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エピローグ

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 窓からは木漏れ日が差し込み、少し冷え込む朝を迎える。
 今日もいつものように、私の部屋でグレイが紅茶を入れていた。

 カップの中には、アプリコットとレーズン。それから少し前に市場で買った新しいラズベリーが、ドライフルーツになって入っている。


「そういえばリンゴはどうしたの?」

 私がそう尋ねると、向かいのテーブルで紅茶を飲むグレイが応えた。

「リンゴは日持ちがするのでいくつかはそのまま置いて、残りはジャムにしたようですよ。そういえばジェーンが明日アップルパイを作るといって張り切っていましたね」


 初冬に入って、家の周りには落ち葉が枯れて広がっている様子が窓から見える。

 あれから私たちは、毎朝こうして一緒に紅茶を飲むようになった。ずっと近くにいたのに、身分という見えない隔たりで分けられていた私たち。
 殆ど一緒の席に着くことなんてなかったし、彼がいつも一歩後ろにいたから並んで歩くこともなかった。
 なんだかやっと、本当に隣にいてくれているのだと実感する。


「とても嬉しそうですね。楽しみですか?」

「もちろん。甘いものは好きだし、私もジェーンと一緒に作ろうかな」

 グレイが何か勘違いをしてくれたので、そのまま誤解してもらうことにした。


「そういえば、馬をもう一頭増やすと言っていたわよね。それはいつ頃来るの?」

「一応春前にと考えています。ここから一番近いアルミナの町で事業を始める予定ですから、それまでには整えようと」

「その時には私も連れて行ってもらえるのよね?」


 以前、春になったら町に行こうと言われていたことを思い出して聞いてみた。

「もちろんそのつもりです。大工道具とか、菜園に必要なものなどが欲しいのですよね」

 私の浮かれた気分が伝わっているのか、面白そうに笑いながらそう話す。


「リディア様は……」

「もう、敬称は付けないでと言ったでしょ? 私がグレイと呼んでいるのだから、あなたにもリディアと呼んでほしいの」

 以前に伝えた言葉を再び口にする。どうもグレイは口癖になっているようで、敬称を付けないことに不自然さを感じているらしい。 


「……リディア」

 言いにくそうに、困ったような顔をして私の名を呼ぶ。でもそうしてくれないと困ってしまうの。
 私はいつまでも、あなたと主従関係でいることなど望んでいないから。



 初めてクレイが私の従者になってくれた時、こんなに誠実そうで素敵な人が私の側にいてくれるなんてと嬉しく思った。
 仕事だから一緒にいるのだと分かっていても、私を気遣い、側にいてくれる彼を次第に好きになって。人生の最後をこの人と過ごせるのなら、死も怖くないと思っていた。

 でも、昔の私がそんな気持ちでいたことを知ってしまったら、きっと彼は気に病んでしまうから今はまだそれを伝えない。



 それにしても、日本人になってまであなたを好きになるなんて思わなかった。
 ゲームでクレイだけが消えてしまうあの“バグ”は、運命に必死で抗おうとした爪痕だったのかもしれないと、冗談半分で思ったりしている。

 あちらの世界とこちらの世界との繋がりなんて、私には分かりようもないけれど。
 再びリディアとしてあなたに出会えたことは、とても幸運なことだった。



「リディアは、乗馬の心得はあるのですか?」

 グレイは春になってからのことを色々と考えてくれているらしい。


「私は外に出ることは少なかったから、あまり得意ではないの。慣れるまではあなたの馬に一緒に乗せてくれる?」



 春になるのはもう少し先。

 焦らずに、ここで楽しくあなたと暮らして、いつか素直に好きという気持ちを伝えられたらいいなと思っている。







〈終わり〉

 
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