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覚醒

8.『第六陣』の真価

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エリアスの意識はしばらくの間戻らなかった。

1時間が経ち、2時間が経ち、3時間が経った頃にやっとのことで目を覚ました。

幸運にもエリアスのいるルームには何故か魔物達が近づいて来なかったことが彼を助けた。

「っと。いたたたた。」

意識が戻っていつものように座った状態から立ち上がろうとした時に、自分の体が自分のものではないかのような重さを感じる。言わば、自分の体が自分のことを縛るおもりとなっているといったところだろうか。
しかもタチが悪いことに体を動かせないなりに体を動かそうとすると、その部分からピキッと痛みが走る。

つまり体を動かせない。

最初の魔物を倒したはいいけどこのままだと魔物に殺されてしまうことは想像に難くない。複数の魔物に囲まれたら勝てるビジョンが見当たらない。

と、その時に不思議なものを見る。

自分の右手の甲を見てみるとそこに刻まれているはずの複雑怪奇な模様がどうしてかすべて消え去っていた。

魔法陣の色に変化はないものの、今の自分の魔法陣に刻まれているのは淵を覆う円形の幾何学的紋様が重なり合った魔法陣の中にただ一つの線が横切っていた。

そして軽いショックが脳を襲う。

エリアスはこの理不尽な魔法陣の全容とはいかないまでも、基本的な性能を理解するに至る。

理不尽だ。本当に理不尽な魔法陣だ。
率直にそう思った。

この魔法陣。
『第六陣』の名前は『神の試練ステアーズ

この魔法陣は天使でもなければ堕天使でもない。
自分たちが一番に崇めるべき神からの授かりものなのであった。

神からの授かり物であるがためにこの魔法陣はひどく残酷な設定がされている。

───それが発現条件

〈この陣を持つものが単独で20階層以上のモンスター討伐〉

今までの世界にこれを達成できた者はいないらしい。
この全く思いやりが感じられないこの条件により、神からの試練という名の神の娯楽によりどれだけの辛い生活をしている者が出てきたことだろうか。

無能だと決めつけられ、奴隷や性奴隷にまで落とされ、家族に見捨てられ、友人に見捨てられ、好きな人にも拒絶される。

そんな状態でどうやってこの陣が開花しようか?

ダンジョンに投げ捨てられた『第六陣』が戦闘能力を持っていないのも確か。だが、それ以上に心が戦える状態じゃないのだ。自分のことは棚に上げておくが、これまでも研究だけならされてきた。だが、そんな馬鹿げた条件を突きつけられるとは誰も思ってもみなかっただろう。

それゆえにこの魔法陣は理不尽。

バランスを壊せる理不尽さかもしれない。



今回の発言で得たものはこれだ。

〈全能力強化小〉«等価交換エクスチェンジ»

魔法陣の効果は未だに《第五陣》程度にしかないのに何をもってこの魔法陣の評価をエリアスが下しているのか。

それが*異能*

«等価交換エクスチェンジ»

・自分が所有権を持つものと同程度の価値を持つあらゆるものと交換が可能。


たった1文の説明文。
だがそこにはスキルには絶対に現れることの無いような内容が説明されている。

スキルはいわば小さな補助のためのものだ。
オリジナルスキルやユニークスキルを除けば、殆どが常時発動型の微小な効果を与えるだけのそんな程度のもの。

しかしこれは違う。

魔法はこの世に存在する事象の中からその内で少し弄れば可能となりそうなことしか起こせない。
例えば、ファイヤーボールを使う場合は空気中に存在する可燃性のものが燃えることを助長させてそれを塊として集めるという行為をしているだけである。

雷の魔法だってこの世界に存在する+と-の力を使いそれを人間に効果を与えるほどの規模に拡大して攻撃という形で使っているに過ぎない。

闇と光は特殊なので例外とも呼べるかもしれないが、それは天使の力が宿っていがためのことであり基本的にはこの世界に起こる事象はこの世界の中で完結するものである。

そういう訳でもう1度«等価交換»を見てみよう。

短い説明文も何が言いたいかはわかる。細かいことや、使い方についてはこれから繰り返せば良い。

だけれども、対価を与えた時に現実のものとして現れる交換物はどうやって現れるのだろうか。
今この瞬間にこの力を使えば恐らく虚空から″等価″なものが現れるのだろうか。

視線をルームの中心に向ける。

そこに存在するのは自らの勝利の証。
ダンジョンへの挑戦権を得たエリアスの冒険の証。

魔石を取りに行こうと動こうとしても逆に動く度に悪化していく身体は諦めて、この異能を試すことを決める。

この能力はどうやら選択肢が出る類のものでは無いらしい。
何に交換できるかなんてことを調べてみても全くわかる気がしない。それならば検証していくしかない。
しょうがないのでイメージをつくる。

まずは不可能そうなもの。
おとぎ話に出てくる英雄、この世界の現在の最高攻略者が持っていたとされる漆黒の剣。

それは相手の硬度に関係なく何もかもをバターのように切り開くらしい。全力で振った暁には、その衝撃波だけで周りのものが細切れになるとも言われている。

そんな漆黒の剣────endless───を思い浮かべる。

頭の中でなにかにアクセスする感覚を覚える。
身体中の血が、魔力が、意識が。
その全てが脳へと持っていかれ…………

パチンと何かが弾けた感覚を覚える。
どうやら等価ではないものであるらしいとこのように接続途中に弾かれてしまうらしい。

先程までは懸念するのを忘れていたが、交換失敗に終わっても使用中の魔石が使用済みにならなかったことにひと安心する。

そこでもう1度、今度は再現可能な武器を制作しようと考えるが、そこで思いとどまる。

どうしてなのか分からないが今ここでこの魔石を使うべきではないと何かが自分の中から囁いてくる。

その時、エリアスの目にはまさにとは異なる彼の戦利品──暗殺者集団から奪った刀──を捉えた。

その刀は相当の実力を持っていそうであった暗殺者集団に引けを取らぬ業物である。価値があるからといって今のエリアスに必要なものかと言われると答えはノーだ。

次に願うのは目に見えない力。

等価とは何であろうか。
物々交換は等価交換といっていいであろう。
商品とお金の交換も等価交換であろう。
概念を売り払う特許申請もまた等価交換といっていい。

エリアスは考える。

等価と言われれば人はものを、この世に存在する物体を考えてしまう。しかしそれらだけが本当の等価値なのか。

目に見えるすべてを信じられない自分だからこそ、はたまた
現在戦う苦痛故に至った思考であったか。

"等価な"交換をする。

「この刀と体の回復を交換」

今回はイメージなど必要なかった。
身体中の魔力が血流が感情が一気に活性化する。
その魔力はエリアス固有のものでないものが混じりあっておりそれらは彼の体から閃光となって発散していく。
それは《等価交換》によって得られた対価による魔力。

閃光は体の外側からだけでなくエリアス自身を光源としているかのような印象を見ている人がいたら抱いたことだろう。

欠陥部分へと光の帯がが収束していき、そこに新たな器官を、組織を、細胞を作っていく。
体の内部では折れた骨を再生し、断裂した筋肉を光の束で繋ぎ合わせ、等価な交換にするためなのか、体の循環が滞る部分をスムーズに動くように矯正する。

外部の損傷は閃光が集まり、一瞬のうちに光が散乱して幻想的な光景を作り出すとともにエリアスの体は万全な状態へと変化していく。

黄金色に煌めく輝きが収まる頃には自らの足でまた、ダンジョンの中に佇んでいた。

「な、治ってる……」

自らの魔力が使われた形跡はない。
突然謎の魔力が自分の体から増幅して現れ、傷という傷を内外問わず治していった。

多分あの刀は相当の業物であったのであろうか。体を万全の状態にするだけでなく、疲労回復の効果もついていた。
しかも驚くべきことにこの力は本当に✤異能✤であるらしい。

通常回復魔法を使用する場合は自然治癒能力を促進させて、体力と引換にして自らの体の回復に努めるものだ。
それに対して今回の《等価交換》では魔力を使用したような経験はあるものの、疲労回復の効果はエリアスの体を治してから発動されていた。

つまるところ、ただの回復魔法のように体力は減少することは無かった。それは回復後に疲労回復が行われたことより明白な事実であった。

何よりも疲労回復の魔法はこの世に存在しないのだ。

疲労回復ができれば寝ずに動き続けられるし、回復を無限にすればいつまででも動き続けられてしまう。そしてこの世界の理をねじ曲げる行為でもあるからだ。

「どうやら本物みたいだ…………。」

なんと言えばいいかわからない感情が襲ってくる。

無能だと蔑まれ、村を追われ、新たに来た王国ならばと思っていたが結局暗部と思わしき者達に連れ去られこのザマだ。
ここで終わっていくんだと思っていた。

それがどうだろうか。
今はまだ弱い。
それこそ奴隷身分の第五陣と身体能力は変わらない。むしろ弱いくらいだ。

だけど歩いて行ける。
弱者に甘んじ続けるのではなく強者になる道が目の前に広がっている。
そして弱者の気持ちがわかる、そんな本物の"強さ"を得られる人間になれるかもしれない。

割り切れない気持ちは割り切らないで。割り切れる気持ちは割り切って。これからは他人に守られる人生じゃなくて自分の人生を歩いて行ける。そのことがとにかく嬉しかった。

そうして思い出す。

「シャロは元気にしてるかな。」

自分も人のことは言えないがまだ10歳の少女。
ホントはタダの励ましのために言ってくれたと思っていたあの言葉が今ここで実となって現れた。
最後まで信じてくれた女の子。

「さっさとここから出ないとな。」

新たに自分に誓おう。
この力は自分のためじゃなく、守りたいものの為でもなく、失わないために使おう。
守るなんておこがましいことは言わない。だから、自分の手のひらの中から取りこぼさないように。

水のように隙間から溢れ出すなら固めて氷にしてしまえばいい。それでも流れ出すくらいなら蒸気にしてでもすくい上げて見せよう。

そのためにも早く強くならなければいけない。
ここから出ないとやりたいことはすべて実現されはしない。
今はまだ最弱。
その事を改めて胸に刻み、今度は記録に残る1歩を踏み出していけばいいのだ。


スタスタスタスタ

と、そんなことを考えていると、どこからか足音がここへと近づいてくる。

咄嗟に交換に失敗した、それでもそこらのものとは比べ物にならないくらいには立派なダークスピリットの魔石をポケットに入れてその足音を待つ。

新たな選択肢が自ら近づいてきてくれた幸運に心からの感謝を自分の運命に贈る。

ダンジョンというものはこの世界である。
この世界であるが故に規模を考えれば一目瞭然、とにかく広いのだ。約半月歩いてやっと階層の端から端でたどり着き、その構造が正方形上に広がっておいる。
さらに一つしかない上層への階段を探し求める旅なのだ。

ここで人に会えることを奇跡と呼ばずしてなんと呼べばいいだろうか。歩いて来る足音はすぐ近くまで来て立ち止まる。

行動を開始するなら今しかない。

「どうか僕をダンジョンから出るのを手助けしてください」

体を空中で折り畳みながら地べたへと頭をこすりつける。
命の対価としてならこれくらいの事は全くと言っていいほどにおしくない。

「はっ?無理に決まってるじゃん。」

希望は潰えた。




















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