上 下
8 / 113
1章 強制入学編

2-1 ライバル登場ってやつね!

しおりを挟む
 エアフロントから、ところ変わってフライトシップ、バルムンク。

「――え、嘘。あんたノーブルじゃないの!?」

 外で騒ぐのもなんだったので、仕方なく案内したキッチン兼食堂にて。テーブルから身を乗り出して叫んだのは、あの赤毛ポニテの女だった。
 元々広くないフライトシップの、更に狭い食堂だ。テーブルも小さく、椅子に至っては三つしかない。ムジカの対面には赤毛女の他に彼女の付き添いだかが二人いるが、座れなかったのは予想の通りにひ弱そうな少年だ。もう一人のロングの茶髪少女はしれっと座っていたので、力関係がわかろうというものだが。
 ひとまずうるさい赤毛女に半眼を向けながら、ムジカはうんざりと答えた。

「そーだよ。だから決闘は撤回しとけ。第一いつの時代の話だよ、少し悪口言われたからって決闘とか。今時アホでもやらんだろ」
「あー、またアホって言ったー!」
「アホは今初めて言った。さっきはバカって言ったんだ」

 つい言い返してから、こういうところがよくないんだろうなと自覚はする。頬を膨らませる赤毛女から目を離せば、お付きの少女は呆れ顔で、少年のほうは苦笑していた。
 生ぬるい視線にため息をつく。

「まあそういうわけだから、話もこれで終わりだろ。とっとと帰ってくれ」
「ええ!? じゃああたしのこのやるせない気持ちはどうしろって言うのよ!?」
「知るか。そもそも決闘で晴らそうって発想がまずおかしいだろうが」
「ぐ、ぬ、ぬ……!」

 歯を軋らせて少女がうめく。ぐぬぬっていう奴本当にいるんだなあ、などと思わず感心する。
 と、さすがに思うところがあったのか、後ろに控えていた少年が申し訳なさそうに言ってきた。

「すみません、うちのアーシャがご迷惑をおかけします……」
「――いえいえ、こちらも大概ですから……」

 ムジカが何か言う前に、そんな声に先を越された。
 不機嫌に背後を振り向けば、キッチンのほうからリムがやってくる。手に持つ盆には淹れたばかりの茶が四つ。客三人とムジカ用らしい。
 その茶をテーブルに置きながら、愛想笑いを相手に浮かべて、

「聞けば、なにやらうちのが暴言を吐いたのがそもそもの原因だったようで……ほらアニキ、謝れば済む話なんだから、さっさと謝って」
「なんでだよ。<サーヴァント>でメタルと戦闘なんて自殺行為やらかしたアンポンタンだぞこいつ。どう考えてもバ――」
「ア・ニ・キ?」

 にっこりと、笑顔で――のみならず、そっと足の上に自身の足を重ねて、リム。こめかみの辺りがぴくぴくしていたので、ムジカは既に自分が崖っぷちにいることを察した。次に何か言えば、間違いなく足を踏まれる。
 そんな様子を、対面の赤毛女は目を丸くして見ていたが。

「あらやだ、いい子じゃない?」
「アーシャも見習って」

 これはその隣の茶髪少女。突き刺すような鋭さでぴしゃりと、呆れ顔で赤毛女――アーシャ?――に言う。
 そうして「うぐぅ」と呻く赤毛女にため息をついてから、彼女は言ってきた。

「なんというか、助けていただいたのに騒いでしまって、すみません。お礼を言いたかったのは本当なんです。ただ、アーシャも私たちを守ろうと必死だったから……」
「あの状況だと、アーシャが出てなかったらボクらも危なかったんです。あのバス、護衛が一人もいなくて……救援が来るまで時間が稼げそうなのは、<サーヴァント>しかなかったから……」

 バカって言われるのも仕方ないとは思うんですけどね、などと少年は苦笑する。
 そうして視線を向けた先、アーシャはすねたように呟いた。

「……だってあたし、ノーブルだもん」
「…………」

 だから、みんなを守るためにああしたとでも言うのか。
 思うところはあったのだが、言わない。むすっとしたリムが、こちらを睨んでいたのも何も言わなかった理由ではあるが。
 だがどちらにしても、取れる選択肢はそう多くない。不承不承、ムジカは認めた。

「事情はわかった。頭を下げる気はないが、言い過ぎたらしい。悪かった」
「……やけに、素直に認めるじゃない」

 呆気に取られてか、アーシャがぽつりとつぶやく。

「こっちは喧嘩も覚悟して来てたのに。暴力に訴えてくるわけでもないし、こんなに小さい女の子もいるし……あなたたち、ホントに空賊?」
「ああ? 空賊?」

 流石に聞き咎めて繰り返すと、彼女はきょとんと、

「え? 違うの? あのバスの業者さん、あなたたちが空賊で、法外な救助費請求してきたから逃げるって言ってたけど」
「最初に傭兵団だって名乗っただろ。法外な値段なんぞ吹っ掛けてもいねえよ。助けてもらっておいて人を空賊扱いとは、よくもまあ……」
「まあ仕方ないっすよアニキ。空賊の半分は食えなくなった傭兵みたいなところあるっすし」
「だからって、仕方ないでただ働きさせられたんじゃあな」

 慰めにもならないことをリムは言うが。まあ、実際にその通りではある。
 通常、ノブリスを駆ることのできるノーブルは浮島の紐付きだ。名前の由来でもある貴族がそもそも浮島土着なのだから、それは当然のことだ。
 そして貴族は一子相伝が基本だ。ノブリスは代々貴族の嫡子に受け継がれ、庶子はそのスペアとなって一生を終える――のが、普通だったのだが。
 古代魔術師の遺産であるノブリスを、最下級モデルとはいえ再現・量産化に成功したことで事情が変わった。<ナイト>級と呼ばれるその量産型ノブリスは、ただのスペアでしかなかった庶子たちにノーブルとしての活躍の機会を与えたのだ。
 そうした中で、より良い環境を求めて故郷を出る者たちが現れた。それが傭兵の始まりだ。

 つまるところ、元をたどれば傭兵も貴族ということになる――とはいえ、“ノーブル崩れ”などという蔑称がある通り、傭兵の待遇はよくはない。
 本来“ノーブル”という言葉は“ノブリスを扱える者”というだけでなく、貴族として“浮島を守る義務を負う者”という意味も含まれる。そのため傭兵は、そういった責務から逃げ出した裏切り者や扱いも珍しくない。
 故郷を捨てるほどの功名心に逸った者たちに、世間は厳しい。お抱えのノーブルもいるのだから、余所者への当たりが強くなるのは当然のことだ。だから傭兵の世界は世知辛く――食えなくなれば、お返しとばかりに世間に牙を剥く空賊になる。
 メタルへの対処で忙しいのに、人同士で争わなければならない。だから余計に憎まれるし、その予備軍は疎まれるわけだ。
 そういう意味で、リムの発言は正しいのだが。

「恩を売る気はないが、結果的に乾坤一擲に負けたんだ。恨み言の一つや二つ、言いたくもなる」
「だからって、この人たちに当たったってそれこそ仕方ないっすよ。ご学友になるかもしれないっすよ? いざこざは今のうちに――」
「え? 学友? 新入生なの!?」

 と、何故か目をキラキラさせて、アーシャが食いついてくる。
 余計なことを、とは思うが今更撤回もできない。リムに半眼をくれてやりつつ、ムジカはため息交じりに答えた。

「俺だけじゃなくて、こいつもな。うちの団長と、ここの島の管理者が知り合いらしくてな。結託したのか何なのか、学生やれって命令されてんだ」
「それは……すごいね。スカウトされたんだ」

 同期ということがわかったからか、若干砕けた口調で少年が言う。
 が、あまり気乗りのしないムジカとしては面白くもない。未だに引きずっている、してやられた感のままに呟いた。

「身売りの間違いだろ?」
「そういう言い方よくないと思うっすよ。傭兵暮らしよりはまだいい生活できるし、貧乏暮らししなくていいし。いいじゃないっすか」
「……否定はできねえがなあ……」

 未練がましいのは分かるのだが、つい愚痴ってしまう。だがその辺りで足に重みを感じたので、ムジカは口をつぐんだ。
 と。

「――ライバル……」
「は?」
「ライバル登場ってやつね!」

 不意に妙なことを口走ったので、思わずムジカは半眼を向けた。
 流石にこの想いは皆に共有いただけたようで、茶髪少女も少年も、リムですら首を傾げてアーシャを見るが。
 そんなことなどお構いなしに、アーシャは勝手にヒートアップしているようだった。

「ちょっと口が悪くて生意気な同級生! しかも初日でノブリスの腕前見せつけてきた! これあたし知ってる! ライバルってやつでしょ!?」
「いや違う。そういうんじゃないし、見せつけた記憶もない――」
「あたし、アーシャ・エステバン! 今年からセイリオスに入学した、戦闘科の一年! 夢は最強のノーブル!! あなたには負けないからね!!」

 もはや話も聞いちゃいない。ビシッと指をさして、それはもういい笑顔で言ってくるアーシャに、ムジカはそれこそ白い眼を向けた。
 と、そのアーシャが隣の茶髪少女に視線を向けたので、何故か自己紹介の流れになる。

「あ、えーと……クロエ・リバリアントです。一般教養科、芸能専攻志望……です」
「サジ・リバリアント。二人と同じバリアントの出身で、学科は錬金科だよ。よろしく」
「……この流れでよろしくもクソもあるか?」

 思わずうめく。リムは「まーまー。いいじゃないっすか」などとなだめてくるのだが。
 ちなみにだが現代では、基本的に平民は固有の苗字を持たない。出身島の名前に“リ”と冠詞をつけたものを苗字とするのが慣習となっている。
 つまりこの場合、アーシャは貴族であり、クロエとサジは浮島バリアントの平民ということだ。
 そうして最後にこちらに視線が集まったので、ムジカは観念して呟いた。

「俺がムジカ。こいつがリム。グレンデルの出身だが、傭兵だしリマーセナルを名乗ってる。配属先は錬金科。以上」
「よろしくお願いします!」

 ぶすくれたムジカの隣で、初々しくリムが頭を下げる。相手の視線はどちらかと言えばリムに向かっており、幼い少女のそんな仕草に見守るような視線を向けていたが。
 こてんと、アーシャが首を傾げた。

「……なんで錬金科? ライバルは?」
「知らねえよ。他を当たれ、他を」
「なんでー!?」

 アーシャの悲鳴は、ひとまず無視した。
 なにしろ、これが学園都市セイリオスでの一日目だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

ロボリース物件の中の少女たち

ジャン・幸田
キャラ文芸
高度なメタリックのロボットを貸す会社の物件には女の子が入っています! 彼女たちを巡る物語。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

男女比がおかしい世界に来たのでVtuberになろうかと思う

月乃糸
大衆娯楽
男女比が1:720という世界に転生主人公、都道幸一改め天野大知。 男に生まれたという事で悠々自適な生活を送ろうとしていたが、ふとVtuberを思い出しVtuberになろうと考えだす。 ブラコンの姉妹に囲まれながら楽しく活動!

男女比の狂った世界で愛を振りまく

キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。 その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。 直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。 生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。 デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。 本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。

処理中です...