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15.乙女心

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 アリスへの訪問を終え、挨拶をして部屋を後にしようとしたところでアリスに声をかけられた。

「リディア様、少しだけいいですか?」

 私とグレイが足を止め振り返ると、アリスが手招きしている。

「あ、グレイさんはそこにいて! リディア様だけちょっと」

 私と一緒に引き返そうとしたグレイをアリスが止めた。私はグレイにその場にいるよう伝え、彼女の側に近寄ると珍しく小声で話し始めた。


「実は、リディア様に協力してもらいたいことがあって……。私、グレイさんともっと個人的にお会いしたいんです。時々でもいいから、彼だけここに来てもらうようにしてもいいですか?」

 こっそりと耳打ちするように語り出す。なんでも魔獣討伐の時にロトスと共に仲良くなって、それからグレイのことが気になっているらしい。

 私は話を聞いて眩暈がしそうになった。やはり思った通り、アリスはクレイ……いや、グレイルートに入ろうとしている。普段は記憶の隅に追いやっている、リディアの最後のシーンが頭にチラついて、私は思わず顔をこわばらせてしまった。

「私、グレイさんの事を好きになっちゃったんです。それでこの前、ロドルフ様にも打ち明けて私達が結婚出来るのか聞いてみたんですよ。
 でもセダ王国に話を通してからとか、リディア様の意向がとか言ってちっとも煮え切らなくて。
 だからリディア様お願いします。私とグレイさんの仲を取り持ってください!」


 まさかこんなに早く、彼女が結婚を意識して動いていることに驚いた。その大胆さと行動力には脱帽するけれど、こちらにも色々と事情がある。

「クレイを好きになった……そうですか。でも申し訳ございません。彼はセダの騎士であり、私の護衛でラダクールに来ています。セダ国王の命で私に付いている以上、基本的に私の側を離れることはないのですよ」

「だから、リディア様から彼に自由を与えてほしいんです! 自分が部屋にいる時くらい彼に息抜きをさせてあげたっていいでしょう?」

「アリス様、リディア様に対してお言葉が過ぎます」

 途中でフィンの声が被る。
 どうしよう、話が通じない。こちらが持っている常識と、彼女の持つ常識が違いすぎている。

 彼女には階級社会に存在する、絶対的な主従関係や命令の重さなどがわからないのだろう。グレイは私の従者であるけれど、セダ王の命令によって私に仕えている。
 先日の魔獣討伐への参加は、人道的な判断で特別に私の裁量で許可しただけであって、彼女の我儘を叶える為にそれを行使するつもりはない。


 なんだが疲れてしまってどう伝えようかと迷っていると、言葉に出した本人も自分勝手な言い分に気が付いたようで、声を落として話を続けた。

「ごめんなさい、言い過ぎました。でも私は、欲しいと思ったものはどんな手を使ってでも掴み取りたい。親のいなかった私は、そうやって声を上げて主張しないと生きていけなかったから。そうしないと自分の居場所も取り分も無くなってしまうと知っているから、同じように考えてしまって」

 うつむいていた顔を上げて、同情を誘うような困った顔を見せる。これもきっと彼女なりの処世術なのだろう。


「今の失礼な言葉は取り消します。もう無理は言いませんから、今までみたいにまた遊びに来てくれますか?」

 結局私を敵に回してもいいことはないと我に返ったのだろう。なんだか拍子抜けして、小さく息を吐いた。

「神子様のお気持ちに添えるかわかりませんが、今まで通りで良いのでしたらまた伺わせていただきます。それまでどうか心穏やかにお過ごしください」

 最後に少しだけ皮肉めいた言葉を残して、私はグレイを連れてその場を後にした。



 歩きながら考える。薄々と感じていたアリスの違和感。最初は〈陽気(ポジティブ)〉タイプのヒロインだと思っていたけれど、思った以上に礼儀がなってなく言動が粗雑であることが不思議だった。
 陽気タイプは、元気っ子ではあったけれど、礼儀を弁えて常識的な受け答えをしていた記憶があったから。

 “親のいなかった私は、そうやって声を上げて主張しないと生きていけなかった”

 ゲームヒロインは『転生者=プレイヤー』であることから、どのタイプでも日本人として共感しやすい人物像で作られていた。だけど話を聞けば、アリスは前世の記憶を持たず転生者という自覚もない。

 それはつまり、彼女は日本人的な感覚を持たない、本来のヒロインの姿なのではないだろうか。




「グレイ。さっきの話、聞こえていたでしょう?」

 私の少し後ろを歩く彼にそう問いかけた。アリスの声は興奮して大きくなっていたし、そこまで離れた距離でもなかったからきっと耳に入っていただろう。主人を守る立場の彼がそれを聞いていないはずがない。


「あなたは彼女のことをどう思うの?」

 ただ一言尋ねるだけなのに緊張した。魔獣討伐に行った時、私のいない間にどれだけ親しくなったのか気になっていたから。
 顔立ちはたしかに可愛い。でも今の彼女は魅力的な女性とは言い難いとは思う。だけどそれはあくまで私目線の話で、異性……グレイにはどう映っているかわからない。


「とても面白い方だと思います。会話をしていてもこちらが想定していない答えが返ってきたりして、こう言っては何ですが愉快な方ですね」

 目を細める姿に、自分がどんよりと暗い気持ちになっていくのがわかる。

「そう……」

 これ以上言葉を続けることができずに、その後は沈黙したまま自室に戻った。
 このまま彼女はグレイルートを進むのだろうか。

 自分の中に渦巻いている感情。あらゆる思いが複雑に絡み合って、考えることを投げたくなった。



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