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27.罪〈グレイ編④〉

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 この大きな変化を好機と捉えた私にはやるべきことがあった。これから起きることに備え、今から準備を始めなくてはならない。


 長兄のいる近衛隊に入る前に、衛兵隊に所属することがが決まっていた私は、辺境地の守備隊への配属を希望した。
 特に魔獣の被害が多い大森林に一番近い町を望む者は他になく、あっさりとそこへ向かうことができた。

 副隊長としてその町を訪れた私は、その地の治安を守りつつ、時間の許す限り一人で森に向かう。
 その森に生息する植物や魔獣の種類、生息域について調べ、人と共存できる場所があるか探ることを目的としていた。
 もしリディア様をラダクールから連れ去るとしたら、人の立ち入らないこの場所にと考えていたからだ。


 そうした行動を取る時、私は同僚たちの記憶に少しだけ手を加えることをしていた。現れた魔獣には催眠をかけて服従させ、仲間には討伐したように見せかける。


 記憶の改竄とでもいえばよいのか。その能力があると知ったのは、私の名前が『グレイ・ノアール』となっていたことから推測して得た答えだ。

 私は周囲から「グレイ」と呼ばれはしたが、実は私の名前は変わってなどいなかった。家の記録にはしっかりと「クレイ・モアール」と書かれ、モアール侯爵家として名が残っている。しかし不思議な事に、この家の者の誰もが私を『グレイ』と認識し、この家を『ノアール家』だと思い込んでいた。


 なぜそんなことになっているのかしばらくの間謎だったが、そのうちにあることに気付く。
 私と関わりのない人は私を変わらず『クレイ』だと認識し、この屋敷に住む者、関わる者は『グレイ』だと思い込んでいる。そのおかげで、外では時々混乱を招いていることを知った。

 どうやらその考えは当たっていたようで、私が成人して外との関りが深くなるにつれ次第に「グレイ」だと思う人が増えていった。辺境地へ赴くまでの間、積極的に社交場に顔を出し宮廷にも足を運ぶ。

 その結果、私は完全に『グレイ・ノアール』になることができた。


 どうして違う名前で認識されたのかという理由は、今でもはっきりとはわからない。しかし思い当たることがあるとすれば、それは私自身が己を憎み否定し嫌っていたことが浮かぶ。
 それを自覚していた私は、ある仮説を思い付いて少し試してみることにした。

 初めは家の者に、手元にあるハンカチの色を尋ねることから始めた。それはシンプルな白だったが、私はそれを青色なのだと強く思いこもうとする。すると、彼らはそれを青だと答えて見せたのだ。
 それを何度か試してみたところ、私の意のままに相手の認識を変えることができた。それがわかったことで、この力が私の名前に影響を与えたのだろうと結論を出した。


 この力は、きっと後々の為に役に立つ。そう思った私は、できること、できないことを確認しながら、自分の能力を把握していった。

 人知を超えたこの強大な力を、自分で制御できるようにならないといけない。名前が勝手に変わってしまった時のように無自覚ではなく、全て自分の意思で行えるように。
 そして漠然としていたこの力を明確にするために、いくつかの種類に分けることを考えた。

 他人の記憶を書き換える改竄、見えないものを見せる幻覚、人を操る催眠、他人の感情を掌握する魅了。


 人への冒涜ともいえるこの恐ろしくも強大な力を、全ては神への反逆に使うつもりだった。
 この終わりのない輪廻ループに閉じ込めようとする神の手から、逃れる手段にしてみせる。

 そんな強い思いを胸に抱いて、私はただ粛々と準備をしてその時を待っていた。



 そうして時は流れ、私が二十歳になった頃。十六歳になられたリディア様が隣国の王太子と婚約式をするため、国王と共にラダクールに向かうことになる。
 近衛隊の一人として参加し、そのお姿を遠くに眺めて胸が締め付けられる思いがした。まだあどけなさの残る表情に、覚悟を決められた強さが見える。


 私はこの婚約式に近衛騎士として同行する前に、この力を使ったらどうなるかと考えたことがあった。
 このような両国が揃う場で、その場にいる全員の記憶を改竄させたらどうなるか。せめて数十年前に起きた戦争の記憶が無かったことになれば、セダ国王の煮えたぎる復讐心は失うのではないか。そうすればリディア様は平和な時を暮らせるのではないかと。

 一瞬名案にも思ったその考えは、あっさりと自分で覆す。

 これまで何度もリディア様を救おうとしてきたけれど、定められた運命から逃れようとすると必ずそこで戻されることを経験してきたではないか。

 今回もそうなる可能性を考えると、あまり迂闊に行動はできない
 私が得たこの不思議な力も、戻された後にも引き継がれているとは限らない。せっかく得ることの出来たこの大きな力を、安易な思い付きで逃すことはできなかった。

 私は考えを改め、慎重に事を進めることにした。あの日が訪れるまで私は神に逆らわない。従順な振りをして、最後に裏をかいてやるつもりだ。




 それから二年が経ち、とうとうリディア様と対面する日が訪れた。久しぶりに間近で見られたお姿は、幼さがすっかりと消え私の良く知る女性となっている。

「この度、従者として仕えることになりました、グレイ・ノアールと申します」

 幾度となく繰り返してきた挨拶を、今度は新たな名前で伝える。
 しかしそこで今までになかったことが起きた。突然リディア様が気を失われてしまうという、予期せぬ出来事。


 どういうことだ? 私は慌てて駆け寄り、椅子からぐらりと傾いたお身体を支える。
 こんなことは今までに一度もなかった。まさか私の力が、リディア様の意識に影響を及ぼしてしまったのか。
 そんな焦りの中、私は側にいた侍女セシルに寝室への誘導をお願いし、そのまま抱えあげてベッドまで運んだ。後のことはセシルに任せ私は医師を呼びに行く。


 今思えば、ここからおかしなことは起きていた。
 ただこの時はそこまで考えることはなく、それが発熱だと聞いてお身体の心配をした。そして私の力が作用したわけではないことと、翌日には回復したとの知らせを聞いて安堵した。



 リディア様の従者となって一か月を過ごし、ようやくその日がやってくる。

 最後の挨拶に向かう為、リディア様が国王のもとへ足を運ばれた。私はその後に付き従い、玉座の間へと入る。



「とうとう悲願を叶える時が来た。リディア、お前に全てがかかっている」


 厳しい声が耳に届く。その声を聴きながら、今日を私達と彼らと会う最後の日にさせるつもりだった。
 私たちは二度とここへは戻らない。人生をやり直すことをさせない。その誓いを胸に、私は静かに王とリディア様の言葉に耳を傾けていた。



「グレイ。どうかリディアのことを頼む。お願いだから守り切ってくれ」

 彼女の一つ上の兄、レオン様が去り際に縋るような目で私に訴えた。私は彼の望み通り、今度こそ本当にこの方を守るつもりでここにいる。

 しかしその代償として、私はここでやり遂げなくてはならないことがある。


「……どうか、皆さまもお元気で」

 そう言って部屋を出ていかれるリディア様の後ろで、私は今一度国王たちの方を振り返る。

 一礼をする振りをして、彼らからリディア様と私に関する一斉の記憶を奪い取った。
 私たちは初めからこの国に存在しなかった。そう思ってもらうために。


 姉のように慕われていた侍女セシルも、兄として頼りにされていたレオン様も、リディア様が王宮を出たら全て忘れてしまう。


 走らせる馬車の中で、何も知らずに寂しそうに王宮を眺めるリディア様のお姿を見て、私は静かに目を伏せた。

 私はこれからも、リディア様が王女として生きた証を消していかなければならない。
 それは、私が一生背負う罪となるだろう。


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