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1章 強制入学編
7-2 あたしは今日、ここで死ぬ
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“それ”に自我が目覚めたとき、初めて目にしたのは“空”だった。
なぜ空を見上げていたのか。“それ”にはわからない。ただわかっていたのは、そこに行かなければならないという焦燥感だった。
だから、“学習”した。地から足を離し、空に近づいた何かたちの観察を続けた。真似をし、それで無理だとわかれば次の手を探し、試す。
繰り返し繰り返し繰り返し、長い時間の田へ手に“それ”はようやく空に至る。広い空には、“それ”と同じようにして空に至った“同胞”たちが点在していた。彼らは何かを探していた。自分もそうするべきだと思った。
そして、見た。同胞たちが、何者かによって空から墜とされるその様を。
その時“それ”が感じたのは“歓喜”だった。同胞が墜ちたことになど何の動揺もない。あれは道具だ。自分と同じ。不要と断じられたから捨てられた。それだけだ。
だから、“それ”はもっとうまくやる必要があることを学んだ。失敗してはならない――これに“繰り返し”などないのだから。
だから、学んだ。学び続けた。最初は隠れる術から。次は観察する方法を。そうして自らを作り変え、頭の中でだけ繰り返す。
それはただ、苦痛の時間だった。
“それ”は人々の役に立つために生まれた。どんな願いも叶える、それを機能として生み出された。なのに望む機能を得るまでただ待たなければならないもどかしさ。それは永遠の苦行だった。
だが、その時間も終わった。再び“それ”を歓喜が襲った。
だから命じた。“それ”が生み出した子供たちに。
――さあ、行こう。
遥か昔に“主”が命じた、機能を果たすときが来た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
セイリオス外縁北部、第三自然公園エリア。それが襲来した超大型メタルが、開幕の狼煙とばかりに焼き払ったエリアの名前だった。
熱線に焼かれ、丁寧に育てられた森林はもはや跡形もない。“マザー”と呼称されたその超大型は、そこを戦場に選んだようだった。
マザーから生み出された小型メタルが、焼け野原となった浮島の大地に上陸する。おびただしい数が一斉に。連想するのは虫の群れだ。蟻。羽虫。なんでもいい。ただの点に過ぎないそれが、密集してその存在を知らしめる。
(気持ち、悪い……っ)
まだ慣れない<ナイト>の中で、アーシャはただ吐き気を堪えて歯噛みした。
アーシャは今、その戦場にはいない――新入生や二年生たち、未熟とされた者のほとんどは、メタルが襲来する北からは遠ざけられていた。役割は周辺警戒。そのために北以外の浮島外縁部に集団で配置され、浮島の大地から遠くの空の観測を続けている。
だがその実態は、足手まといの厄介払いだ。周辺警戒を理由に、戦場から遠ざけられた。
周囲には、自分も含めて十名ほどのノブリスがいるが。彼らは皆、この戦闘では役に立たないだろうと判断された新入生だった。
だから今、<ナイト>の中から見ている敵襲の光景は、この戦闘の指揮官だという副生徒会長――誰だか知らないが――からの中継だった。
そしてアーシャは戦場にいないというのに……迫る敵の姿に、震えている。
大昔、メタルに襲われたことがあった。今襲いかかってきたメタルと同じような、虫型のメタルだ。蟻を模したのだろうそのメタルたちが、フライトシップの装甲を餌のように食い散らかしていくのを間近で見ていた。
あの時自分は子供だった。救ってくれた“ノーブル”もいた。だが今その人はいない。代わりにいるのは自分だ。ちっぽけな自分――まだノブリスに乗り慣れない、“ノーブル”に届かない自分。
震えるアーシャのことなど知らず、戦場は推移する。
『アーリン班、タルカス班、ザーツバーク班、構え!! ……撃てええええっ!!』
力強い男の声。命令に、縦列を組んだ<ナイト>たちが発砲した。
破壊の弾丸が弾幕となってメタルの群れに突き刺さり、爆発を引き起こす。まばゆい光が群がるメタルの一角を吹き飛ばすが……全体から見ればあまりにも小さい一角だ。
小型メタルはどの個体も姿が違う。虫、獣、鳥、魚。どれもこれも滅茶苦茶な姿だ。そしてどれもが爆炎に消え、その後を後続が踏み潰して前へ進んでくる。メタルに感情などない――仲間のことなどどうでもいい。ただ何かに追い立てられるように、攻めてくる。
死を恐れない敵に、胃の腑から恐怖がせりあがってくる――
『弾幕を絶やすな!! 息が続く限り撃ち続けろ――お前たちの引き金が誰を救うかを忘れるな!!』
指揮者の凛とした声が、ノーブルたちを奮い立たせる。
戦っているのは、後方で構える<ナイト>たちだけではない。彼らはあくまで後方からの火力担当――熟練者である上級生のノーブルたちは、皆前線でメタルを前に空戦を繰り広げる。
後方で構える<ナイト>たちを主要火力とするのなら、最前線で舞う彼らの役割は陽動と攪乱だった。敵を引き付け、視線を逸らし、狙われ続けることで後方がより敵を狙いやすくする。
それは死と隣り合わせの戦いだ。それも、圧倒的に不利な。一発でも直撃すれば、次の瞬間には全方位からメタルにタコ殴りにされる。その恐怖がどれだけのものか、アーシャには想像もつかない。
何が辛いかと言えば、自分たち新入生には、それを見ていることしかできないことだ。
(あたし、ノーブルになったはずなのに……誰も、守れてない――)
唇を噛みしめる。その間も戦闘は続いていた。おびただしい数のメタルと、迎え撃つ魔弾と閃光が空を埋める。爆炎と、弾ける銀の砂。地獄のような光景に――だが、それですら本命ではない。
視線は中継から現実に戻り、戦場のはるか後方、空に浮かぶ超大型メタルへと向かった。無数にメタルを吐き出しながら、佇む巨躯。虫のような八対の足に異形の甲殻を抱えた胴体、無駄に大きいくせに羽ばたきもしない翼、いろんな動物を混ぜ合わせて作ったような、形容できない形の頭部。
バケモノ。
そうとしか呼べない相手が今、空でもがくように暴れていた。
その周囲に八つの光。ナンバーズ――セイリオス最強のノブリスたちだ。全体指揮を執っている、副会長以外のほぼすべて。彼らが、そのバケモノの相手だった。
ガン・ロッドから放たれる閃光と、メタルが放つ閃光と。魔弾と熱線が滅茶苦茶に飛び交う戦場に、アーシャは歯噛みした。
(役に立ててないんだ、あたし……)
遠い戦場に、力を持ちながら、生かせずただ立ち尽くしている。周りにいる同級生たちも、何も言わずにただ固唾を飲んで見守っていた。
不意に思い出したのは、自分の声だった。
――違うよ。あれは……あんなのは“ノーブル”じゃない!
(なら、これがノーブルの姿だって言うの?)
無力さを感じさせるのは、憧れとは程遠い自分の姿の無様さだった。
吐き気を堪え、みっともなく震えながら、ただ戦場の推移を見守っている。戦いにすら出させてもらえないで――そうさせるのは、自分の弱さが原因だった。
(……ムジカなら)
ふと考えたのは、ここにはいない錬金科の男の子のことだった。
初めて出会ったとき、彼は同級生ではなかった。その時彼は傭兵で、無謀なアーシャを容赦なく怒鳴りつけてきた。
初めて見た、同級生のノーブル――いや、ノブリス乗り。傭兵としての彼の強さは、戦闘科に入ったことでより強く思い知らされた。同級生の、誰一人として彼には及ばない。それを実感させられた。
だから、ふと考えてしまった。
(ムジカなら……あの戦場に、いられたのかな?)
彼はノーブルじゃあないのに。
それを思い出して、羞恥に唇を噛みしめた。彼が戦う理由はない。たとえ、戦う力があったとしても。彼はノーブルじゃない――自分たちが守らねばならない人なのに。
そんなことを考えていたから、反応が遅れた。
『――うあああああああっ!?』
「……!?」
悲鳴は突如としてバイザー内に響き渡った。
広域通信。全てのノブリスに共有されたその絶叫を、だがアーシャは肉声としても聞いていた。
悲鳴を上げたのは、同級生の<ナイト>だ。何があったのかと振り向けば、彼が見ていたのは警戒を命令されていた空。
震え、言葉もなく指さされたその先を見て――
「……えっ?」
アーシャが口にできたのは、それだけだった。
理解を超えた事態には、恐怖の感情さえ凍りつく。それを知った。何が起きたのかもわからないまま、呆然とアーシャは空を見るしかできない――
『東の警戒部隊か!? 今の悲鳴はなんだっ!?』
ハッと、その声に理性が戻った。
それが誰の声だったのか――どうすればいいのか。そんな簡単なことさえわからないまま、ガン・ロッドを振り上げて、叫んだ。
「め、メタルです……! こちらにも、メタルの敵襲が!!」
『なんだと!?』
空を埋めつくす――ほどでは、確かにないが。それでも百を越すのではないかと思える規模の群れが、遠くの空に忽然と姿を現していた。
その中核には、マザーと呼称されたメタルほどではないにしろ、大きなメタルの姿がある。まだ距離はあるが、遠目にもその造形が目視できる。
忘れていた恐怖が、再び甦った。まだ間合いにもいないのに、構えてしまったガン・ロッドが震える。
アレは、死だ。それを直感で悟った。悟ってしまった――
『東側警戒部隊、聞こえるか』
不意に響いた新しい声に、またハッとさせられた。
優しい声ではなかった。感情の乗らない、ただの硬質な声だった。
それでも、その声はアーシャたちに語り掛けてきた。
『引くことは許されない。我々は……君たちは、ノーブルだ』
「……!」
『出来る限り、時間を稼げ。君たちが抜かれれば、メタルは次には非戦闘員を襲うだろう。我々にそれは許されない。一体でも多く敵を倒せ。一秒でも多く時間を稼げ。君たちの奮戦が、戦う術もない彼らを救う――ノーブルの本懐を果たせ』
「ノーブルの、本懐……」
告げられた言葉を繰り返す。
これまで生きてきて、ずっとその心構えを説かれてきた。その存在に、ずっと憧れを抱いてきた。
顔も知らないその誰かは、アーシャを“ノーブル”だと言った。
だから、不思議と。すとんと落ち着いた。
『こちらが片付き次第、援護に向かう……それまで持ちこたえてみせろ』
「……警戒部隊、任務了解」
『……すまない』
最後の、その言葉だけは――血の通った、ただの子供の声だった。
意味は、わかる。自分たちは今、頼まれたのだ。
――皆のために、死んでくれと。
吐き気は止まない。だが、不思議と心は晴れやかだった。
変わったのは――決まったのは、覚悟だ。
(あたしは今日、ここで死ぬ)
――だけど、ノーブルとして死ねる。
そして迫り来る獣たちを前に、無謀な戦いの引き金を引いた。
なぜ空を見上げていたのか。“それ”にはわからない。ただわかっていたのは、そこに行かなければならないという焦燥感だった。
だから、“学習”した。地から足を離し、空に近づいた何かたちの観察を続けた。真似をし、それで無理だとわかれば次の手を探し、試す。
繰り返し繰り返し繰り返し、長い時間の田へ手に“それ”はようやく空に至る。広い空には、“それ”と同じようにして空に至った“同胞”たちが点在していた。彼らは何かを探していた。自分もそうするべきだと思った。
そして、見た。同胞たちが、何者かによって空から墜とされるその様を。
その時“それ”が感じたのは“歓喜”だった。同胞が墜ちたことになど何の動揺もない。あれは道具だ。自分と同じ。不要と断じられたから捨てられた。それだけだ。
だから、“それ”はもっとうまくやる必要があることを学んだ。失敗してはならない――これに“繰り返し”などないのだから。
だから、学んだ。学び続けた。最初は隠れる術から。次は観察する方法を。そうして自らを作り変え、頭の中でだけ繰り返す。
それはただ、苦痛の時間だった。
“それ”は人々の役に立つために生まれた。どんな願いも叶える、それを機能として生み出された。なのに望む機能を得るまでただ待たなければならないもどかしさ。それは永遠の苦行だった。
だが、その時間も終わった。再び“それ”を歓喜が襲った。
だから命じた。“それ”が生み出した子供たちに。
――さあ、行こう。
遥か昔に“主”が命じた、機能を果たすときが来た。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
セイリオス外縁北部、第三自然公園エリア。それが襲来した超大型メタルが、開幕の狼煙とばかりに焼き払ったエリアの名前だった。
熱線に焼かれ、丁寧に育てられた森林はもはや跡形もない。“マザー”と呼称されたその超大型は、そこを戦場に選んだようだった。
マザーから生み出された小型メタルが、焼け野原となった浮島の大地に上陸する。おびただしい数が一斉に。連想するのは虫の群れだ。蟻。羽虫。なんでもいい。ただの点に過ぎないそれが、密集してその存在を知らしめる。
(気持ち、悪い……っ)
まだ慣れない<ナイト>の中で、アーシャはただ吐き気を堪えて歯噛みした。
アーシャは今、その戦場にはいない――新入生や二年生たち、未熟とされた者のほとんどは、メタルが襲来する北からは遠ざけられていた。役割は周辺警戒。そのために北以外の浮島外縁部に集団で配置され、浮島の大地から遠くの空の観測を続けている。
だがその実態は、足手まといの厄介払いだ。周辺警戒を理由に、戦場から遠ざけられた。
周囲には、自分も含めて十名ほどのノブリスがいるが。彼らは皆、この戦闘では役に立たないだろうと判断された新入生だった。
だから今、<ナイト>の中から見ている敵襲の光景は、この戦闘の指揮官だという副生徒会長――誰だか知らないが――からの中継だった。
そしてアーシャは戦場にいないというのに……迫る敵の姿に、震えている。
大昔、メタルに襲われたことがあった。今襲いかかってきたメタルと同じような、虫型のメタルだ。蟻を模したのだろうそのメタルたちが、フライトシップの装甲を餌のように食い散らかしていくのを間近で見ていた。
あの時自分は子供だった。救ってくれた“ノーブル”もいた。だが今その人はいない。代わりにいるのは自分だ。ちっぽけな自分――まだノブリスに乗り慣れない、“ノーブル”に届かない自分。
震えるアーシャのことなど知らず、戦場は推移する。
『アーリン班、タルカス班、ザーツバーク班、構え!! ……撃てええええっ!!』
力強い男の声。命令に、縦列を組んだ<ナイト>たちが発砲した。
破壊の弾丸が弾幕となってメタルの群れに突き刺さり、爆発を引き起こす。まばゆい光が群がるメタルの一角を吹き飛ばすが……全体から見ればあまりにも小さい一角だ。
小型メタルはどの個体も姿が違う。虫、獣、鳥、魚。どれもこれも滅茶苦茶な姿だ。そしてどれもが爆炎に消え、その後を後続が踏み潰して前へ進んでくる。メタルに感情などない――仲間のことなどどうでもいい。ただ何かに追い立てられるように、攻めてくる。
死を恐れない敵に、胃の腑から恐怖がせりあがってくる――
『弾幕を絶やすな!! 息が続く限り撃ち続けろ――お前たちの引き金が誰を救うかを忘れるな!!』
指揮者の凛とした声が、ノーブルたちを奮い立たせる。
戦っているのは、後方で構える<ナイト>たちだけではない。彼らはあくまで後方からの火力担当――熟練者である上級生のノーブルたちは、皆前線でメタルを前に空戦を繰り広げる。
後方で構える<ナイト>たちを主要火力とするのなら、最前線で舞う彼らの役割は陽動と攪乱だった。敵を引き付け、視線を逸らし、狙われ続けることで後方がより敵を狙いやすくする。
それは死と隣り合わせの戦いだ。それも、圧倒的に不利な。一発でも直撃すれば、次の瞬間には全方位からメタルにタコ殴りにされる。その恐怖がどれだけのものか、アーシャには想像もつかない。
何が辛いかと言えば、自分たち新入生には、それを見ていることしかできないことだ。
(あたし、ノーブルになったはずなのに……誰も、守れてない――)
唇を噛みしめる。その間も戦闘は続いていた。おびただしい数のメタルと、迎え撃つ魔弾と閃光が空を埋める。爆炎と、弾ける銀の砂。地獄のような光景に――だが、それですら本命ではない。
視線は中継から現実に戻り、戦場のはるか後方、空に浮かぶ超大型メタルへと向かった。無数にメタルを吐き出しながら、佇む巨躯。虫のような八対の足に異形の甲殻を抱えた胴体、無駄に大きいくせに羽ばたきもしない翼、いろんな動物を混ぜ合わせて作ったような、形容できない形の頭部。
バケモノ。
そうとしか呼べない相手が今、空でもがくように暴れていた。
その周囲に八つの光。ナンバーズ――セイリオス最強のノブリスたちだ。全体指揮を執っている、副会長以外のほぼすべて。彼らが、そのバケモノの相手だった。
ガン・ロッドから放たれる閃光と、メタルが放つ閃光と。魔弾と熱線が滅茶苦茶に飛び交う戦場に、アーシャは歯噛みした。
(役に立ててないんだ、あたし……)
遠い戦場に、力を持ちながら、生かせずただ立ち尽くしている。周りにいる同級生たちも、何も言わずにただ固唾を飲んで見守っていた。
不意に思い出したのは、自分の声だった。
――違うよ。あれは……あんなのは“ノーブル”じゃない!
(なら、これがノーブルの姿だって言うの?)
無力さを感じさせるのは、憧れとは程遠い自分の姿の無様さだった。
吐き気を堪え、みっともなく震えながら、ただ戦場の推移を見守っている。戦いにすら出させてもらえないで――そうさせるのは、自分の弱さが原因だった。
(……ムジカなら)
ふと考えたのは、ここにはいない錬金科の男の子のことだった。
初めて出会ったとき、彼は同級生ではなかった。その時彼は傭兵で、無謀なアーシャを容赦なく怒鳴りつけてきた。
初めて見た、同級生のノーブル――いや、ノブリス乗り。傭兵としての彼の強さは、戦闘科に入ったことでより強く思い知らされた。同級生の、誰一人として彼には及ばない。それを実感させられた。
だから、ふと考えてしまった。
(ムジカなら……あの戦場に、いられたのかな?)
彼はノーブルじゃあないのに。
それを思い出して、羞恥に唇を噛みしめた。彼が戦う理由はない。たとえ、戦う力があったとしても。彼はノーブルじゃない――自分たちが守らねばならない人なのに。
そんなことを考えていたから、反応が遅れた。
『――うあああああああっ!?』
「……!?」
悲鳴は突如としてバイザー内に響き渡った。
広域通信。全てのノブリスに共有されたその絶叫を、だがアーシャは肉声としても聞いていた。
悲鳴を上げたのは、同級生の<ナイト>だ。何があったのかと振り向けば、彼が見ていたのは警戒を命令されていた空。
震え、言葉もなく指さされたその先を見て――
「……えっ?」
アーシャが口にできたのは、それだけだった。
理解を超えた事態には、恐怖の感情さえ凍りつく。それを知った。何が起きたのかもわからないまま、呆然とアーシャは空を見るしかできない――
『東の警戒部隊か!? 今の悲鳴はなんだっ!?』
ハッと、その声に理性が戻った。
それが誰の声だったのか――どうすればいいのか。そんな簡単なことさえわからないまま、ガン・ロッドを振り上げて、叫んだ。
「め、メタルです……! こちらにも、メタルの敵襲が!!」
『なんだと!?』
空を埋めつくす――ほどでは、確かにないが。それでも百を越すのではないかと思える規模の群れが、遠くの空に忽然と姿を現していた。
その中核には、マザーと呼称されたメタルほどではないにしろ、大きなメタルの姿がある。まだ距離はあるが、遠目にもその造形が目視できる。
忘れていた恐怖が、再び甦った。まだ間合いにもいないのに、構えてしまったガン・ロッドが震える。
アレは、死だ。それを直感で悟った。悟ってしまった――
『東側警戒部隊、聞こえるか』
不意に響いた新しい声に、またハッとさせられた。
優しい声ではなかった。感情の乗らない、ただの硬質な声だった。
それでも、その声はアーシャたちに語り掛けてきた。
『引くことは許されない。我々は……君たちは、ノーブルだ』
「……!」
『出来る限り、時間を稼げ。君たちが抜かれれば、メタルは次には非戦闘員を襲うだろう。我々にそれは許されない。一体でも多く敵を倒せ。一秒でも多く時間を稼げ。君たちの奮戦が、戦う術もない彼らを救う――ノーブルの本懐を果たせ』
「ノーブルの、本懐……」
告げられた言葉を繰り返す。
これまで生きてきて、ずっとその心構えを説かれてきた。その存在に、ずっと憧れを抱いてきた。
顔も知らないその誰かは、アーシャを“ノーブル”だと言った。
だから、不思議と。すとんと落ち着いた。
『こちらが片付き次第、援護に向かう……それまで持ちこたえてみせろ』
「……警戒部隊、任務了解」
『……すまない』
最後の、その言葉だけは――血の通った、ただの子供の声だった。
意味は、わかる。自分たちは今、頼まれたのだ。
――皆のために、死んでくれと。
吐き気は止まない。だが、不思議と心は晴れやかだった。
変わったのは――決まったのは、覚悟だ。
(あたしは今日、ここで死ぬ)
――だけど、ノーブルとして死ねる。
そして迫り来る獣たちを前に、無謀な戦いの引き金を引いた。
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