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1章 強制入学編

5-4 お前たちの言う“ノーブル”ってなんだ?

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 誰の目から見ても、明らかに異様なガン・ロッドの暴発。
 観客たちのどよめきを聞きながら、ムジカはひしゃげたガン・ロッドを掲げる手を下ろした。
 爆発はどうやら予想以上に威力があったようで、バイザー内に左ガントレットの損傷警告が表示される。ダメージで装甲板が砕け、フレームも歪んだらしい。
 
「ひ、ひきょう――卑怯、ものめ!? の、ノブリスの戦闘を、なんだと思っている? あ、あんなきしゅ、奇襲を――」

 思念で表示を消すと、ムジカはスピーカーを起動した。外部に音声を発するためのものだ。
 それで、足元に踏みつけたままのやかましい男に告げた。

「――そうまでして、勝ちたかったか?」
「ボクは、認め……は、は?」
「そうまでして、勝ちたかったのかって訊いてるんだ」

 ダンデスの言葉は途中だったから、聞き取れなかったのかもしれない。
 狼狽えるダンデスにもう一度繰り返して、ムジカはダンデスのノブリス、“ロア”を踏みつける足に力を込めた。
 ぎち、みし、とバイタルガードが軋む音。装甲板は圧力に耐えられても、フレームがそれに耐えきれない。異音の意味を理解するまで、ムジカは転がすように力を込め続けた。
 ひっ、と。ひきつった吐息が聞こえても、ムジカには何の感慨もわかない。
 だから、ムジカは無感動に嘲った。

「名誉を傷つけられたから、決闘を挑んだんだろう? それでこのざまか? これが“ノーブル”か? 不正を仕掛けておいて、守られる名誉ってどんなんだ?」

 そしてレフェリーが試合を止めないから、八つ当たりを再開した。
 まず手始めに、ブーストスタビライザーに手をかけた。力任せに引きちぎり、空を舞うための翼をもいだ。
 やめろと喚いてもがくから、つい鬱陶しくて足を上げる。解放されたと勘違いして、体を起こそうとした瞬間に踏みつけた。バイタルガードが砕けた異音を聞いた気がしたが、ムジカは気にしなかった。
 次の狙いはフライトグリーヴだ。最も装甲の薄い関節部、膝を踏み砕く。同時にダンデスが悲鳴を上げたが、うるさかったので蹴り飛ばした。三メートルの巨体が吹き飛ぶが、M・G・B・Sはオフになっていたらしい。予想より遠くには飛ばなかった。
 だから、たまたまガン・ロッドの近くでダンデスが止まった。
 気づいた彼が、唯一残された武器に手を伸ばす。だがその動きの緩慢さに苛立ったので、先回りすると彼の眼前でガン・ロッドを踏み砕いた。
 ダンデスのガン・ロッドが爆発しなかったことが、なぜか無性に腹立たしかった。
 だから、倒れたままの怯える“ノーブル”に訊いた。

「次は?」
「え……え?」
「次はないのか? まだ決闘は終わってないだろ。ほら、立てよ。何寝てるんだ?」

 囁いて、ムジカはダンデスの前にしゃがみ込む。顔を近づけて、煽りたかったわけではない――単純に、こいつを立ち上がらせたかっただけだ。
 だから無造作にダンデスのノブリス、“レオ”のヘルムバイザーを鷲掴みにして、その体を引きずり起こした。
 つい力を込めすぎて、バイザーがみしりと嫌な音を立てる。悲鳴はその後に聞こえてきた。

「や、やめ――やめて、やめてくれ!! ボク、ボクが悪かったっ!! だから、やめてくれ――壊れちゃう!? このままじゃ――」
「――ストップ、ストップだ!! ノーブル、ダンデスの戦意喪失を確認した!! 勝敗は決した――」

 だがムジカは、その全てを無視した。

「教えてくれよ――お前たちの言う“ノーブル”ってなんだ?」

 頭痛がする。視界に別のノブリスの姿がちらついた。
 蒼いノブリスだ。<カウント>級。英雄のために受け継がれてきたノブリス――だが、それを纏っているのは偽者だ。

 ――父を殺してその座を奪った。欲に溺れてラウルを裏切り、リムにまで手を出そうとした――

 だから、許してはならないと。囁く声が、バイザーを握る手に、力を――

「――お待ちください!!」

 ハッと。その声で我に返った。
 顔だけを動かしてよこをっ見やれば、演習場内に女がいた。肩で息をしている、金髪の女性。慌ててやってきたのだろう、頬を伝う汗が見えた。ともすると、案外運動は得意ではないのかもしれない。
 その女、レティシア・セイリオスは数秒の間に息を整えると、静かに微笑んで言ってきた。

「どうか、私の役目を取らないでくださいませ」
「……役目?」
「ええ――裁くのは、私の仕事でしょう?」

 予想の外からの言葉に、軽く目を見開いた。その言葉の意味と――何よりこちらを真っすぐに見つめる、その瞳の強さに息を詰まらせたが。
 道理をわきまえると、ムジカはダンデスを離して後ろへと下がった。それを見て、レティシアがほっと一息をつく。何のための安堵だったのかは知らないが、彼女が見せた隙はそれだけだった。
 そうしてすぐに支配者の顔を取り戻すと、四つん這いになって呆然としているダンデスに告げた。

「――ダンデス・フォルクローレ。あなたには、決闘管理委員会を懐柔し、被決闘者のために手配されたガン・ロッドを手の者に細工させた容疑がかけられています」
「……は?」

 ぽつりと呟いたのは、誰だったか。わからなかったのは、途端に観客席がざわついたからだ。
 レティシアの声は、この演習場内に拡声されている。
 これは不正の告発だった。

「もう一人の被決闘者、アルマ・アルマー・エルマより、決闘直前のガン・ロッドの解析データを添付した告発を受理しました。ガン・ロッドに、訓練用のリミッターが取り付けられていると。本決闘に必要な措置ではなく、また提出された整備記録にも記載がありません。被決闘者、ムジカを著しく不利にする工作と判断されました」
(……ああ、アレ、リミッターだったのか)

 もっと直接的に、爆弾でもついているのかと思った。文字通り、引き金と一定量の魔力をトリガーにして起爆するタイプの。そうではなくリミッターなら、暴発はムジカのせいだ。風船を限界まで膨らませて爆発させたようなものだ。
 もし撃ち合いになっていたら、リミッター付きのムジカは圧倒的に不利な状況に追い込まれたことだろう。なにしろ、こちらの攻撃は一切通じないのだから。そういう意味では、ムジカの初手突撃は最適解だったわけだ。
 奇襲だのと咎められたのにも納得がいく。相手の想定を超えた攻撃だったということだ。
 だが、ダンデスは認めない。立ち上がると、震える声で否定した。

「ば、バカな! ぼ、ボクはそんなことしていない――証拠は!? 証拠はあるのか!? た、たまたま訓練用のガン・ロッドが紛れ込んでしまった可能性だって――」
「――ああ、その可能性はありません」

 パチン、と。
 レティシアが指をはじくと、演習場の中央にホログラムが投影された。
 映し出されたのは、錬金科のノブリス格納庫だ。共用の<ナイト>やガン・ロッドが保管されている場所で、映像はおそらくその天井から撮影されている。
 そこに写っている人物は数名ほどだが、見覚えのある者がほとんどだ。ダンデスの他に、先日見かけたダンデスのお付きの少年たち。後は数名の見知らぬ誰か。彼らがガン・ロッドの一つを整備しているように見える光景だが……

「小細工の証拠はこの通り。既に捜査は済んでいます。もっと必要ですか? 証拠」
「な、なぜ……? だって、カメラは機能していなかった――」

 失言だ。気づいた時にはもう遅いが。
 ダンデスがハッと口をつぐむ。だがどちらにしても、セイリオスの支配者は欠片も気にはしなかった。

「さて、ダンデス・フォルクローレ。あなたはノーブルにとって、神聖とされる決闘すら貶めた。私はあなたを許すつもりはありませんが……何か、異議申し立てはありますか?」
「う、ぐ……あ、あああ……――」

 それがトドメだ。声にならない声を上げることしかダンデスにはできない。
 冷たい微笑みと共に突き付けられたのは、最後通牒だ。この浮島の最高権力者が、彼を拒絶した。それが意味するのはただ一つ。正真正銘の“おわり”だ。

「あ、ああ、あああ――ああああああああっ!!」

 そしてダンデスは発狂した。
 自暴自棄に陥って、レティシアに襲い掛かるダンデスを、ムジカは即座に殴り飛ばした。ノブリスの高速機動を加味した一撃だ。バイザー越しに、顔面にガントレットを叩きこんだ。
 吹き飛んだダンデスは……もう、動かない。気絶したらしい。

「……私を殺しても、何も変わりはしないでしょうに」

 ぽつりと、レティシアの囁きが聞こえた。拡声もされておらず、おそらくは独り言のつもりだったのだろうが。
 そうして「ふぅ」と息をつくと、隣に立つムジカを見上げて言ってきた。

「ありがとうございます。また助けていただきましたね」
「……不用心なんじゃないか。護衛もなしに、ノブリスの前で説教なんて無謀だろう」
「そうですね。でも、守っていただけると信じておりましたので」

 いかにも茶目っ気たっぷりに、ウインクまでしてレティシアは笑う。そんな姿だけ見ると、彼女がこの浮島の支配者だと忘れそうになるが。
 ふと聞きとがめて、顔をしかめた。

(……また?)

 なんのことか。わからなかったが、まあどうでもいいことだろうとすぐに忘れた。
 もうここに用はない。去ると決めた背中越しに、声をかけられた。

「また、後で。ダンデスの沙汰が決まり次第、お話しさせてください――」
「いらない。話ならアルマ先輩に言ってくれ。あの人だって被決闘者だろ」

 今回の決闘は、ダンデスがアルマ班に挑んだものだ。であれば後始末は彼女に任せることにする。ムジカがノブリス担当なら、アルマはそれ以外すべての担当だ。今勝手にそう決めた。
 一度だけ、ダンデスを睨んで息をつく。どうやら完全にノビているようだが、一人だけ意識を手放しているこの状況に羨望を感じた。
 体は疲れていないが、精神的には疲労を感じていた。まだ日も高く、どうせ眠れはしないだろうが、すぐにでも意識を手放したい。その程度には精神がささくれ立っていた。
 あの蒼いノブリスの幻影など、見たくもなかった。

「――これ以上、“ノーブル”にうんざりさせられたくない」

 心の底からの本音を吐露すると、ムジカはそれ以上の会話を拒絶した。
 そうして歩きながら、ふと思い出す。スピーカーが起動しっぱなしだった。
 先ほどの呟きも外に聞こえてしまっただろうが、もう何も考えたくなかった。
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