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29.解き放つ力〈グレイ編⑥〉

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 ロドルフ様の生誕パーティまであと一週間となった今日。
 緩やかに朝が始まり、いつも通りの穏やかな日常が流れている。
 
 本当ならば私がリディア様に手を掛けてしまう運命の日。そして今夜、それに終止符を打つためにここまでやってきた。

 私は夕食後にリディア様を部屋まで送り届けた後、まっすぐに自室へ向かいその時を待っていた。




「私、グレイさんが敵だなんて信じたくない!」

 目を赤くして、神子様が真っ直ぐに私を見つめてそう訴える。
 神官に呼び出されて聖堂までやってきた私は、泣きそうな顔をした神子様に、私達の天眼を視たのだと説明された。  

 この日のために仕掛けた魅了。想定していた通り、神子様はここまで誰にも話さず私を一番に呼んでくれた。


「町を守るために魔獣討伐にも協力してくれたグレイさんが、絶対に悪い事をする人じゃないって、私知ってるから!」

 神子様は今にも泣きそうな顔で私を見上げる。それを直視できずに目を伏せたまま、今まで口にしてきた言葉を彼女に贈った。

「私はラダクールで過ごすうちに、美しいこの王国を愛してしまいました。私たちは国王たちの命を狙う刺客として送り込まれたことは本当です。でも私はもう従うことはできない」

 神子様の天眼が事実であることを認めると、ようやく事態を把握した神官達によってその内容が王宮へと伝達される。
 おそらくこれから王宮が混乱しはじめるのだろう。これからの起きる展開を知っている為、落ち着いて彼らの到着を待つ。

 それから程なくして、ロトス様が兵を従えて聖堂までやってきた。


「兄上は先に国王に話を通しに行っている。しばらくしたらこちらに来られるから、それまでにアリスの天眼とグレイの話を聞かせてくれ」

 私は抵抗することなく、幾度と繰り返してきた話を彼に披露した。
 明らかに動揺し戸惑うロトス様に、自らの罪を認め「申し訳ありませんでした」と謝罪する。

 今度こそ終わりにするから。
 永久にも思えた長い間、何度でも私を信頼し友人になってくださった。この計画が成功したらもう二度と会うことはないかもしれないけれど、私はあなたたちとラダクールの平和を心から願う。



「リディア様がこちらに参られました!」

 報告に来た兵の言葉を受けて、ロトス様は聖堂の外へと向かわれた。私はここで、以前から考えていた最後の舞台を用意する。

 闇の力を使い、白い髪色をしていた頃の自分に錯覚させ、私は『クレイ・モアール』であり白騎士と呼ばれた男であると、この場にいる全ての人々に暗示をかけた。



 そうしてそれは、私の思い描いていた通りになった。
 リディア様を糾弾する場面。繰り返されてきた舞台の中で、リディア様が声を上げる。


「グレイ、お願いだから返事をして。あなたはグレイだったじゃない!」

「君はグレイ・ノアールなのか? どういうことか説明してくれ!」


 リディア様とロドルフ様の鋭い声が届く。

 期待していた通り、やはりこのお二人はわかってくれた。私……クレイ・モアールを憶えていたくださったから、この暗示にかからなかった。
 この現象は、私が能力を色々試していた時に偶然発見していた。思った通りの言葉を聞けて、心が満たされる思いだった。


 私がグレイになって初めてお会いした時、お二人だけが私に不快感を示された。
 その理由が、私も経験していた”既視感”であるとすれば、二人の中には”眠りの浅い”記憶があるかもしれない。もしそれに揺さぶりをかけることができたら、眠っていた記憶を起こすことができるのではないかと考えた。


 ここが運命を翻すところだと思った。

 私は神から身を隠すように、私の中にあった闇を大きく解き放った。周囲は闇に覆われ、景色が黒に溶けていく。
 灯されていた明かりは薄くなり、ロトス様も神子様も見えなくなっていった。


 そして、私たちだけがこの闇の中にいる。ここに取り残されたお二人は言葉を失い、ただ呆然と立ち尽くしている。


 戸惑ったままのロドルフ様に謝罪の言葉を述べて、私が大切にしていた物を手渡した。それは私と一緒に付いてきた懐中時計。蓋の下に小さな手紙を挟み、それを渡した。
 今回のことの簡単な説明と、私たちがいなくなった後にしてほしい事が短く書いてある。全てを押し付けてしまうことを、私は心からロドルフ様に詫びた。


「私は貴方を心から尊敬し、良き友人でいてくださったことを生涯の誇りにいたします。……どうかお元気で。我が友、ロドルフ様」


 私はリディア様の身体を抱えあげ、振り返ることなく走りだした。この王宮を闇に染めながら、ここに住まう人々の記憶を奪っていく。

 そして密かに呼び寄せていた飛竜の元まで辿り着き、それに乗って大空へと舞い上がった。



 ◇
 ◇
 ◇



 王都を抜けていくつかの町や村を過ぎると、ようやく大森林が見えてきた。その更に奥にまで目を向けると、そこには小さな灯が見える。

「森の中に明かりがある?」

 リディア様も気付かれて私を振り返ってそう尋ねられた。頷いて答え、そこが目指す場所であることを伝えた。


 地上を行くのと違い、空の飛行はあっという間に目的地へと運んでゆく。それでもある程度の時間がかかるため、風当たりで冷えないようマントをしっかり片手で掴んでリディア様を抱き止める。


 そうしてやっと着いた先は木々の少ない開けた場所だ。近くには小さな湖があり、その周辺はぽっかりと開いて、空の星空も眺められる。
 私はリディア様を抱えて降ろし、目の前に建つ家の中に入っていった。




「旦那様、おかえりなさいませ」

 私は出迎えた男にマントを預け、リディア様に中へ入ってもらった。
 彼は私が雇った使用人で、この家の管理を任せていた男だ。家の中には小さな火が起こされており、部屋の中は程よい暖かさが保たれている。

「随分と待たせてしまったね、マイロ。遅くに申し訳ないが、ジェーンに温かい飲み物を用意するように伝えてくれ」


 私はそう言ってリディア様を部屋の中央まで案内した。終始驚いた様子で部屋を見渡しているので、こちらへどうぞと暖炉の前のテーブルに導く。


「あの……これってちゃんと説明してくれるのよね?」

 驚いたように目を丸くしているものの、その表情には影がない。彼女に怖い思いをさせたのではないかと不安だったから、その様子に少しだけほっとする。

「ええ、もちろんそのつもりです。今飲み物の用意をしてもらっていますから、それからお話しましょう」


 メイドから紅茶を差し出された後、私はここに至るまでの長い話を語った。


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