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2章 傭兵騒動編

3-3 ……なんつーか、スパルタだなあ、おい

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 ――その翌日。

『機動が甘い――その飛び方は減点よっ!!』
『え、あ、ウソ――きゃああああああっ!?』
「……なんだかなあ」

 最近お馴染みになりつつある、セイリオス郊外の第七演習場。飛び回るノブリス二機を地上から見上げ、ぼんやりとムジカはそんな声を上げた。
 空で戦闘を繰り広げているのは、二機の通常仕様の<ナイト>だ。搭乗ノーブルはアーシャとセシリア。空域警護隊への任務参加の前にアーシャの実力を底上げしようということで、今日の訓練が開始された――のだが。
 目の前の光景は、表現するならばただ一言、悲惨だった。

『当たらない攻撃なんか撃ってどうするの!? 撃つなら撃つ、避けるなら避ける! どっちつかずの射撃に意味なんてないわ――ほらそこ! 見え見えの隙に飛びつかない!』
『いや、ちょ――危なっ!?』
『避けたら次は!? 一手一手、次を意識なさい!! 闇雲に飛び回ってもしょうがないでしょ――だからこうやって狙われるの!』
「……なんつーか、スパルタだなあ、おい」

 何度も叱り飛ばしながら容赦なくアーシャを撃つセシリアに、ムジカは思わず舌を巻く。
 訓練と言っても半分近く実戦形式なので、セシリアも相手を翻弄するように空戦機動を取っている。とはいえ優位を取ってしまったからか、セシリアの攻撃は比較的控えめだ。機動にも余裕がある。それは意図して上を取らず、アーシャと極力高度を合わせていることからも見て取れた。
 一方アーシャの機動は毎度のことながらボロボロだ。相手の射撃に対する反応は早いのだが、次手を考えずに飛び回るから誘導に引っかかったり、自分から相手の下に入ってしまったりで不利な位置取りを強いられている。
 そうして不利な状況からの反撃が多くなるためか、アーシャの射撃精度はあまり高くない。照準も甘く、現状セシリアの脅威にはなってなさそうだ。それが余計にアーシャが不利に、セシリアが有利になる状況を作っているのだが。
 と、隣から苦笑を多分に含んだ呆れ声。

「訓練してるときは、ムジカもあんな感じだよ?」

 視線を降ろせばそこにいるのはサジだ。地面に胡坐をかいて、マギコンを叩きながら空とこちらを見上げている。この訓練の立会人だ。ついでにアーシャのデータ取りに来ている。
 ちなみにだが、この場にリムは珍しくいない。彼女がここにいないのは、単にへそを曲げているからだ。昨日の話し合いはうまくいかず、リムを納得させられなかった。別の仕事を任せたからというのもあるが、一番の原因はそれだ。
 だから今日、ムジカは一人でここにいるのだが。ツッコみを入れてくる相手がいつもと違うので、どうも調子が出ない。
 首を傾げたままサジに言い返した。

「そーか? 俺はもうちょい優しく言ってるだろ?」
「そーかなー。言ってる内容も結構手厳しいし、射撃に至ってはセシリアさんよりもっとキツいよ? 下手な飛び方したら容赦なく当てるでしょ、ムジカは」
「セシリアもそこは同じだろ?」
「見てる限り、セシリアさんは一回目は外すよ? 次に同じミスしたら当ててるみたいだけど」
「……優しいなあ、セシリアは」

 としか言いようがなかったので、遠い目をして呻く。
 確かにどんなミスでも容赦なく魔弾をぶち当てた記憶がある。ただそれはムジカがこれまで先達から受けてきた訓練がその形式だったので、そもそも一回目は許すという発想がなかったのが原因だ。
 一発でもしくじれば終わりだ。だから一度もしくじるな――それが最初の教えだった。

「まあでもそのおかげかな。アーシャも結構上達してきたと思うよ?」

 と、サジの声で頭上に視線を戻す。
 見上げた先ではちょうど、セシリアがアーシャにガン・ロッドを撃ちこんだところだった。
 放たれた魔弾は直撃コース。だが避けたら避けたでセシリアは追撃するだろう。回避の合間に反撃を挟んで相手の動きを止めなければ、常に不利を背負い続けることになる。
 だが今回だけは、アーシャのほうが上手だった。

『――こな、くそぉっ!!』

 飛来する魔弾を前に、アーシャは体をひねりつつ前進。背面飛びのような動きで魔弾を飛び越えながら、ガン・ロッドの射線を体で一度隠して撃ち返した。
 
『……っ!?』

 通信がセシリアの舌打ちを拾う。視覚的にはいきなり魔弾が放たれたようなものだ。これまでの余裕のおかげで回避が間に合うが、反撃には移れなかった。
 アーシャがその後隙を狙えたなら、満点をくれてやってもよかったが。アーシャは慣れないことをしたせいだろう、姿勢制御に手間取って追撃できなかった。
 なんにしろそこで仕切り直して、再び間合いの取り合い、隙の探り合いが始まる。といって主導権を握っているのは未だにセシリアのようだが……

「アレとか、この前ムジカがやってたやつじゃない?」
「……っぽいな。リミッター付けて訓練したとき、似たようなことやった気がする。別に特別なことやってるわけじゃないから、マネしようと思えばできるだろうけど……」

 飛び方もまだ覚束ない、素人に毛が生えたレベルの人間が、曲がりなりにも玄人の機動を一部完全コピー?
 眉根を寄せて、呻くように訊いた。

「上達したっつーか、上達早すぎねえか? この前まで完全な初心者だったんだろ?」
「セイリオスに来る前は、ほとんど乗ったこともなかったね。ただアーシャって結構そういうとこあるよ。野生児的というか、天才肌というか……感覚で生きてるからか知らないけど、体を動かすようなことってすぐ覚えるんだよね」
「……鍛えがいがあるなー」

 それとも逆に、吸収が早すぎて鍛えがいがないのか。
 どちらにしても、この分だと初心者から抜け出すのも早そうだ。一年か二年ほどみっちり鍛えたら、案外それだけでそこそこ戦えるようになるかもしれない。

「そういえば、ムジカ的にセシリアさんはどうなの?」
「あん? セシリア?」
「ノブリス乗りとして、さ。彼女の戦闘、見るのは今日が初めてでしょ? ムジカの目から見て、どんな感じなのかなって」
「どんな感じ、ねえ……?」

 言われてみれば、確かにノブリス乗りとしての彼女のことなど欠片も知らない。以前に一度授業で一緒だった時があったようだが。
 改めてムジカはセシリアの<ナイト>を見やった。

「訓練だから、全力でやってるってこともなさそうだが。見る限りは手堅い印象かな」
「手堅い?」
「セオリー通りというか常識的というか。丁寧に飛んで、丁寧に撃って、丁寧に避けてる。何度か似たような回避機動の取り方してたし、対処がパターン化されてる。そこそこ訓練積んできてるんじゃねえか?」

 その辺が特にアーシャとは違うところだろう。アーシャはまだ経験が浅いから、攻撃の避け方が場当たり的だ。対処法が自分の中で確立されていないから、都度わちゃわちゃと体を動かしている。
 セシリアにはそれがほとんどない。強いて挙げるなら、さっきのアーシャの反撃の時に慌てたのが減点対象なくらいか。相手を初心者と侮っていたのもあるだろうが、予想外の行動をされると反応が遅れるらしい。
 ある意味では、典型的な“優等生”の特徴とも言えるが――

「まあ、学生にしてはいいほうだと思っていいんじゃないか。全員見たわけじゃないから明言はできんが、一年の中ではトップクラスだろ、たぶん」
「結構評価高いね?」
「学生基準だからな」

 一般的な、一線級のノーブルと比べたらまだ荒い。また学生基準で見ても、ランカーノーブル――セイリオスのノーブルのトップたちには遠く及ばないだろう。
 記憶にあるのは一度だけあの喫茶店、プリュム亭で見たランク戦の光景だ。なんでかラウルが出ていた試合。相手はランク9で、<カウント>級ノブリスの使い手だった。試合の結果は大人げなくラウルが勝ったが、それでも相手の腕は悪くなかった。
 機体の性能差とはまた別の観点で、セシリアにそこまでの強さは感じない。訓練だからというこもあり、彼女もまだ本気を見せてはいないのだろうが……
 と、好奇心からだろう。サジがこんなことを言ってくる。

「ちなみに聞くけど、ムジカと比べたらどっちが上?」
「……お前なあ」

 さすがにその一言は危険すぎる。思わず眉根を寄せながら、呻くようにしてサジに告げた。

「仮でも迂闊でもなんでもいいけど、そういうの訊くのはやめとけよ? うっかり聞かれでもしてみろ、引っ込みがつかなくなるぞ――」

 と。

「――いいやあ、ノブリス乗りに取っちゃ、それこそが一番大事だろう?」
「……?」

 聞き覚えはある。だが馴染みはない――そんな声だ。
 乱入者。笑ってはいるが好意は感じないその声に、ムジカは怪訝と共に背後を振り向いた
 いつの間にそこにいたのか。こちらを観察するように見ているのは、どこか軽薄は笑みを浮かべた、一人の青年――

「や、少年。久しぶり、探したよ――あんたがあのムジカ・リマーセナリーだって?」

 ドヴェルグ傭兵団の長、フリッサとかいう若造だった。
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