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25.残されたメッセージ〈グレイ編②〉
しおりを挟むラダクールへ入国すると、あのような無礼な要求をした国とは思えないほど私たちを歓迎する姿勢を見せられた。
初めはそれでも警戒して過ごしていたが、ある日転機が訪れることになる。
神子様が住んでいた町に魔獣が現れるとの知らせが入り、その討伐に協力してほしいと打診され参加した。
どうにか魔獣たちを倒し追い払うことには成功したが、ラダクールの兵は魔獣戦に慣れてなく負傷者を多く出しての帰還となった。
「貴殿の活躍には本当に助けられました。セダでは白騎士と呼ばれ、活躍されていたと聞いています。そしてリディア王女、貴女の寛大な心にも感謝します」
神子様の天眼によって魔獣討伐の成功を収めたところ、ロドルフ様からお礼の言葉と共に一つの相談を持ち掛けられた。
ラダクールは魔獣の被害が少なく、対策に必要な知識や技術が不足しているのだという。確かにセダは地理的に魔境の森とは大きく面しているため、この国と比べると魔獣対策は進んでいる。
その技術を、ラダクールの騎士や兵たちに伝授してほしいと話された。
「もちろんこちらからお礼もしますし、そのせいで貴女に不便な思いをさせるつもりはありません」
リディア様はその願いを快く受け入れ、私にできるだけ協力するようおっしゃられた。おそらくラダクールに恩を売り、信用を得ることを望まれたのだろう。
その為リディア様から離れる時間も多くなり、顔を合わせることが多くなった二人の王子とは急速に親しくなっていった。
明朗で華やかな第二王子、落ち着いた物腰で周囲を見渡す王太子。おそらく私は、この王宮に降り立った時からすでにこの国に心惹かれていたのかもしれない。
国王も王子たちも穏やかで威厳に満ちており、上に立つものとして正しくあろうとするその姿勢に感服していた。
セダ国王の強権政治を見てきた私にとって、彼らの姿勢は魅力的だった。しかし交流するにつれて、彼らの人柄に惹かれていく自分に戸惑いを覚えるようになった。
なぜなら私たちにはそれを許さない使命がある。リディア様と共に彼らの命を狙う立場であったから。
しかしこの計画について、私は早い段階から懸念していたことがあった。
それはここに来て初めて知った神子の存在。私たちにとっては大きな足枷となり危険な人となる。
だから神子の能力を聞いた段階で、この計画が破綻することも覚悟していた。降りかかる災いを視るというなら、私たちもその対象になりうるからだ。
神子様との初めての会談をした後、私はすぐにリディア様に進言した。
「リディア様。あの歴史書についてですが一度見直しましょう。神子様もお読みになるかもしれません」
近くには侍女も待機しているため隠語で言葉を交わす。「歴史書」というのは国王・王太子の殺害計画のことだ。本好きのリディア様が、話題に出しても不自然にならないよう決められたもの。それに絡めて天眼について切り出した。
「……そうね、その可能性もあるわね」
彼女はそう言ってしばらく考え込み、答えを言う。
「でもね、それについて私は“ペン”を執らないといけないの。まだわからないことを言ってもしょうがないのよ」
しっかりと話し合えないことがもどかしかった。常に誰かが側にいる状況で、いくつかの隠語だけでは自分の考えを伝えられない。
そうした環境のなか、私はラダクールとリディア様との間で長く悩むことになった。
そうして憂いた日々を過ごしていた頃、再び“既視感”を覚えることが起きた。二度目の“それ”に気付いたのは、神子様が懐中時計のありかを教えてくれてそれを手にした時だった。
話によれば、カラスが窓の隙間から入って咥えていってしまったらしい。天眼を視た神子様は私を聖堂に呼び出し、こっそりとその場所を教えてくれた。
宮殿の裏にある美しく並べられた花壇、その一角の茂みにそれは隠されていた。
私は懐中時計を拾い上げ、壊れていないか確認する。すると蓋との間に小さく折り畳まれた紙が挟まれてあることに気が付いた。
広げてみるとそこには短いメッセージが書かれており、それを見て少しの“既視感”が起きる。
その紙には『最後まで、共に』と書かれていた。筆跡を見て、これはリディア様が書かれたものだとすぐにわかった。
それを見た私は感傷的になり、その僅かな“既視感”はすぐに頭から消え去った。
どんな思いでこのメッセージを伝えたかったのか。
間もなく迫る決行の日を前にして、共犯者である私を鼓舞するつもりだったのかもしれない。もしくは、心に迷いが生まれていた私に対する牽制であったのかもしれない。
しかしその既視感を気にしなかった私は、今までと同じ道を辿り彼女の命を奪った。
この手で守るべき人に手を掛け、そしてまたセダへと舞い戻る。
それからどれだけ同じことを繰り返したかわからない。しかしある時、その既視感をはっきりと捉える時が訪れた。
それは紛失した懐中時計のありかを教えられ、そこで中の紙切れを見た時のこと。
そこには『逃げたい』と、一言だけメッセージが書かれていた。
それを見て、私は強い衝撃を受ける。私は以前にもこれと同じ経験をしたことがあると。
以前はそんな言葉ではなかった。本当ならばそこには『最後まで、共に』と書かれていたはずだと思い出した。
動悸が早くなり、嫌な汗をかく。
そのうちに己の愚行まで思い出され、これから起きることを知ることになった。
しかし私は『逃げたい』というメッセージについて考える。なぜ内容が変わっているのか。もしかしたらリディア様も、私と同じように記憶が蘇ったのではないかと予想した。
そして私は、彼女に亡命を提案しようと考えた。
『最後まで、共に』ではなく『逃げたい』と思うリディア様なら、一緒に逃げる道を選んでくれるのではないかと思っていた。
「リディア様、私はそのお言葉を支持します。どうか一緒に……────」
私は書かれた紙を手にして、高揚した気持ちでお伝えした。しかし運命というものはそう簡単にはいかないらしい。
リディア様が私の言葉に頷かれたところで、気か付けばまたセダに戻っていた。
そうしてまた何もかも忘れた私は、振り出しに戻って何の疑問も抱かないまま同じ道を辿る。
それを数えきれないほど繰り返した。
そうしているうちに、次第にあることに気付きはじめた。
それは全ての記憶を忘れている時と、既視感がある時。そしてごく稀に明確に記憶が蘇る時があること。
それは切っ掛けも前触れもなく不意に思い出すときもあれば、リディア様が稀に残される『逃げたい』メッセージを見て思い出すこともあった。
そして記憶が蘇るたびに、私はリディア様を助けようとあらゆることを試みた。
しかしそれは無駄でしかないと、いつしか悟ることになる。私が違う道を選ぼうとすると、そこでセダへ戻されてしまうと気付いたからだ。
まるで神の定めに逆らえないかのように、私の辿る運命は決められていた。
そのうちに私は、記憶を持たない自分と持つ自分とで、少しずつ気持ちが乖離するようになっていった。
そのわずかなズレと食い違いが、後の私に大きな影響を及ぼすことになる。
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