上 下
60 / 113
2章 傭兵騒動編

1-5 傭兵の役割ってのは、大きく分けちまえば三つだ

しおりを挟む

「――お話は伺いました。<ダンゼル>の件、ご迷惑をおかけしてしまいましたね」

 というのが、出合頭に言ってきたレティシアの言葉だった。
 セイリオス外縁部、エアフロント。周辺空域警護隊の詰め所以外にはほとんど何もないこの港は、警護隊以外の利用者はほとんどいない。何故ならこの港は、この島に来る者――そして去る者のための場所だからだ。
 そんな場所にぽつんと一人、この浮島セイリオスの支配者――レティシア、セイリオスはいた。一人でだ。お供どころか護衛すらいない。
 言われたことを一旦無視する形になったが、ムジカは顔をしかめて訊いた。

「不用心なんじゃないか? お偉いさんが、こんなところに一人なんて」

 対する彼女の答えは肯定と、からかいめいたお願いだった。

「ええ、そうかもですね。でも、だからあなたにお声がけさせていただきました。何か起きたらお願いしますね?」
「ノブリスもなしでか?」

 エアフロントで起きる厄介事など、大抵が荒事だ。その対策のための警護隊ではあるのだが、彼らとて万能ではない。メタルの襲撃を見逃すことはほとんどなくとも、密入島者や空賊が何かをしでかすことは時折ある。
 だがレティシアの目を見ると、むしろそんなことを期待しているようですらある。少女らしく――そして浮島の管理者らしくなく――目を輝かせて、レティシアはこう言ってきた。

「あら? でも、守ってくださるのでしょう?」
「……やれないことはやりたくない主義でな。言われりゃ一応やってはみるが、やれないことはやらせないでもらいたいね」
「ええ、それはもちろん」

 つまり、やれると思ってるから言っているらしい。
 ムジカは素直に胡乱な目を向けると、そのまま呆れをため息に変えた。
 付き合いが浅いから当然なのだが、ムジカは未だにこのレティシアという女性のことがよくわからない。
 歳は十八、自分より三つは上だ。だから、ということもないはずだが。時折こうしてこちらをからかうような、試すような――それでいて誘うような、妙なことを言ってくる。掴めないのは性格だ。思うに、年上の女というのはそういうものかもしれないが。
 ついでに挙げるのであれば、この浮島、学園都市セイリオスの管理者であり、一応はムジカたち、ラウル傭兵団の雇い主であるが……
 まとめてしまえば、少し苦手な相手だ。どうも調子を狂わされることが多い。
 ひとまずため息が終わるころには、ムジカも意識を切り替える。そうしてようやく話を戻した。

「<ダンゼル>の件は、俺もいまいちよくわかってないんだが……接収は、アンタの差し金なのか?」

 今日唐突に告げられた、<ダンゼル>没収の件。おそらくは今頃警護隊が<ダンゼル>を持ち出しているはずだが、対応させられているアルマの不機嫌は想像に難くない。今回の呼び出しを理由に後のことをリムに任せたが、おそらく明日以降もアルマの不機嫌は続くだろう。
 つまるところ、全く面白い状況ではない。恨み節も込めてレティシアを見やると、彼女も彼女で心外そうな顔をしていた。

「ではないですよ。今回の件は、周辺空域警護隊――というよりはその副長、ガディさん周りの独断です。私のほうへの連絡は後になって上がってきました。理由が理由なだけに、撤回できなかったのは申し訳ないのですが……」
「浮島を破壊する可能性のある武器の使用制限がか?」
「他にもありますよ?」
「他?」
「先の襲撃事件で多大な戦果を上げるに至った、ノブリスの調査と戦訓の収集」
「……なんだそりゃ?」

 思わず眉根が寄った。一度もそんな話題は出なかったと記憶しているが。
 怪訝に見つめた先で、レティシアは小さく息を吐く。そうして申し訳なさそうな顔をすると、ぽつぽつと説明してきた。

「ムジカさんにこんなことを話すのも、お門違いではあるんですが……先の襲撃事件で、我々ノーブルは“敗北”を喫しました。こうして今も島が存続しているのは、とある傭兵団のおかげであると、ノーブルたちは知っています」
「…………」
「全体では戦略次元での敗北、個人では戦術次元での未熟。特に対多戦闘への課題が見えた中で、あなたは個人で多大な戦果を上げました。戦力の拡充、個人技能の見直しは急務です。その中の一つとして挙げられたのが、今回戦果を上げたノブリスの調査と研究でして……」
「その一つがあの<ダンゼル>だと?」
「ええ、まあ……そういうことになります」
「……んなこと、欠片も言われなかったけどな」

 もしそれが本当の理由であれば、<ダンゼル>の件は接収ではなく調査協力だ。であればもう少しアルマの機嫌もよかっただろうに。
 と、レティシアは困ったように頬をかいた。

「ガディさんは空域警護隊の副隊長を任せられる程度には、真面目で優秀な方ではあるんですが……頭が固いところがあるというか、意固地で融通が利かないところがあるというか……ノーブルに対する意識が、ちょっと強すぎるんですよね……」
「……“ノーブル”、ね」

 随分と忌々しい単語だなと思う。ただのノブリス乗りを示す言葉ではない。彼らは名の通りに“貴族”であり、また責務を負った者たちだ。だからこその義務だの誇りだのが、個人に奇妙な自負やらこだわり――あるいは歪んだエリート意識――をこじらせる。
 ふと思い出したのは、アルマに“役立たず”と言われた時に見せた、ガディの怒りだったが。あれが“敗北”からくる焦りや負い目だったのだとすると……

(……まあ、それをなんで俺たちが斟酌してやらにゃいかんのかって話ではあるだけどな)

 うんざりとため息をつくと、そのままの勢いでつぶやいた。

「事情は察したよ。ただ、それならアルマ先輩のほうもフォローしといてくれ。玩具取り上げられてご機嫌斜めだ。不機嫌が長く続くのはごめんだよ」
「ええ、それはもう。<ダンゼル>の魔道機関は私がアルマちゃんにあげたものですし。いくらでもフォローしますとも」

 胸を反らせてレティシアが請け負う。何か妙なことを聞いた気もするが、後のことは彼女に任せておけばいいだろう。
 なんにしたところで、そこで一度ムジカは息をついた。
 意識を切り替えて、本題を切り出す。

「そんで? 俺をエアフロントに呼びだした用件は? わざわざこんなところで茶をしばくために呼びつけたってわけでもないんだろ?」
「それはそれで面白そうですけれどもねー……でもまあ、その通りです。用件はアレですよ、アレ」
「アレ?」

 と、レティシアが手のひらを向けて“それ”を示す。
 その先を追いかけて、ムジカは顔をしかめた。エアフロントはほとんど何もない場所ではあるが今日は数少ない例外がある。
 レティシアが指し示したそれは、率直に言えばコンテナだった。フライトシップなどの後部に接続して、運べるようになっている。大きさとしてはそこそこのものだが。

「中に何か、変なものでも入ってるのか?」
「変なもの、と呼んでいいものかどうか……アレ、ジェイルコンテナですよ」
牢屋ジェイル?」

 いきなり出てきた物騒な単語に、思わずムジカは繰り返す。
 だがすぐに気づいて、眉根を寄せた。
 そして言葉としては、こう訊いた。

「……ダンデス・フォルクローレ?」

 レティシアは答えない。ただにっこりと笑っただけだが……まあ、それが答えだと言えた。
 ダンデスは端的に言えば、犯罪者だ。少し前にムジカにくだらない因縁をつけて決闘を挑み、その中で不正を働いた。その不正をレティシアに暴かれ、激怒した彼はレティシアを殺そうとした。要約すると経緯はそんなところだ。
 当然のことだが、殺人は未遂でも重罪だ。ましてや相手が浮島の管理者ともなれば。極刑は避けられない――普通なら。
 ダンデスの処遇を巡って、取引があったというような話は聞いていた。その詳細まではムジカは訊かなかったが……

「実は彼、今日が“退学”の日でして」
「察した。処刑の代わりにお返しするから、取りに来いってことか」
「はい。なので今、ここでその引き取り主を待っているというわけなんですが……」

 と、そこでレティシアは表情を曇らせた。
 困った――というよりは、困惑しているような表情で、

「ただ、やってくるスバルトアルヴの使者というのが、どうも傭兵のようらしくて」
「……あん?」
「――ドヴェルグ傭兵団。聞いたことありますか?」

 柳眉をひそめて訊いてくるレティシアに、ムジカは少し考えこんだ。

「付き合いはねえな……っつってもうちは元々独立傭兵だから、横のつながりなんざほとんどねえんだが。でも聞き覚えはある。どこぞの浮島直属の傭兵団で、そんな名前の奴らがいたはずだ」
「浮島直属?」
「――一般的に」

 と、そこでムジカは右手の指を三本立てた。

「傭兵の役割ってのは、大きく分けちまえば三つだ――パシリ、捨て駒、汚れ役。全部そのまんまだ。パシリはノーブルにやらせるほどじゃないが、ノブリスが必要な時の仕事。島間フライトバスの護衛なんかがそれだな。捨て駒はノーブルが死にかねない大事の時。大規模な空賊やメタル群掃討なんかの時に、先遣隊とか鉄砲玉として使われる。そんで、汚れ役が――……」
「……これも、そのままですか?」
「まあな。人殺しとか、他の浮島のスパイ活動とか、島間の揉め事の“仲裁”とか、色々だ。なんだってやるし、なんだってやらされる――結果、誰からも信用されない、どこにも行けない“弱い”傭兵が生まれる」

 総じてろくでもない傭兵の生きざまだが、“汚れ役”はその中でもとびっきりだ。使い潰されて、最後には空賊になるしか道がなくなる。
 そしてその末路も悲惨だ。こき使ってきたノーブルの手で直々に成敗され、その栄光に花を添えることになる。
 仮に生き残れたとしても、先は長くない。この孤独な空で生きていくためには、どうしたところで浮島の――人の助けがいる。
 だが空賊など誰も助けない。いつか空に果てる運命にある。

「そんで、件の傭兵だが……ノーブルがいるのにわざわざ浮島専属で雇われてるってなると、その役割も察せるんじゃないか?」
「まさか……汚れ役ですか?」

 唖然とするレティシアに、ムジカは肩をすくめてみせた。
 なんだかんだで彼女は“お嬢様”だ。温室育ちには想像のできない世界がある。それに苦笑した。

「だと思うよ。リムならもうちょい詳しく知ってると思うんだが……まあ、そういう手合いは大抵の場合ろくでもない。どんな仕事を請け負ったのかはわからないが、何をしでかすかわかったもんじゃない。浮島に上陸させてくれとでも頼んでくるかもしれないが、とっととコンテナ渡して追い出すんだな。ろくなことにならねえよ」
「……そうしたいのはやまやまなんですけどね」
「?」

 と、妙に歯切れ悪く、レティシアが呟く。
 きょとんとして彼女を見やれば、レティシアは遠くの空を眉をひそめて見つめていた。
 何かあったのかと、彼女の視線を追いかけて――……見つけたのは。

「……たぶん、あれですよね? ドヴェルグ傭兵団」
「……あん?」

 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ロボリース物件の中の少女たち

ジャン・幸田
キャラ文芸
高度なメタリックのロボットを貸す会社の物件には女の子が入っています! 彼女たちを巡る物語。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

パンツを拾わされた男の子の災難?

ミクリ21
恋愛
パンツを拾わされた男の子の話。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

処理中です...