上 下
13 / 34

12.魔獣討伐

しおりを挟む
 

 グレイの討伐参加が決まってから簡単な話し合いを終えた後、一度私たちは部屋へ戻ることになった。
 その途中、歩きながらグレイに話しかける。

「あなたに必要以上の役割をさせてしまって申し訳ないわ。でもあの場ではロドルフ様のお願いを聞いておいた方がよいと思ったの。私たちが彼らからの信頼を得るためにも必要だと思って」

 自分でグレイの参加を許可したにも関わらず、声が次第に沈んでいくのがわかった。このイベントによってグレイがどう変わるのか、その結果が怖い。

「私のことならば問題はございません。必ずリディア様の元へ戻りますので」

「……そうね。無理はしないで帰ってきてね」


 今はそれだけしか言えず、グレイは私を送り届けたあとに再びロドルフの元へと戻っていった。



 その日のうちに討伐隊は組まれ、翌日にはロトスの指揮により早朝から出発となったらしい。そしてそれにはアリスも参加しているという。
 グレイのいない朝、私の世話をしている侍女から聞いた話だ。

 私は「まぁ、神子様まで?」と驚いてみせたけれど、当然そのことはゲームによって内容は知っている。

 私が去ったあの後、アリスと王子二人の間で話し合いが持たれているはずだ。これはゲームをしていなかったら知り得ない話でもある。

 それは、神子を現地に連れていくかどうかという話し合い。
 ヒロインとしては自分の故郷の危機ということで駆け付けたい。しかし国の宝でもある神子を、危険は場所へ行かせられないというロドルフの主張がぶつかる。
 そしてロトスが間を取り持ち、ヒロインは後方でロトスとグレイで必ず守るということで落ち着く話だったはず。

 おそらくその裏では国王に許可をもらったり護衛体制を整えたりと色々とあったのかもしれないが、ヒロインとしてプレイをしていた私が知る範囲ではそのようなやり取りがあった。


 今頃は三人の交流が始まっていることだろう。そう思うと少しだけ胸が苦しくなる気がした。



 ◆



 土埃の舞う小さな町。いつもならば賑わいを見せているマーケットが軒並み引き上げ、活発に行き交う人々も鳴りを潜め閑散としている。

 その場に、十数頭にも及ぶ大きな体をした魔獣が姿を現した。狼よりも数倍もある魔獣が兵の前に立ちふさがり、飛竜が頭上を飛び交う。地上と空から縦横無尽に襲い掛かられ、薙ぎ払われる兵士たち。

 負傷した彼らを立ち退かせ、クレイは一人歩き出て剣を握りしめた。
 唸りを上げるそれらの前に立ち、剣を抜いて構える。その瞬間、大きく振りかぶりながら素早く魔獣との距離を詰め、力強く叩き切っていく。その圧倒的な剣裁きに魔獣たちは次々と倒され、バタバタと道に転がっていった。

 勝ち目がないと悟ったのか、残った魔獣たちは町から逃げ出し、一部の討伐隊が森に追い返すために魔獣たちへ追い込みをかけに行く。

 救われた町を眺めて、ヒロインはロトスとクレイの二人に深い感謝の気持ちを伝えた。
 このことにより、アリスのいた小さな町は犠牲にならず、この旅によって三人の間には新たな友情が芽生えることになった。

 ……というのが、ゲームの魔獣討伐イベントの流れである。



 ◆



 討伐隊が王宮を出てから一週間。
 ゲームにあったこれらのことを思い返し、今頃どんな展開がなされているだろうかと考えモヤモヤする日が続いていた。
 もちろん町に住む人々やグレイを含む討伐隊のことも心配していた。だけど無事に解決するであろう未来を知っている身としては、今はグレイの心境の変化が一番気になっていた。


 そんなことを思い悩んでいた私の元に、やっと討伐隊が戻ってきたとの知らせが入った。それによりロドルフからお呼びがかかり、私は侍女と共にいつもの応接室へ向かう。

 帰ってきてくれたという安心感と不安が入り混じった気持ちで待っていると、間もなくロドルフと戻った三人が部屋に現れた。


 私はソファから立ち上がり三人を迎える。

「ご無事にお戻りになられてなによりでございます。町や民に被害が及ばなかったとお聞きし、大変安堵しておりました」

「おや、もう耳にしていますか。ありがとうございます、リディア王女。しかしグレイの活躍で我々の出る幕はありませんでしたよ。あっという間に解決してこうして早い帰りとなりました」


 にこやかにそう返され、ロトスはそのまま現地の話を続けた。彼はもうグレイの事を『ノアール卿』とは呼ばず、名前で呼んでいる。
 グレイ以外は皆それぞれの椅子に座り、疲れているのかロトスは深く腰掛けてその様子を聞かせてくれた。

「リディア王女としてはご心配だったでしょうが、驚くほど何も起きなかったのです。確かに魔獣は現れたのですが、グレイ一人で前に出たところ、魔獣たちが一斉に引き上げてしまったのですよ。念のため数日は防衛のために町に残りましたが、結局その後にも魔獣は現れず。おかげで鎧を汚すことなく帰ることができました」

 笑いながら軽い口調で報告をするロトスに、アリスも同調して頷く。

「ロトス様が言ったとおり、グレイさんが剣を抜いた瞬間に魔獣が一斉に逃げて行っちゃったんです。皆びっくりしちゃって、周りにいた兵の人たちなんてぽかんとしていました。まさかこんなに簡単に終わるなんて誰も思っていなくて」

 二人の話を聞いて、頭が混乱した。
 なんだか話がおかしい気がする。剣を抜いただけで魔獣が逃げた? つまりグレイは剣を振るうことなく、倒した魔獣はいなかったということ?


 そんな疑問が頭を巡っていると、ロドルフは私とグレイに向けて謝意を述べた。

「わが国の危機にご協力いただけたことを感謝します。リディア王女のお心遣いとノアール卿の助けにより、一人の犠牲を出すことなく討伐を終えることできました。今回のことはまた改めて国からもお礼をさせていただきます」

「いえ、人として当然の判断をしただけですわ。……グレイもご苦労だったわね」

 私は労いの言葉をかけて、再びロトスの報告を聞いた。


 これから王子二人は国王にも報告を上げるというので、私は連れてきた侍女とグレイと共に部屋に戻ることになった。


「改めてお礼を言わせてもらうわ、グレイ。あなたが訓練された騎士だとしても、慣れない地でラダクールの兵と一緒に行動することは大変だったでしょう」

 廊下を歩きながら話しかけると、彼はお気遣いありがとうございますと言って、特に苦労なく終えたと語る。

「それは先程ロトス様がおっしゃっていたけれど……魔獣が戦う前に逃げたというのは本当?」

 ゲームでは、クレイが剣を振るい戦っているシーンが描かれていた。血を流して倒れた魔獣たち、混乱する中でヒロインを守るロトス。それらが起きなかったのだとしたら、なぜこのような違いが生まれたのか知りたかった。

「……私はセダにいた頃、近衛隊に入る前に衛兵隊に所属しておりました。その時に何度も魔獣を討伐する機会があったのですが、その時に顔を憶えられたのかもしれません。彼らが普通の動物よりも賢いことを考えると、一度戦った相手が紛れていたのかもしれませんね」

 一応、話の筋は通っている。
 セダ王国とラダクール王国には、西側に隣接している大森林地帯というものがある。通称『魔獣の森』と呼ばれる、多様な種類の魔獣が生息すると言われている、人が立ち入ることの出来ない未開未踏の土地。

 セダはラダクールよりも森に面している地が多く、頻繁に魔獣の被害にあっていた。彼に衛兵時代があったのだとしたら、特におかしなところはない話だ。国としても対策として森に近い町に衛兵を配置していたため、あり得る話でもある。

 でもそうなると、何故ゲームでは同じように魔獣が逃げ出さなかったのか。
『クレイ』と『グレイ』で何が違うのか、どこでこのような差が生まれたのかがわからない。


 これも一種のバグなのだろうか? 
 不思議な謎を残したまま、すっきりとしない気持ちを抱えていた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。

石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。 ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。 それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。 愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。 この作品は他サイトにも投稿しております。 扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】たれ耳うさぎの伯爵令嬢は、王宮魔術師様のお気に入り

楠結衣
恋愛
華やかな卒業パーティーのホール、一人ため息を飲み込むソフィア。 たれ耳うさぎ獣人であり、伯爵家令嬢のソフィアは、学園の噂に悩まされていた。 婚約者のアレックスは、聖女と呼ばれる美少女と婚約をするという。そんな中、見せつけるように、揃いの色のドレスを身につけた聖女がアレックスにエスコートされてやってくる。 しかし、ソフィアがアレックスに対して不満を言うことはなかった。 なぜなら、アレックスが聖女と結婚を誓う魔術を使っているのを偶然見てしまったから。 せめて、婚約破棄される瞬間は、アレックスのお気に入りだったたれ耳が、可愛く見えるように願うソフィア。 「ソフィーの耳は、ふわふわで気持ちいいね」 「ソフィーはどれだけ僕を夢中にさせたいのかな……」 かつて掛けられた甘い言葉の数々が、ソフィアの胸を締め付ける。 執着していたアレックスの真意とは?ソフィアの初恋の行方は?! 見た目に自信のない伯爵令嬢と、伯爵令嬢のたれ耳をこよなく愛する見た目は余裕のある大人、中身はちょっぴり変態な先生兼、王宮魔術師の溺愛ハッピーエンドストーリーです。 *全16話+番外編の予定です *あまあです(ざまあはありません) *2023.2.9ホットランキング4位 ありがとうございます♪

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

村娘になった悪役令嬢

枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。 ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。 村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。 ※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります) アルファポリスのみ後日談投稿しております。

【完結済】私、地味モブなので。~転生したらなぜか最推し攻略対象の婚約者になってしまいました~

降魔 鬼灯
恋愛
マーガレット・モルガンは、ただの地味なモブだ。前世の最推しであるシルビア様の婚約者を選ぶパーティーに参加してシルビア様に会った事で前世の記憶を思い出す。 前世、人生の全てを捧げた最推し様は尊いけれど、現実に存在する最推しは…。 ヒロインちゃん登場まで三年。早く私を救ってください。

処理中です...