プールサイド

なお

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夏休みのこと。
大きな大会の後に突然佐久間先生が辞めた。本当に突然で、お別れ会もできなかった。


「さくちゃん、仕事で転勤だってねー」

「楽しかったのにねー厳しかったけど……」

「ボランティアだもんね、仕方ないけど寂しいよね…」

「ミキ、好きだったもんね~っ」


更衣室、佐久間先生との別れを惜しむ先輩たちの向こうで彩夏先輩が着替えをしていた。


「……何?波多野さん」

私に気づいた彩夏先輩が、あからさまに鬱陶しそうに答える。

夏の大会、彩夏先輩はフリーリレーで出場していた。
ずっと休んでたのに、急に部活に顔出すようになって……
佐久間先生と何かあったのかなと思ってた。

「何でもありません、すみません。ぼーっとしてただけです」

「あっそ」

煩わしそうにされたけど……
彩夏先輩も、佐久間先生の被害者じゃないのかな。





「それではっ!佐久間先生は来られなくて残念でしたが、打ち上げはじめます!カップ持ってー!」

部長の合図でジュースで乾杯した。
夏の大会で3年生は引退する。秋の大会も出場する人はいるがごく稀で、コウキも引退組だった。

「やだぁ…もぉーっ」

甘えた彩夏先輩の声に、コウキの笑い声……
さっきから、隅の方で彩夏先輩とコウキがくっついて、いちゃいちゃしている。

何やってんですか?
藍瑠も二人を見て、眉をひそめてる。

「いいの?あれ」

「いいも何も。私関係ないし……ジュースおかわりもらお」

と言いながら、私は心狭いのかも。同じ場所にいるのが疲れる。



参加していた水島先生や山本先生が退席しても、会は終わらなかった。

前田先輩と藍瑠はまだ残ると言ってて、私は先に帰る事にした。他の1年生も帰っているし……

「波多野さん、帰るの?」

笑顔の彩夏先輩が寄ってきて、どんな顔していいのかわからず頷いた。

「はい……」

横からコウキが出てきた。

「なお帰んの?」

「コウキ先輩は帰っちゃだめですよー?」

「帰んねーけど…じゃあ、なお、後でな」

「うん」

夜の待ち合わせの約束を交わしても、彩夏先輩はずっとコウキの隣にいた。

同じ佐久間先生の被害者で、いなくなってくれて安心しただろうなって勝手に思い込んで、心配してたけど……
やっぱり彩夏先輩はよくわからない。



*-*-*-*-*-*-*


下駄箱前で上履きを脱いでたら、外にちょっと猫背の男子がいた。
野原君だ。

大会見にきてくれて、その後もちょっとは喋ったけど、そのまま夏休み突入しちゃって……
今……一人かな?
急いで靴履いて、植え込み花壇から覗き見る。
話しかけてみてもいいかな……

「のっ……」

声がひっくり返り、野原君が振り返る。

「びっくりした。水泳部まだいたんだ?」

って笑って立ち止まってくれた。

久しぶりの笑顔は胸に来る。


「いたよー。お別れ会してて…」

「そうなんだ。ウチのお別れ会は秋のコンクール後だって」


野原君は、私が隣に来たら、ゆっくり歩き出した。

ん…ちょっと見た感じがいつもと違う?
髪が……?

「野原君、髪切った?」

聞いたら、すぐに自分の髪を触りながら。

「切った……切りすぎた。でもけっこー前の話だから、元に戻りつつあるよ」

「あははっ」

かわいいなぁ。
髪切りすぎただけなのに、照れながらゆっくり、ぽそぽそって喋るのが……

「波多野は、ひとり?」

「うん。藍瑠はまだ残るって言ってたから」

「あ、八木さんも来てたんだ」

「そうだよ」

「そっか」

ちょっと沈黙……
夕暮れの中、間は一人分開けて、野原君と歩いてる。

「先輩は?」

「前田先輩もまだ残ってるよ」

「違うよ。波多野の方。先輩と一緒に帰らないの?」


野原君は苦笑していた。
コウキでしたか……

「帰らない。お別れ会だし……」

「3年だもんね。幼馴染なんだっけ?」

「うん、そんな感じで……」

あんまりコウキの話はしたくないな……と、別の話題を振ってみる。


「最近、野原君はどうなの?藍瑠のこととか」

したら、野原君は苦笑いした。

「八木さんより、気になる子がいるから、今はその子かな」

「えっ⁉︎誰⁉︎」

「あはは、すげー食いついた笑」

いやいや、だって……
新たに好きな子できたら、もう……うまく行っちゃうかもしれないじゃん。

って……


ずるいこと考えてる自分に気づいて、何も言えなくなった。

私にはコウキがいるのに。


「野原君の気になる子って合唱部?」

「違うよ」

「えー…じゃあ同じクラス?」

「そう」

「えっ?同じクラス?」

誰…?
うちのクラスと言えば、チア部のあの子も、サッカー部のマネしてる子も人気だよね。

「全然わかんない……」

「わかんない?ヒントだそうか?」

「お願いします」

もう、日が落ちて、空はオレンジ色。
野原君の顔も、見えるけど学校で見るほど鮮明じゃない。



「えーっとね……」


なぜかドキドキ、してきた。

私の隣で野原君は、口元を隠すようにしてて……

「水泳部だよ」


野原君が、どんな顔してるのか見えない。

うちのクラスの水泳部は、藍瑠と私しかいない。
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