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1章 強制入学編

7-5 ムジカ

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「――あ、ぐっ――――!!」

 
 直撃した魔弾が装甲を削る。衝撃がアーシャの体を揺らし、爆発が<ナイト>を後方へ吹き飛ばす。ダメージに視界が赤く染まるが、まだ倒れるわけにはいかない。
 空に独り、溺れる前に衝撃から回復して戦闘を続けた。ガン・ロッドを振り回して、破れかぶれに魔弾をばらまく。当たったかどうかは見ていられない。それよりも早く飛び回らなければ、メタルにくし刺しにされるか、かじられるか、あるいは魔弾に撃ち落とされるか。どちらにしても悲惨な末路しか待っていない。
 仲間はもういない。既に皆、撃墜されたか継戦能力を失った。最後の一人――まだかろうじて飛べた子に、堕ちた子の回収を命じて撤退させたのは、何分前のことだっただろう。それを懇願した記憶はあるのに、それがどれくらい前のことかも思い出せない。
 酸欠にあえぐ。今すぐバイザーをかなぐり捨てて、息を吸いたい。そのための時間を、アーシャは敵を見ることに費やした。それですら一秒に満たない一瞬だ。
 見つめたセイリオス外縁東部。もはや焼け野原となった戦場に、ひしめくメタルの数は……

(どれくらいだろ。三十? 五十?)

 減った、のだろうか。そんな気はしない。最初は百を超えるぐらいいたように思えるし、その後はみんなで削っていったはずなのだが。わからない。最初からこれくらいだったように思える。
 どちらにしろ敵はうじゃうじゃといる――対して、ここに残ったのは自分だけだ。

(あの子は、逃げ切れたかな?)

 継戦能力を失った者は、皆撤退した。最後に残った子もまた限界まで負傷していて。だから墜ちた子たちの回収をお願いして下がらせた。
 新しい<ナイト>で戻ってくるから、と言っていたが、救援が来ることはないだろうと予想もしていた。だって、彼女も限界だったのだから。
 たぶん、あの子は足が折れていた。医療班がそんな子を戦場に戻すだろうか。わからない。これも自分にはわからない――だが、わかっていることも一つだけあった。
 今日、自分はここで死ぬ。

(でも、まだ――)

 死ねない。稼げと言われた時間もまだ稼げていない。これでは足りない。
 だから、まだ、もう少しだけ――

「……っ!?」

 被弾――八回目の意識の喪失。集中が途切れた一瞬の隙を、メタルが見逃さなかった。
 左肩の装甲がはじけ飛ぶ。乱れた軌道が更に隙を呼んだ。
 四方八方からアーシャをくし刺しにするように、赤い閃光が殺到する。遅れた回避機動の中で、ブーストスタビライザーを引きちぎられた。
 機動力が落ちる――以前にバランスを崩して空から墜ちる。それでもどうにか勢いだけは維持し続けた。その場に留まり続けていたら、熱線にくし刺しにされていただろう。
 せめてもの抵抗の対価は、文字通りの地面への激突だった。
 浮島に転がり込むようにして落ちる。大地で自らをすりおろされながらも、ガン・ロッドを手放さなかったのは意地だった。何に対して張った意地なのかは、自分でもわからない。

 墜落しておいてマヌケな話だが、一番痛かったのは舌だった。落ちたときにうっかり噛んだ。もし次があるのなら、墜落するときは口を閉じていよう――バカげた決意だと、その時には思わなかった。
 顔をあげれば、目の前には心を持たない金属の獣たちの群れ。数えるのもバカバカしい数の敵が、少しずつこちらに近づいてくる。
 魔弾を撃ってこないのは、何かを警戒しているのか。それとも獲物が逃げないように、慎重になっているだけか。
 わからない。やはり、わからないが……

「――は、ハハっ……」

 笑うしかなかった。フライトグリーヴに機能異常。ブーストスタビライザーも壊れた。バイザー内に表示された警告の意味は一つだ。

”。

 それでも、震える体を立ち上がらせる。ガン・ロッドを杖のようにして、どうにか前を見据えた。
 無数のメタルたち――そして遠くの空に浮かぶ、大型メタル。敵を目前にして、みっともない姿は見せたくなかった。
 ――誰に?
 もはや誰もいないこの空で、誰に対して見栄を張りたかったのだ?

「……そういえば、謝れてなかったっけ」

 思い出したのは、やっぱりあの生意気な少年だった。
 理想を押し付けて、軽蔑された。最後に思い出せるのはその顔だった。
“ノーブル”なんて呼称も口先だけだと笑われて、満足に否定も説得もできなかった。
 伝えたいこと、伝えたい思いは確かにあった。本当はもっと、しっかり話をしたかった。
 だけど、逃げ出した。彼の怒りに沿える言葉を、自分は持っていなかったから。
 怯えて、それ以上否定されるのが怖くて。何も言えずに目を背けた――
 
 でも、悔しかったのだ。
 セイリオスに、初めてやってきたあの日。メタル相手に飛び出して、ムジカに助けられたあの日。
 覚悟できていたかもわからない死を目の前にして、アーシャを助けに来たあの<ナイト>は――痺れるほどに、カッコよかったから。
 昔、助けてくれたあの“ノーブル”と同じくらいに。悔しいくらい、カッコよかったから。
 だから、アーシャの“憧れ”に誰よりも近いムジカが、彼自身を否定しているようで。
 それが、何よりも悔しかったのだ。

(……でも、そんなのやっぱり押し付けか)

 勝手なことばっかり言って、怒らせて。謝ることもできないまま……今日、自分はここで死ぬ。
 未練だった。後悔だった。今ここで負けることよりも、これ以上時間を稼げないことよりも。そんなことに悔いを感じていた。
 だからつい、笑ってしまった。

「あはは……ダメだなあ、あたし……全然ノーブルらしくないや」

 メタルが迫る。
 獣の顔に虫の体、鳥の羽、蛇の尾。滅茶苦茶なバケモノがそこにいる。子供が動物のパーツを滅茶苦茶に組み合わせたような、そんなバケモノたちがアーシャに迫る。
 体は恐怖に震えたが、それでもガン・ロッドを構えた。
 せめて、泣かないようにしよう。自分は、ここで戦ったのだと胸を張って叫べるように。たとえ、無駄死にだったとしても。せめて――情けない終わりにはならないように。
 メタルはもう、既に目の前。
 せめて最期は泣かないように。それだけを胸に、アーシャは目を――

 ――閉じようとした、その刹那。
 

「……!?」

 驚愕に目を見開く。メタルを貫いたのは剣だ――どこからか飛来した剣が、瞬く間にメタルを爆散させた。敵を貫いて大地に突き刺さる。
 異変にメタルがざわついた――はずもないが。
 全個体、一斉に空を見上げた。

 そこに、それはいた。

 襤褸をまとった悪魔のような、異形の人型。
 禍々しく大きな腕に、骸骨めいたやせぎすのフォルム。骸のように感じたのは、ノブリスを覆うはずの装甲板がないせいだ。あまりにも華奢で、両腕のサイズも不揃いで、何もかもがアンバランス。
 戦闘用の機体ではない――鋼鉄によく似た漆黒のカラーは、それがまだ未完成である<ダンゼル>級の証だ。

 それが今、メタルの視線を全身に浴びて動き出す。
 後光のごとく。ブーストスタビライザーの噴煙――いや、もはや爆炎を吐き出して空から迫る。
 メタルの群れは機敏に反応した。
 空から迫る敵に、無数の熱閃光の洗礼。宙に針で縫い付けるがごとく放たれる無数の閃光を、だが<ダンゼル>は構わない。
 すり抜ける、あるいはその閃光を登るように。魔弾とすれ違うように<ダンゼル>は飛ぶ。落下の勢いそのままに、最も近くにいたメタルに踵を振り落とした。踵にはそのためだろう刺突用スパイク。脳天に落ちた踵が、メタルの頭部をそぎ落とす。
 その間隙に飛びかかってきたメタルの一頭を、だが<ダンゼル>は無造作に右腕で掴み取った。後続の追撃をかわすべく後ろに跳びながら――握り潰す。頭部を粉砕されて、もがくメタルは砂に転じた。

 そして。
 背後に伸ばした左手が、大地に突き立つ剣を取る――その瞬間を、きっとアーシャは忘れない。
 さらに飛びかかってきたメタルを前に、音もなく。
 大地から空へ。円弧を描く、綺麗な……一閃。
 振り上げられた太刀筋が、メタルを真っ二つに両断した。
 その鮮やかさに、息が詰まる――いや、息ができないのはそのせいだけではない。

(……あなた、なの?)

 アーシャをかばうようして、そこにいたのは一瞬だけ。
 状況は停滞を許さない。襲い来るメタルを前に、果敢に<ダンゼル>は踏み込んでいく。
 言葉もなく、ためらいもなく。だから、その<ダンゼル>を纏うのが誰かなど、見分けがつくはずがない。
 だというのに、アーシャにはそれが誰か、わかった。
 震える声で、名を呼んだ。

「――ムジカ――っ!!」

 “憧れ”と重なって見えた姿に。どうしてだろう。泣きたくなった。
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