
「……ここで他の女性の名前出すなんて。ムジカさんったら、なんてひどい人なんでしょう」
周囲に愛想をばらまきながら、ムジカに対してはそんなことを言ってくる。本気で言ってるのか冗談で言っているのか、いまいちわからないのでムジカは何も言い返さないでおいたが。
なんにしろ、飛んでけば早いのにわざわざ歩いて(歩かされて)、ムジカはスタジアムの中央にたどり着いた――
と、腕の中でレティシアが身じろぎ。改めて“ブーケ”のバイザーを被り直すと、M・G・B・Sを起動。ふわりと蝶が浮き上がるようにして、ムジカから離れていく。
レティシアは前に、ムジカはその背後に。腰部ラックからガン・ロッドとダガーを引き抜いて、ムジカは正面を見据えた。
スタジアム中央、ムジカたちと相対するは三機の<ナイト>級ノブリスだ。レフェリー役の<ナイト>を挟んでにらみ合う。
相手はそれぞれ赤い前衛機、緑の中衛機、青の後衛機と役割分けがされているようだが。
(エフテイル三兄弟……確か、チームプレイのエキスパートって話だったか?)
実況が確か、そんなことを言っていたはずだ。ランク戦では振るわないが……とも。
つまり、お家柄か何かは知らないが、普段から集団戦をメインに訓練しているのだろう。ある意味では、最も実践的とも言える手合いかもしれない。だがそれだけに、個人技に評価の比重が偏っている学園都市では肩身が狭かったのかもしれない。
だからか――
「ふ、ふふ……ふふふふふふふ……!」
「……?」
先頭にいた長兄らしき青のノブリスの、第一声がこれだった。
「――我が世の春が来た――っっっ!!」
ガン・ロッドごと両腕を掲げ、全力の雄叫び。
そしてズビシッとレティシアを指さし、勢い良く告げる。
「レティシア嬢! 同級生のあなたに、ランク戦やら講義やらで負け続けて幾星霜! 個人技ではまったく勝ち目がなく、涙で枕を濡らす日々――それも今日で終わりを告げる!! チーム戦、つまりコンビネーションプレイなら、我らエフテイル三兄弟の独壇場!! 故にレティシア嬢――一言、言わせていただきたい……っ!!」
「……えーと……どうぞ?」
ありありと困惑を浮かべるレティシアに。
その長兄がしたことと言えば、風の音が聞こえそうなほどに早い、完全に直角なお辞儀だった。
「ありがとう……すっごく、ありがとう……! 入隊テストという形でも、我らが日の目を見る機会をありがとう……! コンビネーションが売りの我ら、これまでとっても肩身が狭かった……っ!!」
と、その後ろで弟たちがうんうんと頷く。
「未来のためを思って、故郷直伝の実戦想定訓練ばっかりやってきたけど。ランク戦では振るわないせいで我ら、順位は毎度下のほうだったからなあ……」
「警護隊の任務に参加した時しか、評価されなかったからなあ……参加者だけに評価されても、みんなの見る目は変わらないし」
「それに、変わったって言っても“意外にやるなあいつら”程度でしかなかったしなあ……」
「意外にってなんだよ、意外にって。アレ結構傷つくんだぞ」
「我ら、頑張ってるのになあ……」
「なんか……愚痴っぽいな、あんたら」
よっぽど不満が溜まっていたらしい。それも、吐き出すところがなくて鬱屈としたまま堪り続けた類の不満だ。爆発するほどの勢いと力がないだけで、どんよりとしたものが積もり続けてきたらしいが。
彼らを指さして、思わず訊く。
「……メンタルケア?」
「必要でしたでしょ?」
ふふんとしたり顔でレティシアが言う。それに関してはもはや、ムジカは何も言わなかったが。
と。
「そうだ傭兵!! 我ら三兄弟、貴様にも言いたいことがあるぞ!!」
「……俺に?」
思わずきょとんとする。エフテイル三兄弟とはまず間違いなく接点がないので――というか、バイザーの下の顔すら知らない――、何か言われるとは全く思っていなかったのだが。
全く予想外のところから、三兄弟の怒りは飛んできた。
「傭兵――貴様、登場の仕方がだいぶハレンチっ!!」
「……はれんち?」
聞き間違いか? と。
思わず訊き返した先で、三兄弟は勝手にヒートアップを始める。
「レティシア嬢を抱きかかえての登場など、派手なことして衆目を集めおって! 全くもってけしからん!! 羨ましいぞこのハレンチ!!」
「あの決闘騒ぎの圧倒劇も、痺れたよねー。ほとんどワンパンだもん。かっこよかったよねえ……」
「メタル襲撃、別動隊単騎撃破とかねー。出回ってる映像、めっちゃカッコよかったしねえ……あれ、我らもやりたいなあ……」
「そういうわけで貴様はハレンチ! よって我ら三兄弟、貴様をハレンチ罪で処罰する!! 我らのコンビネーションプレイ、とくと味わって墜ちるがよい!!」
「おい待てメチャクチャ言ってんじゃねえ! 逆恨みもいいところだろが!!」
流石にその辺りで、ムジカは言い返した。明らかに嫉妬とかひがみとか、その類からくるやっかみである。そんなの付き合いきれるかとばかりに叫ぶのだが。
こちらを振り向いたレティシアが、心底楽しそうに言ってくる。
「あらあら、こんなに恨まれてしまって……困ってしまいますね?」
「恨みの三割はあんたのせいなんだが?」
「いやあ、これは私も計算外でした。ビックリです。私のお姫様抱っこを羨ましがられるなんて……私、予想以上に人気者だったみたいですね?」
「強くて美人で生徒会長やってて、セイリオスのナンバーワンノーブルなんだろ? これだけ好条件揃ってんだから、人気者じゃないってのもありえんと思うが」
「…………」
「……?」
反応が返ってこなかったので、首を傾げる。お互いバイザーで顔は隠れているので、相手が何を思ったかなどはさっぱり見えないのだが。
と、遠くから呆れ声――声質からして、おそらくは長兄のようだが。
「傭兵……貴様、やっぱりハレンチぞ?」
「なんでだよ」
「教える義理はないっ!!」
言いたいことだけ好き勝手言って、後はもう話すことなどないとばかりに身構える――実際にはまだレフェリーのルール説明があるので、今身構えても仕方ないのだが。
そんな彼ら、エフテイル3兄弟をどんよりとした目で見やってから。
ムジカは、誰にともなくぽつりと呟いた。
「……セイリオスのノーブルって、色物ばっかか?」
誰にも聞こえないほどの声量だったので、案の定誰も答えなかった。
やらされにゃならんのか、などと。
決して居心地のいいものではない大歓声にさらされながら、ムジカは遠い目をして空を見上げた。青い空はいつもと変わらず胸のすくような青さをしているが、それが心を慰めてくれるわけもない。腕の中の重みが消えるわけでもない――
視線をわずかに降ろせば、ノブリス“ブーケ”を纏ったレティシアが、抱えた腕の中で周囲に手を振っている。わざわざバイザーを外して観客に自らをアピールしているようだが、その表情は見るからにご満悦だ。ムジカとは対照的である。
「ふふふ。皆さん驚いてますねえ。やっぱりサプライズはこうでないと」
「……そーかい」
としか言いようがない。どうにかそれだけ絞り出して、ムジカはまたため息をかみ殺した。
腕の中のお姫様といえば気楽なもので、こんなことまで言ってくる有様だが。
「どうです、ムジカさん? セイリオスのお姫様を独り占めしている感想は? 鼻高々になったりしません?」
「ならない。むしろこんなしょうもないことで、人から恨まれたくないって気持ちを噛みしめてる」
言いながら、ちらとムジカは観客席に視線を走らせた。
麗しの、などと前に自分で言っていたが、彼女が人気者であること自体は事実らしい。面白がるような黄色い悲鳴の数が多いが、中には男の悲鳴も聞こえる。絹を裂くような、というよりは肝を裂くような、それはそれは野太い悲鳴だ。そこそこの数の男がレティシアに懸想しているらしいが。
レティシアはこちらの回答に不満らしい。露骨に唇を尖らせてみせた。
「えー。もうちょっと何かありません? 花嫁さんですよ花嫁さん。もっと気の利いたこと言ってもバチは当たりませんよ、"私の騎士様"?」
「……ナイトじゃなくて、マーセナリーだっつーのな。ノブリスをドレスにする花嫁もいねーよ」
どうでもいいことにだけどうにか言い返して、またため息をつく。
とはいえ、ムジカもバカではない――あるいはバカでも、無条件に人を信用するほどお人好しでもない。
伝わるはずもないが、バイザー越しに胡乱な目を向けてムジカは訊いた。
「……それで? なんだってこんなパフォーマンスを? まさかとは思うが、ホントに罰ゲームだけが理由じゃないだろうな?」
「理由、ですか? それはもちろん、私が楽し――あ、待ってください。嘘、嘘ですから。放り捨てようとしたでしょう今。むー。むーですよむー。それもないとは言いませんけど、私の話も聞いたくださいます?」
「内容次第じゃ、マジで放り捨てるぞ」
「むー……」
ひとしきり唸った後、では真面目な話をしますね、と。
周囲に笑顔を向けて素知らぬ顔をしつつ、前置きを挟んで彼女が言ってきたのは――
「まあ、目的は概ね今回の入隊テストと一緒です。ケアですよ、ケア」
なんと言うべきか、ある意味では自業自得とか因果応報の類のことだった。
「まず先に言っておきますとですね……ムジカさん。あなた、やりすぎました」
「……ああ?」
「感謝はしていますし、ご恩に報いたいのが本音ではありますけれど……先のメタル襲撃事件、戦功一位は私かあなた、そのどちらかです。かたや超大型メタル撃破、かたやほぼ単騎での別動隊撃滅。どちらが上かなんて競う気もありませんし、本当にどうでもいいんですが……そこが少し、問題になりまして」
「どんな問題だ?」
「メンツですよ」
「メンツ」
おうむ返しに繰り返して、ムジカは露骨に嫌な顔をした。聞いただけで具合の悪くなる類の単語だ。要するに、その単語が出てきたときの話は大抵ろくでもない。
そしてレティシアが言ってきたのも、案の定ろくでもない話だった。
「戦功第一位が、ノーブルでもなんでもないただの傭兵です。それも、一人でとんでもない成果を出した……問題点は二つです。一つは、単にノーブル側が面白くないということ。そしてもう一つ――これが最も問題視されている点ですが――そんな強大な力を持った“ゴロツキ”の存在を、許容できるかどうかということ」
「…………」
「一応は私の直属という形になってますから、私の威光で黙らせることもできますけどね? 一方で皆に受け入れさせるためには、私があなたを制御できているということを示さなければならないわけです。でなければ、あなたが危うい――猟犬は、人に噛みつかないと示せなければ駄犬と変わりありませんから」
「……犬、ねえ?」
言っていること、その理屈は理解できる。
これが誇りと共に生きる“ノーブル”ならまだ話も別だったのだろうが。傭兵は所詮ただのゴロツキでしかない。誰かが身分を保証しない限り、誰も信用してくれないのだ。
そして雇用した側も。成果だけでなく、雇った傭兵が真実信用に足る存在であることを示さなければならない。短期的に放り出すのではなく、長期的に手元に置くつもりならなおさらだ。でなければ統治者としての資質を疑われる。
レティシアはそのためにこんなことを画策したらしいが。
「連中、俺が首輪で繋がれてるとこ見れば満足するわけか?」
犬からの連想で、ついそんなことを言ったが。
そういや前にも首輪の話をした記憶があるな、などと思い出したのと同じタイミングで、レティシアが「ふふふ……」と暗い笑みを漏らした。
「……なんなら本当につけてみます? 首輪。私としましては、どんとこい案件ですけれど……?」
「勘弁してくれ。趣味じゃねえし、情けない姿見せたらリムに殺される」
「……ここで他の女性の名前出すなんて。ムジカさんったら、なんてひどい人なんでしょう」
周囲に愛想をばらまきながら、ムジカに対してはそんなことを言ってくる。本気で言ってるのか冗談で言っているのか、いまいちわからないのでムジカは何も言い返さないでおいたが。
なんにしろ、飛んでけば早いのにわざわざ歩いて(歩かされて)、ムジカはスタジアムの中央にたどり着いた――
と、腕の中でレティシアが身じろぎ。改めて“ブーケ”のバイザーを被り直すと、M・G・B・Sを起動。ふわりと蝶が浮き上がるようにして、ムジカから離れていく。
レティシアは前に、ムジカはその背後に。腰部ラックからガン・ロッドとダガーを引き抜いて、ムジカは正面を見据えた。
スタジアム中央、ムジカたちと相対するは三機の<ナイト>級ノブリスだ。レフェリー役の<ナイト>を挟んでにらみ合う。
相手はそれぞれ赤い前衛機、緑の中衛機、青の後衛機と役割分けがされているようだが。
(エフテイル三兄弟……確か、チームプレイのエキスパートって話だったか?)
実況が確か、そんなことを言っていたはずだ。ランク戦では振るわないが……とも。
つまり、お家柄か何かは知らないが、普段から集団戦をメインに訓練しているのだろう。ある意味では、最も実践的とも言える手合いかもしれない。だがそれだけに、個人技に評価の比重が偏っている学園都市では肩身が狭かったのかもしれない。
だからか――
「ふ、ふふ……ふふふふふふふ……!」
「……?」
先頭にいた長兄らしき青のノブリスの、第一声がこれだった。
「――我が世の春が来た――っっっ!!」
ガン・ロッドごと両腕を掲げ、全力の雄叫び。
そしてズビシッとレティシアを指さし、勢い良く告げる。
「レティシア嬢! 同級生のあなたに、ランク戦やら講義やらで負け続けて幾星霜! 個人技ではまったく勝ち目がなく、涙で枕を濡らす日々――それも今日で終わりを告げる!! チーム戦、つまりコンビネーションプレイなら、我らエフテイル三兄弟の独壇場!! 故にレティシア嬢――一言、言わせていただきたい……っ!!」
「……えーと……どうぞ?」
ありありと困惑を浮かべるレティシアに。
その長兄がしたことと言えば、風の音が聞こえそうなほどに早い、完全に直角なお辞儀だった。
「ありがとう……すっごく、ありがとう……! 入隊テストという形でも、我らが日の目を見る機会をありがとう……! コンビネーションが売りの我ら、これまでとっても肩身が狭かった……っ!!」
と、その後ろで弟たちがうんうんと頷く。
「未来のためを思って、故郷直伝の実戦想定訓練ばっかりやってきたけど。ランク戦では振るわないせいで我ら、順位は毎度下のほうだったからなあ……」
「警護隊の任務に参加した時しか、評価されなかったからなあ……参加者だけに評価されても、みんなの見る目は変わらないし」
「それに、変わったって言っても“意外にやるなあいつら”程度でしかなかったしなあ……」
「意外にってなんだよ、意外にって。アレ結構傷つくんだぞ」
「我ら、頑張ってるのになあ……」
「なんか……愚痴っぽいな、あんたら」
よっぽど不満が溜まっていたらしい。それも、吐き出すところがなくて鬱屈としたまま堪り続けた類の不満だ。爆発するほどの勢いと力がないだけで、どんよりとしたものが積もり続けてきたらしいが。
彼らを指さして、思わず訊く。
「……メンタルケア?」
「必要でしたでしょ?」
ふふんとしたり顔でレティシアが言う。それに関してはもはや、ムジカは何も言わなかったが。
と。
「そうだ傭兵!! 我ら三兄弟、貴様にも言いたいことがあるぞ!!」
「……俺に?」
思わずきょとんとする。エフテイル三兄弟とはまず間違いなく接点がないので――というか、バイザーの下の顔すら知らない――、何か言われるとは全く思っていなかったのだが。
全く予想外のところから、三兄弟の怒りは飛んできた。
「傭兵――貴様、登場の仕方がだいぶハレンチっ!!」
「……はれんち?」
聞き間違いか? と。
思わず訊き返した先で、三兄弟は勝手にヒートアップを始める。
「レティシア嬢を抱きかかえての登場など、派手なことして衆目を集めおって! 全くもってけしからん!! 羨ましいぞこのハレンチ!!」
「あの決闘騒ぎの圧倒劇も、痺れたよねー。ほとんどワンパンだもん。かっこよかったよねえ……」
「メタル襲撃、別動隊単騎撃破とかねー。出回ってる映像、めっちゃカッコよかったしねえ……あれ、我らもやりたいなあ……」
「そういうわけで貴様はハレンチ! よって我ら三兄弟、貴様をハレンチ罪で処罰する!! 我らのコンビネーションプレイ、とくと味わって墜ちるがよい!!」
「おい待てメチャクチャ言ってんじゃねえ! 逆恨みもいいところだろが!!」
流石にその辺りで、ムジカは言い返した。明らかに嫉妬とかひがみとか、その類からくるやっかみである。そんなの付き合いきれるかとばかりに叫ぶのだが。
こちらを振り向いたレティシアが、心底楽しそうに言ってくる。
「あらあら、こんなに恨まれてしまって……困ってしまいますね?」
「恨みの三割はあんたのせいなんだが?」
「いやあ、これは私も計算外でした。ビックリです。私のお姫様抱っこを羨ましがられるなんて……私、予想以上に人気者だったみたいですね?」
「強くて美人で生徒会長やってて、セイリオスのナンバーワンノーブルなんだろ? これだけ好条件揃ってんだから、人気者じゃないってのもありえんと思うが」
「…………」
「……?」
反応が返ってこなかったので、首を傾げる。お互いバイザーで顔は隠れているので、相手が何を思ったかなどはさっぱり見えないのだが。
と、遠くから呆れ声――声質からして、おそらくは長兄のようだが。
「傭兵……貴様、やっぱりハレンチぞ?」
「なんでだよ」
「教える義理はないっ!!」
言いたいことだけ好き勝手言って、後はもう話すことなどないとばかりに身構える――実際にはまだレフェリーのルール説明があるので、今身構えても仕方ないのだが。
そんな彼ら、エフテイル3兄弟をどんよりとした目で見やってから。
ムジカは、誰にともなくぽつりと呟いた。
「……セイリオスのノーブルって、色物ばっかか?」
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