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1章 強制入学編

4-5 またお前のせいか!?

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「お゛ぼえ゛でな゛ざい゛よ゛ー!!」
「へーへー。次があったらまたよろしく」

 地面にくずおれ親指を噛んで泣くアーシャに、ムジカは容赦ない返答をした。
 それがその日の別れの言葉だというのだから、まあなんとも締まらない。まだ仕事中のクロエや、これから講義だというアーシャたちに別れを告げて、ムジカとリムは研究室への帰路に着いた。
 土産はかなりの数を(アーシャが)買ったので、アルマにもまあ文句は言われまい。お使いは無事完遂だ。懐も痛まなかったのだから結果は上々と言える――が。
 優しいリムはさすがに心が痛むようだった。

「アニキ……ちょっとやりすぎだったんじゃないっすか?」

 既に道を曲がったのでプリュム亭は見えないのだが、後ろを振り向いて呟いてくる。
 逆に一切振り向かず、ムジカは暢気に言い返す。

「そーか? つっても後半はむしろあいつが率先してたろ。自業自得じゃねえか?」
「それはまあ、そうっすけど。でも、“ここで諦めたら大損だぞ”ってあのアニキの言葉、あれどう考えても悪魔の囁きっすよ」
「チョロかったなーアイツ。賭けやったら尻の毛までむしられるタイプだ。次からは賭けなんかするなよってバカにしとこう。煽ればたぶん、またむしれるだろうし」
「アニキ……」

 呆れたのか、あるいは非難しているのか。リムの目からはそれがどちらなのか、判別付き兼ねたが。
 不意に表情を一変させると、リムはこんなことを訊いてきた。

「……でもアニキ、意外に楽しんでるっすね?」
「あん? ……アーシャをおちょくることをか?」
「いや、じゃなくて。学園生活」

 唐突に言われ、一瞬ムジカは呆けた。
 学園生活を楽しんでると言われても、まったく自覚はない。

「……そーか? そんなに楽しんでる気はしてないんだが」
「って言っても、そこまで嫌とも思ってないでしょ? 嫌なことしてる時のアニキって、ずっと眉間にしわ寄ってるっすもん。ここ最近見てないっすよ、あんな顔」
「……そらまあ、別に面倒なことしたりさせられたりしてるわけじゃないしなあ。なんだかんだでノブリスには乗れてるし」

 傭兵時代は、それはもう不快にさせられることが多かった。故郷を捨てた根無し草に、人々は全く優しくなかったからだ。
 空賊扱いは序の口で、仕事の依頼を受けたのに反故にされたこともたくさんある。足元を見られ、食料品すら満足に買えなかったことも。総じてろくな旅ではなかった。そうしたときには滅茶苦茶不機嫌になっていた記憶が確かにあるが。
 だがでは今が楽しいのかと問われると、納得しがたいものもある。その理由が何なのかはわからないまま、唇をへの字に曲げて聞き返した。

「そう言うお前はどうなんだよ。お前は楽しんでんのか?」
「あーしっすか? それはもう、楽しんでるっすよ? 錬金科の授業は面白いし。アルマ先輩もいい人っすし。モジュールの設計、自分でも早くやりたくて仕方ないっす」
「……まあ、ああいうのは空にいたんじゃできないか」

 むしろ、空にいてまで実験に付き合わされたら堪ったものではない。リムの秘められた一面が開花してしまったのは、ムジカにとっては致命的な失敗だった。
 今はアルマ一人が無茶するだけで済んでいるが、そのうちリムまでやらかし始めるかもしれない。それを思うと頭が痛いが。

「まあ勉強方面はいいや。それよりお前、人間関係は? 友人作ったか? ラウルがお前を学園に入れたの、たぶんその辺どうにかしてやりたかったからだと思うぞ?」
「軽くあいさつできるようになった人はちらほらいるっすよ? あーし、小さいっすから。気を使ってもらっちゃってること多いっすし。今のところ問題はないっすね」
「友人は作れてねえのな」
「うるせっす」

 まあこの少女はこれで人見知りの気が強いので、そう簡単に誰かと仲良くなれるとも思っていなかったが。あのアーシャたちにすら微妙に距離を取っているほどだ。比較的アルマには仲が良いようにも見えるが、それだって錬金科の先輩/後輩としての側面が強い。
 ラウルにとっても悩みの種だろう。自分の娘にはそういったことこそ学んでほしいのだろうが、当の娘がそっち方面には乗り気でないのだから。まあ、同い年の子がいないこの環境では、難しいのかもしれないが。
 だがでは、リムが同い年――つまりは十二歳の子たちと一緒に遊んでる姿を、思い浮かべることができるかというと……

「…………」
「……なんすか。人の顔じろじろ見て」
「いや。なんつーか……お前、その歳で結構老け込んでるんだなって」
「はっ?」

 鳩が豆鉄砲食らった顔というのは、こういうのを言うのだろうな、と。
 思い至ったのは、面白いくらいリムが絶句したからだった。

「な、ちょ……は、はあ!? ちょっと!? どういうことっすかそれ!? ただの悪口でしょそれ!?」
「あー、まあそーな。言い方間違えたよ。老成してるよなお前」
「言ってる意味変わってないっすよそれ! 失礼! 超失礼!!」
「あーあーうるせうるせ。生意気はガキらしさを取り戻してから言いやがれ」

 うるさいリムをかわしながら、錬金棟にようやく戻る。昼休憩もあるからか、辺りにはちらほらと人影がある。特待生が珍しいからか、リムを奇異の目で見る視線が多いが、まあこれも最初のうちだけだろう。
 と。

(……うん?)
「あ。ちょっと。なに無視してるっすか。あーし怒ってるっす。超起こってるっす。そっぽ向く暇あるなら――」
「リム」

 ふと気づいて、真面目な顔でムジカは訊いた。

「お前、この後講義あるか?」
「んえ? いや、ないっすけど……」
「なら今日はもう家帰ってろ。なんか、トラブってるっぽい」

 アルマがだ。アルマの研究室は棟の隅にあるため、人の気配はほとんどないのだが。
 それだけでなく、なんとなく周囲が暗いというか、イヤな空気を感じる――耳を澄ませば、遠くからかすかに罵声のようなものまで聞こえた。
 ただの勘でしかないのだが、不思議とこういう場合、ムジカの予感はは外れない。“嫌な予感の的中率だけ百パーなのなんなの”とは、昔ラウルに言われたことだ。
 何が本当に嫌かと言えば、この勘に救われたことが一度や二度ではないことだ。
 それを知るからリムも、顔に警戒を浮かべた。

「……大丈夫っすか?」
「さてな。まあ、なるようになるだろ……だからお前は家にいろ」

 学生が起こす問題などたかが知れてるだろうが。リムを家に帰らせるのは、こうした荒事に対して、彼女は一切役に立たないからだ。小さいし、運動神経もあまりよくない。役割としてもリムの担当は裏方だ。
 なのでこうした場合、彼女は素直に引き下がる。自分が邪魔にならないようにと彼女は弁えてくれる。

「……気をつけて」

 一言だけ言い置いて、リムは後を戻っていく。
 それを少しだけ見送ってから、アルマの研究室に足早に近づく。
 元より誰も寄り付かないような場所だ。辺りは静まり返っており、近づくにつれて騒動が耳に届き始める。聞こえてくるのは、やはり罵声だ――が。

「だから、何度も言っているだろう!? 人の話を聞きたまえよ!?」
「そちらこそ、ボクの話を聞くべきだと言っている! 新造の、ノーブルを一人も抱えていない研究班なんぞ価値はない! だからこのボクが協力してやると言っているんだぞ!?」
「それが迷惑でしかないと言っている。それで話は終わりだ。さっさと帰れ!」
「ふざけるなよ、錬金科の平民風情が……! このボクの善意を踏みにじって――」
「ダメですダンデス様!?」
「女性に暴力はいけませんよ!」
(……なんだ? 何の言い合いだこれ?)

 声は四つ聞こえた。アルマのものと、怒っているらしい男の声と、ダンデスなる誰かを止めようとしている二つの声。構図的には一対三で、おそらくアルマが詰められているのだろう。
 だが少なくとも、まだ暴力沙汰にはなっていないらしい。
 内容には毛ほどの興味も持たず、わざと音を立ててムジカは研究室に入った。
 
「今戻った……廊下まで聞こえてたが、何の騒ぎだ?」

 いきなりの闖入者に視線が集まるが、すべて無視してアルマに言う。彼女たちは部屋中央の応接机に固まっていたが。いかにもイライラしていたらしいアルマは、こちらを見てようやく味方を見つけたような顔をした。

「ああ、よかった。ようやく帰ってきたか、助手よ……なに、たちの悪い押し売りだよ。迷惑なことこの上なくてね。どうしたものかと思ってたところだ」
「押し売り?」

 怪訝に眉根を寄せて、ムジカは相手を見やった。これで理性的な会話にならないようなら、殴ってでも追い出すかと覚悟を決めて、その来客を睨む。
 予想の通り、来客は三人の男――というか、少年だった。
 従者のような立場なのか、来客用ソファーの後ろに、どこかおどおどとした態度の少年が二人控えている。声を荒らげていたのは彼らではなく、今ソファーに偉そうに座っている、最後の少年のようだが――
 その少年はムジカの顔を見やると、怒りに顔を歪ませた。

「お前……!! またお前のせいか!?」
「……ああ?」

 誰かと思えば、先日ムジカを背中から撃った、あのノーブルだった。
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