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2章 傭兵騒動編

2-5 私――やると決めたら半端はしないって決めてるの

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「…………」
「…………」
「…………?」
「…………?」

 ムジカができたことはと言えば、首を傾げることだけだった。
 そんなこちらの反応に、セシリアもまた顔から自信を失っていく。どうやら、こちらの反応が予想以上に予想外だったらしい。
 ひとまず首を傾げたまま、ムジカはきょとんと訊いた。

「……なんだ? なんのお声がけだって?」
「……知りませんの?」
「ああ、まったく。大事な話か?」
「ええ、とっても」

 無表情で頷かれて、ひとまず困る。
 といっても知らないものは知らないのだから仕方がない。となれば知っている可能性がある人物に訊くしかなく、ムジカは視線を二人から離した。
 と、ちょうどいいタイミングで茶を煎れていたリムが戻ってくる。

「――お待たせしました。お茶をお持ちしました……どうしたっすか?」
「リム。俺かラウル傭兵団あてに、周辺空域警護隊からなんか連絡来てるか?」
「警護隊からっすか? 連絡は来てなかったと思うっすけど。父さんも何も言ってなかったっすし」
「……あなたたち、本当に何も聞いてないの? ……あら、ありがとう。いただくわね?」

 と、リムから湯気の立つティーカップを受け取って、香りを楽しむように口元まで運ぶ。
 そうしてセシリアは含むように一口飲んで――ほんの一瞬、硬直した。

「……もしかして、猫舌か?」
「デリカシー!!」
「デリカシーの守備範囲、広すぎねえかな」

 怒鳴られて思わず渋い顔するが、リムにも怪しむ目で見られたので口を閉ざす。
 リムがテーブルにアーシャの分、ムジカの分と茶を置いて座るのを待ってから、ムジカは改めて問いかけた。

「そんで? 結局その隊員募集ってのはなんなんだ?」
「今のも含めて、これまでのあなたの態度にちょっと言いたいことがあるのだけれど……まあいいわ、説明してあげる。今回来た案内というのはね――……」

 簡単に言ってしまえば、先のメタル襲撃で防空体制に穴の開いた警護隊から、見込みのある者への隊の参加案内らしい。
 周辺空域警護隊はその名前の通り、この浮島周辺の空域を定期的に巡回・警護するノーブルたちの集団だ。役割は主に浮島の防衛だ。
 “ノーブル”の語源はすなわち“貴族”だ。だが現代、この空において“ノーブル”とはこの空を、浮島を、人々を守ることを使命とする人々という意味合いが強い。そのため警護隊はまさしくノーブルらしい仕事と言える。

 セイリオスの警護隊は実力主義のようだが、そういう面もあって警護隊への参加を認められることはある種の名誉になっているらしい。つまり参加を認められること、そして警護隊の一員として責務を果たすことは、彼らにとってはとても誇らしいことなのだ。
 という話を、簡単にだが熱弁するセシリアから聞かされて。
 記憶に引っかかるものを感じて、ムジカは首を傾げた。

「……ん? だけどあれって、確かランク戦である程度実力を認められたやつに与えられる権利とかじゃなかったか? 一年ってランク戦まだ参加してないだろ? なんで案内が来るんだ?」
「だから言ったでしょ、防空体制に穴が開いたって。これは臨時的な特例措置なのよ」
「特例?」

 きょとんと訊くと。
 今がどんな状態かわかってる? と呆れたように眉根を寄せてから、彼女は言ってきた。

「先のメタル襲撃で、ノーブルの側にたくさんの被害が出たのは知っているでしょう? 直近で学園が休業状態で、上級生が忙しそうにしてるのも体制を整えるため――つまりは壊れたノブリスの修理だとか、負傷者の治療とか、破壊された施設の修理とかが理由。一年生の警護隊参加要請もそのためのものよ。単純に今、人手不足なの」
「だから猫の手でも借りたいって?」
「最低限の実力はあると認められた猫の、ね」

 そこに自負があるらしい――どこか胸を張るように言うセシリアを、ムジカは訝しむように見た。
 彼女の表情からすれば、腕に自信はあるのだろう。一年坊が評価されるタイミングなど早々なかっただろうから、おそらくはあの襲撃の日にそこそこ活躍したということなのだろうが。
 そこまで含めて察したうえで、ムジカの反応はこれだった。

「だからって、なんで俺のほうに話が来ると思ったんだ? 俺は錬金科だぞ?」
「……責務に努めるつもりはないと?
「そいつはノーブルの考えだな。悪いけど、俺は傭兵だよ」

 冷ややかに目を細めて言うセシリアに、ムジカは肩をすくめることを返答とした。
 周辺空域警護はとっても誇らしい仕事、というのは勝手だが。そんなのはノーブルの側の事情だ。ムジカには何の関係もない。
 とはいえ、その一言で相手が機嫌を損ねたのは間違いない。先ほどよりもさらに冷ややかに、セシリアが囁いた。

「……メタルの別動隊という大群相手に献身的な英雄行為を成した、義憤の人と聞いていたのだけれど?」
「どこで聞いたんだそのうわさ? 傭兵団だって名乗ってたろ。仕事だよ、仕事」

 と、思い出して後ろに控えていたリムに訊いた。

「……そういやリム。あの仕事の報酬ってどうなったんだ?」
「え? あーし知らないっすよ? アニキが始めた仕事なんだから、アニキがネゴしてるもんだと思ってたっすけど」
「傭兵団の仕事だーって声明出したのはお前だろうに」

 そもそもアレはリムが仕事という体裁でムジカの戦闘介入を正当化しただけだったので、本来は仕事ですらなかったのだが。そんなことすら完全に忘れていた――
 と、言ってからハッと視線を前に戻した。
 テーブルの先、こちらを見つめる女二人は、何故か目を細めてニタニタと笑っている――……

「金にがめついはずの傭兵さんが、あんな大事件の報酬をほったらかしねえ……それって本当に“仕事”だったのかしら……?」
「あたし知ってるよ。自分のこと貶めるようなこと言ってるけど。こういうの、照れ隠しって言うんだって。ムジカっていい人扱いされる嫌がるけど、そういうとこ子供っぽいよね……!」
「……アーシャ。お前、次の訓練覚えとけよ」

 ひとまずアーシャにだけは呪いを囁いてから、ムジカは一度咳ばらいを置いた。

「まあ与太話はともかくとしてだ。周辺空域警護隊の件で、俺に声かけてきた理由は? まさかとは思うが、あんたとチーム組んで一緒に参加しろとでも?」

 本題に話を戻す。後半は半ば嫌味や当てつけの類になったが、ムジカはどちらかと言えば牽制のつもりだった。アホなこと考えてるんじゃないだろうなと、半眼で相手を見やるのだが。
 対するセシリアはと言えば、ケロッとしたものだった。

「ええ、そのまさかよ?」
「……はあ?」

 流石に予想外に過ぎたので、思わずそんな声を上げる。
 だが当のセシリアは涼しげな顔して微笑むだけだ。驚くことすら予想の内のような顔して、先を続けてくる。

「警護隊の参加に関して、一年生が実力不足というのは事実よ。それはあちらも把握してる。だから私たち被推薦者は二名まで、同行者を集めてチームでの参加が認められてるの――というより、推奨されてるわ。私はお声がけしてもらえた私の実力に胸を張るけれど、一方で無謀でもないの。経験不足は否定しない。だから、あなたに声をかけたというわけ」
「というわけ、と言われてもな。俺はやる気ないんだが」
「あら。この要請は拒否権ないわよ。だってノーブルとしての大切なお仕事ですもの」
「俺はノーブルじゃないんだが?」
「なら傭兵さんに、お仕事として依頼を出そうかしら。私は経験が欲しいだけだから、警護隊の参加報酬は全部あなたにあげてもいいし。なんなら少しくらいなら色を付けても構わないわよ?」
「…………」

 暗にめんどくさいからやりたくないと言っているのに意外に弁が立つ。
 思わずムジカは半眼でセシリアを見やった。待ち受ける彼女の顔には不敵な笑み。
 と、背後から思わぬ援護射撃。

「別に受けてもいいんじゃないっすか? どうせしばらく暇なんすし」
「……やる気の問題なんだけどなあ」

 ちらと肩越しにリムを見やってから、ムジカはため息をついた。

「……ひとまず傭兵としての仕事なら、俺の一存じゃ決められん。本気なら、団長に話を通しといてくれ。こっちの都合優先になるが、話はそれからだ」
「構わないわ。今日は話を聞いてもらえただけでも十分よ」
「最初の時点で危うく聞いてもらえなさそうだったけどね?」

 呆れたようにアーシャが言ってくるので、混ぜっ返すなよとムジカは半眼を向けた。
 と、ふと気づいて訊く。


「ところで同行者は二名までなんだろ? あと一人は?」

 別に必須というわけではないだろう――し、このセシリアがどこまでやれるかは知らないが、足手まといは少ないほうがいい。
 さすがにそれを口にはしなかったが、視線の先でセシリアはやはり微笑んでいた。どうやら当てはあるようだ。
 というか、もう決まっているらしい。彼女はその微笑みのまま言ってきた。

「私、あなた――そして、アーシャよ」
「……うぇ?」

 思わず上ずった声が出た。
 予想もしてない三人目の名前に思わずアーシャを見やると、彼女は『たははー』と苦笑した後、

「どーせあたし、暇してたし。経験が必要だなーとは思ってたから。そしたらセシリアに、普段の訓練手伝ってあげるから、代わりに私の手伝いしなさいって――」
「言われて、そのまま請け負ったと?」
「うん。実力は足りてないかもだけど、それを理由に何もしないのはもったいないし。うちの班のリーダーに話したら、無理しない程度に自由にしていいって言われたからさ。何事も経験だからって」
「…………」

 つまり、安請け合いしたらしい。その事実にムジカは思いっきり眉根を寄せた。
 警護隊は実力が足りない者は参加できない仕組みだったはずだが。実力が足りてないというのであれば、まさしくアーシャがそれだ。将来的にはともかくとしても、現在の彼女は素人同然だ。
 そんな彼女を実戦に送り出す? どだい正気じゃない。
 誘ったセシリアはこちらの不安など全く意にも介していないようなので、こちらの取り越し苦労なのかもしれないが。

(最悪、いざとなったらこの二人のお守りか……)

 その前に、次善策は仕込んでおこう。そこまで考えて、手短に告げた。

「仮に依頼を受けることが決まったら、こいつ、参加前にみっちり訓練させるからな」
「ええ、もちろん。私――やると決めたら半端はしないって決めてるの」
「……うわあ。ちょっとかわいそうな予感がするっす」

 最後はリムの、既に何かを悟ったかのような呻きだが。
 セシリアと顔を見合わせて頷きあった後、ジトっとした目でアーシャを見やる――

「……ふぇ?」

 能天気な彼女は能天気だから、この後のことをまだ想像していないようだった。
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