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1章 強制入学編

5章幕間

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「――アルマちゃん、今お時間よろしいですか?」
「む?」

 唐突に名を呼ばれて、アルマはデスクから背後を振り向いた。
 既に日も落ち、明かりもつけていない夜の研究室。壁にかけられた大型ディスプレイだけが今、唯一の光源として部屋を照らしている。辺りは薄暗く、自分以外に人もいなかったので空気は静まり返っているが。
 その女はぼんやりとした暗闇の中から、どこか楽しむような顔をしてこちらを見ていた。ぼうっと照らされた真っ白な肌は、ともすれば幽鬼のように見えなくもないが。
 旧知と呼ぶべき冷血女を、アルマはいつもの癖で目をすがめて見た。
 そして突き放すように言う。

「なんだ、レティシアか。何か用かね? 見ての通り、今忙しいのだが?」
「私だって忙しいのは一緒です。今は仕事の隙間を縫って会いに来ました。用事はちょっとした雑談、かしら。お話しません?」
「ん」

 レティシアのおねだりに、アルマは手を伸ばした。これはお定まりの合図で、意味はこれだ――“報酬寄こせ”。
 レティシアも心得たもので、彼女は慣れた様子で手荷物をアルマの手に乗せた。小さめの箱だ。重さで察したが、おそらくは焼き菓子の類だろう。

「ふむ。まあよかろ。片手間でいいなら付き合ってやろう」
「どっちが主従かわかりませんね、これでは。まあいいですけれど」

 呆れたように、レティシアがため息をつく。当てつけめいた物言いだが、どうやらお互いの生家のことを言っているようだ。
 アルマの実家、アルマー・エルマは数少ないセイリオス土着の貴族だ。歴代の“セイリオス”たちのノブリスの他、この浮島そのものの整備も担当しているそこそこ由緒正しい一族でもある。
 当然立ち位置としてはセイリオスの配下になるのだが……すでに半分は勘当された身である。アルマにとっては知ったことではない。
 まあいいのならこれ幸いと、くるりと椅子を回転させた。作業を再開すると、レティシアがディスプレイを見上げて呟いてくる。

「これは……<ダンゼル>の構想ノートと、ムジカさんのスペックシート?」
「ああ。なかなか面白いだろう?」

 ノーブル――あるいは単にノブリス使いとしての、ムジカの能力表だ。ノブリスの操縦ログから逆算して解析されたもので、当人の魔力量や適性等級、身体能力などが細かくパラメータ化されている。
 ただし、ムジカのスペックシートは不完全なものだ。これは当人がセイリオスに来てからまだ日が浅く、データが蓄積されきっていないせいもあるが。それ以上に当人が本気でノブリスを扱えていないことに起因している。
 少々いびつなパラメータグラフを見上げて、アルマは答える。

「戦術嗜好は、ごりっごりの高速機動戦指向。似たようなノーブルにヤクトがいるが、アレと違うのはアウトレンジ戦に消極的――というよりインファイト上等なところか。それ自体は別に性格だからいいんだが……問題は、当人の能力がな」
「何か、欠点が?」
「いんや。単に異常なだけだ。

 言って、ディスプレイに情報を二つ足した。
 ムジカの決闘の様子と、それに時間軸を合わせたライフサポートシステムのログだ。脈拍などを測定して、ノーブルの心理状況まで踏み込んで記録に残す。普通のノブリスにはない機能だが、今回の<ナイト>は学園所有の貸与品だ。だからログとして残っていた。

「当人の能力自体の話をするなら、端的に言って目がよすぎる。ライサポはこの戦闘で、彼の動揺を一切検知していない。眼球運動から推察される心理状況も冷静そのもの。解析結果としては……この戦闘における彼の行動は、全て“見てから反応”したものだと結論付けられた」
「開幕の突撃も、ですか?」
「そうだよ。敵の攻撃を見て、当たらないと判断したから突撃した……もはや人外の域だよ、この反応速度は」
「……近距離戦闘に最適化された結果でしょうね。彼の生家は、幼少期から“そういう戦い方”を叩きこむみたいですし」
「ジークフリートの一族というやつかね?」

 クラウス・パッフェルが編纂した、ノブリス名鑑に記載があった。完全な格闘専用機“ジークフリート”と、それに最適化された一族だ。
 ムジカのパラメータグラフは近接戦闘に対する適正が明確に示されている。これは射撃戦・遠距離戦を主体としてきたノブリスとノーブルの歴史を思えば、珍しいパターンではあると同時に、いっそ前時代的とも言える。
“魔法使い”の延長線上に存在するはずのノーブルの中で、あまり例を見ない“戦士”としての特徴だ。
 と、レティシアが声を潜めて訊いてくる。

「アルマちゃん……もしかして、彼のために、ノブリスを?」

 どこか、何かの感情を感じさせる声だった。畏れのようにも、歓喜を抑えているようにも聞こえる、不思議な声音。
 ムジカが専用のノブリスを持つことに、なにか思うところがあるようだが。

(そういえば、あの助手の面倒を見るようになったのもこいつの差し金だったか)

 浮島の戦力確保だのと銘打って、唐突に傭兵を雇用したと聞いたときには気でも狂ったのかと思ったものだが。
 回されてきたのは講師としても人間としても真っ当な中年に、少々つんけんしているが根自体は素直な少年に、同志になれるかもしれない将来有望なメカニックの少女だ。あんまり人に興味も好意も持たないアルマだが、実のところあの三人はそんなに嫌いではない――し、実験にも協力してもらっているうえ、そこそこ恩もある。
 だが。

「くれてやりたい気分ではあるんだがなあ……」

 苦々しくうめくと、椅子を回して格納庫のほうを見やった。そこにはラウルの<ナイト>に整備用<サーヴァント>――そして実験用の<ダンゼル>がある。
 だがムジカが乗ることができるのは、<ダンゼル>だけだ。これはラウルの<ナイト>の登録云々だけの話ではなく、そもそもムジカが錬金科の生徒であり、ノーブルではないことに原因がある。ラウルの講義の手伝いとしてなら限定的に<ナイト>の登場許可も下りるだろうが、根本的な部分でムジカにノブリスをくれてやるのは難しい。
 そしてそれ以上に問題なのが、さっき言ったムジカの能力と、アルマの嗜好だ。

「やっぱりダメだな。やれるもんがない。あの助手、リミッター付きのガン・ロッドをわざとぶっ壊しただろう? 魔力だけで見れば、たぶん<カウント>までなら手が届くはずだ。それはラウル講師にも言えることなんだが、<ナイト>なんて渡したところでしょうもない。なんで傭兵やってるのかわからん程度にはもったいない人材だぞ、アレ」

 今の<ダンゼル>には、<ナイト>用の魔道機関が取り付けられている。各部モジュールのテストくらいならそれで十分だが、ムジカを載せることを想定したうえで、アルマの望む水準を満たせる構成を目指そうとすると、途端に手が届かなくなる。
 装甲やガン・ロッドなど、仮に削れるところを削ったとしても満足いく結果にはならないだろう。役に立たないものを渡すくらいなら、そんなもの作らないほうがいい。
 それがノブリス・アーキテクトとしてのアルマのプライドだ――
 と、まなじりを険しくしたのと同じタイミングで。
 不意にレティシアが、不可解なことを訊いてきた。

「……問題は、<ナイト>級の魔道機関ですか?」
「む? まあ、そうだが――」
「――?」
「…………」

 きょとんと。真ん丸に目を見開いてから、アルマは背後の冷血女を見やった。
 ディスプレイを見つめている女の顔からは、感情など窺えもしなかったが。

「装甲とかを削って必要最低限の機能だけに絞るのであれば、機動と攻撃性能だけは形にはなるかもだが……まさか、当てがあるのか?」

 <バロン>級魔道機関の再開発に成功したなどという話は聞いたこともなく、目を細めてレティシアを見つめる。
 ある意味で、爵位持ちノブリスは貴族の家督そのものだ。ノーブルにとって命より重い半身であり、余っているなどということはまずない。
 それは爵位持ちの中では最低等級である<バロン>でも変わらない。お家取り潰しにでもならない限り、爵位持ちノブリスが余ることなどない……のだが。
 見上げた先、レティシアはゆっくりとアルマに向き直ると、それはそれは綺麗な笑みを浮かべてみせた。

「ええ。ちょうど一機、<バロン>級が余ったところなの。ただ、そのままの姿であんまり表に出したくなくて……だから、アルマちゃんに差し上げましょうか? カバーストーリーは“実家の<バロン>を試験用に使ってる”ってことで、お願いできます?」
「いや待て。お前ちょっと待て。その<バロン>級ってまさか――」

 天啓の逆、とでも言えばいいのか。ついいらないことに気づいてしまった。その<バロン>級の出どころだ。
 今のレティシアの言い方からして、今日急に<バロン>級が“余った”ようだ。呆然と見上げたレティシアは、どこかふんわりと柔らかい笑みを浮かべているが……その瞳はこう訊いている。あらあら、気づいちゃった?
 ため息をつくと、アルマは素直に呟いた。

「……まあ、セイリオスの当主を殺そうとした罪を考えれば、安いほうか」
「ふふふ。あちらのお父様とはすぐにお話しさせていただきましたが、快くお譲りいただけました。いいお買い物だったと思っております」

 と、レティシアはそこで小さく嘆息を挟む。

「とはいっても、正直私がもらっても仕方ないものですし。決闘の戦利品として、アルマちゃんが納めるのがちょうどいいでしょう……あ、ただ他の研究班からズルいって恨まれるのはなんですし、出どころは誤魔化していただきますけどね?」
「やれやれ。かくして私は実家の<バロン>をバラシて、<ダンゼル>で遊ぶ奇特なメカニック扱いされるわけか。私の風評にも配慮してもらいたいもんだがね」

 まあよかろ、とあっさり割り切って。
 アルマはにやりと、頬を吊り上げた。

「<バロン>があるなら、必要最低限は組めるな……面白くなってきた」
「コンセプトは? もう決まってるのですか?」
「ああ、もちろん。あの助手のスペックから逆算した、奴を最高に生かすノブリスを作ってやる」

 思い出していたのは、以前課題の回答として提出した格闘機だ。
 あの頃は、使うノーブルのことなど欠片も考えなかった。決められた課題に添わせたうえで、どこまでできるかを試しただけだ。
 今回は違う。格闘戦に適応しきったノーブルが、目の前にしっかりと用意されている。“人”が決まれば進むべき“道”も決まる。暗中模索ではない。
 最適化と、先鋭化。これこそカスタムの醍醐味である――
 故に、心の底から微笑んで、アルマは告げた。

「――コンセプトは、最高の“前進機”だ」
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