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1章 強制入学編

4章幕間

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「父さん――待ってよ、父さん!!」

 戦場に出向く前の父を捕まえられたのは、幸運なことと言えたのかどうか。
 ジークフリート邸の地下格納庫。父は蒼きノブリス、“ジークフリート”の前でメカニックたちと話し込んでいる。その表情はいつもより硬く険しい。それが父の戦いに臨むときの顔だと、ムジカは知っていた。
 だが父はムジカを見つけると、すぐにその相好を崩す。話していたメカニックに指示を出して離れると、ムジカに苦笑して、呆れたように言ってきた。

「どうした、ムジカ? なんでまだ残ってる。さっさと避難しなきゃダメだろ」
「それどころじゃないよ! 本気なの、父さん――たった一人で、北のメタル群を抑えるって!」
「お前、どっからその情報を……」

 言ってから、失言だと気づいたらしい。
 あっと父は声を漏らしたが、ムジカはそれが事実だと知って目を吊り上げた。
 父に叫んだところで仕方ない――それを頭ではわかっていても、納得できない。声を荒らげた。

「何考えてるんだよ! 一人で戦うなんて無茶だよ!!」
「とは言うが、戦力が足りねえ以上、分散させるわけにもいかねえしな。全島連盟会議でラウルのやつもいねえし。ヘタなやつにやらせるわけにもいかんだろ?」
「だからって……!」

 グレンデルの不運は、その日突如として訪れた。
 防空部隊が見逃したのか、あるいは地上から急襲してきたのか。唐突に現れたメタルの大群が、グレンデルを囲うように全方位から襲い掛かってきたのだ。
 他の浮島からの救援は期待できない。グレンデルのノーブルだけで切り抜けなければならない状況で、選ばれた作戦がこの“愚策”だった。
 たった一人に一区画を押し付け、その間に他のノーブルがメタルを迎撃、片付いたところで救援に向かう。その時間稼ぎの貧乏くじを引かされたのが父だ。
“英雄”と呼ばれるだけの力を見せてみろと、勝手な言い分でそう決められた。

「ま、決められちまった以上は仕方ねえさ。これが一番勝ちの目のある作戦なのは間違いないし……第一、ドリスのやつが、俺ならできるって安請け合いしちまったからな。今更断れんよ」
「あのゲス野郎……!」

 咄嗟にムジカは口汚く罵った。
 ドリス・ジークフリート――父の弟だ。ムジカにとっては叔父にあたる。ジークフリート家の権力を笠に着て、偉そうにしているクズだ。ムジカの知る限り、彼ほど“ノーブル”という単語がふさわしくない男はいない。
 家督とノブリス“ジークフリート”は父が継いだ。だからドリスはノーブルではあっても爵位持ちノブリスは保有していない。時折父を見るドリスの目に悪意があることを、ムジカは知っていた。
 これも、おそらくはその一環だと察していた。これがドリスの考えた作戦だというのなら、確かにバカらしさにも納得できる。この機に乗じて、何か仕掛けてきたに違いない。そう確信していた。
 だから、父を見据えて告げた。

「――ボクも出る」

 本気だ。そのつもりで言った。一歩も引くつもりはなかった。
 だが父は、一切取り合ってはくれなかった。

「おいおい、バカなこと言うな。お前、八歳になったばっかだろ。そんなの戦場に出したって仕方ない――」
「何がバカなもんか! 父さんたちのほうがバカげてる――こんなの、死にに行けって言ってるようなもんじゃないか!」

 そのくせ、死ぬことも許されない――この作戦で父が倒れたら、一気に北からメタルがグレンデルに押し寄せてくる。
 外に逃げられない非戦闘員は皆、島の中央に集められている。仮に他のメタルを全て撃ち落とせたとしても、その時点でグレンデルは負けだ。非戦闘員は虐殺されて、後には何も残らない。
 死ぬことも、負けることも許されない戦いだ。そして父は、最後まで引かないだろう。性格こそ粗野で乱暴だが、それでも父の“ノーブル”としての誇りをムジカは知っていた。
 この人は引かない――“誰かのために”、死んでしまえる。
 そんな人に、こんなバカなことをさせるわけにはいかない。

「ボクだって、もう<ナイト>は使えるんだ! 訓練を始めて三年も経った――ボクなら」
「――ガキが、粋がるんじゃあない」

 その声だけは――ムジカが初めて聞いたと思うほどに――あまりにも、冷たく響いた。
 父はもう、笑っていない。親としてではなく、戦士の顔でそう言った。明確な拒絶だった。

「戦場を知るにはまだ早い。こっから先は、大人の時間さ」
「なに、バカなこと言って――わっ!?」

 悲鳴を上げたのは、突然視界がぐわんぐわんと揺れたからだ。
 父が、乱暴に頭を撫でる。大きな手のひらの温かみを感じた。ムジカの手のひらよりも、一回りも二回りも大きな手のひらだ。
 なんでいきなり撫でられたのか。わからないまま見上げた先――父は、また笑っていた。
 今度は、たぶん、親の顔だった。

「……あっという間に、でっかくなっちまうんだからなあ……」
「……父さん?」
「もう少し、小さいままでいてほしいもんだが。まあこれは、ワガママか」

 言って、撫でるのと同じくらい乱雑に、後ろに付き押す。危うく転びそうになって、よろめいた。
 そして何をするのかと顔を上げれば――既に手の届く場所に、父はいない。

「帰ってきたら、また稽古つけてやるよ。だから、今は避難しとけ――いいな」
「――父さんっ!!」

 父を呼ぶが、彼は背中越しに手を振ってくるだけだ。
 もう、自分には父を止められない――それを悟った。

 ――その後、自分は避難したはずだが。その日のことを、ムジカは何も覚えていない。
 父は帰ってこなかった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「――ラウルのマヌケの小姓風情が。よくもまあ、面倒なことをしてくれたもんだ。おかげで計画が台無しだぜ」

 蒼き<カウント>級ノブリス、“ジークフリート”がそう囁く。
 搭乗者の名はドリス・ジークフリート。この“決闘”の申請者だ。闘技場とは名ばかりのこの処刑場で、自分に逆らった子供を見据えて嗤っている。
 闘技場には、この決闘を見ようと集まった大観衆。お題目は、確か、こうだ――“グレンデル家とジークフリート家の融和を邪魔する間男ぶっ倒せ”。
 <ナイト>を纏ってこの場に立つムジカは、ドリスとグレンデルの姫、の婚約に横やりを入れた邪魔者だ。
 そういうことになっている。

「ま、大差はねえか。ラウルのクソマヌケがいない今、決闘は成った。後はお前を殺せば全部終わりだ。<カウント>が<ナイト>に負けるわけもねえしな」
「…………」

 ドリスが説くのは常識であり、定石だ。
 ラウル・グレンデルはいない。全島連盟会議でこの浮島、グレンデルを離れている。ラウルがいない今、“ジークフリート”はこの浮島で最強を関するにふさわしいノブリスだ。
 ただし、その構成は三年前から変えられている。格闘機として生み出された“ジークフリート”は、今やガワだけそのままの汎用機に変えられていた。構える武器も剣ではない。ただのガン・ロッドだ。
 ただの、平凡な<カウント>級ノブリス。その程度でしかない。

 それでも敵は、勝利を確信していた。相手が十二歳の“平民”の子供だということも、その理由の一つだろう。ラウルが気まぐれに拾った孤児。それがムジカだ。
 ただの平民のガキが、ノーブルのマネをしていると。ドリスはそう嗤っている。
 だが、そんなことはどうでもよかった。
 相手の気分に水を差すように、言葉を差し込んだ。

「一つだけ訊く」
「……ああ?」
「四年前の、バレル・ジークフリートが死んだ件。あのクソみたいな作戦を立てたのは、お前か?」

 まさか、そんなことを今聞かれるとは思っていなかったのだろう。ドリスは呆けたようだった。

「ああ? ……ああ、アレか。いきなり、なんでそんなこと聞いてくるのかわからねえが……最期に訊くのがそれか? つまんねえことを訊くんだな」

 と、不意に音声通信が起動した。
 相手は目の前の、ドリスから。肉声ではなく通信で語るのは、流石に人目をはばかったか――
 いや、違う。単に、こちらを嘲って怒らせたいだけだ。声の調子でそれを悟った。

『ああ、そうだよ? 俺があいつに押し付けた。あいつがしくじれば、あいつは当主にふさわしくねえって言えたからな。まさか、やり遂げるとは思ってなかったよ。おかげで汚名を着せ損ねた』
「汚名?」
『グレンデルを滅ぼしかけた大戦犯ってな。生き残りやがったせいで、計画はご破算だ。おかげで撃ち殺すしかなかったよ。あいつ、最後まで“英雄”として死にやがった……気分悪いぜ。まあ結果オーライだ、それくらいは許してやるけどな』

 あははははと、そこでドリスが哄笑した。

『んなこと今更訊いてくるってことは、お前、あいつの関係者か何かか!? あいつに命でも救われたか!? バカだなあ、そんなことのために決闘を受けたのか!? クリムヒルト姫のためじゃなく!? かーっ、あの嬢ちゃんも報われねえなあ! あははははっ!!』

 通信はそこで途絶えた。
 そして今度は、外部スピーカーを利用して叫んだ。観衆をあおるように――その声に心底の喜びを交えて。

「レフェリー! さあ、始めよう!! このグレンデルの慶事を邪魔する、間男退治の始まりだ!! この決闘に勝って、俺は――正式に、クリムヒルト姫を娶る!!」

 ――おおおおおおおっ!!

 会場が湧く。浮島の管理者の娘と、“英雄”の婚約者が結ばれる未来を思って。
 それが慶事だと信じている。ドリスのプロパガンダに乗せられて。それをクリムヒルトが望んでいないことなど、わずかにも知らない。本当はこの決闘も、ドリスがクリムヒルトに押し付けたものだったことも。
 何もかもを、ドリスが都合のいいように改竄した。

 だがムジカにとっては、何もかもがどうでもよかった。
 心に決めたのはただ一つ。それ以外にはもう何もない。
 。ただそれだけ。

 ――そうして、“貴族殺し”が始まった。
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