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2章 傭兵騒動編
1-5 傭兵の役割ってのは、大きく分けちまえば三つだ
しおりを挟む「――お話は伺いました。<ダンゼル>の件、ご迷惑をおかけしてしまいましたね」
というのが、出合頭に言ってきたレティシアの言葉だった。
セイリオス外縁部、エアフロント。周辺空域警護隊の詰め所以外にはほとんど何もないこの港は、警護隊以外の利用者はほとんどいない。何故ならこの港は、この島に来る者――そして去る者のための場所だからだ。
そんな場所にぽつんと一人、この浮島セイリオスの支配者――レティシア、セイリオスはいた。一人でだ。お供どころか護衛すらいない。
言われたことを一旦無視する形になったが、ムジカは顔をしかめて訊いた。
「不用心なんじゃないか? お偉いさんが、こんなところに一人なんて」
対する彼女の答えは肯定と、からかいめいたお願いだった。
「ええ、そうかもですね。でも、だからあなたにお声がけさせていただきました。何か起きたらお願いしますね?」
「ノブリスもなしでか?」
エアフロントで起きる厄介事など、大抵が荒事だ。その対策のための警護隊ではあるのだが、彼らとて万能ではない。メタルの襲撃を見逃すことはほとんどなくとも、密入島者や空賊が何かをしでかすことは時折ある。
だがレティシアの目を見ると、むしろそんなことを期待しているようですらある。少女らしく――そして浮島の管理者らしくなく――目を輝かせて、レティシアはこう言ってきた。
「あら? でも、守ってくださるのでしょう?」
「……やれないことはやりたくない主義でな。言われりゃ一応やってはみるが、やれないことはやらせないでもらいたいね」
「ええ、それはもちろん」
つまり、やれると思ってるから言っているらしい。
ムジカは素直に胡乱な目を向けると、そのまま呆れをため息に変えた。
付き合いが浅いから当然なのだが、ムジカは未だにこのレティシアという女性のことがよくわからない。
歳は十八、自分より三つは上だ。だから、ということもないはずだが。時折こうしてこちらをからかうような、試すような――それでいて誘うような、妙なことを言ってくる。掴めないのは性格だ。思うに、年上の女というのはそういうものかもしれないが。
ついでに挙げるのであれば、この浮島、学園都市セイリオスの管理者であり、一応はムジカたち、ラウル傭兵団の雇い主であるが……
まとめてしまえば、少し苦手な相手だ。どうも調子を狂わされることが多い。
ひとまずため息が終わるころには、ムジカも意識を切り替える。そうしてようやく話を戻した。
「<ダンゼル>の件は、俺もいまいちよくわかってないんだが……接収は、アンタの差し金なのか?」
今日唐突に告げられた、<ダンゼル>没収の件。おそらくは今頃警護隊が<ダンゼル>を持ち出しているはずだが、対応させられているアルマの不機嫌は想像に難くない。今回の呼び出しを理由に後のことをリムに任せたが、おそらく明日以降もアルマの不機嫌は続くだろう。
つまるところ、全く面白い状況ではない。恨み節も込めてレティシアを見やると、彼女も彼女で心外そうな顔をしていた。
「ではないですよ。今回の件は、周辺空域警護隊――というよりはその副長、ガディさん周りの独断です。私のほうへの連絡は後になって上がってきました。理由が理由なだけに、撤回できなかったのは申し訳ないのですが……」
「浮島を破壊する可能性のある武器の使用制限がか?」
「他にもありますよ?」
「他?」
「先の襲撃事件で多大な戦果を上げるに至った、ノブリスの調査と戦訓の収集」
「……なんだそりゃ?」
思わず眉根が寄った。一度もそんな話題は出なかったと記憶しているが。
怪訝に見つめた先で、レティシアは小さく息を吐く。そうして申し訳なさそうな顔をすると、ぽつぽつと説明してきた。
「ムジカさんにこんなことを話すのも、お門違いではあるんですが……先の襲撃事件で、我々ノーブルは“敗北”を喫しました。こうして今も島が存続しているのは、とある傭兵団のおかげであると、ノーブルたちは知っています」
「…………」
「全体では戦略次元での敗北、個人では戦術次元での未熟。特に対多戦闘への課題が見えた中で、あなたは個人で多大な戦果を上げました。戦力の拡充、個人技能の見直しは急務です。その中の一つとして挙げられたのが、今回戦果を上げたノブリスの調査と研究でして……」
「その一つがあの<ダンゼル>だと?」
「ええ、まあ……そういうことになります」
「……んなこと、欠片も言われなかったけどな」
もしそれが本当の理由であれば、<ダンゼル>の件は接収ではなく調査協力だ。であればもう少しアルマの機嫌もよかっただろうに。
と、レティシアは困ったように頬をかいた。
「ガディさんは空域警護隊の副隊長を任せられる程度には、真面目で優秀な方ではあるんですが……頭が固いところがあるというか、意固地で融通が利かないところがあるというか……ノーブルに対する意識が、ちょっと強すぎるんですよね……」
「……“ノーブル”、ね」
随分と忌々しい単語だなと思う。ただのノブリス乗りを示す言葉ではない。彼らは名の通りに“貴族”であり、また責務を負った者たちだ。だからこその義務だの誇りだのが、個人に奇妙な自負やらこだわり――あるいは歪んだエリート意識――をこじらせる。
ふと思い出したのは、アルマに“役立たず”と言われた時に見せた、ガディの怒りだったが。あれが“敗北”からくる焦りや負い目だったのだとすると……
(……まあ、それをなんで俺たちが斟酌してやらにゃいかんのかって話ではあるだけどな)
うんざりとため息をつくと、そのままの勢いでつぶやいた。
「事情は察したよ。ただ、それならアルマ先輩のほうもフォローしといてくれ。玩具取り上げられてご機嫌斜めだ。不機嫌が長く続くのはごめんだよ」
「ええ、それはもう。<ダンゼル>の魔道機関は私がアルマちゃんにあげたものですし。他にもお願いしなきゃいけないことがありますからね。いくらでもフォローしますとも」
胸を反らせてレティシアが請け負う。何か妙なことを聞いた気もするが、後のことは彼女に任せておけばいいだろう。
なんにしたところで、そこで一度ムジカは息をついた。
意識を切り替えて、本題を切り出す。
「そんで? 俺をエアフロントに呼びだした用件は? わざわざこんなところで茶をしばくために呼びつけたってわけでもないんだろ?」
「それはそれで面白そうですけれどもねー……でもまあ、その通りです。用件はアレですよ、アレ」
「アレ?」
と、レティシアが手のひらを向けて“それ”を示す。
その先を追いかけて、ムジカは顔をしかめた。エアフロントはほとんど何もない場所ではあるが今日は数少ない例外がある。
レティシアが指し示したそれは、率直に言えばコンテナだった。フライトシップなどの後部に接続して、運べるようになっている。大きさとしてはそこそこのものだが。
「中に何か、変なものでも入ってるのか?」
「変なもの、と呼んでいいものかどうか……アレ、ジェイルコンテナですよ」
「牢屋?」
いきなり出てきた物騒な単語に、思わずムジカは繰り返す。
だがすぐに気づいて、眉根を寄せた。
そして言葉としては、こう訊いた。
「……ダンデス・フォルクローレ?」
レティシアは答えない。ただにっこりと笑っただけだが……まあ、それが答えだと言えた。
ダンデスは端的に言えば、犯罪者だ。少し前にムジカにくだらない因縁をつけて決闘を挑み、その中で不正を働いた。その不正をレティシアに暴かれ、激怒した彼はレティシアを殺そうとした。要約すると経緯はそんなところだ。
当然のことだが、殺人は未遂でも重罪だ。ましてや相手が浮島の管理者ともなれば。極刑は避けられない――普通なら。
ダンデスの処遇を巡って、取引があったというような話は聞いていた。その詳細まではムジカは訊かなかったが……
「実は彼、今日が“退学”の日でして」
「察した。処刑の代わりにお返しするから、取りに来いってことか」
「はい。なので今、ここでその引き取り主を待っているというわけなんですが……」
と、そこでレティシアは表情を曇らせた。
困った――というよりは、困惑しているような表情で、
「ただ、やってくるスバルトアルヴの使者というのが、どうも傭兵のようらしくて」
「……あん?」
「――ドヴェルグ傭兵団。聞いたことありますか?」
柳眉をひそめて訊いてくるレティシアに、ムジカは少し考えこんだ。
「付き合いはねえな……っつってもうちは元々独立傭兵だから、横のつながりなんざほとんどねえんだが。でも聞き覚えはある。どこぞの浮島直属の傭兵団で、そんな名前の奴らがいたはずだ」
「浮島直属?」
「――一般的に」
と、そこでムジカは右手の指を三本立てた。
「傭兵の役割ってのは、大きく分けちまえば三つだ――パシリ、捨て駒、汚れ役。全部そのまんまだ。パシリはノーブルにやらせるほどじゃないが、ノブリスが必要な時の仕事。島間フライトバスの護衛なんかがそれだな。捨て駒はノーブルが死にかねない大事の時。大規模な空賊やメタル群掃討なんかの時に、先遣隊とか鉄砲玉として使われる。そんで、汚れ役が――……」
「……これも、そのままですか?」
「まあな。人殺しとか、他の浮島のスパイ活動とか、島間の揉め事の“仲裁”とか、色々だ。なんだってやるし、なんだってやらされる――結果、誰からも信用されない、どこにも行けない“弱い”傭兵が生まれる」
総じてろくでもない傭兵の生きざまだが、“汚れ役”はその中でもとびっきりだ。使い潰されて、最後には空賊になるしか道がなくなる。
そしてその末路も悲惨だ。こき使ってきたノーブルの手で直々に成敗され、その栄光に花を添えることになる。
仮に生き残れたとしても、先は長くない。この孤独な空で生きていくためには、どうしたところで浮島の――人の助けがいる。
だが空賊など誰も助けない。いつか空に果てる運命にある。
「そんで、件の傭兵だが……ノーブルがいるのにわざわざ浮島専属で雇われてるってなると、その役割も察せるんじゃないか?」
「まさか……汚れ役ですか?」
唖然とするレティシアに、ムジカは肩をすくめてみせた。
なんだかんだで彼女は“お嬢様”だ。温室育ちには想像のできない世界がある。それに苦笑した。
「だと思うよ。リムならもうちょい詳しく知ってると思うんだが……まあ、そういう手合いは大抵の場合ろくでもない。どんな仕事を請け負ったのかはわからないが、何をしでかすかわかったもんじゃない。浮島に上陸させてくれとでも頼んでくるかもしれないが、とっととコンテナ渡して追い出すんだな。ろくなことにならねえよ」
「……そうしたいのはやまやまなんですけどね」
「?」
と、妙に歯切れ悪く、レティシアが呟く。
きょとんとして彼女を見やれば、レティシアは遠くの空を眉をひそめて見つめていた。
何かあったのかと、彼女の視線を追いかけて――……見つけたのは。
「……たぶん、あれですよね? ドヴェルグ傭兵団」
「……あん?」
炎上する大型フライトシップと、それを攻撃する、空賊らしきノブリスたちだった。
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