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1章 強制入学編

6-1 なんだこれ?

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「アーニーキー! いつまで寝てるっすかー!?」
「…………」

 どんどんと響くノックの音に、間延びしたリムの大音声。冷たい水の中から引きずり出されたような、そんな快とも不快ともつかぬ感触と共にムジカは目を覚ました。
 閉ざしたカーテンから日差しが差し込む、朝の自室。今日は休日ということでやることもなく、どうせなら寝ていたかったのだが……どうしてか、リムはムジカに毎日規則正しい生活を強制する。
 ほっといたらダメ人間まっしぐらじゃないっすか、とはそのリムの言葉だ。それこそほっといてくれよと思うし言ったのだが、ついぞ口でリムに勝てたためしがない。
 まだまだ続くノックの音に観念すると、あくびをしながら部屋を出た。と、エプロン姿のリムが、フライ返し片手にぷんすかしてくる。

「おはようっす、アニキ。ほらほら、さっさと顔洗ってくるっすよ」
「……あいよ」

 言われるままに、洗面場に直行する。基本的に、朝のリムには逆らわないことにしている。台所の支配者に楯突くと、後でろくな目に合わないことは三年間の旅で身に染みていた。

(いつ頃から、全く勝てなくなったかなー……)

 故郷にいた頃は、従者と主の娘という関係だったので、別の意味で勝ち目はなかったのだが。今はその頃とはまた別種の圧に屈している。旅を初めたばかりの頃は、まだそんなでもなかった気がするのだが。
 ひとまず顔を洗ってからリビングに顔を出すと、リムは既に朝食の用意を終えていた。テーブルにはムジカ用にエッグトースト、リム用にシュガートーストが置かれている。好みに合わせて作り分けてくれるのは、改めて考えると手間をかけてるなと思うのだが。

(朝っぱらから甘いもんなんか、よく食えるな)
「なんすか? なんか他に食べたいものでもあったっすか?」
「いや、そういうわけじゃない」

 変にかいがいしいリムに否定する。そのままテーブルに着くと、ムジカはトーストにかじりついた。

「あ! こら、あいさつ! 行儀悪いっすよ!」
「目くじら立てんなよ。人前では真面目にやる」
「日頃から習慣にしとかないと、いざという時困るっすよ?」

 返答の代わりに手のひらをひらひらさせると、それにもリムは白い目を向けてくるが。

「そういやラウルは? 出かけてんの?」

 家の中に気配がないので訊く。一応彼は大人なので、放っておいても問題ないだろうが。

「さっき家出てったっす。なんか、仕事って言ってたっすよ?」
「ふうん。まあいいか……俺たちは? なんか予定あったっけか?」
「アルマ先輩に呼び出し食らってるっすよ。なんか、急用だから悪いけど来てくれって」
「急用? 俺んとこには連絡来てないぞ?」
「あれ、そうなんすか? 連絡漏れっすかね?」
「……まあ、顔くらいは出しておくか」

 そういうことで、朝食を済ませると身支度を整えて家を出た。
 借りた家から学園までは、そこそこ距離がある。なのでその道すがら、そこそこの人とすれ違った。休日だからか、制服で登校中のムジカたちと違って、私服姿の者が多い。堅苦しい授業から解放された反動からか、派手で華やかな服装の者もちらほらといる。
 そういった人たちに目を奪われているリムに、苦笑しながら訊いた。

「ああいう服、着たいのか?」
「うえ? な、なんすか?」
「今度、服でも買い行くかって訊いたんだよ。空暮らしでろくに服買ってなかったしな。そろそろ買い替えてもいいだろ」

 聞いていなかったらしいので、どうせならもう一歩踏み込んで訊く。実際、成長期のリムにはもう少し服を買ってやってもいいとは思っていた。浮島で暮らしているのなら、少しくらい羽目を外しても罰は当たるまい。
 が、リムはまだ空暮らしが抜けていないらしい。不安そうに言ってくる。

「でも、贅沢じゃないっすか?」
「少しは贅沢してもいいだろ。飯だってしっかり食えてるんだし」
「まあ、それはそうっすけど。でもあーしらの食費って、父さんのお金っすよ? あーしのお金じゃないわけじゃないっすか」
「別に気にしなくてもいいと思うけど」
「そっすかねー……でも……うーん、やっぱり気が引けるっす。あーしの自由にしていいお金があれば、そりゃ贅沢するっすけど」
「だったらバイトでもするか? この前クロエもしてたし」

 飲食店の店員、アレは一例だが、探せばバイトの一つや二つ見つかるだろう。他の学生たちも、同じようにしてお金を稼いでいるはずだ。貴族出身の者やノーブルは、実家からの仕送りもあり得そうだが。
 ただ問題は……と、ムジカはリムを上から下まで見回した。同じことをリムも考えていたようで、ぽつりとつぶやく。

「……雇ってくれるっすかねえ?」
「言い出しっぺの俺が言うのもあれだが、まあ無理だろたぶん。ガキだし」
「むう」
「ま、今回は素直にラウルにたかれよ。講師やってるんだから、そこそこ稼いでるはずだろ?」

 給料の話についてはまったく聞いた記憶がないが。まあノーブルの指導教官の立場なのだから、そう悪いものでもないはずだ。リムもそれで納得したらしい。
 となると、次は別の問題が出てくるわけだが。

「でも服なんて、二の次三の次になってたっすし。どんなの買えばいいんすかねえ……」
「さてなあ。流行なんか、俺が知るわけねえし。そういうの詳しそうなやつ捕まえるしかねえんじゃねえか? 例えばアー――……」

 不意に、言葉が喉をつっかえた。
 口に出しかけた彼女の名前が、昨日の出来事を思い出させる。勝手に憤って、相手の気持ちを踏みにじった。言う必要のない過去まで晒して。
 そして、泣かせた。喉を詰まらせたのはその負い目だった。

「……アニキ?」
「あー……いや。なんでもない」

 一度だけ咳払いをして、ごまかすように話題を変えた。

「そういやお前、友達とかまだできてねえの?」
「ほとんどアニキと一緒にいたじゃないっすか。作る暇ないっすよ」
「……なんか、暗に俺が悪いって言ってねえかそれ?」

 まあいいけどな、と呆れながらも呟く。
 そんなことを話している間に、学園にたどり着く。さすがに校内ともなれば制服の生徒が多いが、それでもちらほらと私服姿の者もいる。休日であれば私服でもいいのかと、そんなどうでもいいことにムジカは感心した。

「にしてもアルマ先輩、何の用っすかね?」
「さあなあ。リムが呼ばれてて俺が呼ばれてないってことは、モジュールのテストとかじゃないだろうしな。なんか新しいもんでも作るんじゃねえか?」
「それで、あーしの意見が必要ってことっすか? でもあーし、そんなに知識ないっすよ?」
「第三者目線がほしいとかじゃねーの? 詳しくは知らねえけど……って」

 はたと。そこでムジカは呆然と言葉を切った。
 到着した、アルマ班の研究室だが。扉にはでかでかと張り紙があった。
 内容はシンプルに、たった一言――“面会謝絶”。

「……なんだこれ?」
「さあ……?」

 リムと二人、意味がわからずまじまじと張り紙を見やる。悩んだのは、こんなに堂々と来客を拒んでおいて、中に入っていいのかどうかということだが。
 結論が出る前に、のっそりと扉が開いた。
 中は明かりをつけていないのか、異様に暗い。遠くからは何か作っているのか、おそらくはクラフトプリンタだろう機械の稼働音。
 そして、闇の中から騒音をBGMにして現れたアルマは……何故かもの凄くやつれている。
 寝ていないのか目の下にはクマがあり、だというのに目は血走りつつもらんらんと輝いている。眠気を気合と興奮でねじ伏せているらしく、その様子は明らかに尋常ではないが。
 見た目の様子がおかしければ、行動もやはりぶっ飛んでいた。

「…………」
「え? あ、ちょっと――」

 アルマはリムとムジカを交互に見比べると、リムの手だけ取って部屋に戻っていった。
 リムが何か言い終えるより早く、ぴしゃりと扉が閉まる。そして二度と出てくる気配もない。
 事態に追いつけずに呆然としていると、腕時計型の情報端末に着信。アルマからのメールだが、中身はこれまたシンプルだった。

『送迎ご苦労。キミに用事はまだないから帰れ』
「……わー。すっげー横暴」

 乾いた声で呟きつつ、リムに『何かあったら呼べ』とメールを送っておく。まあ他の生徒ならともかくアルマからの呼び出しなので、よほどのことがない限り大丈夫だろう。
 ともあれ唐突に一人取り残されて、小さく嘆息した。

「やることなくなっちまったな……帰って寝るか」

 アルマの研究室に立ち入り禁止なら、学園でやることは何もない。行きたいところも特には思いつかなかったので、ムジカはそのまま帰ろうとして――

「――あ、よかった。ホントにいた」
「……?」

 背後から聞こえてきた声に、きょとんと振り向いて――その相手にまたきょとんとする。
 なぜかと言えば、そこにいたのはムジカにとって珍しい客だったからだ。普段であれば、ムジカとはほとんど接点のない相手だ。

「ねえ。ちょっと、話したいことがあるの。今、時間いい?」

 少々ぎこちないが気安く微笑んで、そのバリアント出身の少女――クロエが言ってきた。
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