51 / 113
1章 強制入学編
エピローグ 前
しおりを挟む
セイリオスの学園内、医療科棟の、どこかもよく知らない病室にて。
「――私、言いませんでしたかね? ノブリスの操縦なんて、もってのほかだから安静にって」
「……いやまあ、確かに聞きましたけど」
「腕の骨、固定がズレてます。手術はやり直しですね。ついでに肋骨もへし折れてます。あと急性魔力衰弱の症状も出てますね。ぶっちゃけ過労です。熱も出てます。辛いでしょう? どんな無茶したら一日でこんな死にかけみたいな状態になるんですか?」
「……少し、事情がありまして」
「存じております。ですけど、入院ですからね。治るまで出すなと言われてますので、あしからず」
「……はい」
としか言いようがなく。
ムジカはそのまま容赦なく、入院病棟へと叩き込まれたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「やっほームジカー。元気ー?」
「……なように見えるか?」
「全然?」
医療科棟奥にある、入院患者専用の病室。ムジカはのっそりとベッドから身を起こすと、暢気にしているアーシャたちいつもの三人を出迎えた。
割り当てられた個室は快適とは言い難いが、まあ悪いというほどでもない。ただこじんまりとしているせいもあって、そんなところに三人も来客があれば少々窮屈ではあった。
一応来客用の椅子はあるにはあるが、一個だけしかないし、ついでに言えば既に使用中でもある。
アーシャたちもそれに気づいたらしい。ムジカのベッドの上を見やって、きょとんと言ってきた。
「……あれ? リムちゃん、寝てる?」
「まあな。気にしないでいいが、極力起こさないでくれ。説教疲れで寝てるだけだ」
「説教疲れ? なんで説教されてたの?」
と、クロエが首を傾げて訊いてくる。
だがムジカからすれば“さもありなん”としか言いようがない。肩をすくめて苦笑した。
「そりゃまあ、入院させられるくらい無茶したからな」
ズタボロの容態を見せびらかすように、肩をすくめる。幸い熱はもう下がったので、気分はそこまで悪くはないのだが。
「リムの反対押し切って、好き勝手やったらこのざまだ。ノーブルでもねえのに無茶するなんて、バカじゃねえのって散々だよ。おかげで耳にタコができそうなくらい怒られた。どこからあんだけ不満が出てくるんだか」
「それはまあ、心配かけたんだから、そういうものじゃないかな? ……私たちも、説教したほうがいいのかな?」
「ボクも? まあ、言いたいことは確かにちらほらあるけど」
「勘弁してくれ。というかアンタらの説教相手は隣にいるだろ。絞るならそっちをこってり絞ってとけよ」
「それもそっか。そういえばアーシャにはまだしてなかったっけ、お説教」
「ひぃ!? こっちに矛先が来た!?」
クロエがポンと手を打つと、アーシャが悲鳴を上げてサジの陰に隠れる。そのサジもどちらかと言えば説教する側の立場なので、隠れて意味があるかは微妙なところだが。
かしましい三人に苦笑しつつ、ムジカは窓の外に視線を投げた。
見たかったのは、セイリオスの眺めだ。一昨日のメタル襲撃を乗り越えた後の。
戦いは無事、セイリオスの勝利に終わった。戦闘は一昨日の時点で完全に収束し、騒動は終わったと言えるようになった――が、まだ“後片付け”が残っていた。
最も被害が大きかったのは、メタルによって破壊された浮島外縁部だろう。ついで損傷を負ったノブリス――そして負傷したノーブルたち。
被害はノブリスだけでなく人間側、つまりは戦ったノーブルたちにも出た。あれだけの戦いだったのだから、セイリオス側が無傷だったはずもない。ムジカ以外にも、入院させられた人間は何人もいるらしい――……
と――トントン、と。
控えめなノックの音の後に、その声は聞こえてきた。
「――失礼します。入ってもよろしいでしょうか?」
「誰だろ。お客さん? はーい、どうぞー?」
「なんでアーシャが返事するの。まったくもう」
クロエのため息混じりのツッコみ。その声まで聞こえていたのか、扉の先から躊躇いの気配を感じたりもしたが。
入ってきたその人を見た三人の反応は、くしくも全く同じだった。
「……え?」
呆然と、入ってきた人物の顔に見入っている。
特徴的なのは、長く伸ばした金髪に、どこかおっとりとした藍色の瞳。穏やかに微笑みを浮かべるその顔は、この浮島であれば誰もが知っているものだ。
その人物は微笑みもそのままに、小さく頭を下げて挨拶してくる。
「おはようございます、みなさん。ご歓談中のところ、失礼させていただきますね?」
「せ、せ、せ……生徒会長!? な、なんでこんなところに!?」
「人様の病室をこんなとこって言うんじゃねえ」
アーシャの悲鳴じみた声に、胡乱な目を向けてぼやくが。
すぐに怪訝に切り替えて、ムジカはその来客――この浮島の支配者、レティシア・セイリオスを見やった。確かに、変な話ではある。まだ忙しいだろうこのタイミングで、わざわざムジカに会いに来るなど。
レティシアはそうしてムジカの前まで歩いてくると、傍で眠るリムにようやく気付いたらしい。ほんの少しだけ声量を落として訊いてきた。
「二日ぶりですね、ムジカさん。お体の具合は?」
「見ての通りだ、よかねえな。仕事の依頼ならラウルに押し付けてくれよ。医者にも散々に怒られてるんでな」
「もちろん、承知しております。お体はお大事に。その代わり、ラウルおじ様をしばらくお借りしますけれど。よろしいですか?」
「稼ぎ時ってこったろ? しばらくこき使ってやってくれ。どうせパワー有り余ってるだろうしな」
そのラウルだが、今はいない――後片付けの現場指揮に駆り出されているようだ。
超大型メタル討伐のほうに参戦していたラウルだが、聞いた話によれば、戦闘後半にすさまじく暴れ倒したらしい。
ちょうど、リムとムジカが戦闘介入を宣言したタイミングだ。それまで後方支援部隊の指揮を担当していたラウルは、リムの介入宣言を聞いた直後に指揮を放り投げて前線に出張った。そして獅子奮迅の働きをした……らしい。
リムに言わせれば、“最初からそうしとけばよかったんすよ。後から役に立ったって仕方ないっす。だからダメなんすよあのおじさん”とけんもほろろだが。
と、アーシャが急に慌てて口を挟んでくる。
「ちょちょちょちょ、生徒会長相手にその口調はっ!?」
「大丈夫ですよ? 私からOKは出しておりますし。ほら、彼は私の直属ですから?」
「……その直属ってやつ、リムの方便じゃなかったのか?」
ラウル傭兵団の戦闘介入の際、リムが宣告した件だ。
当たり前の話ではあるが、本来ならノーブル以外の者による戦闘行為はご法度だ。例外は緊急事態と権利者による承認を得ている場合、つまりは傭兵として雇用されている場合だが。
実を言えば、この辺りがムジカたちの場合、かなりグレーな状況だった。
なにしろ今回、傭兵としての雇用契約はラウルしか結んでいない。リムとムジカは、セイリオスではあくまで“学生”なのだ。
それをリムは、セイリオス管理者直属――つまりはレティシアの命令でやっているとごまかした。“事後承認でいいから、傭兵契約しとけよ”というある種の脅しだ。
おかげでレティシアは、リムとムジカに報酬を払わねばならない状況に追い込まれたわけだが。
そんなことなど大して気にもしていないようで、レティシアはふふふと微笑んでみせた。
「ええ、まあ。でもいい響きですよね、直属って。おかげで私、気軽にムジカさんとお話しできる立場になれましたし?」
「仕事の話なら、先にラウルに振ってくれよ。一応はアレが俺たちの保護者だからな。ヘタに勝手するとへそ曲げるぞ、あのおっさん」
「それはあまり、よろしくないですね……ええ、承知しました。何か頼みごとをするときは、ラウルおじ様にもお話を、と」
というより、ラウル傭兵団の話なのだから、団長を通すのが当たり前なのだが。
まあ雑談としてはこんなところで十分だろう。いきなり本題に入るのは不躾ということで、そのためのワンクッションだ。
そうしてレティシアは、本題に入るためだろう。一度深呼吸をして表情を改めると――
すっと、静かに頭を下げた。
「まずは、感謝を。あなたが東側のメタルを殲滅してくれたから、このセイリオスは救われました……仮にノーブルが残ったとしても、非戦闘員に甚大な被害が出たことでしょう。この浮島が存続できるのは、あなたのおかげです」
「……別に、仕事をしただけだ。大したことはしてない」
「……ふふふ。そういうことにしておきましょう」
本当は、仕事でもなんでもない。あの戦闘介入は、ムジカ自身の意思でやったことなのだから。
だが建前は大事だし……なにより、ムジカはそんなことのために戦ったわけではない。だから、その礼を受け取るのは筋違いだろう。
そんなムジカに苦笑して。次にレティシアが呟いたのは――
あるいは、そちらこそが本題だったのかもしれない。
「ねえ、ムジカさん。あなた、セイリオスのノーブルになる気はありませんか?」
「……っ!」
「それって――」
声をあげたのは、おそらくアーシャだろう。ムジカはといえば、しばらく何の反応もできなかった。示されたものの重さに息を詰まらせていた。
古典的な言い方をすれば叙爵だ。一介の傭兵が、お偉方に見出されて貴族の仲間入りを果たす。
現代において傭兵の源流はノーブルだ。ラウルもムジカも、血筋や能力という点で不足はない。今回の事件で、セイリオスの戦力不足が浮き彫りにされたこともある。それも踏まえれば、レティシアの要求は正しい選択だと言えただろう。
だがムジカはゆるゆると首を横に振ると、苦笑と共に静かに告げた。
「悪いが、ガラじゃない。“顔も見えない誰かのために”って思想、好きじゃないんだ。そんな理由じゃあ戦えない」
「……なら、あなたは何のために戦うのですか?」
「さてな。それがわからないから……俺はまだ、傭兵でいい」
父の問いの、答えをまだ見つけられていない。
その答えがわかるまでは、自分はきっと“ノーブル”にはなれない。なってはいけないのだと思う。
そして、と、内心でだけ苦笑した。
(“ワガママ”なんて理由で、戦うわけにもいかねえしな)
そんな理由で戦うノーブルなどいないし、許されないだろう。だからこそ、それは自分なりの戒めでもあった。
しばらくの間、レティシアは口を閉ざしていたが。
観念したように嘆息すると、彼女は出来の悪い弟でも見るような目をして、くすりと笑った。
「仕方のない方……ええ、では仕方がありません。今日は引き下がるとしましょう」
「――私、言いませんでしたかね? ノブリスの操縦なんて、もってのほかだから安静にって」
「……いやまあ、確かに聞きましたけど」
「腕の骨、固定がズレてます。手術はやり直しですね。ついでに肋骨もへし折れてます。あと急性魔力衰弱の症状も出てますね。ぶっちゃけ過労です。熱も出てます。辛いでしょう? どんな無茶したら一日でこんな死にかけみたいな状態になるんですか?」
「……少し、事情がありまして」
「存じております。ですけど、入院ですからね。治るまで出すなと言われてますので、あしからず」
「……はい」
としか言いようがなく。
ムジカはそのまま容赦なく、入院病棟へと叩き込まれたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「やっほームジカー。元気ー?」
「……なように見えるか?」
「全然?」
医療科棟奥にある、入院患者専用の病室。ムジカはのっそりとベッドから身を起こすと、暢気にしているアーシャたちいつもの三人を出迎えた。
割り当てられた個室は快適とは言い難いが、まあ悪いというほどでもない。ただこじんまりとしているせいもあって、そんなところに三人も来客があれば少々窮屈ではあった。
一応来客用の椅子はあるにはあるが、一個だけしかないし、ついでに言えば既に使用中でもある。
アーシャたちもそれに気づいたらしい。ムジカのベッドの上を見やって、きょとんと言ってきた。
「……あれ? リムちゃん、寝てる?」
「まあな。気にしないでいいが、極力起こさないでくれ。説教疲れで寝てるだけだ」
「説教疲れ? なんで説教されてたの?」
と、クロエが首を傾げて訊いてくる。
だがムジカからすれば“さもありなん”としか言いようがない。肩をすくめて苦笑した。
「そりゃまあ、入院させられるくらい無茶したからな」
ズタボロの容態を見せびらかすように、肩をすくめる。幸い熱はもう下がったので、気分はそこまで悪くはないのだが。
「リムの反対押し切って、好き勝手やったらこのざまだ。ノーブルでもねえのに無茶するなんて、バカじゃねえのって散々だよ。おかげで耳にタコができそうなくらい怒られた。どこからあんだけ不満が出てくるんだか」
「それはまあ、心配かけたんだから、そういうものじゃないかな? ……私たちも、説教したほうがいいのかな?」
「ボクも? まあ、言いたいことは確かにちらほらあるけど」
「勘弁してくれ。というかアンタらの説教相手は隣にいるだろ。絞るならそっちをこってり絞ってとけよ」
「それもそっか。そういえばアーシャにはまだしてなかったっけ、お説教」
「ひぃ!? こっちに矛先が来た!?」
クロエがポンと手を打つと、アーシャが悲鳴を上げてサジの陰に隠れる。そのサジもどちらかと言えば説教する側の立場なので、隠れて意味があるかは微妙なところだが。
かしましい三人に苦笑しつつ、ムジカは窓の外に視線を投げた。
見たかったのは、セイリオスの眺めだ。一昨日のメタル襲撃を乗り越えた後の。
戦いは無事、セイリオスの勝利に終わった。戦闘は一昨日の時点で完全に収束し、騒動は終わったと言えるようになった――が、まだ“後片付け”が残っていた。
最も被害が大きかったのは、メタルによって破壊された浮島外縁部だろう。ついで損傷を負ったノブリス――そして負傷したノーブルたち。
被害はノブリスだけでなく人間側、つまりは戦ったノーブルたちにも出た。あれだけの戦いだったのだから、セイリオス側が無傷だったはずもない。ムジカ以外にも、入院させられた人間は何人もいるらしい――……
と――トントン、と。
控えめなノックの音の後に、その声は聞こえてきた。
「――失礼します。入ってもよろしいでしょうか?」
「誰だろ。お客さん? はーい、どうぞー?」
「なんでアーシャが返事するの。まったくもう」
クロエのため息混じりのツッコみ。その声まで聞こえていたのか、扉の先から躊躇いの気配を感じたりもしたが。
入ってきたその人を見た三人の反応は、くしくも全く同じだった。
「……え?」
呆然と、入ってきた人物の顔に見入っている。
特徴的なのは、長く伸ばした金髪に、どこかおっとりとした藍色の瞳。穏やかに微笑みを浮かべるその顔は、この浮島であれば誰もが知っているものだ。
その人物は微笑みもそのままに、小さく頭を下げて挨拶してくる。
「おはようございます、みなさん。ご歓談中のところ、失礼させていただきますね?」
「せ、せ、せ……生徒会長!? な、なんでこんなところに!?」
「人様の病室をこんなとこって言うんじゃねえ」
アーシャの悲鳴じみた声に、胡乱な目を向けてぼやくが。
すぐに怪訝に切り替えて、ムジカはその来客――この浮島の支配者、レティシア・セイリオスを見やった。確かに、変な話ではある。まだ忙しいだろうこのタイミングで、わざわざムジカに会いに来るなど。
レティシアはそうしてムジカの前まで歩いてくると、傍で眠るリムにようやく気付いたらしい。ほんの少しだけ声量を落として訊いてきた。
「二日ぶりですね、ムジカさん。お体の具合は?」
「見ての通りだ、よかねえな。仕事の依頼ならラウルに押し付けてくれよ。医者にも散々に怒られてるんでな」
「もちろん、承知しております。お体はお大事に。その代わり、ラウルおじ様をしばらくお借りしますけれど。よろしいですか?」
「稼ぎ時ってこったろ? しばらくこき使ってやってくれ。どうせパワー有り余ってるだろうしな」
そのラウルだが、今はいない――後片付けの現場指揮に駆り出されているようだ。
超大型メタル討伐のほうに参戦していたラウルだが、聞いた話によれば、戦闘後半にすさまじく暴れ倒したらしい。
ちょうど、リムとムジカが戦闘介入を宣言したタイミングだ。それまで後方支援部隊の指揮を担当していたラウルは、リムの介入宣言を聞いた直後に指揮を放り投げて前線に出張った。そして獅子奮迅の働きをした……らしい。
リムに言わせれば、“最初からそうしとけばよかったんすよ。後から役に立ったって仕方ないっす。だからダメなんすよあのおじさん”とけんもほろろだが。
と、アーシャが急に慌てて口を挟んでくる。
「ちょちょちょちょ、生徒会長相手にその口調はっ!?」
「大丈夫ですよ? 私からOKは出しておりますし。ほら、彼は私の直属ですから?」
「……その直属ってやつ、リムの方便じゃなかったのか?」
ラウル傭兵団の戦闘介入の際、リムが宣告した件だ。
当たり前の話ではあるが、本来ならノーブル以外の者による戦闘行為はご法度だ。例外は緊急事態と権利者による承認を得ている場合、つまりは傭兵として雇用されている場合だが。
実を言えば、この辺りがムジカたちの場合、かなりグレーな状況だった。
なにしろ今回、傭兵としての雇用契約はラウルしか結んでいない。リムとムジカは、セイリオスではあくまで“学生”なのだ。
それをリムは、セイリオス管理者直属――つまりはレティシアの命令でやっているとごまかした。“事後承認でいいから、傭兵契約しとけよ”というある種の脅しだ。
おかげでレティシアは、リムとムジカに報酬を払わねばならない状況に追い込まれたわけだが。
そんなことなど大して気にもしていないようで、レティシアはふふふと微笑んでみせた。
「ええ、まあ。でもいい響きですよね、直属って。おかげで私、気軽にムジカさんとお話しできる立場になれましたし?」
「仕事の話なら、先にラウルに振ってくれよ。一応はアレが俺たちの保護者だからな。ヘタに勝手するとへそ曲げるぞ、あのおっさん」
「それはあまり、よろしくないですね……ええ、承知しました。何か頼みごとをするときは、ラウルおじ様にもお話を、と」
というより、ラウル傭兵団の話なのだから、団長を通すのが当たり前なのだが。
まあ雑談としてはこんなところで十分だろう。いきなり本題に入るのは不躾ということで、そのためのワンクッションだ。
そうしてレティシアは、本題に入るためだろう。一度深呼吸をして表情を改めると――
すっと、静かに頭を下げた。
「まずは、感謝を。あなたが東側のメタルを殲滅してくれたから、このセイリオスは救われました……仮にノーブルが残ったとしても、非戦闘員に甚大な被害が出たことでしょう。この浮島が存続できるのは、あなたのおかげです」
「……別に、仕事をしただけだ。大したことはしてない」
「……ふふふ。そういうことにしておきましょう」
本当は、仕事でもなんでもない。あの戦闘介入は、ムジカ自身の意思でやったことなのだから。
だが建前は大事だし……なにより、ムジカはそんなことのために戦ったわけではない。だから、その礼を受け取るのは筋違いだろう。
そんなムジカに苦笑して。次にレティシアが呟いたのは――
あるいは、そちらこそが本題だったのかもしれない。
「ねえ、ムジカさん。あなた、セイリオスのノーブルになる気はありませんか?」
「……っ!」
「それって――」
声をあげたのは、おそらくアーシャだろう。ムジカはといえば、しばらく何の反応もできなかった。示されたものの重さに息を詰まらせていた。
古典的な言い方をすれば叙爵だ。一介の傭兵が、お偉方に見出されて貴族の仲間入りを果たす。
現代において傭兵の源流はノーブルだ。ラウルもムジカも、血筋や能力という点で不足はない。今回の事件で、セイリオスの戦力不足が浮き彫りにされたこともある。それも踏まえれば、レティシアの要求は正しい選択だと言えただろう。
だがムジカはゆるゆると首を横に振ると、苦笑と共に静かに告げた。
「悪いが、ガラじゃない。“顔も見えない誰かのために”って思想、好きじゃないんだ。そんな理由じゃあ戦えない」
「……なら、あなたは何のために戦うのですか?」
「さてな。それがわからないから……俺はまだ、傭兵でいい」
父の問いの、答えをまだ見つけられていない。
その答えがわかるまでは、自分はきっと“ノーブル”にはなれない。なってはいけないのだと思う。
そして、と、内心でだけ苦笑した。
(“ワガママ”なんて理由で、戦うわけにもいかねえしな)
そんな理由で戦うノーブルなどいないし、許されないだろう。だからこそ、それは自分なりの戒めでもあった。
しばらくの間、レティシアは口を閉ざしていたが。
観念したように嘆息すると、彼女は出来の悪い弟でも見るような目をして、くすりと笑った。
「仕方のない方……ええ、では仕方がありません。今日は引き下がるとしましょう」
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!
よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です!
僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。
つねやま じゅんぺいと読む。
何処にでもいる普通のサラリーマン。
仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・
突然気分が悪くなり、倒れそうになる。
周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。
何が起こったか分からないまま、気を失う。
気が付けば電車ではなく、どこかの建物。
周りにも人が倒れている。
僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。
気が付けば誰かがしゃべってる。
どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。
そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。
想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。
どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。
一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・
ですが、ここで問題が。
スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・
より良いスキルは早い者勝ち。
我も我もと群がる人々。
そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。
僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。
気が付けば2人だけになっていて・・・・
スキルも2つしか残っていない。
一つは鑑定。
もう一つは家事全般。
両方とも微妙だ・・・・
彼女の名は才村 友郁
さいむら ゆか。 23歳。
今年社会人になりたて。
取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる