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1章 強制入学編

1-3 どーせ、俺たちには関係のない連中だしな

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 ――“浮島”はメタルを生み出した人類が、それでも生き延びるための最後の手段として作られた。
 人々の欲望がメタルを生み出したその日から、メタルと人類の戦いは始まった。
 それは絶望的な戦いだった。人の願望を読み取って学習し、実現する能力が、人間を効率的に殺すための機能として変質したからだ。
 各個体の学習結果はメタルの核個体へと集積され、最適化されたうえで共有される。メタルを倒すために選ばれた手段が、次回には通用しなくなる。人類がその絶望に気づくのに、時間はかからなかったという。

 だから人類は逃げ出した。
 勝ち目のない戦いに臨むのではなく、空へと逃げて、雲の上へと身を隠すことを決めた――かつての戦士たちがメタルに命がけの攻撃を仕掛け、手間取られているその隙に。
 戦士たちは成し遂げた。人類が空へと逃げる時間の捻出と、メタルの核個体の破壊に成功した。
 核を失ったことでメタルの学習結果は初期化され、集積機能もまた破壊された。一時的に全ての知識を失ったメタルは、空へと逃げる人間を追う手段を失った。
 文字通りに命を対価として、彼らは人類の命脈を繋ぐ偉業を成し遂げた――

 以来、空にはいくつもの島が浮いている。雲の中にその身を隠した、人類の揺り籠が。
 “学園都市”セイリオスもまた、その一つだった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 浮島、セイリオスに停留したフライトシップからタラップを伝って。

「――アニキはいつもそうっす。あーしが整備するからって、面倒押しつけるのが当たり前になってる。あのガン・ロッド、ホントにどうするっすか。直らないっすよあれもう。どうしようもないのに直してーとか言われても困るんすよ? なのに毎回好き勝手壊して――聞いてるっすか!?」
「あー……うん。聞いてる聞いてる」
「ホントに聞いてるっすか?」
「聞いてる聞いてる。しっかり聞いてる」
「……ホントに?」
「ホントにホントに」

 リムの愚痴を八割がた聞き流しながら、ムジカは久方ぶりに浮島の大地の感触を踏みしめた。
 フライトシップとは違う、わずかにも揺れを感じない足元の感触に、自然とほおがほころぶ――が、それに気づかれるとリムの説教を真面目に聞いていなかったこともバレるので、慌てて引っ込める。
 ムジカたちの船は浮島の船着き場、通称エアフロントに停められていた。見た目はただの港だ。何もない島外縁部に、空船の類が止められるようになっている。
 関所や、周辺空域を警護するノーブルたちの詰め所も用意されているが、大部分はただの広間だ。

 浮島を構成する要素は、正直どこも大差がない。
 都市機能は島中央部に固められ、そこから離れるに連れて農業区や食糧生産プラント、ノブリス用演習場など広い土地が必要な施設が増え、人の気配も減っていく。
 そして本来なら、島外縁部にあるエアフロントは最も閑散としているエリアだ。何故ならそこに住む者たちにとって、エアフロントは用のない場所だからだ。
 エアフロントに来るのは二種類の人間だけだ。島に来た者と、去る者。商人、傭兵、旅人、罪人――そんなような連中しか、エアフロントは使わない。
 だがしばらく広間で辺りを観察した後、ムジカはきょとんと眼をしばたかせた。

「……なんでこんなに人がいるんだ?」

 ざっと見た限り、数十人ほどの人影がそこにはあった。
 皆、若い――というより、大人がほとんどいない。ムジカと同年代だろう子供たちの姿ばかりだ。しかもなぜか、皆一様に同じ服を着ている。エアフロントにはフライトバスがいくつか停泊していたので、どうやらそれに乗ってきたようだが。
 と、背後のリムが同じように辺りを見回して、「あっ」と声を上げた。

「あー、そっか。セイリオスって“学園都市”だったっすか」
「がくえんとし?」

 聞き覚えはあるが、なじみはない。
 少しだけ頭をひねって、引っかかった言葉をそのまま吐き出した。

「っつーと、アレか? 周辺の浮島のガキども集めて、英才教育行うとかいう。んじゃあれ、全員学生か?」
「じゃないっすか? 雰囲気初々しいですし。たぶんあれ、他の島から来た新入生じゃないっすかね。ほら、そろそろそういうシーズンのはずっすし」
「ふうん」
「……興味なさそうっす?」
「まあ、そらな」

 肩をすくめて返答する。
 一応、学園都市の知識自体はムジカも持っていた。要は学習拠点の集積による次世代育成の効率化を目指した、浮島の一形態だ。
 小難しい理由や理屈、意義はは忘れたが、周囲の浮島から子供たちを集めて、先進的な教育でエリートを養成しようとかなんとか。雑なまとめ方をすると、そういうものだったと記憶している。
 今このエアフロントにいる彼らも、つまりはそのために集められた子供たちなのだろう――が。

「どーせ、俺たちには関係のない連中だしな。もらうもんもらって、直すもん直したら出てくわけだし……それよりラウルは?」
「通信してるっすよ? まだ船内っす」
「まだ?」

 先ほど助けたフライトバスの持ち主と、まだ交渉中なのか。
 事後交渉にしたってさすがに長すぎないかと呆れていると、慌ててリムが訂正してきた。

「ああ、バスの人たちとはもう話ついたっぽいっす。そっちじゃなくて……なんか、学園都市の偉い人に話があったらしくて」
「お偉いさんに? なんでまた?」
「さあ? <ナイト>の整備とかっすかね? なんかよくわからないっすけど、ツテと話するから外出てろとかなんとか」
「……いい歳こいたおっさんが、学園都市のお偉いさんにツテねえ?」

 ラウルがセイリオスの卒業生だった、とかだろうか。だがそんな話は聞いたことがなく、ムジカは首を傾げた。
 傭兵団などと自称しているが、アレでラウルは遠く離れたとある浮島の元貴族だ。その彼が、故郷から遠いこの浮島で学生をやっていたとは思えないのだが。
 と、ちょうどそのタイミングだった。

「――おお、お前ら。よかった、まだ出かけてなかったか」

 その声に背後を振り向けば、船からラウルが顔を出していた。
 のっそりとタラップを伝って降りてくる。行儀悪く煙草をくわえて歩くその様は、典型的なダメオヤジのそれだが。
 呆れたように目を細めたリムが、それでも真面目に訊いた。

「父さん。交渉はどうなったの? さっき言ってたツテ? っていうのと話はついたの?」
「ああ、それなんだが……まあ感触は悪くない。んだが……」
「んだが?」
「ぶっちゃけちまえば、これからだな」
「これから?」

 意味がわからず、きょとんとしたリムと顔を見合う。
 怪訝に眉根を寄せて視線を戻せば、ラウルは煙草の紫煙を吐き出して、こう言った。

「直接顔見て話がしたい、とさ。相変わらず可愛げがあるんだかないんだか……ま、お前たちにも関係ある話だ。ついてきてもらうぞ」
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