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1章 強制入学編

4-3 私の負けだ

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 ラウルの相手である白銀の<カウント>――機体名“ウェズン”は、一言で表すなら美しいノブリスだった。
 外観から窺えるコンセプトは軽装甲、機動性重視。シルエットは華奢で、空力特性を重視した鋭角的なフォルムはどこか騎士らしさを感じさせる。
 背部に展開される三対六基のブーストスタビライザーは、翼を広げた天使を思わせるレイアウト。だがその大きさは伊達ではない。もし十全に使いこなせるのなら、かの天使は縦横無尽に飛び回り、誰にも捉えられない機動性を発揮することだろう。
 当然、それだけ機動性に特化した構成なら扱いも難しい。等級にふさわしいスペックを正しく扱えるかをノーブルの側にも要求する、厳しい機体だと言えた。
 一方のラウルはと言えば……まあ、あんまりにもあんまりな<ナイト>なので、あまりどうこう言いたくもないのだが。

「え、え。え? なんで。アニキ? あれ、父さん! なんで!?」
「落ち着けよ。なんでって言われて俺が知ってると思うか? ラウルだぞ? あいつ、割と好き勝手になんでもやるだろ」
「でも私、何も聞いてない!?」
「だーから、落ち着けって」

 ため息ついでにデコピンを食らわせて、慌てるリムを黙らせた。「あうっ」と悲鳴を上げて、リムはぺたんと座り直すが。
 驚いているのはリムだけではなかったらしい。アーシャとサジも、目を丸くしていた。

「……あれ、ラウル先生よね? 講師ってランク戦出られるの?」
「いや……あんまり聞いたことないけど。というか、<ナイト>と<カウント>級で戦闘? 大丈夫なの?」

 サジが気にしたのはそこらしい。つまり、ノブリスの等級差だ。
 一般的な量産モデルである<ナイト>は、戦闘用ではない<サーヴァント>を除けばノブリスの中では最低等級だ。戦闘能力こそ有するが、“爵位持ち”ノーブルと比べれば必要最低レベルであり、また拡張性もペイロードも比較にもならない差がある。
 一方の<カウント>は、最上位機種といえる<デューク>、<マーカス>に次ぐ三番目。<カウント>より下位に<ヴィスカウント>、<バロン>を挟むので、<ナイト>とでは等級が三つ離れていることになる。
 どれだけいいノブリスを用意できるかも、ある意味では当人の実力だ。そしてノブリスのスペックだけで比較するなら、これは勝ち目がないと断言していい差なのだが――

「しかも対戦相手……機体名が“ウェズン”ってことは、もしかして、ヤクト・ウェズン?」
「誰だ? そいつ」
「ナンバーズだよ。セイリオスのトップナイン。ほら、入学式で見たでしょ。あのノブリスたち――」
『レティィィィーッス!! アーンド、ジェントルメェェェェェェンっ!! ノッてるかーい!!』

 サジの説明は、唐突にモニターから響いた大音声にかき消された。
 ぎょっとそちらを見やれば、派手な金髪を逆立てたサングラスの男が映っている。一緒に映っていた机上にはマイクとプレート(“実況”と書かれている)が置かれていたので、どうやらその男が進行役のようだった。

『さあ始まっちまったぜー新シーズンランク戦!! 新入生ども見てるかー? セイリオスじゃ、ランク戦はお祭りだぜ? しかも今日はスペシャルマッチ! 開幕を彩る今日の対戦者はなんと、ランク9、ヤクト・ウェズン! わずか二年でトップナインの仲間入りを果たした、正真正銘のランカーノブリス! これはノラなきゃもったいなぁぁぁい!!』

 おおお、と実況に合わせて観客席も大盛り上がり。対して対戦するヤクトはクールなもので、何の反応も示さないが。

『対する期待の挑戦者は! なんと! 戦闘科に突如として現れた新任講師、ラウル・リマーセナル!! 傭兵帰りのこの男、実力は我らが生徒会長のお墨付き! 戦場で培ったその実力は“白金の戦乙女”に通用するのかぁ!?』
「……しろがねのいくさおとめ?」

 と、実況の途中でぽつりとクロエ。
 なにか石でも噛んだような、そんな微妙な顔で、

「これ、あだ名? 誰がつけたの? ちょっと恥ずかしくない?」
「えー。あたしはかっこいいと思うけどなー」

 まさかのアーシャの肯定に、クロエが万感の思いがこもった「……嘘でしょ?」を放つ。リムも言葉にはしなかったが、顔はこう言っていた――ええ?
 アーシャは割と本気で言っているようで、サジはそんな彼女に苦笑を投げていたが。

「ランチセットお待ちー」

 どこか間の抜けた声と共に、店主がランチセットを運んでくる。ローストビーフとパスタ、サラダのセットだ。クロエも慌てて手伝おうとするが、「客もいないしまだゆっくりしてていいよー」などと断られていた。
 なのでクロエも一緒にモニターのランク戦を見学することになったのだが。
 ノーブルたちの紹介が終わったところで、アーシャが呟く。

「でも、<カウント>対<ナイト>でしょ? いくらラウル講師が実戦慣れしてるからって、試合にならなくない?」
「そーか? 俺はこれでもラウルが勝つと思うが」
「……え。嘘でしょいくらなんでも」

 欠片も信じてなさそうなアーシャに、ムジカはにやりと笑った。

「悪いが本気で言ってる。一対多とかならまだともかく、一対一で奇襲もなしだろ? 俺なら絶対拒否するね。度肝抜く結果になるぞ、あの<カウント>がよっぽどの実力の持ち主じゃない限りな」
「えー? うっそだー。ラウル講師のこと侮ってるわけじゃないけど、いくらなんでも……ねえ?」
「よし。ならどっちが勝つかでなにか賭けるか?」
「負けた人がここのご飯代おごりでどう? あたし、ヤクトさん? が勝つほうに賭けるわ」
「ヨシ乗った。リムとサジは?」
「ボクは……うん。ラウル講師には悪いけど、ヤクトさんが勝つほうに一票かな」
「私は……別の人に賭けたってバレたらうるさそうですから、父さんにしておきます」

 クロエは昼食を取ってないのでパスだ。まあ彼女の場合、ノブリスに全く関りがないので判断に困っただろうが。
 そうして、全員がモニターを注視した先――

『――それでは、ランク戦開幕を祝すスペシャルマッチ――ファァァイっ!!』

 開幕の宣言。同時に二機のノブリスが後退しながら宙に浮いた。
 そして身構えるガン・ロッド。放たれた魔弾が両者をかすり、試合が開始する。
 ノブリスは空戦専用兵器だ。空を舞い、遠距離から敵を穿つことが基本戦術である。そのため両機の開幕は定石通りの行動と言えた。地上を離れ、適した間合いを取るために空を飛ぶ。
 
 先んじて空を制したのは、やはりヤクトのほうだ。
 空戦の根本原理として、一つシンプルなセオリーがある。それは“相手より頭上を取った者が優位”という、単純だが故に絶対的な決まり事だった。
 そして機動性重視の<カウント>が、<ナイト>に後れを取るはずがない。
 ヤクトは一目散に空まで駆け上ると、突き出したガン・ロッドでラウルに照準を合わせた。上昇を諦めたラウルは中空で軌道を変える。
 
 見上げる視線が、見下ろす視線とかち合った。
 そしてその瞬間に、引かれる引き金。<カウント>級の出力に任せて、雨のように魔弾を乱射する。
 空から撃ち下ろされる魔弾の群れに、ラウルは機動を開始した。ブースターとフライトグリーヴの出力を調整しながら、すべるように踊るように魔弾をすり抜けていく。
 気持ち悪いのは、ヤクトの狙いが悪いわけでもなければ、<ナイト>の機動が速いわけでもないことだ。なのに――当たらない。ラウルは全てを紙一重で避け続ける。木の葉が風に吹かれるように、くるくるひらひらと空に舞う。

 当然、ラウルも撃たれ続けているだけではない。回避の隙間に差し込むように、ガン・ロッドの引き金を絞る。
 体裁きも交えた回避軌道の中、体でガン・ロッドを隠しながらの射撃だ。相手からは突如として魔弾が飛来したように見えるだろうが、ヤクトは危なげなく横に飛んで回避する。
 ムジカが笑ってしまったのは、その速さの異様さだ。まばたき一瞬でその場から消える。そしてそれだけの速さに搭乗者も振り回されていない。完全に速度を支配して、回避ざまに反撃している。

「腕は悪くねえな。機動性を生かして、優位位置を取り続けてる。回避も必要最小限で、ずっと攻勢に出っぱなしか。随分と勝ち気な奴だな」
「……ねえ。なんであれだけ撃たれてラウル先生、一発も当たらないの?」
「前も言ったろ。全部見て、感じ取ってんだと」
「あー……え、あれラウル先生の教えなの?」

 ノブリスの回避機動のコツだ。それができれば苦労はしないと言ったコツだが。本当にできているのだから、ラウルは全く苦労していない。何十発と魔弾をばらまかれて、だが一度も当たらない。
 流石の異様さに、誰もが気付き始めた頃――時間にして、三十秒。
 不意に回避軌道を終わらせると、ラウルが仕掛けた。
 直撃するはずの魔弾の軌道に、ガン・ロッドを合わせて引き金を引く。
 魔弾同士の衝突が、衝撃となって二人の間で炸裂した。
 一瞬の停滞。超高速で迫る魔弾を、魔弾で撃ち落とすという暴挙じみた神業に――
 ムジカが、呟いた。

「――呑んだ」

 ラウルが、ヤクトをだ。
 魔弾に魔弾をぶつけて意表を突いた。本来ならあり得ない爆発が生じて、ヤクトの思考は一瞬止まった。
 そして攻勢が入れ替わる。
 ぬるりと、ラウルが前へ出た。これまでの距離を取る回避機動を捨てて、ヤクトへと向かって前進する――これまでとは打って変わって、あまりにも真っすぐな軌道で。

 はたから見たら、捨て身の前進だ。当然、ヤクトは付き合わない。後退しながら迎撃のために魔弾をばらまく。<ナイト>の全力の直進性能と、<カウント>の余裕を見た後退性能はおよそトントンだ。何もなければ、ナイトは決して追いつけない。
 その上でヤクトが巧みだったのは、必ずしも全ての魔弾を直撃させようとはしなかったことだ。避ければ当たる、そういった位置にもばらまいた。直進し続けるなら当たる。直進を諦めるなら当てる。ヤクトというノーブルは、どこまでも勝ち気なノーブルらしい。

 そして――あるいはだからこそ、ラウルの悪辣さが炸裂する。
 ラウルがしたことは単純だった。自分に当たりそうな魔弾をもう一度魔弾で撃ち落とす――だけでは終わらせず、更に追撃の二点バースト。魔弾同士の爆裂の中から飛来するもう一撃が、爆炎を隠れ蓑にしてヤクトに迫る。
 こんな攻め方を、ヤクトは知らなかっただろう。真正面から放たれた奇襲に、初めてヤクトの機動が乱れた。全力で横に飛ばねば避けきれず、故に後退を緩めてしまった。

 そこに、ラウルが飛び込んだ。
 全力の、更にもう一歩先。魔道機関へ魔力を過供給して、その一瞬だけ限界を超える荒業。当然そんなことをすれば機体に負荷がかかり、やりすぎれば壊れるのだが――
 今回は、機体が持った。
 回避で体が泳いだヤクトの眼前に、ラウルが迫り――突きつける、ガン・ロッド。
 一瞬遅れて、ヤクトのガン・ロッドもまたラウルを捉えたが。
 名残惜しそうに、三秒……そうしてヤクトは、ガン・ロッドを降ろして呟いた。

『……今のは、遅かった。私の負けだ』

 そしてまさかの番狂わせに、会場が湧いた。
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