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2章 傭兵騒動編

3章幕間

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「――ターゲットと接触してきたですと?」
(だーから言いたくなかったんだよなあ……)

 絶対に小言を言われるから、全く欠片も気乗りしなかったのだが。
 ドヴェルグのナンバーツーたる彼に話をしないわけにはいかず、渋々フリッサは頷いた――たった二人しか入場を許可されなかった、セイリオス都市部からの帰りのことである。
 島中に行き渡る路線バスは利用せず、男二人でエアフロントへと帰る道すがら。エアフロントに残された手下どもへの土産もなく、手ぶらでの帰途のことだ。
 先を行くフリッサの後ろから、聞こえてくるのは案の定としか言いようのないジョドスンの苦言だ。

「どうして一人でお行きになられました? もしもがあったらどうするおつもりだったのです?」
「もしもなんかねえよ。情報集めてみりゃ、案外一度見た顔だったしな。せいぜいただのガキだとしか思わなかったし。もしもなんかあるわけねえよ」
「それは油断ですぞ、若。子供と言えど、相手は傭兵。敵と見れば人を殺すことを躊躇わない生き方を選んだ者です。迂闊な敵対は、若ご自身の身を――」
(……あー言えばこういうんだから、まったくよお……)

 うんざりとするのはこういう時だ。わかり切っていること、言わんでいいだろと思うことを相手はいちいち言ってくる。
 何より厄介なのは、それが善意というか、こちらの身を案じているからこそだということだ。鬱陶しいが、払い除けるわけにもいかない。結果として老人の説教などまったく面白いわけがないのに、聞き手に回らざるを得なくなるのだが。
 半分以上聞き流せば、ジョドスンもこちらが鬱陶しがっていることは察しはする。コホンと咳払いすると、そうして彼は話題を修正した。

「それで。若のことですから、どうせ簡単に手合わせしたのでしょう? どれほどのものとお見受けされましたかな?」
「どうせって言うんじゃねえよ……まあ、そうだな。どれだけか……」

 言われて、ふと目を細める。思い出そうとしたのは、先ほどナイフで手合わせをした少年のことだ。顔立ちはどちらかと言えば童顔寄りなのだろうが、目つきが鋭い――悪いのではなく――せいか、不思議と幼くは感じなかった。
 ムジカ、リマーセナルとかいう若造。若くして傭兵になったという経歴は非凡なものだ。経験も相応に積んでいるのだろう。ナイフを与えたうえで奇襲を仕掛けてみたが、大して慌てもしなかった。
 脳裏にあるのはその時の、戦いの最中だというのにどこまでも冷え切って凪いだ瞳だが……

「――ありゃ、目がいいな。良すぎるくらいにいい」
「目、ですか?」
「ああ。ナイフ戦仕掛けてみたが、動き自体に脅威は感じなかった。ノブリスの扱いがどうかはまだわからんが、戦闘技術そのものに怖いところはなさそうだ……ただ、視野の広さと目ざとさ、反応速度は少し異様だな。技術とは関係のないところに強みがあるタイプだ」

 ナイフ戦の最中、何度かフェイントを混ぜて相手を揺さぶってみたが、彼は一度も引っかからなかった。防御寄りの姿勢を見せていたが、こちらの攻撃は全て平然と対応した。攻撃を脅威とみなしていないのかと思うほど、平然とだ。
 おそらく、こちらの動きなど全て見えていたのだろう。あの冷たい瞳で全てを観察していたに違いない。
 
(ありゃあ、地獄を見てきた目だな。こんな状況じゃなけりゃ、仲良くなってやってもよかったんだろうが……)
 
 欠片も慌てさせることができなかったことには、微妙に悔しい想いもあるが。思うところなどその程度だ。大したことではない。
 ああいった手合いを相手にしたことがないわけでもない――……

「強敵ですかな?」
「……一対一ならまあ、かもな。だから、集団で叩けば怖かねえ。つまりは……いつも通りだってことさ」

 囁くようなジョドスンの声音に、にやりと笑って言い返した。
 敵を倒すのに自らが最強である必要はない。どんなに強大な巨人だろうと、数の暴力の前に屈させる――それが小人の戦い方だ。
 だからムジカ・リマーセナルも、ラウル傭兵団も怖くはない。敵はたった単騎。恐れるほどのものではない。
 後はを、どういった流れで整えるかだが。
 同じことを考えていたのだろう。ジョドスンはこう訊いてきた。

「――兄君のご協力は?」
「ダメだよ、アレは頷かない」

 そしてフリッサは即座に否定した。
 苦笑するしかない。脳裏によぎったのは、五年前から何一つとして代わり映えしない兄の顔だった。変わらないのその頭の固さだ。バカバカしいまでに融通が利かない。

「協力できる余地はないよ。俺たちが何やろうとしてるか、勘づいてるっぽい。ごまかしはしたけど、言えばあの人は絶対に反対するよ。昔からそういう気質だったけど、その辺は全然変わってなかった……アレはノーブルだよ。よっぽどドヴェルグのことが嫌いらしい」
「それは……」
「ま、本島の連中とは違って、ってところだけは救いかな。哀れんではいても蔑んじゃいない。会うなりものすごい申し訳なさそうな顔されたよ。あの人のせいじゃないんだから、負い目なんて感じなくてもいいのにな。あの人、絶対若いうちにハゲるぜ」
「若……」

 おどけてみせたが、ジョドスンには内心を見透かされている。
 彼の先を歩いていたのは幸運なことだった。おかげでわずかにも、ジョドスンの顔を見ずに――あるいはこちらの顔を見せずに済んだ。

「……恨んでますかな? 本島のことを」
「……さあねえ。もし他に道が選べたなら、こんな仕事させやがってって恨んだかもしれないけど。最初っからそういう風に育てられたんじゃあね。選択の余地がないよ。今更他の道があるとも思っていないし――……?」

 と――フリッサは途中で言葉を止めた。
 いつの間にやら辿りついていた、エアフロント。と言ってただの広間であるだけに、どこからがエアフロントかという仕切りや境界があるわけでもないのだが……
 一応は入口、とでも言えばいいのか。そこに待ち構えるように、一人の男が立っていた。
 大男だ。見覚えはある。確か、この島に最初に立ち入ったときに、管理者の元まで案内役を務めた男だ。名前は聞いていないが、セイリオス周辺空域警護隊の指導をしていた、あの腕の立つ<ナイト>乗りだ。
 その男は何するでもなく一人でそこに立っていたが。おそらく待っていたのだろう、まっすぐにこちらを――とりわけジョドスンを――睨むようにして見つめてきた。

「……知り合いだったりするか?」
「…………」

 ジョドスンは答えない――が、反応は見せた。
 彼はフリッサをかばうように足早に前に出ると、そのまま男の横を通り過ぎようとした――

「――

 その足を、男は呟きだけで止めてみせた。
 かつて捨てた名を呼ばれた怒りに目を見開く、ジョドスンの横顔を見据え。突きつけるように男は言う。

「“ジークフリートの亡霊”が帰ってくる。アレに手を出すのはやめておけ……もしやるなら、全滅を覚悟しろ」
「…………」

 ジョドスンは……何も言い返さない。激情を抑えるように、黙り込むだけだが。
 噛みしめていた唇を開くと、男に視線を合わせることもなく言い返した。

?」
「…………」
「ラウル・グレンデル。二度と私を、その名で呼ぶな」

 そうして吐き捨てると、ジョドスンは男――ラウルの横を通り過ぎた。
 その後を慌てて追う。ラウルはもうやるべきことは済んだとばかりに、フリッサたちに背を向けて歩き出していたが。
 先を行くジョドスンに追いつくと、囁く程度の声量で訊いた。

「……ジークフリートの亡霊ってなんだ?」

 返答は間が開くかと思ったが、そうでもない。
 先ほどの怒り顔など嘘だったかのようにいつもの穏やかさで、彼は言ってきた。

「さて……思いつくものはありますが、確証はありませんな。ノーブルとしても、ノブリスとしても、“ジークフリート”は死んでおります。亡霊などというのは……聞いたこともありませんな」
「……ふうん?」
「それより、問題は任務のほうでしょう。わざわざ、あちらから警告してきたくらいです。バレておりますぞ?」
「だからやめておこうって? それが許されるなら、こんな仕事はしてねえよ」

 軽口で言い返して、だがとフリッサは思考を走らせる。
 与えられた任務は果たさなければならない。それは絶対で、だからやめるなどという選択肢はない。
 自分が持つ手札はどれだけあるか。利用できる環境、人間、状況は。創意工夫は必要だ。警戒している相手に正面から挑むのは趣味ではない――
 
(……し、そいつは“小人”のやり方じゃあない。もっと楽に、手堅く、リーズナブルに、だ……さあて。利用しがいのあるものは――)

 と。
 ふとエアフロントの隅にとあるコンテナを見つけて。フリッサは頬を吊り上げた。

「……本島のノーブルなんざ、どいつもこいつもアレなやつばっかりだったが……息子も確か、似たようなもんだったか? お膳立てさえしてやれば、勝手に“復讐”にでも行ってくれるか……?」
「……では?」
「ああ。利用できるものはなんでも利用してみよう――なあに、?」
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