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17.グレイの懐中時計
しおりを挟むラダクールの神子アリスは、私の従者であるグレイ・ノアールに恋心を抱いている。
ロドルフとロトスとの茶会のあと、それほど日を置かずに神官が私の部屋までやってきた。
それはグレイに関する天眼を視たという話で、今すぐに聖堂まで来てほしいという。
私は朝の紅茶を飲み終えたところで、その報告をグレイが受けていた。
神子の言葉、それも天眼に関わることはこの王宮では重く受け止められる。私を無闇に呼ばないようにロドルフが釘を刺してくれたけれど、こうなると話は変わってくる。
私は組まれていた午前の予定を変更し、彼女の元へ向かうことにした。
とうとうこの日が来たか、と内心震えている。
私が予想している“天眼”だとしたら、完全にグレイルートで終盤を迎えることになるからだ。
そろそろ起きるのではないかと思っていたそれは、魔獣討伐の次に起きる大きな天眼イベントである。そして攻略ルートが決定されるという重要な意味を持つ。
攻略キャラそれぞれ個別に用意され、ヒロインのこれまでの行動と選択によって選ばれたキャラクターに発生するイベント。
そしてクレイには『懐中時計の紛失』というストーリーが用意され、これによって神子との仲を更に深めるイベントになっていた。だから私としても、グレイが呼び出されることはそれなりに覚悟はしていたつもりだった。
……あれ、でも待って。たしかあのイベントは、神子とクレイの間だけで起きたほのぼのイベントだったはず。
どうしてロドルフもいて、私も呼び出されているのだろうか。
何かおかしいことに気が付いて、聖堂に着くまでの間に必死に記憶を手繰り寄せた。
まず、グレイの『懐中時計イベント』は、親から贈られた大切な懐中時計を誰かに盗まれてしまうというところから始まる。
真相は何てことはない、カラスの仕業ということを天眼で見通し、隠した場所を教えてあげるという話だった。
これはゲームでどのように描かれていたかというと、まずは画面に盗まれた直後の絵が映り、それに関わる絵が十枚ほど提示される。
そこにはカラスが盗んだというヒントがわかりやすく隠されているのだが、それとは別にミスリードを誘うダミー絵も混じっていた。それに惑わされずに正解を提示すると〈天眼成功〉と大きく文字が現れて懐中時計は無事に見つかり、クレイの昔話が聞けるというものだった。
とはいえこれは推理ゲームではないので、間違って答えてもゲームオーバーになることはない。クレイに都度訂正を入れられつつ、結局は正解に辿り着く仕様となっていたはずだ。
真相がカラスのイタズラというだけに、大事にはせずクレイと二人だけで解決した話だ。ということは、この内容で私とロドルフが呼ばれたとは考えにくい。
もしかしたら、もっと別の何かだろうかと焦り始めた。
神官たちに迎えられ、いつものように神子の間まで通される。
するとそこには険しい顔をしたアリスと、困惑した表情を浮かべるロドルフがすでにソファに座って待っていた。私は促されるままに、アリスと向い合せになってロドルフの隣に腰を下ろした。
「予定を変更させて申し訳ない。アリスが今朝になって天眼を視たとの報告を受け、私も先程訪れ話を聞いたところです」
二人の様子を見て私は更に不安になった。たかだか懐中時計の話でこの雰囲気はない。
アリスがここまで深刻な顔をしてロドルフに報告しているとなると、やはり何かしらこちらには不都合な話だと考えられる。
そう思い青くなっていると、彼女の口から語られたものは最初に予想した『懐中時計』の話だったから肩透かしを食らってしまった。
それでなぜここまで重苦しい空気になっているのかわからない。
「グレイさん、最近失くした物はありませんか?」
側に立つグレイを見上げて、厳しい表情のままアリスはそう訊ねた。
「失くしたもの……ですか」
「いつもポケットに入れている、懐中時計です。表の蓋に綺麗な彫刻が入っている銀色のものです」
アリスがまるで見たことがあるかように失くした物を指定した。
グレイは私の前で懐中時計を取り出したことは一度も無い。当然彼女も目にしたことはないはずだ。ということは、アリスは本当に天眼でその懐中時計を視ていることになる。
「実はアリスが、その懐中時計をリディア王女が盗んでいたと言っています。馬鹿げたことを、とお思いになるかもしれないが、天眼を授かった以上は私も無視するわけにはいかない。
本来ならば、あなた方二人のことに私が介入する事ではありません。しかしアリスの言うようなことがこの王宮内で行われているとしたら、ラダクールではそのような行為をやめるようお伝えしなければならない」
話を聞きながら私は驚いていた。まさかのリディア犯人説。
確かにゲームでも、ひっかけ用としてリディアの絵が用意されていた記憶はある。ミスリード用の画像にリディアや使用人が映っていたけれど、まさかそれを視て引っかかってしまったのだろうか。
「その事実確認をしたくて、こうしてお二人をお呼びした。いかがですか、ノアール卿」
ロドルフはじっとグレイを見つめてそう問いかけた。数秒だろうか、少し間を開けてグレイは静かにコートの内側に手を入れた。
「神子様のおっしゃっている懐中時計とはこちらでしょうか」
内ポケットから取り出したものは、鈍色に光る丸い懐中時計。蓋には美しい絵が彫られ、明らかに高級品だとわかる代物だ。服に繋がれていたチェーンを外し、それをアリスに手渡して見せた。
「これです! これと同じものが視えました! ……あれ、でもなんでグレイさんが持ってるの?」
意気揚々とした声は、すぐに小さく萎んだ。盗まれたはずものが、彼のポケットから出てきたのだから混乱したのだろう。
あれ、あれ?とうろたえているアリスとは対照的に、ロドルフはほっとした表情で私の方を向いた。
「失礼しました。アリスが視たものはそちらで間違いないらしいが、何か勘違いがあったのでしょう。まさか神子の天眼にこのような見間違いのようなもの起きるとは思わなかった」
そう言って今度は真正面に座っているアリスに目を向ける。
「アリス。君がどのように天眼を視ているのかわからないが、どうやら今回は少し間違っていたようだ。考えてもみてほしい、王女ともなる身分の人が家臣の私物を盗む必要があるだろうか?
君が嘘をついていると言いたいわけではない。ただこれからは君自身の解釈で話すのではなく、視たそのままの状況を伝えてほしい」
ロドルフが穏やかにそう話すと、アリスは眉間に皺を寄せて前を向いて話す。
「でも私には視えたんです! リディア様がグレイさんの部屋に入って、机の上に置いてあったその懐中時計に触っている姿を。でも最初に視えたものがすでに庭園に捨てられていた懐中時計だったから、てっきり盗まれた後だと勘違いして……」
「それこそリディア王女がそんなことをする理由がわからない。仮に嫌がらせだとしても、セダから連れてきた自分の従者にそんなことをするだろうか?」
特に怒っている様子はないものの、状況として考えにくいということをアリスに諭すように話す。
ロドルフとしては、神子である彼女の天眼を頼りにしているからこそ、主観の入らない正確な情報を知りたいのだろう。
そんなやりとりを見ながら、私には色々と引っかかることがあった。
彼女の話では、私がグレイの部屋を訪れ懐中時計に触れていたと言っていた。私自身はグレイの部屋を訪れたことは一度もないのだけれど、実はそれには心当たりがあった。
あのゲームの選択画像の中に、グレイの懐中時計に手に持つリディアの姿の絵は確かにあったのだ。
ひっかけ用のダミーだと思って気にしたことがなかったけれど、今にして思えばあれは一体何だったのだろうか?
あの画像の私は、グレイの部屋で一体何をしていたのだろうか。
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