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1章 強制入学編

3-6 それがノーブルのやることか

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 当然だが、<ナイト>二機の墜落は大騒ぎになった。
 訓練用の魔弾に威力はないとはいえ、その衝撃力だけはほぼ本物だ。空から浮島の大地にノブリス二機が墜ちたというのは、生徒たちの訓練の手を止めるのに十分な影響力だったようだ。
 全員が動きを止めた中、ムジカは周囲の視線を無視して進む。
 墜ちた<ナイト>一機のすぐそばに着陸して、見下すように見下ろした。痛みにか、あるいは恐怖にか。倒れたままの相手はこちらを見上げて震えているが。
 怯える相手のバイザーを、ムジカは強引にはぎ取った。

「ひ、ひぃ……!」
「……テメエじゃねえな。そっちか」

 主犯がだ。怯える瞳に敵意がない。
 態度でさっと割り出すと、バイザーを放り捨てて次へ向かった。
 視線の先、二人目もまた落下のダメージに苦しんでいるが。ゆっくりと体を起こすと、向かってくるムジカに叫ぶ――

「へ、平民風情が! い、いきなり何をする!?」
「それはこっちのセリフだ、クソッタレ」

 言い返して。仰向けの<ナイト>が体を起こしきる前に、ガン・ロッドを突き付けた。

「先に撃ったのはテメエのほうだろうが。人様を背中から撃ちやがって。どういう了見だ?」

 問いかけて、ムジカは全力でガン・ロッドに魔力を供給した。リミッターの限界までエネルギーをため込んだ、ガン・ロッドが悲鳴を上げる。銃口の中で、詰め込まれた力が光を溢れさせ始めた。
 リミッターがついているのだから、相手を殺せるほどの威力は出るはずがない。どれだけ力を籠めようが、ノブリスの装甲を破壊するには至るまい。
 それでも、ぶん殴るのを遥かに超える暴力にはなるだろう。脅迫と八つ当たりにくらいは役立つはずだ。
 だからこそ、銃口を突き付けたのだが……目の前の生徒が口にしたのは、これだった。

「な、なんのつもりだ……? ボク、ボクは、貴族だぞ? 平民風情が、ボクにこんなことをして、無事に済むとでも――」

 即座にムジカは引き金を引いた。誰かが遠くで悲鳴を上げたが……気にも留めない。
 <ナイト>は無事だった。被弾もしてない――それも当然だ。ムジカはわざと、顔の真横に撃ち込んだのだから。衝撃に派手に地面がえぐれたが、当人には毛ほどのダメージも入ってはいない。
 外した理由は、相手に撃ち込む気がなかったからではない。どれだけの威力になるか、確認したかったことが一つ。もう一つの理由は、相手に見せつけたかったからだ。どんな凶器を突き付けられているのかを。
 その上で、回答した。

「無事とかどうとか、気にすることじゃねえんだよな」
「は……?」
「わかんねえかな。舐めた真似した奴がいたら、ぶっ殺すんだ。当たり前だろ? 喧嘩売ったのはお前のほうだ。殺される覚悟はしてただろ? だから、死んでくれ」

 告げて、ガン・ロッドへ再び魔力を送る。どこまでなら供給しても大丈夫かは、先ほどの一撃で把握した。
 次は外さない――

「――ムジカ。これは、いったい何の騒ぎだ?」

 身じろぎはしなかったが、その声に魔力の供給は止めた。
 誰が来たのかなど声だけでわかる。ラウルだ。声には困惑がある。どうやら、彼には見えていなかったようだが。
 浅ましいことに、答えたのは生徒のほうが先だった。

「こ、講師――この無礼者を止めろ! ボクはノーブルだぞ――この平民が、貴族に手を出した!!」
「ログを送る。判断は任せるよ」

 毒気を抜かれるような心地で、ムジカはため息をついた。
 言葉通りにノブリスのログをラウルに送る。本来なら、訓練時のノブリスの機体動作や戦闘記録を保存するためのログだ。起動中のノブリスの視点で、何が起きたのかの映像データもそこには含まれる。

「これは……」

 ラウルの愕然とした声。それを聞き届けたうえで、銃口を降ろして一歩下がる。助けが来たとでも思っているのか、倒れていた生徒は嬉々とした様子で立ち上がるが。

「――ダンデス・フォルクローレ」
「……へ?」

 冷たい声で告げられて、生徒――ダンデス?――が硬直する。
 助けてくれることを期待した相手が睨んでいるのは、ダンデス自身だが。

「……何故、撃った?」

 ラウルの顔は、バイザーに隠されて見えない。声の調子、相手の雰囲気、あるいは気配。そういうものに気を使える人間なら、きっと察していただろう。
 だが、ダンデスは察しなかった。だから明確に間違えた。

「何故って? そんなの、決まっているじゃないか――生意気な平民が目障りだったから、たしなめてやろうと――」

 そこから先は言葉にならなかった。
 ラウルのノブリス、<ナイト>が咆哮のようなブースト音を奏でる。一瞬で踏み込んだ最大の加速。握り固めた拳が、真正面からダンデスの<ナイト>を殴り抜く。
 ダンデスは悲鳴も上げられない。起き上がった彼は、だがもう一度地面に叩き伏せられる。

「それがノーブルのやることか」
「……は……?」
「それが“高貴な義務”とやらを掲げる、ノーブルのすることか!?」

 最初は、静かに。だが次には震える声で、激しく。
 呆然とするダンデスを、ラウルは怒りでもって弾劾する。

「お前は人間を撃った。メタルでも、空賊でもない。相手を平民だと理解したうえで、しかもその背中を撃った。本来なら、お前が守るべき人間を撃ったんだ。答えろ、ダンデス。お前のどこに正義がある――お前のどこに誇りがある!?」
「よ、傭兵風情がボクに問答だと!? 誰に向かって口を利いている!?」
「黙れクソガキが! 卑怯者め――お前はノーブルの恥さらしだ!! “ジークフリートの悲劇”は、お前のような卑怯者が」
「――ラウル」

 その辺りで、ムジカはラウルの怒りに水を差した。

「なにアツくなってんだよ。らしくもない」
「ムジカ。だが……」

 彼の怒りが何のためだったのか、それをムジカは察している。
 だが、だからこそムジカは嘲った。ラウルをではない――視線を合わせ、ダンデスを嗤いながら告げる。

「知ってたことだろ? ノーブルがそういう奴らだって。普段偉そうなことばっかり言って、いざとなったら何でもやる卑怯者の集まりだって」
「な……!?」
「傭兵をたきつけて死地に追いやり、友軍を騙して手柄を奪う。気に食わない奴は背中から撃って、それで“私は立派な貴族でござい”ってな。どこにだっている立派な恥さらしの一人だ。怒るほどのことでもないだろ」

 そういうノーブルを、たくさん見てきた。傭兵として過ごした三年間――そして、故郷で地獄を見たあの四年間。
 それを知らないダンデスは、立場が入れ替わったように激昂するが。

「取り消せ! 貴様――ボクは……ノーブルは、卑怯者じゃない! アレは……そう、あれは、ただの誤射だ! お前が気に食わないからそう言っただけで、そう……それを、大げさにあげつらうお前は――」

 その言葉を、鼻で笑った。

「お前らは、いつもそうやってごまかすよな」
「“お前ら”? 何を言っている……?」
「“ジークフリートの悲劇”も、“誤射”だったよな。そういえば」

 ぽつりと。静かに毒を囁いた。この場では、ムジカとラウルだけにわかる毒だ。
 世間に広まった悲劇、その真実の一端でもある。それこそが、ムジカたちが傭兵になった理由だ。故郷のノーブルを見限って、故郷の平民たちを拒絶した理由の一端。
 そんなものが、あの程度の言葉で伝わるはずもない。だが……正面から見据えて言葉を吐けば、軽蔑の意思は伝わるのだ。
 そうして無言でにらみつければ、敵意と憎悪――そして殺意は、伝わるのだ。
 ダンデスが、震えながら生唾を呑み、言葉をなくす――……

 と、その直後に間延びしたチャイムが聞こえてきた。講義の終了の合図だ。
 その音が消え去る前に、ラウルに告げた。

「講義は終わりだな。先に戻らせてもらうよ」
「な、あ……ま、待て! 平民風情が、ノーブルを侮辱してタダで済むと――」
「いい加減にしろ、クソガキが!! 話が終わってないのは――……」

 ヒートアップする背後の喧嘩には付き合わず、ムジカはさっさと歩き出した。
 固く握りしめた拳の痛みで、沸き立つ怒りを押し殺しながら。
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