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1章 強制入学編

2-1 ライバル登場ってやつね!

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 エアフロントから、ところ変わってフライトシップ、バルムンク。

「――え、嘘。あんたノーブルじゃないの!?」

 外で騒ぐのもなんだったので、仕方なく案内したキッチン兼食堂にて。テーブルから身を乗り出して叫んだのは、あの赤毛ポニテの女だった。
 元々広くないフライトシップの、更に狭い食堂だ。テーブルも小さく、椅子に至っては三つしかない。ムジカの対面には赤毛女の他に彼女の付き添いだかが二人いるが、座れなかったのは予想の通りにひ弱そうな少年だ。もう一人のロングの茶髪少女はしれっと座っていたので、力関係がわかろうというものだが。
 ひとまずうるさい赤毛女に半眼を向けながら、ムジカはうんざりと答えた。

「そーだよ。だから決闘は撤回しとけ。第一いつの時代の話だよ、少し悪口言われたからって決闘とか。今時アホでもやらんだろ」
「あー、またアホって言ったー!」
「アホは今初めて言った。さっきはバカって言ったんだ」

 つい言い返してから、こういうところがよくないんだろうなと自覚はする。頬を膨らませる赤毛女から目を離せば、お付きの少女は呆れ顔で、少年のほうは苦笑していた。
 生ぬるい視線にため息をつく。

「まあそういうわけだから、話もこれで終わりだろ。とっとと帰ってくれ」
「ええ!? じゃああたしのこのやるせない気持ちはどうしろって言うのよ!?」
「知るか。そもそも決闘で晴らそうって発想がまずおかしいだろうが」
「ぐ、ぬ、ぬ……!」

 歯を軋らせて少女がうめく。ぐぬぬっていう奴本当にいるんだなあ、などと思わず感心する。
 と、さすがに思うところがあったのか、後ろに控えていた少年が申し訳なさそうに言ってきた。

「すみません、うちのアーシャがご迷惑をおかけします……」
「――いえいえ、こちらも大概ですから……」

 ムジカが何か言う前に、そんな声に先を越された。
 不機嫌に背後を振り向けば、キッチンのほうからリムがやってくる。手に持つ盆には淹れたばかりの茶が四つ。客三人とムジカ用らしい。
 その茶をテーブルに置きながら、愛想笑いを相手に浮かべて、

「聞けば、なにやらうちのが暴言を吐いたのがそもそもの原因だったようで……ほらアニキ、謝れば済む話なんだから、さっさと謝って」
「なんでだよ。<サーヴァント>でメタルと戦闘なんて自殺行為やらかしたアンポンタンだぞこいつ。どう考えてもバ――」
「ア・ニ・キ?」

 にっこりと、笑顔で――のみならず、そっと足の上に自身の足を重ねて、リム。こめかみの辺りがぴくぴくしていたので、ムジカは既に自分が崖っぷちにいることを察した。次に何か言えば、間違いなく足を踏まれる。
 そんな様子を、対面の赤毛女は目を丸くして見ていたが。

「あらやだ、いい子じゃない?」
「アーシャも見習って」

 これはその隣の茶髪少女。突き刺すような鋭さでぴしゃりと、呆れ顔で赤毛女――アーシャ?――に言う。
 そうして「うぐぅ」と呻く赤毛女にため息をついてから、彼女は言ってきた。

「なんというか、助けていただいたのに騒いでしまって、すみません。お礼を言いたかったのは本当なんです。ただ、アーシャも私たちを守ろうと必死だったから……」
「あの状況だと、アーシャが出てなかったらボクらも危なかったんです。あのバス、護衛が一人もいなくて……救援が来るまで時間が稼げそうなのは、<サーヴァント>しかなかったから……」

 バカって言われるのも仕方ないとは思うんですけどね、などと少年は苦笑する。
 そうして視線を向けた先、アーシャはすねたように呟いた。

「……だってあたし、ノーブルだもん」
「…………」

 だから、みんなを守るためにああしたとでも言うのか。
 思うところはあったのだが、言わない。むすっとしたリムが、こちらを睨んでいたのも何も言わなかった理由ではあるが。
 だがどちらにしても、取れる選択肢はそう多くない。不承不承、ムジカは認めた。

「事情はわかった。頭を下げる気はないが、言い過ぎたらしい。悪かった」
「……やけに、素直に認めるじゃない」

 呆気に取られてか、アーシャがぽつりとつぶやく。

「こっちは喧嘩も覚悟して来てたのに。暴力に訴えてくるわけでもないし、こんなに小さい女の子もいるし……あなたたち、ホントに空賊?」
「ああ? 空賊?」

 流石に聞き咎めて繰り返すと、彼女はきょとんと、

「え? 違うの? あのバスの業者さん、あなたたちが空賊で、法外な救助費請求してきたから逃げるって言ってたけど」
「最初に傭兵団だって名乗っただろ。法外な値段なんぞ吹っ掛けてもいねえよ。助けてもらっておいて人を空賊扱いとは、よくもまあ……」
「まあ仕方ないっすよアニキ。空賊の半分は食えなくなった傭兵みたいなところあるっすし」
「だからって、仕方ないでただ働きさせられたんじゃあな」

 慰めにもならないことをリムは言うが。まあ、実際にその通りではある。
 通常、ノブリスを駆ることのできるノーブルは浮島の紐付きだ。名前の由来でもある貴族がそもそも浮島土着なのだから、それは当然のことだ。
 そして貴族は一子相伝が基本だ。ノブリスは代々貴族の嫡子に受け継がれ、庶子はそのスペアとなって一生を終える――のが、普通だったのだが。
 古代魔術師の遺産であるノブリスを、最下級モデルとはいえ再現・量産化に成功したことで事情が変わった。<ナイト>級と呼ばれるその量産型ノブリスは、ただのスペアでしかなかった庶子たちにノーブルとしての活躍の機会を与えたのだ。
 そうした中で、より良い環境を求めて故郷を出る者たちが現れた。それが傭兵の始まりだ。

 つまるところ、元をたどれば傭兵も貴族ということになる――とはいえ、“ノーブル崩れ”などという蔑称がある通り、傭兵の待遇はよくはない。
 本来“ノーブル”という言葉は“ノブリスを扱える者”というだけでなく、貴族として“浮島を守る義務を負う者”という意味も含まれる。そのため傭兵は、そういった責務から逃げ出した裏切り者や扱いも珍しくない。
 故郷を捨てるほどの功名心に逸った者たちに、世間は厳しい。お抱えのノーブルもいるのだから、余所者への当たりが強くなるのは当然のことだ。だから傭兵の世界は世知辛く――食えなくなれば、お返しとばかりに世間に牙を剥く空賊になる。
 メタルへの対処で忙しいのに、人同士で争わなければならない。だから余計に憎まれるし、その予備軍は疎まれるわけだ。
 そういう意味で、リムの発言は正しいのだが。

「恩を売る気はないが、結果的に乾坤一擲に負けたんだ。恨み言の一つや二つ、言いたくもなる」
「だからって、この人たちに当たったってそれこそ仕方ないっすよ。ご学友になるかもしれないっすよ? いざこざは今のうちに――」
「え? 学友? 新入生なの!?」

 と、何故か目をキラキラさせて、アーシャが食いついてくる。
 余計なことを、とは思うが今更撤回もできない。リムに半眼をくれてやりつつ、ムジカはため息交じりに答えた。

「俺だけじゃなくて、こいつもな。うちの団長と、ここの島の管理者が知り合いらしくてな。結託したのか何なのか、学生やれって命令されてんだ」
「それは……すごいね。スカウトされたんだ」

 同期ということがわかったからか、若干砕けた口調で少年が言う。
 が、あまり気乗りのしないムジカとしては面白くもない。未だに引きずっている、してやられた感のままに呟いた。

「身売りの間違いだろ?」
「そういう言い方よくないと思うっすよ。傭兵暮らしよりはまだいい生活できるし、貧乏暮らししなくていいし。いいじゃないっすか」
「……否定はできねえがなあ……」

 未練がましいのは分かるのだが、つい愚痴ってしまう。だがその辺りで足に重みを感じたので、ムジカは口をつぐんだ。
 と。

「――ライバル……」
「は?」
「ライバル登場ってやつね!」

 不意に妙なことを口走ったので、思わずムジカは半眼を向けた。
 流石にこの想いは皆に共有いただけたようで、茶髪少女も少年も、リムですら首を傾げてアーシャを見るが。
 そんなことなどお構いなしに、アーシャは勝手にヒートアップしているようだった。

「ちょっと口が悪くて生意気な同級生! しかも初日でノブリスの腕前見せつけてきた! これあたし知ってる! ライバルってやつでしょ!?」
「いや違う。そういうんじゃないし、見せつけた記憶もない――」
「あたし、アーシャ・エステバン! 今年からセイリオスに入学した、戦闘科の一年! 夢は最強のノーブル!! あなたには負けないからね!!」

 もはや話も聞いちゃいない。ビシッと指をさして、それはもういい笑顔で言ってくるアーシャに、ムジカはそれこそ白い眼を向けた。
 と、そのアーシャが隣の茶髪少女に視線を向けたので、何故か自己紹介の流れになる。

「あ、えーと……クロエ・リバリアントです。一般教養科、芸能専攻志望……です」
「サジ・リバリアント。二人と同じバリアントの出身で、学科は錬金科だよ。よろしく」
「……この流れでよろしくもクソもあるか?」

 思わずうめく。リムは「まーまー。いいじゃないっすか」などとなだめてくるのだが。
 ちなみにだが現代では、基本的に平民は固有の苗字を持たない。出身島の名前に“リ”と冠詞をつけたものを苗字とするのが慣習となっている。
 つまりこの場合、アーシャは貴族であり、クロエとサジは浮島バリアントの平民ということだ。
 そうして最後にこちらに視線が集まったので、ムジカは観念して呟いた。

「俺がムジカ。こいつがリム。グレンデルの出身だが、傭兵だしリマーセナルを名乗ってる。配属先は錬金科。以上」
「よろしくお願いします!」

 ぶすくれたムジカの隣で、初々しくリムが頭を下げる。相手の視線はどちらかと言えばリムに向かっており、幼い少女のそんな仕草に見守るような視線を向けていたが。
 こてんと、アーシャが首を傾げた。

「……なんで錬金科? ライバルは?」
「知らねえよ。他を当たれ、他を」
「なんでー!?」

 アーシャの悲鳴は、ひとまず無視した。
 なにしろ、これが学園都市セイリオスでの一日目だった。
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