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覚醒
4.決心
しおりを挟む翌朝、起きたエリアスの頭の中は色々なものが混じりあい、エリアス自身の処理能力を超えてしまい一番大きな恐怖という名の本能的な感情に支配されていた。
「僕は人を殺してしまった…………。」
やらなきゃ殺されてしまうという状況であったことに代わりはないのだが、やはり心構えも覚悟もないままに、もっと言えばまだ10歳という年齢にして人殺しという経験値を得てしまったという事実は変わらない。
この世界の人々が他の世界の人々よりも危険溢れるダンジョンでの生活ということで早熟に設定されていたとしても、頭でわかっていることと理解することは別なのと同様に行動と精神は必ずしも一致している訳では無いのだ。
人格形成に影響を与えてしまっても無理はないのである。
「うぁぁぁ。あああぁぁぁぁ」
瞳を閉じれば脳裏にあの時の瞬間が襲ってくる。
そんな様子を見た彼の両親はエリアスの側でしきりに彼の心配をする。
元とは言えば最初から本気で臨んでいればエリアスがスキルを使う必要も、人を殺す必要さえもなかったと多大な後悔をしていたのだ。
エリアスの心の中では両親についての謎も渦巻き今は正気を保っているのが難しい状態でもあった。
『第二陣』と『第一陣』の持ち主。
それはエレノア帝国のために力を持つものは力を捧げることを余儀なくされる存在。
エリアスの両親は一端の冒険者に過ぎなかったと言っていたがそこについて何かが引っかかる。
だがエリアスの心の安寧を保つためには今日一日くらいは何もせずに静かに過ごすことがいいのかもしれないということになりその日は家族3人で過ごすことになる……はずだった。
朝ごはんを食べ、話をしたり本を読んだりなど静かな時を過ごし昼ごはんを食べ終えた頃だろうか。
コンコン
外で扉を叩くことがする。
絶対にこれは面倒事である。
それゆえに誰も出ようとはしない。
コンコン
…………
コンコン
…………
ガンガンガンガン グシャ、
扉が壊れる鈍い音が響く。
そして扉の奥からは魔物討伐のためにとこの村へと居座る帝国の騎士達だ。
「おいおい、皆さんいらっしゃるのではございませんか。居留守とは私たちを馬鹿にしておられるのですか?」
騎士たちの先頭に立ち、下卑た笑みを浮かべるその隊のリーダー格の男が遠慮なく家へと乗り込んでくる。
「まずは名乗るが礼儀だろ?そもそも許可なく部屋に入ってくるんじゃねぇよ。」
マークレンが少し声色を落として話しかける。
「あらあら?私たちには罪人に名乗る名前などないに決まってるじゃないですか。まさか冗談でも言ってるんですか?」
険呑とした雰囲気を漂わせるサリアが声を発する。
「えっ?だれが罪人ですって?もしかして自分たちのことと間違えちゃってません?大量殺人犯さん?」
そんな彼らの様子に気づいた上でその騎士は更に煽り、相手の冷静さを奪い自分の優位な状況へ誘い込もうとする。
「はい?無実の一村人に向けて弓を放ったり魔法を飛ばそうとしていた人間に対する防衛行為を大量殺人犯呼ばわりですか?あらあら話になりませんわね。」
「今勝手にこの家に入ってきているお前達は不法侵入罪だからな?わかったら早く出てけ。」
そう言うとなぜだか彼らは大人しく1度エリアス一家の家からいちど退散する。
と、一件意味のない行動のように思えたのだがそれにはしっかりと、エリアスたちへの外にいる人たちへの視線誘導という役割が潜んでいた。
そこには……
「アンタらが殺人犯か!!!」
「よくもうちの夫を…………」
「おとうしゃんどこ?もう帰ってこないお?」
「殺す殺す殺す殺す殺す」
騎士達の後ろには家族を失った方々がゾロゾロと続いてきていた。
「ここにはあなた達に大切な家族を奪われたいわば証人がたくさん存在するのです。正直に言えば真実がどうということではないのですよ。民意がどうであるかなんですよ。」
リーダー格の男はペラペラとその内情を簡単に話してくれる。どうせエリアス一家が短くないうちに死ぬことを確信している故の言動であるのだが。小物であればあるほどそういったセリフに憧れてしまうのも仕方のないことと言えよう。
このまま行けばま、彼はこの村の正義のヒーローになれるのだから。
もし昨日の惨劇を見ていたならばこんな愚か選択はしなかっただろう。
「申し遅れましたね。私は皇帝の第8の剣クラリスと申します。」
名前を名乗ると同時に彼は自分の手の甲を見せつけるような動作をする。そこにはもちろん『第一陣』が存在している。
「だから何?」
そろそろ怒りが頂点に達していたエリアスは条件反射で応えてしまう。
それもそのはず。この前まではエリアスは村の中でも人気者だった。優しく、気配りが出来てその上に人を引きつける何かを持っていた。
しかし、彼の魔法陣が『第六陣』であることを知った瞬間にシャロンと両親以外は離れていった。その中にはもちろんそれまではいつも仲良く遊んでいたメンバーも沢山いるわけで。サリアに頼まれてお使いに行く時に会っていた近所のおじさんおばさんも沢山いた。
そして今のエリアスが目にする光景を改めて見渡そう。
いけ好かない帝都から来さた自称皇帝直属の部下、いわゆる近衛兵である「帝国の剣」が現れただけで、社会的弱者である自分の事をそのもの達はほぼ全員も全員殺そうとした。
自分のことを殺そうとしただけなら罪に問われないために怒りはあるもののどうこういうことは出来ない。
でも彼らは両親までもを殺そうとしたただの賊だ。
賊が討伐されたことに何が文句があるのだろうか?
元仲のよかった村人だからとかそういう事は関係ない。
今この家の前に現れている奴らは「帝国の剣」であろうとなんであろうと関係なくみんな等しく賊なのだ。
「『第一陣』だから何?別に僕を殺せばいいんじゃない?なのにどうしてお前らは僕の両親までもを殺そうとしてるんだよ。それはただの殺人だよ?しかも「帝国の剣」が動いているってことは帝国の総意ということでいいんだよね?」
「あとから揉み消せばどうとでもなることも分からないガキだとは。まあ『第六陣』だからしょうがないか。」
エリアスが怒りの炎を燃やしている時にさらなる怒りの炎を燃やす人達が彼の前にさらに2人存在していた。
「お前が第一陣?帝国の剣?そんな実力でよく誇れるな。喧嘩を売る相手さえも見誤るようなやつはいなかったことにすれば問題ないか。」
「ふふふふ、カスが黙ってろ、ですよ?」
二人はその言葉とともに、マークレンはいつもはポーカーフェイスのはずの眉間にシワを刻んで、サリアは優しそうないつもの笑みを獰猛な狩りを楽しむかのような笑顔に変える。
そして威圧を解放する。
「な、なんだこれは……。」
そこには圧倒的強者が存在していた。
後ろで騎士達の腰巾着のように着いてきていた村人は一人残らず意識を刈り取られその場で倒れていた。
騎士達は流石に『第一陣』を持っているだけはあって倒れるものこそいないが大半のものは立っているだけがやっとで、体を動かそうとしても金縛りにあったように動かない。
辛うじて体を動かせるのは隊の先頭にいた5人ほどだけであった。
「おっと。俺たちも自己紹介するの忘れてたなサリア。」
「あらあらそうでしたわね、あなた」
彼らはいつも自分たちの手につけていたグローブを外す。
もちろんそこに存在するのは『第一陣』と『第二陣』
「マークレン・ウォードだ。」
「サリア・ウォードよ。」
まだ意識を手放していない騎士達はその名を聞き愕然とする。
それもそのはず冒険者や騎士を目指すものならふたりを知らない者はいないだろう。
────────人類最高階層到達者───────
つまり、現在生存している人種の中で最強の名を冠している者達である。
「て、て、『帝国の守護者』様……!?」
騎士達はその名を知った瞬間に尊敬をすることはあれど敵対する意志は微塵もなく、さっきまでの態度とは180度変わった対応をすることを心に誓った。
「あらあらそんな呼ばれ方をしていた時期もありましたね」
ここに来て1度二人は凄むのを止める。
相手の戦意が完全に喪失していたことを確認したのだ。
「おふたり様が子供を育てられるために活動を休止されているとお聞きしていましたが、まさかこの村にいらっしゃるとは思っても見ませんでした。これまでの非礼本当に申し訳ありませんでした。何卒私の首だけで勘弁していただけないでしょうか。」
先程までの横柄な態度から一転していかにも騎士といった言葉遣いや礼儀をとり、クラリスは自分の非を認め過ちを償おうとする。
「これは非公式的なことだ。別にお前が償う必要は無い。
が、この責任は…………国にとってもらう。」
「国!?」
「あら?私達は殺されそうになったのよ?」
死ぬ気など微塵もなかったが一市民としての建前を述べるサリア。そもそもの話し殺されそうになったことには全く怒ってなどいない。しかし彼女は……
「まあそれは建前なんですけどね。今回エリアスに人を殺すという経験をさせた帝国になぜ私達はこれからもいなくてはいけないのかしら?」
「俺達が見ていないところでエリアスが殺されたらどうなるだろうな?間違いなく俺たちは命を失ってでも帝国を潰すだろうな。」
次に口を開けばどんな衝撃的なことを言われるのかは想像はつかないが、どっちにしろまともな事は言われないであろう目の前の2人の強者に、いくら「帝国の剣」であるクラリスであろうと何も口を挟むことは出来ないし挟む気も起きなかった。
そして結論がもたらされる。
「エリアス、早く帝国を出ましょうね。王国でも『第六陣』は差別されるかもしれないけれど多分ここよりはマシですよ。」
「そうだな。向こうの承諾はとってあるしそうするか。」
この国の最強の冒険者の隣国への流出が決まった。
だが、
「シャロが、まだ帝都にシャロが残ってるんだ。」
エリアスの心配は自分のことではなく、帝都へと強制的に連れていかれたシャロンの事だった。
だが他を思う故の美徳な心が自分のことを窮地に陥らせることを、第六陣の本当の立場を体験していないエリアスにはまだ深く理解出来ていなかった。
そもそもエリアスは第六陣の中でもぬるま湯に使っているような状態なのだ。近くには両親がいてくれて幼馴染という心の支えが存在している。人殺しの経験値は積んだものの人間の本当に恐ろしく醜い部分が見えていないのだ。
「エリアス、お前は弱い。誰よりもだ。しかも殺されても文句が言えない。そんなお前がシャロンちゃんを守れるのか?自分のことでさえ守れないのに彼女を守るのは現実的じゃない。だから待つんだ。彼女は強くなる。そして、お前も強くなるんだ。その時にエリアスお前が彼女を迎えに行けばいい。」
「でも一度あの国へ行けばこの国へは……」
あくまでエリアスは『第六陣』。
誰よりも社会的立場は低いのだ。
戻ってくれば殺される。
そもそも入国さえもできない。
「申し訳ないがエリアスは王国の市民とはなることが出来ない。やはり第六陣を国民にするつもりは耄碌ないつもりらしい。だがそれはエリアスにとってのチャンスじゃないか?」
暗に向こうでの国籍がないのであればエリアスの国籍は帝国のもので固定されたままになってしまうのだ。
それを示唆してマークレンは言っていた。
「エリアス、あなたは私たちの子供なのよ。強くならないわけがないわ。だからこそ待ちましょう。シャロンちゃんにの隣に立てるくらいに強くなりなさい。たとえ魔法陣という才能が手に入らくても強くることは不可能ではないわ。」
いつもあらあらうふふしているサリアも真剣モードだ。
完全に話に置いていかれているクラリスたち帝国騎士の皆さんは、口を馬鹿みたいに開けたまま何も言えないし何も言わない。
「わかった。僕が弱いのは僕自身がよく知ってる。だからこそ人生に悔いだけは残したくない。最弱のまま死んでもしょうがないとは思う。でも、出来ることだけはやってから最期を迎えたいな。」
黙ってサリアとマークレンは頷く。
「という事だ。クラリスと言ったか。これは決定事項だからしっかりと皇帝へ伝えてくれろ。」
では行くか。
そう呟くと必要なもののみを持ち家に背を向ける。
帝国を捨てるのだ。ここで得たものは持っていかない。
ここから新たな道が。
良くなるはずの未来が始まるのだから。
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