30 / 34
29.解き放つ力〈グレイ編⑥〉
しおりを挟むロドルフ様の生誕パーティまであと一週間となった今日。
緩やかに朝が始まり、いつも通りの穏やかな日常が流れている。
本当ならば私がリディア様に手を掛けてしまう運命の日。そして今夜、それに終止符を打つためにここまでやってきた。
私は夕食後にリディア様を部屋まで送り届けた後、まっすぐに自室へ向かいその時を待っていた。
「私、グレイさんが敵だなんて信じたくない!」
目を赤くして、神子様が真っ直ぐに私を見つめてそう訴える。
神官に呼び出されて聖堂までやってきた私は、泣きそうな顔をした神子様に、私達の天眼を視たのだと説明された。
この日のために仕掛けた魅了。想定していた通り、神子様はここまで誰にも話さず私を一番に呼んでくれた。
「町を守るために魔獣討伐にも協力してくれたグレイさんが、絶対に悪い事をする人じゃないって、私知ってるから!」
神子様は今にも泣きそうな顔で私を見上げる。それを直視できずに目を伏せたまま、今まで口にしてきた言葉を彼女に贈った。
「私はラダクールで過ごすうちに、美しいこの王国を愛してしまいました。私たちは国王たちの命を狙う刺客として送り込まれたことは本当です。でも私はもう従うことはできない」
神子様の天眼が事実であることを認めると、ようやく事態を把握した神官達によってその内容が王宮へと伝達される。
おそらくこれから王宮が混乱しはじめるのだろう。これからの起きる展開を知っている為、落ち着いて彼らの到着を待つ。
それから程なくして、ロトス様が兵を従えて聖堂までやってきた。
「兄上は先に国王に話を通しに行っている。しばらくしたらこちらに来られるから、それまでにアリスの天眼とグレイの話を聞かせてくれ」
私は抵抗することなく、幾度と繰り返してきた話を彼に披露した。
明らかに動揺し戸惑うロトス様に、自らの罪を認め「申し訳ありませんでした」と謝罪する。
今度こそ終わりにするから。
永久にも思えた長い間、何度でも私を信頼し友人になってくださった。この計画が成功したらもう二度と会うことはないかもしれないけれど、私はあなたたちとラダクールの平和を心から願う。
「リディア様がこちらに参られました!」
報告に来た兵の言葉を受けて、ロトス様は聖堂の外へと向かわれた。私はここで、以前から考えていた最後の舞台を用意する。
闇の力を使い、白い髪色をしていた頃の自分に錯覚させ、私は『クレイ・モアール』であり白騎士と呼ばれた男であると、この場にいる全ての人々に暗示をかけた。
そうしてそれは、私の思い描いていた通りになった。
リディア様を糾弾する場面。繰り返されてきた舞台の中で、リディア様が声を上げる。
「グレイ、お願いだから返事をして。あなたはグレイだったじゃない!」
「君はグレイ・ノアールなのか? どういうことか説明してくれ!」
リディア様とロドルフ様の鋭い声が届く。
期待していた通り、やはりこのお二人はわかってくれた。私……クレイ・モアールを憶えていたくださったから、この暗示にかからなかった。
この現象は、私が能力を色々試していた時に偶然発見していた。思った通りの言葉を聞けて、心が満たされる思いだった。
私がグレイになって初めてお会いした時、お二人だけが私に不快感を示された。
その理由が、私も経験していた”既視感”であるとすれば、二人の中には”眠りの浅い”記憶があるかもしれない。もしそれに揺さぶりをかけることができたら、眠っていた記憶を起こすことができるのではないかと考えた。
ここが運命を翻すところだと思った。
私は神から身を隠すように、私の中にあった闇を大きく解き放った。周囲は闇に覆われ、景色が黒に溶けていく。
灯されていた明かりは薄くなり、ロトス様も神子様も見えなくなっていった。
そして、私たちだけがこの闇の中にいる。ここに取り残されたお二人は言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしている。
戸惑ったままのロドルフ様に謝罪の言葉を述べて、私が大切にしていた物を手渡した。それは私と一緒に付いてきた懐中時計。蓋の下に小さな手紙を挟み、それを渡した。
今回のことの簡単な説明と、私たちがいなくなった後にしてほしい事が短く書いてある。全てを押し付けてしまうことを、私は心からロドルフ様に詫びた。
「私は貴方を心から尊敬し、良き友人でいてくださったことを生涯の誇りにいたします。……どうかお元気で。我が友、ロドルフ様」
私はリディア様の身体を抱えあげ、振り返ることなく走りだした。この王宮を闇に染めながら、ここに住まう人々の記憶を奪っていく。
そして密かに呼び寄せていた飛竜の元まで辿り着き、それに乗って大空へと舞い上がった。
◇
◇
◇
王都を抜けていくつかの町や村を過ぎると、ようやく大森林が見えてきた。その更に奥にまで目を向けると、そこには小さな灯が見える。
「森の中に明かりがある?」
リディア様も気付かれて私を振り返ってそう尋ねられた。頷いて答え、そこが目指す場所であることを伝えた。
地上を行くのと違い、空の飛行はあっという間に目的地へと運んでゆく。それでもある程度の時間がかかるため、風当たりで冷えないようマントをしっかり片手で掴んでリディア様を抱き止める。
そうしてやっと着いた先は木々の少ない開けた場所だ。近くには小さな湖があり、その周辺はぽっかりと開いて、空の星空も眺められる。
私はリディア様を抱えて降ろし、目の前に建つ家の中に入っていった。
「旦那様、おかえりなさいませ」
私は出迎えた男にマントを預け、リディア様に中へ入ってもらった。
彼は私が雇った使用人で、この家の管理を任せていた男だ。家の中には小さな火が起こされており、部屋の中は程よい暖かさが保たれている。
「随分と待たせてしまったね、マイロ。遅くに申し訳ないが、ジェーンに温かい飲み物を用意するように伝えてくれ」
私はそう言ってリディア様を部屋の中央まで案内した。終始驚いた様子で部屋を見渡しているので、こちらへどうぞと暖炉の前のテーブルに導く。
「あの……これってちゃんと説明してくれるのよね?」
驚いたように目を丸くしているものの、その表情には影がない。彼女に怖い思いをさせたのではないかと不安だったから、その様子に少しだけほっとする。
「ええ、もちろんそのつもりです。今飲み物の用意をしてもらっていますから、それからお話しましょう」
メイドから紅茶を差し出された後、私はここに至るまでの長い話を語った。
0
お気に入りに追加
103
あなたにおすすめの小説
死亡フラグ立ち済悪役令嬢ですけど、ここから助かる方法を教えて欲しい。
待鳥園子
恋愛
婚約破棄されて地下牢へ連行されてしまう断罪の時……何故か前世の記憶が蘇った!
ここは乙女ゲームの世界で、断罪され済の悪役令嬢だった。地下牢に囚えられてしまい、死亡フラグが見事立ち済。
このままでは、すぐに処刑されてしまう。
そこに、以前親しくしていた攻略対象者の一人、騎士団長のナザイレが、地下牢に現れて……?
猛禽令嬢は王太子の溺愛を知らない
高遠すばる
恋愛
幼い頃、婚約者を庇って負った怪我のせいで目つきの悪い猛禽令嬢こと侯爵令嬢アリアナ・カレンデュラは、ある日、この世界は前世の自分がプレイしていた乙女ゲーム「マジカル・愛ラブユー」の世界で、自分はそのゲームの悪役令嬢だと気が付いた。
王太子であり婚約者でもあるフリードリヒ・ヴァン・アレンドロを心から愛しているアリアナは、それが破滅を呼ぶと分かっていてもヒロインをいじめることをやめられなかった。
最近ではフリードリヒとの仲もギクシャクして、目すら合わせてもらえない。
あとは断罪を待つばかりのアリアナに、フリードリヒが告げた言葉とはーー……!
積み重なった誤解が織りなす、溺愛・激重感情ラブコメディ!
※王太子の愛が重いです。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?
悪役令嬢と攻略対象(推し)の娘に転生しました。~前世の記憶で夫婦円満に導きたいと思います~
木山楽斗
恋愛
頭を打った私は、自分がかつてプレイした乙女ゲームの悪役令嬢であるアルティリアと攻略対象の一人で私の推しだったファルクスの子供に転生したことを理解した。
少し驚いたが、私は自分の境遇を受け入れた。例え前世の記憶が蘇っても、お父様とお母様のことが大好きだったからだ。
二人は、娘である私のことを愛してくれている。それを改めて理解しながらも、私はとある問題を考えることになった。
お父様とお母様の関係は、良好とは言い難い。政略結婚だった二人は、どこかぎこちない関係を築いていたのである。
仕方ない部分もあるとは思ったが、それでも私は二人に笑い合って欲しいと思った。
それは私のわがままだ。でも、私になら許されると思っている。だって、私は二人の娘なのだから。
こうして、私は二人になんとか仲良くなってもらうことを決意した。
幸いにも私には前世の記憶がある。乙女ゲームで描かれた二人の知識はきっと私を助けてくれるはずだ。
※2022/10/18 改題しました。(旧題:乙女ゲームの推しと悪役令嬢の娘に転生しました。)
※2022/10/20 改題しました。(旧題:悪役令嬢と推しの娘に転生しました。)
完 モブ専転生悪役令嬢は婚約を破棄したい!!
水鳥楓椛
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢、ベアトリス・ブラックウェルに転生したのは、なんと前世モブ専の女子高生だった!?
「イケメン断絶!!優男断絶!!キザなクソボケも断絶!!来い!平々凡々なモブ顔男!!」
天才で天災な破天荒主人公は、転生ヒロインと協力して、イケメン婚約者と婚約破棄を目指す!!
「さあこい!攻略対象!!婚約破棄してやるわー!!」
~~~これは、王子を誤って攻略してしまったことに気がついていない、モブ専転生悪役令嬢が、諦めて王子のものになるまでのお話であり、王子が最オシ転生ヒロインとモブ専悪役令嬢が一生懸命共同前線を張って見事に敗北する、そんなお話でもある。~~~
イラストは友人のしーなさんに描いていただきました!!
転生した悪役令嬢は破滅エンドを避けるため、魔法を極めたらなぜか攻略対象から溺愛されました
平山和人
恋愛
悪役令嬢のクロエは八歳の誕生日の時、ここが前世でプレイしていた乙女ゲーム『聖魔と乙女のレガリア』の世界であることを知る。
クロエに割り振られたのは、主人公を虐め、攻略対象から断罪され、破滅を迎える悪役令嬢としての人生だった。
そんな結末は絶対嫌だとクロエは敵を作らないように立ち回り、魔法を極めて断罪フラグと破滅エンドを回避しようとする。
そうしていると、なぜかクロエは家族を始め、周りの人間から溺愛されるのであった。しかも本来ならば主人公と結ばれるはずの攻略対象からも
深く愛されるクロエ。果たしてクロエの破滅エンドは回避できるのか。
婚約破棄したい悪役令嬢と呪われたヤンデレ王子
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「フレデリック殿下、私が十七歳になったときに殿下の運命の方が現れるので安心して下さい」と婚約者は嬉々として自分の婚約破棄を語る。
それを阻止すべくフレデリックは婚約者のレティシアに愛を囁き、退路を断っていく。
そしてレティシアが十七歳に、フレデリックは真実を語る。
※王子目線です。
※一途で健全?なヤンデレ
※ざまああり。
※なろう、カクヨムにも掲載
転生したらただの女子生徒Aでしたが、何故か攻略対象の王子様から溺愛されています
平山和人
恋愛
平凡なOLの私はある日、事故にあって死んでしまいました。目が覚めるとそこは知らない天井、どうやら私は転生したみたいです。
生前そういう小説を読みまくっていたので、悪役令嬢に転生したと思いましたが、実際はストーリーに関わらないただの女子生徒Aでした。
絶望した私は地味に生きることを決意しましたが、なぜか攻略対象の王子様や悪役令嬢、更にヒロインにまで溺愛される羽目に。
しかも、私が聖女であることも判明し、国を揺るがす一大事に。果たして、私はモブらしく地味に生きていけるのでしょうか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる