上 下
15 / 34

14.アリスの恋

しおりを挟む
 

 私の持つゲーム知識とは若干異なるけれど、『プロフィティア』としての物語は順当に進んでいるようだった。

 ストーリー上、必ず通る魔獣討伐イベントが過ぎた後は、終盤のイベント以外ヒロインの辿るルートで個別イベントが発生するようになる。
 気になる人と逢瀬を繰り返し、そのキャラとのイベントを起こして攻略していくような形だ。


 その流れを知っている私は最近気になることがあった。アリスがやたらと私を聖堂に呼ぶようになったのだ。

 何となく嫌な予感はしていた。魔獣討伐で親しくなったという、グレイ目当てで私に声をかけているのではないかと。
 ゲームを思い返してみると、クレイに会いたい時はリディアを誘うところから始まっていた。そのうちリディアを挟まなくても個人的に会えるようになるけれど、それまではこの手順を踏まなければならない。

 そういうわけである程度の予想はついていたけれど、アリスとの良好な関係は保っておきたいと考えて、誘われるままに赴いていた。



 ◇



「いらっしゃい、グレイさん! そしてリディア様も」

 その日もアリスにお呼ばれされていた。いつの間にか最初に呼びかけるのはグレイになり、私はおまけのようになっている。
 いつものように私とグレイは彼女の前に座った。


「今日はまた素敵な耳飾りをしていますね」

 私はアリスの耳を見てそう話しかけた。赤い宝玉を連ねた大きな耳飾りは、ふんわりとした空色の神衣とは不釣り合いに見える。
 お洒落を楽しみたいらしく、よく付け変えしている耳飾りを褒めることはここ最近の定番の挨拶だ。

「良かった! ね、グレイさんもそう思う?」

「ええ、とてもお似合いになられていますよ」

 にっこりと笑ってグレイが応える。彼がアリスをどう思っているのかまで読めないけれど、アリスは明らかにグレイに好意を寄せていることは見ていてわかる。


「神子だと耳飾りしかお洒落が出来ないから本当に残念。リディア様はいいなぁ、たくさんのドレスや宝石をいっぱい買ってもらえて、好きなように着飾れるでしょ? 私も神子じゃなくてラダクールのお姫様として生まれたかった」

 アリスの言葉に、側近のフィンが珍しく叱り声を上げた。

「アリス様、さすがにその言葉はいただけませんよ。神子様は神子であるからこそ、こちらにおいでになられているのです。その自覚をお忘れなきよう」

 やや厳しい口調でフィンが彼女を諫める。その言葉に胸が梳く思いをして、私は今彼女に対して不快感を抱いたのだと気が付いた。



 ◇
 ◇
 ◇



『ねーママ。私も凛ちゃんみたいに学校お休みしたい。ずるいよ』

『わがまま言わないの。凛ちゃんはご病気だから仕方がないのよ。もう夏休みも終わりでしょう、宿題は終わったの?』

 私が凛という名で日本に住んでいた頃。ふと、こんなことがあったな、と昔のことを思い出した。夏休みに帰省していた従妹の言葉。

『凜ちゃんだけゲーム買ってもらってずるい! パパ、私にも買って』

『この子は外で遊べないからしょうがないんだよ。お前もいい子にしていたら、もしかしたらクリスマスに貰えるかもしれないぞ』


 今にして思えば、何てことのない子供の戯言。夏休みが終わりに近付いて、ちょっと駄々をこねただけの子供らしい発言。
 自分ではわかっていなかったけれど、あの時の私は少しだけ傷付いていた。学校に行きたくても行けないのに、外で遊ぶことだって出来ないのに。どうしてずるいって言うの? と悲しかったのだと思う。


 あの時の感情に似たものを、近頃のアリスに対して感じていた。ずるいと直接言われたことはないけれど、グレイの話になると私を羨ましがり、あれこれ言ってくるので今では苦手に思い始めている。

 彼女の発言はあまりに無遠慮で、周囲に対してあまり頓着がない。よく言えば素直で正直者、悪く言えば自己中心的とも言える。


 私だってこんな捨て駒の役割から解放されたい。好きなように物は与えられたけれど、自由などなかったし未来だって決められている。
 ここまでひどくは無いにしろ、ラダクールの王女に生まれたとしてもきっと変わらない。王家のしがらみや苦労など、アリスには知る由もないだろう。

 もちろん私だって、アリスの苦労を本当に理解することはできない。平民の生活も、神子として国に囲われたアリスの心情だって、私には知ることができない。

 だからこそ、無いものねだりの言葉を何度も聞かされることは苦痛だった。彼女の素直な言葉は、私の心を少しずつ削りうんざりとさせていた。



 ◇
 ◇
 ◇



 いつものようにアリスはグレイを相手に楽しそうに盛り上がり、そろそろ時間を気にしなければならなくなった頃にアリスが手を後ろに隠した。

「グレイさん、ちょっと手を出して」

 いたずらっ子のように笑って、アリスがそうお願いをする。
 言われた通りにグレイが手を出すと、そこに一つの果物がポンと乗せられた。

「これグレイさんに食べてもらいたくて、特別に一個丸ごともらったんです! これって町では滅多に見かけない珍しい果物だから、是非食べてほしくて! あ、よかったらリディア様にも分けてあげてくださいね!」

 
 それは確かに高価な果物ではあるけれど、貴族の食卓ではそこまで珍しいものではなかった。でもアリスにとってはとても希少なもので、それを心から彼にあげたかったのだろう。

 私の中で、自分でもよくわからないにがい感情が湧き上がる。
 今まで感じたことのないような嫌な気持ち。胸がチリチリと焼かれているような不快感を、その時に感じていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

いつかの空を見る日まで

たつみ
恋愛
皇命により皇太子の婚約者となったカサンドラ。皇太子は彼女に無関心だったが、彼女も皇太子には無関心。婚姻する気なんてさらさらなく、逃げることだけ考えている。忠実な従僕と逃げる準備を進めていたのだが、不用意にも、皇太子の彼女に対する好感度を上げてしまい、執着されるはめに。複雑な事情がある彼女に、逃亡中止は有り得ない。生きるも死ぬもどうでもいいが、皇宮にだけはいたくないと、従僕と2人、ついに逃亡を決行するのだが。 ------------ 復讐、逆転ものではありませんので、それをご期待のかたはご注意ください。 悲しい内容が苦手というかたは、特にご注意ください。 中世・近世の欧風な雰囲気ですが、それっぽいだけです。 どんな展開でも、どんと来いなかた向けかもしれません。 (うわあ…ぇう~…がはっ…ぇえぇ~…となるところもあります) 他サイトでも掲載しています。

処理中です...