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1章 強制入学編

4-2 ランク戦だっ!!

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 学園都市のメイン機能はあくまで名の通りに“学園”だが。
 都市という名前のほうを裏切ることもなく、事実としてセイリオスには街がある。浮島中央は学園の他、繁華街、住宅エリア、魔道具工房なんかが適当に固まっており、ムジカたちが目指したのも、学園の近場にある繁華街だった。
 飲食店、服飾屋、音楽ショップに百貨店。各店を運営しているのはもちろん学生だ。メインは一般教養科の高学年で、調理・製菓専攻の生徒が飲食店を営むように、自身の専攻を生かした店を持つ者が多い。

 目的地、プリュム亭もそんな飲食店の一つらしい。
 シックな雰囲気の落ち着いた喫茶店として有名で、料理もうまく常連も多い。店長は一般教養科の六年男子だが、アーシャたちと同じバリアントの出身らしい。アーシャたちとも知り合いのようで、だから今日は寄ってみようという話になったそうだ。
 店内にはその店長の他にも、ウエイトレスの姿がある。店長は忙しいようで迎えてくれたのはその一人だが、その少女はこちらに――とりわけアーシャとサジに――気づくなり、露骨に不機嫌そうに唇を尖らせた。

「……なんで、なんにも言わずにいきなり来るの」
「アハハ。驚いた? いえー?」
「いえーじゃない。サジも。なんでアーシャのイタズラに乗ったの。止めておいてよこの暴走機関車」
「ボクに止められるわけないだろ?」

 対するアーシャはいたずらっ子めいた元気な笑み。相手の不機嫌をむしろ楽しんですらいるような様子だ。サジも苦笑するだけで、その様にウエイトレスはまた眉間のしわを深めるのだが。
 なんというか。相手は知り合いだった。前回会った時の制服姿と違って、今はメイド風のウエイトレス姿だったので気づくのも遅れた。名前は確か、クロエ。アーシャたちと同じ、バリアント島の出身の子だ。
 少々スカートの丈が気になるのか、持っているトレイを下にしながらむっつりしている。

「もう……まだ仕事に慣れてないから、もう少し落ち着いてからにしてほしかったのに。この服、まだ恥ずかしいし……」
「えー? かわいいからいいじゃん」
「……そういう問題じゃない」

 クロエはふてくされたようにそう言ってから。

「…………」
「……?」

 ちらと、どこか窺うような視線と目が合う。何か言いたいことがあるのかと思いきや、そうでもなさそうなので、きょとんとムジカは首を傾げた。
 が、ふと気づいて訊いた。

「ああ、すまん。急に来たから迷惑だったか?」
「……別に、迷惑とかじゃないです。ただ、その……慣れてないから、知り合いにあんまり見られたくなくて……」
「そういうもんか? 似合ってるし、別にいいんじゃないか? 変なところもないし。見られたって困ることもないと思うけど」
「……デリカシーのない兄ですみません」

 と、リムがいきなり謝る。
 なんで謝ったのかわからずリムを見やると、返答は無言の肘打ちだ。余計にわからないまま視線を戻すと、これまた何故か、クロエは恨めしそうにこちらを見ている。
 ひとまず、何か間違えたことだけは確からしい。が、いまいち釈然としないので首を傾げていると。

「あーもー。前から言ってるのに。照れ隠しでついつっけんどんになる癖、人によっては勘違いされるからやめたほうがいいって――」
「アーシャっ!!」

 今度は顔を真っ赤にして、噛みつくようにクロエ。アーシャは「きゃーっ」などと悲鳴を上げてサジを盾にするが、顔は完全に笑っていた。からかって遊んでいるらしい。
 とにもかくにもひとしきりじゃれ合いが納まると、そこでようやく席に案内される。クロエに注文を告げると、彼女はそそくさとキッチンのほうへと戻っていった。
 店長、ランチ四人前ーでーすという間延びしたオーダーに、「あいよー」とキッチンから応答。穏やかな空気に感じ入っていると、不意にぽつりとリムが呟いてくる。

「……いい雰囲気ですねー……いいなあ、こういう落ち着けるところ……」
「そうか? 綺麗すぎて、俺は逆に落ち着かないけどな」
「デリカシー……」

 望む答えではなかったらしい。リムに半眼で睨まれるが、好みの話なんだから仕方がない。
 と、気になったのか、アーシャが訊いてくる。

「逆に訊くけど、ムジカが落ち着くところってどんなところよ?」
「こう言っちゃなんだが、もうちょい小汚いとこのがいいな。ボロいスイングドア押しのけて入る、場末の酒場みたいなとことか」
「確かにあんた、そういうところにいそうだけど……なんでそんなところで落ち着けるのよ」
「肩肘張らなくていいからだよ。どうせ、周りもろくな奴じゃねえからな。テーブルマナーがどうこうでうだうだ言われたり、白い目で見られたりもしねえし」

 昔はそうでもなかったと思うが、傭兵に慣れてからはむしろそちらでないと落ち着けなくなった。このプリュム亭のような、小綺麗なところは自身の異物感が半端ないのだ。
 性根から荒くれ者になったということだろう――
 と。

 ――ワアアアアアアアァァァァァァァっ!!

「な……なんっ?」

 突如響いた大歓声に、思わず上ずった声が出た。
 慌てて音源を探せば、壁際に置かれていたモニターが起動している。映し出されているのは第一演習場だ。観客席は満席。どうやら先ほどの大歓声は、彼らの声を集音機が拾ったものらしい。
 どうやら、何かのイベントのようらしいが。

「これは……?」
「――ランク戦だっ!!」
「うわっ?」

 感極まったようなサジの声に、また思わず声を上げる。見やれば彼の顔には興奮の色。どうも、ノブリスが絡むときのサジはいつもこんな調子だが……

「ランク戦?」

 きょとんと呟いたのはクロエだ。ちょうどウエイトレス業が休憩になったので、こちらにやってきてたらしい。
 と、答えを継いだのはアーシャだ。

「戦闘科の生徒に課せられてる序列争いよ。要は、自分がどれだけ強いのかーとかそんな感じの順番争い。ただそれだけじゃなくって、ランク上位の人ほどいろんなところで優遇されるみたい」
「優遇って?」

 クロエの疑問にアーシャは「さあ?」と肩をすくめる。なんで戦闘科なのに知らないの……と残念な者を見る目でクロエが見つめるが。
 代わりというわけでもないだろうが、答えたのはサジだった。

「褒賞金とか生活面での賃金的優遇に、一部奉仕義務の免除やらいろいろあるらしいけど――ノーブルにとって、大きいのは主に二つだよ。新規モジュール開発・調整の公募権と、周辺空域警護隊の参加許可」
「なにそれ?」
「前者はノブリスの新しいモジュール設計するとき、優先して話を聞いてもらえる権利だって。自分の所属してる研究班だけじゃなくて、他の班にも『誰それがこういうの欲しがってる』って公示できるんだ。んで後者はざっくり言うと、ノーブルらしく空域警護隊の一員になっていいって許可みたい。一種の名誉称号みたいなことも言ってたかな」
「……なにそれ?」

 同じ疑問をクロエは繰り返す。ただ後半は本当に理解できなかったようで、小首をかしげるついでに眉間にしわも寄っていた。
 だが、ムジカはなんとなくわかるような気がした。

「要は、メンツの問題だろ?」
「メンツ?」
「ノーブルの存在価値なんて、“人々と浮島を守るために戦うこと”しかないんだ。どいつもこいつも、“人々を守ることこそ義務にして使命”なんて教え込まれて育ってるはずだしな。そういう奴らにとって、“お前はこの島を守る立場の人間である”って認めてもらえるのは名誉なことなんだろ」
「そうそう、そんな感じ」

 と、サジが相槌を打つ。「ほへー」などと感心したような顔をしているのはアーシャだ。なんで戦闘科のお前が知らないのかと軽く睨むが、彼女に通じた様子はない。
 そしてクロエはと言えば、どこか感心した様子で、

「詳しいんですね、ムジカさん」
「いや、実際には知らんぞ? 錬金科じゃランク戦の話なんて欠片も出ないし――」
「いえ、そっちじゃなくて」
「?」

 きょとんと瞬きすると。
 クロエが言ってきたのは、こんなことだった。

「ノーブルのこと。メンツの話とか、存在価値の話とか。私、アーシャとそのご家族しかノーブルのこと知らないから、詳しいんだなって」
「……そらまあ、いろんな浮島を旅してきたからな」

 歯切れ悪く呟く。ごまかしたつもりはなかったが、今の言葉は微妙に嘘だ。
 浮島を旅する前から、ムジカはそれを知っていた。思い出したい過去でもない。だから咳払いをして、ムジカは無理やり話を逸らした。

「まあ、そんなことはどうでもいいさ。ランク戦ってことは、ノブリス同士の戦闘だろ? この島にゃどんな奴がいるのかね――って?」
「え?」

 そうしてモニターを見やって。思わずリムと二人、素っ頓狂な声を上げる。
 モニターに映し出されていたのは、純白の装甲に身を包んだ、軽装甲・高機動指向の<カウント>級ノブリスと、もう一機。
 装甲もつぎはぎでズタボロの、見覚えある<ナイト>級――

「――父さん何やってるの!?」

 ラウルだった。
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