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24.デジャヴ〈グレイ編①〉
しおりを挟む大空に羽ばたいた飛竜の風に晒されないよう、リディア様の身体を片手でマントで包み込み身体を支える。
「大丈夫ですよ、この子は私の友達です。それよりお寒くありませんか?」
私がそう尋ねると、こちらを振り向いて顔を横に振る。幸いなことに今日は風が暖かく、無事に彼女を連れ出せたことに安堵した。
何も訊かず、目の前の景色をただ眺めている姿を見て、支える手に力がこもる。
これから向かう地は、人の足が踏み入れることのない大森林地帯の魔境の森。この日の為に、私は長い時間をかけて準備をしてきた。
王都の上空を抜け、いくつもの町を通り過ぎ、やがて家や明かりも見えなくなる。どこまでも続く星空と地平線の先には、深い森の姿が見えた。
「ねぇ、一つ聞いてもいい?」
私に連れ去れてから一言も口を開かなかったリディア様が、いつもと変わらぬ声色で私に問いかけられた。
「はい。一つとおっしゃらずになんなりと」
「あなたがその姿になったのは、私を助けようとしてくれたせい?」
グレイ・ノアールになって初めてお会いした日から、リディア様を不思議に思うことが度々あった。私に対して不満や不審感を抱いているような態度を見せる。それはクレイの時にはなかったことだ。
もしかして姿が変わったことで、私に違和感を抱いているのだろうか?
繰り返される輪廻は、自覚の有無関係なく時々記憶を蓄積させる。リディア様がそうであるか分からなかったけれど、可能性の一つとして考えていたことではある。
だけどあの日、懐中時計のことを問われた時に初めて確信に近いものに変わった。
『もしかして懐中時計を、窓際の机に置いていなかった?』
まさか、本当にリディア様は記憶を持っていらっしゃるのだろうか。
期待で震えそうな手を抑え、平常心を保つことに必死だった。
グレイとなった私が時間をかけて計画を立て、その上リディア様がはっきりと記憶を持っているのだとしたら。
今度こそ。今度こそ本当にリディア様をこの手で助けられるかもしれない。そう思ったら、この内にある激情が溢れ出てしまいそうだった。
「……おっしゃるとおりです。クレイのままでは何も変えられなかった。変える力を持たなかった私は、──── 」
そう語り始めた私の話に、リディア様は静かに耳を傾けてくださった。
◇
◇
◇
私が初めて違和感を覚えたのは、リディア様の身体をナイフで貫いた時だった。
ほっそりとした女性の身体にめり込んでゆく刃物の感覚。その生々しさに吐き気を催しそうになりながら、不可解な感覚が身に宿る。
それは違和感というより、既視感。以前にも同じことがあったという錯覚に陥った。
しかしその時の私は、崩れ落ちるリディア様を抱え些細な感覚などすぐに消えてしまうことになる。
騒然となる周囲。いち早く駆け寄ったロドルフ様が、私からナイフを取り上げた。
「……これは仕方のないことだ。君だけのせいではない」
護衛するべき主人をこの手に掛け、茫然としていた私にロドルフ様が慰めの言葉を口にする。すぐにリディア様に対して止血の処置をされたが、その傷は思った以上に深くそのまま帰らぬ人となった。
本来だったら、私達は敵国の人間として処分されてもおかしくない。しかしリディア様はセダ王国の犠牲者として手厚く葬られ、私は神子を守った英雄として罪は不問とされた。
リディア様亡き後、王族の眠る霊廟から少し離れた場所に小さな墓を建てられた。ロドルフ様のご意向によって罪を問われなかった王女は、王太子の婚約者だった者として王宮の片隅に葬られた。
時々この墓を訪れて、花を手向けるロドルフ様の後ろ姿を見るたびに、言いようのない苦しみが込み上げる。
もっと上手く彼女の腕を取れていたら、死なせずにすんだ未来があったかもしれない。
しかしそう後悔しても、それが上手くいったら今度はそのまま生きて捕らえられ、重刑に処されることになっただろう。
結局、セダからラダクールに入った時点で私たちの運命は決まっていた。二人で一緒にセダに反旗を翻さなければ、同じ結果にしかならないのだ。
そう自分を慰め諦めて、私はリディア王女を犠牲にして愛する人 ─── 今はもう名も忘れてしまった ─── 神子様と人生を添い遂げた……ような気がしていた。
しかし、私は再びセダ王国に舞い戻る。
長い廊下を渡り、初顔合わせとなるリディア王女の部屋へ向かう私は、この状況に少しも疑問を抱かない。
輪廻の記憶を持たない私は彼女の前に跪き、これまで何度と繰り返してきた挨拶を口にする。
「お目にかかれて光栄でございます、リディア王女殿下。この度、従者として仕えることになりました、クレイ・モアールと申します。これからは殿下のお側にて、この身に代えてお守りすることを誓います」
私の言葉を受けて、リディア様はにっこりと微笑まれた。
「騎士らしい挨拶ね。クレイ、これからは私の従者としてしっかり務めてちょうだいね」
ラダクールからの要望により、リディア様と二人だけでラダクールへ行くことに決められた。
その本当の目的は、ラダクール王とその王太子を殺すこと。
侯爵家の四男という絶妙な立場。位の高い生家でありながら、手放しても惜しくはない人材。そして騎士としての実力を買われ、隣国への刺客として選ばれた。
そうして始まったリディア様との生活は、思った以上に早く馴染むことができた。
日常生活に男が入り込むなど抵抗があるだろうに、このお方は嫌な顔を一つも見せずに受け入れてくださった。
そして時折、侍女のセシルも交えて三人でお茶を囲んで過ごすこともあった。朝が弱いと悩まれていたリディア様の為に、私とセシルで朝食の考案もした。
二人で提案したドライフルーツ入りの紅茶は、リディア様に大変気に入られて、毎朝の定番になって嬉しい気持ちになったことを憶えている。
そうした日々を送りながら、私と同じく死地へ送られるリディア様を心から不憫に思っていた。
まさか神子なる人物が現れるとも知らず、共に死ぬ道を想像していた当時の私を、今の私が嘲笑う。
お前は、リディア様を何度裏切れば気が済むのかと。
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