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4章
4-1 そういやお前、今日は学校どうすんだ?
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翌日。
いつもの時間、いつものアラームに叩き起こされて、ヤナギはのっそりとベッドから這い出た。いつもと変わらない平凡な目覚め。登校までのタイムスケジュールもまたいつものようにギリギリだ。
さっさと制服に着替えると、ヤナギは自分の部屋から出て――
リビングのソファに見慣れないものが鎮座している異常事態に、思わず硬直した。
「…………」
「…………」
「あ……お……おは、よう」
「ああ、おはようさん」
アマツマだった。そういや泊めたんだったと、あいさつされてからようやく思い出すが。
彼女は昨日の見たときと同じように、部屋の中なのにまたカッパを着こんでいた。異常事態というのはそれもある――パジャマ姿の同級生とどちらがインパクトが強いかと問われたら、なかなか悩むところではあったが。
「……そこまで見られたくないもんか? パジャマって」
問うとアマツマはわずかに頬を朱に染めて、露骨に話題を変えてきた。
「う、うるさいな……それよりキミ、いつもこんな時間に起きてるのか?」
「まあな。限界ぎりぎりまで寝てられる時間、見極めてたらこうなった」
「朝食、食べないの?」
「ゼリー飲料買ってあれば飲むくらいかな。飯より睡眠優先だよ。作る時間も、食べる時間ももったいないし」
「それは……なんというか、ひどい生活だね?」
「うっせ。いいんだよ俺はそれで」
唇を尖らせて言い返してから、ひっそりと嘆息する。
(昨日と比べりゃ、少しはマシな顔になったか?)
本調子というわけでもなさそうだが、一晩経ってメンタルもある程度は回復したらしい。昨日の迷子のような様子はもうない――
と、はたと気づいてヤナギは訊いた。
「そういやお前、今日は学校どうすんだ?」
昨日、アマツマは荷物らしい荷物は何も持っていなかった。となれば当然、学生服もバッグもない。学校にジャージを置いているなら、服は最悪それでどうにかなるかもしれないが。
訊くと、アマツマはすねたように、
「それをキミと相談したかったんだけど……まさかキミが、こんな時間まで寝てるなんて思わなかったよ。時間なくなっちゃったじゃないか」
「んなこと今言われても。話したいことがあったなら起こせばよかっただろ?」
「……もしかしてキミ、自分で言ったこと忘れてる?」
「あん? 何を?」
「キミの部屋見たら怒るって言ってたの、キミじゃないか!」
いきなりそんなことを言われて、一瞬思考が止まる。そういえば以前、そんなことを言ったような記憶があるような……もはやうろ覚えだが。
そんなことよりも、そんな小言を律義に守っていた微妙な殊勝さに、ヤナギは生ぬるい目線を向けた。
「男の家に泊めろって押しかけてくるくせに、その程度の約束は守る慎ましさはあるのな」
「……ねえ。言い出しっぺのキミがそれ言うのはどうなの?」
「うるせえな、悪かったよ。んでなんだっけ、お前が学校どうするか?」
雑に謝って、一旦話を元に戻す。
といって、深く考えるほどのものでもない。問題は今日休むかどうかなのだから、状況次第では平然とズル休むヤナギには簡単な話だった。
「別に、今日は休んじまってもいいんじゃねえか? どうせ今日なんかテスト返しがメインだろうし。授業も先に進まんだろうし、ほっといてもダメージは少ないだろ」
「ん……まあ、それはそう、なんだけど……」
何か引っかかることがあるらしい。深刻そうな顔でアマツマは考え込むと、やがてこう訊いてきた。
「……勝手に休んで、親に連絡行ったりはしないかな?」
「しないんじゃないか? まあ無断で何度も休んだら連絡行くかもしれんけど。先生に風邪とかって連絡入れときゃ大丈夫だろ」
「そっか……うん、そっか」
納得したようにうなずくアマツマを横目に見やりながら――
ヤナギはこっそりと嘆息した。
(むしろ、親から学校のほうに連絡行ってそうだけどな)
娘が家出したが、何か知らないか。娘は出席しているか。普通の親ならそう学校に相談していてもおかしくはない。下手したら警察沙汰もありうる。
その辺りを不安視していないということは、昨日から薄々察してはいたが、親との仲があまりよくないということなのか。家庭事情のこととなると、ヤナギからは訊きにくい。
だから極力その話題には触れずに告げた。
「ま、欠席が気になるなら別に遅刻でもいいんじゃないか。朝は家帰って制服とかの準備して、昼過ぎ辺りに出てくるとかでもさ」
「……ヒメノ。キミ、時々学校休んだり遅刻してきたりしてるけど、もしかして」
「さあて、なんのことやら」
白々しく肩をすくめる。対するアマツマの反応は、呆れと苦笑を多分に含んだため息だった。
なんにしても、これ以上のんびりしていると遅刻する。適当に登校の準備を済ませると、急いで玄関へ――
「あ、そうだ。アマツマ、これ」
と、ヤナギは思い出して、アマツマにポケットから取り出したものを放り投げた。
手のひらに収まるサイズの小さなものだ。慌てて受け取ったアマツマがそれを見やって、きょとんと声を上げる。
「……なにこれ?」
「予備鍵。俺もう学校行くけど、お前がいるとカギ閉められんし。お前が出てくタイミングでいいから、家出るときはカギ閉めてくれ。んで、後で返せ」
んじゃなと言い置いて、ヤナギはそそくさと玄関を出る――
と。
「あ……えと。いって、らっしゃい……」
「――…………」
背中から聞こえてきた、おずおずとした声。
そんなことを言われるとはかけらも思っていなくて、つい硬直してしまったが――
背中越しに手を振ると、振り返らずに玄関の扉を閉めた。
新婚とか、同棲してるみたいだとか、そんなことをわずかにでも考えてしまったことに羞恥を覚えながら。
いつもの時間、いつものアラームに叩き起こされて、ヤナギはのっそりとベッドから這い出た。いつもと変わらない平凡な目覚め。登校までのタイムスケジュールもまたいつものようにギリギリだ。
さっさと制服に着替えると、ヤナギは自分の部屋から出て――
リビングのソファに見慣れないものが鎮座している異常事態に、思わず硬直した。
「…………」
「…………」
「あ……お……おは、よう」
「ああ、おはようさん」
アマツマだった。そういや泊めたんだったと、あいさつされてからようやく思い出すが。
彼女は昨日の見たときと同じように、部屋の中なのにまたカッパを着こんでいた。異常事態というのはそれもある――パジャマ姿の同級生とどちらがインパクトが強いかと問われたら、なかなか悩むところではあったが。
「……そこまで見られたくないもんか? パジャマって」
問うとアマツマはわずかに頬を朱に染めて、露骨に話題を変えてきた。
「う、うるさいな……それよりキミ、いつもこんな時間に起きてるのか?」
「まあな。限界ぎりぎりまで寝てられる時間、見極めてたらこうなった」
「朝食、食べないの?」
「ゼリー飲料買ってあれば飲むくらいかな。飯より睡眠優先だよ。作る時間も、食べる時間ももったいないし」
「それは……なんというか、ひどい生活だね?」
「うっせ。いいんだよ俺はそれで」
唇を尖らせて言い返してから、ひっそりと嘆息する。
(昨日と比べりゃ、少しはマシな顔になったか?)
本調子というわけでもなさそうだが、一晩経ってメンタルもある程度は回復したらしい。昨日の迷子のような様子はもうない――
と、はたと気づいてヤナギは訊いた。
「そういやお前、今日は学校どうすんだ?」
昨日、アマツマは荷物らしい荷物は何も持っていなかった。となれば当然、学生服もバッグもない。学校にジャージを置いているなら、服は最悪それでどうにかなるかもしれないが。
訊くと、アマツマはすねたように、
「それをキミと相談したかったんだけど……まさかキミが、こんな時間まで寝てるなんて思わなかったよ。時間なくなっちゃったじゃないか」
「んなこと今言われても。話したいことがあったなら起こせばよかっただろ?」
「……もしかしてキミ、自分で言ったこと忘れてる?」
「あん? 何を?」
「キミの部屋見たら怒るって言ってたの、キミじゃないか!」
いきなりそんなことを言われて、一瞬思考が止まる。そういえば以前、そんなことを言ったような記憶があるような……もはやうろ覚えだが。
そんなことよりも、そんな小言を律義に守っていた微妙な殊勝さに、ヤナギは生ぬるい目線を向けた。
「男の家に泊めろって押しかけてくるくせに、その程度の約束は守る慎ましさはあるのな」
「……ねえ。言い出しっぺのキミがそれ言うのはどうなの?」
「うるせえな、悪かったよ。んでなんだっけ、お前が学校どうするか?」
雑に謝って、一旦話を元に戻す。
といって、深く考えるほどのものでもない。問題は今日休むかどうかなのだから、状況次第では平然とズル休むヤナギには簡単な話だった。
「別に、今日は休んじまってもいいんじゃねえか? どうせ今日なんかテスト返しがメインだろうし。授業も先に進まんだろうし、ほっといてもダメージは少ないだろ」
「ん……まあ、それはそう、なんだけど……」
何か引っかかることがあるらしい。深刻そうな顔でアマツマは考え込むと、やがてこう訊いてきた。
「……勝手に休んで、親に連絡行ったりはしないかな?」
「しないんじゃないか? まあ無断で何度も休んだら連絡行くかもしれんけど。先生に風邪とかって連絡入れときゃ大丈夫だろ」
「そっか……うん、そっか」
納得したようにうなずくアマツマを横目に見やりながら――
ヤナギはこっそりと嘆息した。
(むしろ、親から学校のほうに連絡行ってそうだけどな)
娘が家出したが、何か知らないか。娘は出席しているか。普通の親ならそう学校に相談していてもおかしくはない。下手したら警察沙汰もありうる。
その辺りを不安視していないということは、昨日から薄々察してはいたが、親との仲があまりよくないということなのか。家庭事情のこととなると、ヤナギからは訊きにくい。
だから極力その話題には触れずに告げた。
「ま、欠席が気になるなら別に遅刻でもいいんじゃないか。朝は家帰って制服とかの準備して、昼過ぎ辺りに出てくるとかでもさ」
「……ヒメノ。キミ、時々学校休んだり遅刻してきたりしてるけど、もしかして」
「さあて、なんのことやら」
白々しく肩をすくめる。対するアマツマの反応は、呆れと苦笑を多分に含んだため息だった。
なんにしても、これ以上のんびりしていると遅刻する。適当に登校の準備を済ませると、急いで玄関へ――
「あ、そうだ。アマツマ、これ」
と、ヤナギは思い出して、アマツマにポケットから取り出したものを放り投げた。
手のひらに収まるサイズの小さなものだ。慌てて受け取ったアマツマがそれを見やって、きょとんと声を上げる。
「……なにこれ?」
「予備鍵。俺もう学校行くけど、お前がいるとカギ閉められんし。お前が出てくタイミングでいいから、家出るときはカギ閉めてくれ。んで、後で返せ」
んじゃなと言い置いて、ヤナギはそそくさと玄関を出る――
と。
「あ……えと。いって、らっしゃい……」
「――…………」
背中から聞こえてきた、おずおずとした声。
そんなことを言われるとはかけらも思っていなくて、つい硬直してしまったが――
背中越しに手を振ると、振り返らずに玄関の扉を閉めた。
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