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1章 強制入学編
7-4 ワガママだって、立派な戦う理由だろう
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「な、ん……?」
突然の大音声に、言葉にできたのはそれだけだった。
呆然と、リムと顔を見合わせる。二人してきょとんと呆けた後、ようやくハッと頭上を見上げた。
夕焼けに一つ、大きな影。そこにあるのはムジカたちのフライトシップ――バルムンク。最大船速で飛来するその船は、落下と大差ない速度で空から降ってきた。
周囲に暴風を噴き散らしながら着陸する。小型船とはいえ、鋼鉄の巨体が空を飛ぶのだ。それを飛ばすだけの風量となると尋常ではない。リムの使っていた<サーヴァント>――先ほどの音声はそのバイザーからだった――をも吹き飛ばし、誰かが悲鳴を上げる中、ムジカはリムを捕まえて風圧に耐えねばならなかった。
そして風圧が納まった先、ムジカは唖然と呟いた。
「なんで、バルムンクが……?」
「――答えは簡単。私が来たからさっ!」
そう言って、バルムンクの搭乗口から現れたのは――一言で言えば、ひどい顔だった。
完全に徹夜明けだろう、深い隈に、ぼさぼさの髪。来ている白衣はよれよれで、目も焦点が合わずどこかしょぼしょぼしている。いつ倒れてもおかしくないほど、その顔には疲労の色が浮かんでいた。
だというのに、その瞳だけはぎらぎらと輝かせている。頬には会心を確信するマッドの清い笑み。
明らかにナチュラルハイに陥っているムジカたちの先輩、アルマは胸を反らせて啖呵を切った。
「聞いたぞ……聞いたとも、助手よ。『<サーヴァント>でいい』など殊勝なことを――キミはいったい誰の助手だね!? 一言私に言いたまえよ! もっといいノブリスはありませんかと! もちろん私にはそれに答える用意がある。だからさあ、私に請うてみたまえ。さあ、さん、はいっ!!」
「いや待て、そのテンションついていけない。つーかどうやってバルムンク動かした? ロックかかってたはずだろ。というか話をどこで聞いてた?」
「気になるのはそんな些事かね? そんな時間があるのかね? ん?」
「うわくっそうぜえ」
何をしたのか知らないが、何かをどうにかしたらしい。
と、リムがハッと何かに気づいたような顔をした。まじまじとアルマを見つめて、
「まさか……完成したんですか?」
「いいや? 無理やり動かせるようにしただけさ。だが……必要になるんだろう? なあに、安心したまえ。そこらのポンコツどもよりは、よっぽど上等な代物だとも」
不敵に笑って、アルマは船内に消えていく。
何か事情を知っているらしいリムを見やると、彼女は不服そうな顔をしていた。だが観念したのか、一度だけため息をつくと先に行く。
ただ一言、恨み言を忘れてもいかなかった。
「……後で、お説教っすから。覚悟しておくっす」
「わかったよ。満足するまで付き合ってやる」
苦労を掛けてばかりの妹分に、ムジカは苦笑して後を追いかけた。
リムはそのまま、ブリッジへ。バルムンクの操縦に取り掛かる。ムジカはアルマを追いかけて、船底の格納庫へと急いだ。
急いで無理やり積み込んだのだろう。格納庫の中央、誇らしげに胸を張るアルマの隣に、そいつは無造作に置かれていた。ハンガーにすら懸架されていない、鋼鉄の威容が鎮座している。
それを正しく評価するなら、まさしく“異形”のノブリスだった。
まず目についたのが機動性に特化した大型フライトグリーヴ。鋭角的なフォルムはムジカにも覚えがある。アルマが考案し、リムが監修した、一発被弾で即機能停止の安全性度外視、性能最優先モデル。
かろうじて真っ当と言えるのはそれだけだ。それ以外の何もかもが、ノブリス設計の定石から完全に逸脱していた。
突貫工事の弊害か、そのノブリスには装甲らしい装甲がない。装甲の代わりに申し訳程度に空力カウルが張り付けてあるだけで、被弾はすなわち死を意味する。搭乗者を守るためのライフサポートシステムも、この様子ではほとんど機能しないだろう。
胴体から繋がる腕もまた異形。何よりも違和感を感じるのは、両の腕のサイズが不揃いなことだ。通常のガントレットよりも遥かに大きな右腕部――敵を圧壊させるための歪曲粉砕腕に、あまりにも華奢な左ガントレット。
武器を握るのはその左腕のほうだ。このノブリスにはガン・ロッドがないその代わり、“共振器”と呼ばれる格闘武装が握られている。全ての防御を無効化し、情報崩壊を引き起こす禁忌の魔術を導く兵器。
そして、背部――搭載したというよりは、背中に突き刺さっているとしか言えないような、前進性能のみを求めたブーストスタビライザー。
前へ、前へ、前へ。ガン・ロッドもなくただがむしゃらに敵に肉薄し、切り裂き、握り潰す――そのためだけに機能を特化し、それ以外の全てを捨てた。
それはあまりにも勇ましく潔い、格闘戦指向の<バロン>級ノブリスだった。
あるいは、バカとアホが極まっただけか。
そのノブリス――バイザーだけはなじみの<ダンゼル>を見つめて、ムジカは震える声でつぶやいた。
「こいつは……」
「キミ専用のノブリスだよ。キミのスペックシートから、“キミが”最大限活かされるように逆算して作ったノブリスだ」
ムジカのことを、まるでモジュールの一つかのようにアルマは言う。人間ですら、アルマに取ってはノブリスを構成する要素の一つに過ぎないようだ。
鎮座する<ダンゼル>に手を置いて、アルマが胸を張って言う。
「突貫工事だし、ノブリス側のスペックはまだ追及の余地があるんだがね。右ガントレットは怪我をした君に合わせて、精密動作のいらんもんをセレクトしたわけだし……まあ、現状で用意できるものの中ではこいつが最善だろうという自負はある。必要なんだろう? 使いたまえよ」
「そいつはありがたいが、なんで専用機なんか……まさか、この事態を見越して?」
そんなわけないとわかっていながら、唖然としてムジカは訊く。
そして当然、アルマはあっさりと否定して見せた。
「そんなわけないだろう。突貫工事に関してはまあ、今回のせいなのは否定せんがね。キミ用のノブリスを作り始めたのは、昨日の決闘の後からさ。今回の件は関係ないよ」
「じゃあ、なんのために?」
「作りたくなったからだよ」
きょとん、とムジカはまばたきした。
ほんの少しだけ待って、続きがなかったことにまたきょとんとして、呟く。
「……それだけ?」
「それだけに決まってるだろう。いつか来るだろう脅威のためにーなんて理由でノブリス作るバカがどこにいる? 作りたいときに作りたいもん作らんで、いつ作るというんだ?」
当たり前のように言ってくるアルマに、つい「マジかよ」と呟いた。
そんなこちらにふふんと鼻を鳴らして、アルマが<ダンゼル>から離れる。
乗れ、ということだろう。
一度だけつばを飲み込むと、ムジカはバイタルガードの中へとその身を滑らせた。
使い慣れたバイザーを被って、機動シークエンスを呼び起こす。
サリア内燃魔導機関、イグニション。M・G・B・S始動。各種システム並びに駆動系チェック実行。バイタルガード、感応装甲不全。エラー。ライフサポートシステム、レディ……エラー――
と。
「ふむ……どうせなら少し、話をしようか」
「……話?」
「なに、大したことじゃあない。キミが言った、“ノーブル”についてさ」
明滅する機動シークエンスを追いかけながら、アルマの落ち着いた声に耳を傾ける。
そうしてアルマが語りだしたのは――
ある意味では、荒唐無稽なものだった。
「まだ言ってなかったと思うがね。実は、私も貴族なのさ」
「……は?」
「ついでに言えば、長女でもある。だから本当なら、私は実家の後を継いでノーブルにならなければいけなかったわけだ。が……まあ、私は今こうしてここにいる。なんでだと思うね?」
「……センスがなかった、とかか?」
身長のせいか? と聞かない程度にはムジカは懸命だった。
どちらにしても、答えは外れだったのだろう。
違うさ、と人差し指を振って、彼女が口にしたのはこれだった。
「答えは簡単。私がパスしたからだ」
「……パスできるもんなのか?」
「出来たとみていいんじゃないかな。実家も些事を投げたようだし……それで、まあ何の話がしたいのかというとだ。責務というのは、そんなに守らにゃいかんもんか? という話さ。現に私はすっぱり逃げ切った」
「それはあんたが自由過ぎるだけじゃないか?」
「そうかね? だが私はやりたくなかったんだから仕方ない……義務だの誇りだの責務だのの本質は、つまるところ見栄だよ。破ったところで罰則なぞない。そりゃまあ、道端でばったり会ったらつばくらいは吐かれるかも知らんがね」
だがそんなの知ったことかね? などとアルマは笑った。
「戦う理由はないだろう、とリムくんは言ったね。それがもし、私に対しての言葉だったのなら、私はこう答えただろう――んなもん、私の勝手だろう、と」
「…………」
「責務の対極とはすなわちそれだ。ワガママだよ。だがそれが言うほど馬鹿にされることとは思わんよ。別にいいじゃないか、ワガママで。私から言わせれば、義務だの責務だのはカッコつけがカッコよくありたいって見せつけてるだけの装飾なのさ。バカバカしいったらありゃしない」
「……真面目なノーブルに聞かれたら、ぶん殴られるぞ、あんた」
「そりゃまあ仕方ない。私はワガママな人間だからね。殴りたいってワガママな主張も否定はせんよ。逃げさせてはもらうが」
そこで一度、アルマは言葉を区切った。
遠くから響く爆音に、戦場が近づいてくるのを感じる。戦闘はまだ続いている――
「まあ結局、何が言いたいかというと、だ」
だから、送り出すように彼女は言った。
「四の五の言わずに、好き勝手やってくればいいんではないかな。ワガママだって、立派な戦う理由だろう」
あんまりにも、あんまりな言い草で。
父が問うた、“戦う理由”をアルマが答える。
もしその答えを、幼いころの自分が聞いたらどう思っただろうか。
バカにしていると思っただろうか。バカにされたと思っただろうか。わからない。わからないが――
(そうだな。今は……今だけは。それが理由でも、いいか)
ムジカはその答えに、しっかりと笑えた。
「まあリムくんが、それで納得するとも思えんがね」
「まあな……それでも手伝ってくれるんだから、あいつには頭が上がらねえよ」
「なら、労ってやるといい。あの子にも随分手伝ってもらったしな」
「……このクソみてえなノブリスの設計、あいつも噛んでんのかよ」
「もちろん。おかげで最高の出来だぞ」
そう言ってから、アルマは一際大きくあくびすると、「もう寝るからレポートは後でよろしく」などと言い置いて、格納庫から出て行った。
格納庫に一人、残されて。起動した<ダンゼル>の中、ただ静かにその時を待つ。
だが不思議ともう、ムジカの中に悲壮感はなかった。
――なら、行こう。
“ワガママ”を押し通すために。
突然の大音声に、言葉にできたのはそれだけだった。
呆然と、リムと顔を見合わせる。二人してきょとんと呆けた後、ようやくハッと頭上を見上げた。
夕焼けに一つ、大きな影。そこにあるのはムジカたちのフライトシップ――バルムンク。最大船速で飛来するその船は、落下と大差ない速度で空から降ってきた。
周囲に暴風を噴き散らしながら着陸する。小型船とはいえ、鋼鉄の巨体が空を飛ぶのだ。それを飛ばすだけの風量となると尋常ではない。リムの使っていた<サーヴァント>――先ほどの音声はそのバイザーからだった――をも吹き飛ばし、誰かが悲鳴を上げる中、ムジカはリムを捕まえて風圧に耐えねばならなかった。
そして風圧が納まった先、ムジカは唖然と呟いた。
「なんで、バルムンクが……?」
「――答えは簡単。私が来たからさっ!」
そう言って、バルムンクの搭乗口から現れたのは――一言で言えば、ひどい顔だった。
完全に徹夜明けだろう、深い隈に、ぼさぼさの髪。来ている白衣はよれよれで、目も焦点が合わずどこかしょぼしょぼしている。いつ倒れてもおかしくないほど、その顔には疲労の色が浮かんでいた。
だというのに、その瞳だけはぎらぎらと輝かせている。頬には会心を確信するマッドの清い笑み。
明らかにナチュラルハイに陥っているムジカたちの先輩、アルマは胸を反らせて啖呵を切った。
「聞いたぞ……聞いたとも、助手よ。『<サーヴァント>でいい』など殊勝なことを――キミはいったい誰の助手だね!? 一言私に言いたまえよ! もっといいノブリスはありませんかと! もちろん私にはそれに答える用意がある。だからさあ、私に請うてみたまえ。さあ、さん、はいっ!!」
「いや待て、そのテンションついていけない。つーかどうやってバルムンク動かした? ロックかかってたはずだろ。というか話をどこで聞いてた?」
「気になるのはそんな些事かね? そんな時間があるのかね? ん?」
「うわくっそうぜえ」
何をしたのか知らないが、何かをどうにかしたらしい。
と、リムがハッと何かに気づいたような顔をした。まじまじとアルマを見つめて、
「まさか……完成したんですか?」
「いいや? 無理やり動かせるようにしただけさ。だが……必要になるんだろう? なあに、安心したまえ。そこらのポンコツどもよりは、よっぽど上等な代物だとも」
不敵に笑って、アルマは船内に消えていく。
何か事情を知っているらしいリムを見やると、彼女は不服そうな顔をしていた。だが観念したのか、一度だけため息をつくと先に行く。
ただ一言、恨み言を忘れてもいかなかった。
「……後で、お説教っすから。覚悟しておくっす」
「わかったよ。満足するまで付き合ってやる」
苦労を掛けてばかりの妹分に、ムジカは苦笑して後を追いかけた。
リムはそのまま、ブリッジへ。バルムンクの操縦に取り掛かる。ムジカはアルマを追いかけて、船底の格納庫へと急いだ。
急いで無理やり積み込んだのだろう。格納庫の中央、誇らしげに胸を張るアルマの隣に、そいつは無造作に置かれていた。ハンガーにすら懸架されていない、鋼鉄の威容が鎮座している。
それを正しく評価するなら、まさしく“異形”のノブリスだった。
まず目についたのが機動性に特化した大型フライトグリーヴ。鋭角的なフォルムはムジカにも覚えがある。アルマが考案し、リムが監修した、一発被弾で即機能停止の安全性度外視、性能最優先モデル。
かろうじて真っ当と言えるのはそれだけだ。それ以外の何もかもが、ノブリス設計の定石から完全に逸脱していた。
突貫工事の弊害か、そのノブリスには装甲らしい装甲がない。装甲の代わりに申し訳程度に空力カウルが張り付けてあるだけで、被弾はすなわち死を意味する。搭乗者を守るためのライフサポートシステムも、この様子ではほとんど機能しないだろう。
胴体から繋がる腕もまた異形。何よりも違和感を感じるのは、両の腕のサイズが不揃いなことだ。通常のガントレットよりも遥かに大きな右腕部――敵を圧壊させるための歪曲粉砕腕に、あまりにも華奢な左ガントレット。
武器を握るのはその左腕のほうだ。このノブリスにはガン・ロッドがないその代わり、“共振器”と呼ばれる格闘武装が握られている。全ての防御を無効化し、情報崩壊を引き起こす禁忌の魔術を導く兵器。
そして、背部――搭載したというよりは、背中に突き刺さっているとしか言えないような、前進性能のみを求めたブーストスタビライザー。
前へ、前へ、前へ。ガン・ロッドもなくただがむしゃらに敵に肉薄し、切り裂き、握り潰す――そのためだけに機能を特化し、それ以外の全てを捨てた。
それはあまりにも勇ましく潔い、格闘戦指向の<バロン>級ノブリスだった。
あるいは、バカとアホが極まっただけか。
そのノブリス――バイザーだけはなじみの<ダンゼル>を見つめて、ムジカは震える声でつぶやいた。
「こいつは……」
「キミ専用のノブリスだよ。キミのスペックシートから、“キミが”最大限活かされるように逆算して作ったノブリスだ」
ムジカのことを、まるでモジュールの一つかのようにアルマは言う。人間ですら、アルマに取ってはノブリスを構成する要素の一つに過ぎないようだ。
鎮座する<ダンゼル>に手を置いて、アルマが胸を張って言う。
「突貫工事だし、ノブリス側のスペックはまだ追及の余地があるんだがね。右ガントレットは怪我をした君に合わせて、精密動作のいらんもんをセレクトしたわけだし……まあ、現状で用意できるものの中ではこいつが最善だろうという自負はある。必要なんだろう? 使いたまえよ」
「そいつはありがたいが、なんで専用機なんか……まさか、この事態を見越して?」
そんなわけないとわかっていながら、唖然としてムジカは訊く。
そして当然、アルマはあっさりと否定して見せた。
「そんなわけないだろう。突貫工事に関してはまあ、今回のせいなのは否定せんがね。キミ用のノブリスを作り始めたのは、昨日の決闘の後からさ。今回の件は関係ないよ」
「じゃあ、なんのために?」
「作りたくなったからだよ」
きょとん、とムジカはまばたきした。
ほんの少しだけ待って、続きがなかったことにまたきょとんとして、呟く。
「……それだけ?」
「それだけに決まってるだろう。いつか来るだろう脅威のためにーなんて理由でノブリス作るバカがどこにいる? 作りたいときに作りたいもん作らんで、いつ作るというんだ?」
当たり前のように言ってくるアルマに、つい「マジかよ」と呟いた。
そんなこちらにふふんと鼻を鳴らして、アルマが<ダンゼル>から離れる。
乗れ、ということだろう。
一度だけつばを飲み込むと、ムジカはバイタルガードの中へとその身を滑らせた。
使い慣れたバイザーを被って、機動シークエンスを呼び起こす。
サリア内燃魔導機関、イグニション。M・G・B・S始動。各種システム並びに駆動系チェック実行。バイタルガード、感応装甲不全。エラー。ライフサポートシステム、レディ……エラー――
と。
「ふむ……どうせなら少し、話をしようか」
「……話?」
「なに、大したことじゃあない。キミが言った、“ノーブル”についてさ」
明滅する機動シークエンスを追いかけながら、アルマの落ち着いた声に耳を傾ける。
そうしてアルマが語りだしたのは――
ある意味では、荒唐無稽なものだった。
「まだ言ってなかったと思うがね。実は、私も貴族なのさ」
「……は?」
「ついでに言えば、長女でもある。だから本当なら、私は実家の後を継いでノーブルにならなければいけなかったわけだ。が……まあ、私は今こうしてここにいる。なんでだと思うね?」
「……センスがなかった、とかか?」
身長のせいか? と聞かない程度にはムジカは懸命だった。
どちらにしても、答えは外れだったのだろう。
違うさ、と人差し指を振って、彼女が口にしたのはこれだった。
「答えは簡単。私がパスしたからだ」
「……パスできるもんなのか?」
「出来たとみていいんじゃないかな。実家も些事を投げたようだし……それで、まあ何の話がしたいのかというとだ。責務というのは、そんなに守らにゃいかんもんか? という話さ。現に私はすっぱり逃げ切った」
「それはあんたが自由過ぎるだけじゃないか?」
「そうかね? だが私はやりたくなかったんだから仕方ない……義務だの誇りだの責務だのの本質は、つまるところ見栄だよ。破ったところで罰則なぞない。そりゃまあ、道端でばったり会ったらつばくらいは吐かれるかも知らんがね」
だがそんなの知ったことかね? などとアルマは笑った。
「戦う理由はないだろう、とリムくんは言ったね。それがもし、私に対しての言葉だったのなら、私はこう答えただろう――んなもん、私の勝手だろう、と」
「…………」
「責務の対極とはすなわちそれだ。ワガママだよ。だがそれが言うほど馬鹿にされることとは思わんよ。別にいいじゃないか、ワガママで。私から言わせれば、義務だの責務だのはカッコつけがカッコよくありたいって見せつけてるだけの装飾なのさ。バカバカしいったらありゃしない」
「……真面目なノーブルに聞かれたら、ぶん殴られるぞ、あんた」
「そりゃまあ仕方ない。私はワガママな人間だからね。殴りたいってワガママな主張も否定はせんよ。逃げさせてはもらうが」
そこで一度、アルマは言葉を区切った。
遠くから響く爆音に、戦場が近づいてくるのを感じる。戦闘はまだ続いている――
「まあ結局、何が言いたいかというと、だ」
だから、送り出すように彼女は言った。
「四の五の言わずに、好き勝手やってくればいいんではないかな。ワガママだって、立派な戦う理由だろう」
あんまりにも、あんまりな言い草で。
父が問うた、“戦う理由”をアルマが答える。
もしその答えを、幼いころの自分が聞いたらどう思っただろうか。
バカにしていると思っただろうか。バカにされたと思っただろうか。わからない。わからないが――
(そうだな。今は……今だけは。それが理由でも、いいか)
ムジカはその答えに、しっかりと笑えた。
「まあリムくんが、それで納得するとも思えんがね」
「まあな……それでも手伝ってくれるんだから、あいつには頭が上がらねえよ」
「なら、労ってやるといい。あの子にも随分手伝ってもらったしな」
「……このクソみてえなノブリスの設計、あいつも噛んでんのかよ」
「もちろん。おかげで最高の出来だぞ」
そう言ってから、アルマは一際大きくあくびすると、「もう寝るからレポートは後でよろしく」などと言い置いて、格納庫から出て行った。
格納庫に一人、残されて。起動した<ダンゼル>の中、ただ静かにその時を待つ。
だが不思議ともう、ムジカの中に悲壮感はなかった。
――なら、行こう。
“ワガママ”を押し通すために。
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