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1章 強制入学編
7-7 戦う理由なんてない
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何やら、リムが勝手なことをしているらしい――セイリオス全域に、傭兵団名義で派手に大見得を切ったようだ。この戦いに、思うところがあるらしい。
怒っているとはわかっていたが、ムジカはこっそり苦笑した。怒っているのは、たぶんムジカに対してだろう。後で怒られてやらなきゃな、などと考える。
苦労を掛けているのだから、それくらいは甘んじて受けてやろう。でなければ、申し訳が立たない――
無論、そんなことを考えていられる暇など戦場にはないのだが。危うく当たりそうになった魔弾の横を通り抜けて、撃ってきたメタルを切り裂いた。
そして、また苦笑した。ただし今度はリムに対してではなく、今纏っているノブリスに対してだった。
(酷い機体だな、こりゃ。拷問器具か何かか?)
急ごしらえの未完成品だから、と言うと仕方なくも感じるが。致命的なのは、ライフサポートシステムの類が死んでいるところか。衝撃吸収用のショックアブソーバーも機能してないから、<ダンゼル>の一挙手一投足が生み出す振動は全てムジカにも伝わってくる。
そして全身を軋ませるのは、前進性のみを追求した<ダンゼル>の機動特性のせいだ。急加速、急減速、限界速度。全てが最高レベルにあるその代わり、扱うノーブルは慣性に振り回され、締め潰される。
ノーブルが“ナマモノ”であることを完全に忘れた設計だった。
だがそれ故に、その速度だけは頼もしい。バカとアホを総動員した、欠陥格闘機だとしても。
何より笑えるのは――それが驚くほどムジカに馴染むことだ。
敵の魔弾が全て見える。体を捌きながら前進。魔弾横をすり抜けて、反動で硬直するメタルを真っ二つ。
自慢の角で貫こうとするメタルも遅い――右ガントレットで捕まえて、そのまま握り潰して捨てる。
遠間から撃たれた魔弾の群れも、爆発めいた音を奏でるブースターによって置き去りにされる。
敵陣のただ中で、迫るメタルを前に舞う。寄らば斬る、寄らないならば寄って切る。被弾すなわち死。そのコンセプトはだからこそ、被弾しなければ相手に死をもたらす。
攻撃のことしか考えていないこのノブリスは、だからこそあまりにもムジカ好みだった。
全ての敵の視線が自らに集まっているのを感じながら。
ムジカは冷静に周囲を観察した。
焼け焦げた大地と空に、数えるのも嫌になるほどのメタルたち。内一体、大型メタルが空から全体を観測している。
担っているのは全体の指揮か。戦場を俯瞰する位置から、時折大火力の熱線を撃ち出してムジカを狙う。当たらずとも動きを制限させ、生まれた隙を子機が狙う。連携も考慮した牽制射だが、遅い。この<ダンゼル>には当たらない――
だがよそ見をしていたせいで反応が遅れた。
背後から迫るメタルに気づくのがわずかに遅れた。反撃には間に合わないが、回避はできる程度の隙。
だが気づいて、ムジカはそのメタルを完全に無視した。避ける必要すらなかったからだ。
遠くから撃ち込まれた魔弾が、メタルを一発で撃ち落とす――ちらと横目で見やれば、遠くにフライトシップ、バルムンクの姿。更にはその甲板から身構える、ボロボロの<ナイト>が見えた。リムとアーシャ、二人のコンビプレイだろう。
当然、攻撃手が増えればメタルの視線はそちらにも向かう。射撃のためか頭部を変形させ始めた数体が見えたが――やらせない。
ブーストスタビライザーを点火。彼我の距離を一瞬で詰めるほどの圧倒的な加速。時間を置き去りにするほどの速さで吹き飛び、そのままの勢いで首を跳ねた。
ムジカの手が届かない場所はアーシャが狙い、アーシャを狙って隙を見せた敵をムジカが狩り取る。即席のコンビネーションを成立させるのは、リムの補助だ。アーシャにどこを狙うべきかを、バルムンクを操りながら指揮している。
前衛と、後衛と。互いが互いに隙を補い、メタルにとっての脅威であり続ける。前衛を倒さなければ後衛に手が届かないが、その前衛を倒すためには後衛の援護を切り抜ける必要がある。
乱戦の真っただ中で、ふと考えた。
(楽だな)
楽だ。息をするのが。敵を倒すのが。戦場にあることが――その全てが楽だ。
戦場に、自分以外のノーブルがいる。傭兵として戦っていた頃、空は自分独りだけの戦場だった。ラウルとリムが傍にいたとしても。戦う空には自分だけしかいなかった。
だが今は、背中を守る人がいると知っている。だから自分は前に進める。
それだけでこんなにも楽に舞える――
(父さんも、こんな風に戦っていたのかな)
そんなことを考えている余裕があるわけでもないのだが。
思考の迷いを修正し、目の前にいる敵に集中し直す。
瞬く間にメタルが消えていく。裂かれ、爆散し、あるいは砕かれて銀砂に代わる。
戦場はもはや、止まらない<ダンゼル>の独壇場だった。
やがて――大型メタル一体を残して敵が失せる。
距離はまだ、遠間。攻撃を取りやめ、正面から見据えてくる敵に、ムジカは剣を振り上げた。
そして、魔剣に全力を命じた――共振器、最大励起。<バロン>級魔道機関が吸い上げた、全ての魔力を注ぎ込む。
刃に添う破魔の光が刀身を覆い、さらに膨れ上がる。光が天高く伸び、柱のように。
大型メタルに動き。異形の巨躯が大きく脈動。全身からハリネズミのように銃口が生える。先端には灯るのは全てを焼き尽くす、コンバッションバーストの燐光。
あちらもまた、正真正銘の全力。
通信の先で、誰かが悲鳴のように名を呼んだ――その声を、ムジカは無視した。
「戦う理由なんてない」
まだ、見つけられていない。
「――でも、見捨てられるほど薄情でもないんだ」
だからこれは、高潔さとは程遠い。
ワガママとは、言い得て妙だ。戦わなかったとき。その未来が気に食わない。
だから今、ここで戦っている。
ブーストスタビライザーが全力の火を噴く。敵の照準が定まる前に、敵の懐へと自ら飛び込む。
無数の熱線が装甲のない<ダンゼル>の表面を撫でるが、止まらない。止まれない。
前へ、前へ。心が急かすままに、ただ前へ。
敵を正面に上段に。天高く剣を振り上げた。
「だから――“ワガママ”を、押し通させてもらう」
そして魔を裂く閃光が、敵の全てを消し去った。
怒っているとはわかっていたが、ムジカはこっそり苦笑した。怒っているのは、たぶんムジカに対してだろう。後で怒られてやらなきゃな、などと考える。
苦労を掛けているのだから、それくらいは甘んじて受けてやろう。でなければ、申し訳が立たない――
無論、そんなことを考えていられる暇など戦場にはないのだが。危うく当たりそうになった魔弾の横を通り抜けて、撃ってきたメタルを切り裂いた。
そして、また苦笑した。ただし今度はリムに対してではなく、今纏っているノブリスに対してだった。
(酷い機体だな、こりゃ。拷問器具か何かか?)
急ごしらえの未完成品だから、と言うと仕方なくも感じるが。致命的なのは、ライフサポートシステムの類が死んでいるところか。衝撃吸収用のショックアブソーバーも機能してないから、<ダンゼル>の一挙手一投足が生み出す振動は全てムジカにも伝わってくる。
そして全身を軋ませるのは、前進性のみを追求した<ダンゼル>の機動特性のせいだ。急加速、急減速、限界速度。全てが最高レベルにあるその代わり、扱うノーブルは慣性に振り回され、締め潰される。
ノーブルが“ナマモノ”であることを完全に忘れた設計だった。
だがそれ故に、その速度だけは頼もしい。バカとアホを総動員した、欠陥格闘機だとしても。
何より笑えるのは――それが驚くほどムジカに馴染むことだ。
敵の魔弾が全て見える。体を捌きながら前進。魔弾横をすり抜けて、反動で硬直するメタルを真っ二つ。
自慢の角で貫こうとするメタルも遅い――右ガントレットで捕まえて、そのまま握り潰して捨てる。
遠間から撃たれた魔弾の群れも、爆発めいた音を奏でるブースターによって置き去りにされる。
敵陣のただ中で、迫るメタルを前に舞う。寄らば斬る、寄らないならば寄って切る。被弾すなわち死。そのコンセプトはだからこそ、被弾しなければ相手に死をもたらす。
攻撃のことしか考えていないこのノブリスは、だからこそあまりにもムジカ好みだった。
全ての敵の視線が自らに集まっているのを感じながら。
ムジカは冷静に周囲を観察した。
焼け焦げた大地と空に、数えるのも嫌になるほどのメタルたち。内一体、大型メタルが空から全体を観測している。
担っているのは全体の指揮か。戦場を俯瞰する位置から、時折大火力の熱線を撃ち出してムジカを狙う。当たらずとも動きを制限させ、生まれた隙を子機が狙う。連携も考慮した牽制射だが、遅い。この<ダンゼル>には当たらない――
だがよそ見をしていたせいで反応が遅れた。
背後から迫るメタルに気づくのがわずかに遅れた。反撃には間に合わないが、回避はできる程度の隙。
だが気づいて、ムジカはそのメタルを完全に無視した。避ける必要すらなかったからだ。
遠くから撃ち込まれた魔弾が、メタルを一発で撃ち落とす――ちらと横目で見やれば、遠くにフライトシップ、バルムンクの姿。更にはその甲板から身構える、ボロボロの<ナイト>が見えた。リムとアーシャ、二人のコンビプレイだろう。
当然、攻撃手が増えればメタルの視線はそちらにも向かう。射撃のためか頭部を変形させ始めた数体が見えたが――やらせない。
ブーストスタビライザーを点火。彼我の距離を一瞬で詰めるほどの圧倒的な加速。時間を置き去りにするほどの速さで吹き飛び、そのままの勢いで首を跳ねた。
ムジカの手が届かない場所はアーシャが狙い、アーシャを狙って隙を見せた敵をムジカが狩り取る。即席のコンビネーションを成立させるのは、リムの補助だ。アーシャにどこを狙うべきかを、バルムンクを操りながら指揮している。
前衛と、後衛と。互いが互いに隙を補い、メタルにとっての脅威であり続ける。前衛を倒さなければ後衛に手が届かないが、その前衛を倒すためには後衛の援護を切り抜ける必要がある。
乱戦の真っただ中で、ふと考えた。
(楽だな)
楽だ。息をするのが。敵を倒すのが。戦場にあることが――その全てが楽だ。
戦場に、自分以外のノーブルがいる。傭兵として戦っていた頃、空は自分独りだけの戦場だった。ラウルとリムが傍にいたとしても。戦う空には自分だけしかいなかった。
だが今は、背中を守る人がいると知っている。だから自分は前に進める。
それだけでこんなにも楽に舞える――
(父さんも、こんな風に戦っていたのかな)
そんなことを考えている余裕があるわけでもないのだが。
思考の迷いを修正し、目の前にいる敵に集中し直す。
瞬く間にメタルが消えていく。裂かれ、爆散し、あるいは砕かれて銀砂に代わる。
戦場はもはや、止まらない<ダンゼル>の独壇場だった。
やがて――大型メタル一体を残して敵が失せる。
距離はまだ、遠間。攻撃を取りやめ、正面から見据えてくる敵に、ムジカは剣を振り上げた。
そして、魔剣に全力を命じた――共振器、最大励起。<バロン>級魔道機関が吸い上げた、全ての魔力を注ぎ込む。
刃に添う破魔の光が刀身を覆い、さらに膨れ上がる。光が天高く伸び、柱のように。
大型メタルに動き。異形の巨躯が大きく脈動。全身からハリネズミのように銃口が生える。先端には灯るのは全てを焼き尽くす、コンバッションバーストの燐光。
あちらもまた、正真正銘の全力。
通信の先で、誰かが悲鳴のように名を呼んだ――その声を、ムジカは無視した。
「戦う理由なんてない」
まだ、見つけられていない。
「――でも、見捨てられるほど薄情でもないんだ」
だからこれは、高潔さとは程遠い。
ワガママとは、言い得て妙だ。戦わなかったとき。その未来が気に食わない。
だから今、ここで戦っている。
ブーストスタビライザーが全力の火を噴く。敵の照準が定まる前に、敵の懐へと自ら飛び込む。
無数の熱線が装甲のない<ダンゼル>の表面を撫でるが、止まらない。止まれない。
前へ、前へ。心が急かすままに、ただ前へ。
敵を正面に上段に。天高く剣を振り上げた。
「だから――“ワガママ”を、押し通させてもらう」
そして魔を裂く閃光が、敵の全てを消し去った。
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