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20.仮面の下
しおりを挟む“リディア最後の日”が迫るにしたがって、心は落ち着かずに強い焦燥感に苛まれていった。
アリスに予知されてしまったらどうするか。目前まで必死に頭を悩ませ、そしてやっと一つの細い糸口を見つけたような気がしている。
それは以前にあったグレイの懐中時計の件、アリスはそれで一度予知を外している。もしかしたらそこを突けるのではないかと気付いたのだ。
つまりアリスがセダの計画を予知しても、私が強く否定すればアリスの言葉を疑わせることができるかもしれない。
あの時のに起きた予知の矛盾が、ここで生きるのではないかと考えた。
ただしこれは本当に掛けでしかない。先日の懐中時計の件とは違い、それこそ国の存亡に関わる重要な内容だ。
より慎重になるだろうし、初めは入国だって警戒されていた。私の言葉だってそう簡単には鵜呑みにはしないだろう。
亡命を選び私たちだけでも助かる道を選ぶか、それともロドルフが私を信じてくれることに賭けて、もう少しだけ時間を引き延ばすか。
ギリギリまで散々迷って悩んだ末、私はロドルフが信じてくれる方に賭けることにした。
やはり祖国を切り捨てることはできない。苛烈な性格の父国王、父に従順で自分の意思を示さない母王妃。思うところは多くあるけれど、恨みや憎しみを抱いたことはなかった。
滅ぼされるのは自業自得といえばそれまでだけれど、あの地で暮らす人々まで不幸な目にあわせたいと思わない。
だから足掻けるなら、できるだけ足掻いてみよう。そう思ってのことだった。
「リディア様、ずいぶんと寒くなって参りました。温かいお飲み物をご用意しましたので、よろしければお召し上がりください」
いよいよそれが明日に迫った夕刻。茜色に照らされる部屋で、食事までの時間をゆっくりと過ごしていた。
目の前に置かれたのは、ほのかに湯気の立つホットショコラ。
「ありがとう……」
明日を前にして緊張している私を、寒がっていると思い気を利かせてくれたのだろうか。お礼を述べて何かを言おうとしたけれど、結局何も言葉にできないまま口を閉じた。
私はここに至るまで、グレイには何も話さず相談もしなかった。
彼を信用していいのか悪いのか。私を裏切るのかそれとも守るのか、彼の人物像が掴みきれずに判断できずにいる。
これがクレイだったら話は違っていた。ラダクールに強い思い入れを持つ彼だったら、私がロドルフや国王を狙わないと伝えれば喜んで受け入れてくれただろう。きっと私と一緒になって、最善の道を探してくれたかもしれない。
思い返せば人間味のある分かりやすい人だった。両国の間で揺れ動いていた彼の感情は丁寧に描かれ、だからこそ心をくすぐられた。
だけど私の隣にいるグレイは、それを読ませない。
もちろん貴族社会では建前の顔というものはある。だけど彼はいつ誰に対しても同じ顔を見せ、感情や思考を隠すようにポーカーフェイスの仮面を外さなかった。
もしゲーム通りに進むなら、アリスはその日グレイを聖堂に呼ぶはずだ。ヒロインはあの天眼を見たら、その日の夜にルートに入った攻略キャラへ私達の真相を伝えることになる。
クレイルートだった場合、それが本当のことなのか問い詰める形で描かれる。
その時が来たらグレイはどうするか。
ゲームと同じようにアリスの予言を認め降伏するのか、もしくは否定し誤魔化すのか。こちらの場合は私の思惑と一致する。
つまりグレイがそのどちらに転ぶかで大きく局面が変わるのだけれど、今のところゲームと同じ展開にはならないのではないかと考えている。
つまり、アリスの予言を認めないという方向。だからこそ私は賭けに出ようとしたのだけれど、そう思うには理由があった。
まず我が身可愛さで考えるなら、降伏を選ぶ可能性は低いということ。ゲームでは結果的に英雄になれたものの、私がアリスを殺そうとしなければ英雄にはなれず、ただの敵国の刺客として扱われるだろうから。
保身ならばそう簡単には認めないだろう。
ではゲームのように強い信念によって降伏するかというと、そうとも思えない。
なぜなら、グレイとクレイではラダクールにおいての立ち位置が全く違う。
クレイが降伏する道を選んだ理由は、ロドルフとの関係が強かったからだと思っている。お堅いけれど誠実なクレイをロドルフは信頼し、クレイもまたロドルフに深い敬意を抱いていた。神子との恋愛だけでなく、彼らとの友情を選びクレイはセダを裏切ることになった。
それに比べてグレイにはそれがない。魔獣討伐でロトスと仲良くなったと聞いても、殆どの時間を私と過ごすグレイにはそれ以上の交流は持てていないはずだ。そしてロドルフについては考えるまでもない。
問題はアリス。彼がアリスの恋心をどう思っているのか。にこやかに話を聞いているグレイの姿を思い浮かべても、その心は読み取れない。
もしグレイが彼女に心を傾けていたら、予言を認めてしまう可能性はあるかもしれない。
だからその日が訪れる前に、一つだけ彼に聞いておきたかった。奥には侍女がいる手前、素直に答えてくれるかわからないけれど。
「ねぇ。先日ロトス様とのお話にあった、神子様との縁談の話のことなのだけれど。もしアリス様がそれを望まれたら嬉しい? 叶えたいと思う?」
少し雑談をした後、側に居るグレイにそう問いかけた。
「……ラダクール王宮のご意向があってのこととは重々承知した上でのお話ですが。もしそのようお話を頂けるとしたら、大変嬉しく光栄なことだと思っております」
一欠けらの動揺も見せず、いつもの微笑みを張り付けてグレイはそう答えた。
……私は希望を抱いてもいいのだろうか? そんな予感がする。
グレイはアリスに恋をしていない。なんとなくそう確信めいたものを感じた。
きっと大丈夫。私はそう自分に言い聞かせて、手に持ったホットショコラを飲み干した。
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