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12.魔獣討伐
しおりを挟むグレイの討伐参加が決まってから簡単な話し合いを終えた後、一度私たちは部屋へ戻ることになった。
その途中、歩きながらグレイに話しかける。
「あなたに必要以上の役割をさせてしまって申し訳ないわ。でもあの場ではロドルフ様のお願いを聞いておいた方がよいと思ったの。私たちが彼らからの信頼を得るためにも必要だと思って」
自分でグレイの参加を許可したにも関わらず、声が次第に沈んでいくのがわかった。このイベントによってグレイがどう変わるのか、その結果が怖い。
「私のことならば問題はございません。必ずリディア様の元へ戻りますので」
「……そうね。無理はしないで帰ってきてね」
今はそれだけしか言えず、グレイは私を送り届けたあとに再びロドルフの元へと戻っていった。
その日のうちに討伐隊は組まれ、翌日にはロトスの指揮により早朝から出発となったらしい。そしてそれにはアリスも参加しているという。
グレイのいない朝、私の世話をしている侍女から聞いた話だ。
私は「まぁ、神子様まで?」と驚いてみせたけれど、当然そのことはゲームによって内容は知っている。
私が去ったあの後、アリスと王子二人の間で話し合いが持たれているはずだ。これはゲームをしていなかったら知り得ない話でもある。
それは、神子を現地に連れていくかどうかという話し合い。
ヒロインとしては自分の故郷の危機ということで駆け付けたい。しかし国の宝でもある神子を、危険は場所へ行かせられないというロドルフの主張がぶつかる。
そしてロトスが間を取り持ち、ヒロインは後方でロトスとグレイで必ず守るということで落ち着く話だったはず。
おそらくその裏では国王に許可をもらったり護衛体制を整えたりと色々とあったのかもしれないが、ヒロインとしてプレイをしていた私が知る範囲ではそのようなやり取りがあった。
今頃は三人の交流が始まっていることだろう。そう思うと少しだけ胸が苦しくなる気がした。
◆
土埃の舞う小さな町。いつもならば賑わいを見せているマーケットが軒並み引き上げ、活発に行き交う人々も鳴りを潜め閑散としている。
その場に、十数頭にも及ぶ大きな体をした魔獣が姿を現した。狼よりも数倍もある魔獣が兵の前に立ちふさがり、飛竜が頭上を飛び交う。地上と空から縦横無尽に襲い掛かられ、薙ぎ払われる兵士たち。
負傷した彼らを立ち退かせ、クレイは一人歩き出て剣を握りしめた。
唸りを上げるそれらの前に立ち、剣を抜いて構える。その瞬間、大きく振りかぶりながら素早く魔獣との距離を詰め、力強く叩き切っていく。その圧倒的な剣裁きに魔獣たちは次々と倒され、バタバタと道に転がっていった。
勝ち目がないと悟ったのか、残った魔獣たちは町から逃げ出し、一部の討伐隊が森に追い返すために魔獣たちへ追い込みをかけに行く。
救われた町を眺めて、ヒロインはロトスとクレイの二人に深い感謝の気持ちを伝えた。
このことにより、アリスのいた小さな町は犠牲にならず、この旅によって三人の間には新たな友情が芽生えることになった。
……というのが、ゲームの魔獣討伐イベントの流れである。
◆
討伐隊が王宮を出てから一週間。
ゲームにあったこれらのことを思い返し、今頃どんな展開がなされているだろうかと考えモヤモヤする日が続いていた。
もちろん町に住む人々やグレイを含む討伐隊のことも心配していた。だけど無事に解決するであろう未来を知っている身としては、今はグレイの心境の変化が一番気になっていた。
そんなことを思い悩んでいた私の元に、やっと討伐隊が戻ってきたとの知らせが入った。それによりロドルフからお呼びがかかり、私は侍女と共にいつもの応接室へ向かう。
帰ってきてくれたという安心感と不安が入り混じった気持ちで待っていると、間もなくロドルフと戻った三人が部屋に現れた。
私はソファから立ち上がり三人を迎える。
「ご無事にお戻りになられてなによりでございます。町や民に被害が及ばなかったとお聞きし、大変安堵しておりました」
「おや、もう耳にしていますか。ありがとうございます、リディア王女。しかしグレイの活躍で我々の出る幕はありませんでしたよ。あっという間に解決してこうして早い帰りとなりました」
にこやかにそう返され、ロトスはそのまま現地の話を続けた。彼はもうグレイの事を『ノアール卿』とは呼ばず、名前で呼んでいる。
グレイ以外は皆それぞれの椅子に座り、疲れているのかロトスは深く腰掛けてその様子を聞かせてくれた。
「リディア王女としてはご心配だったでしょうが、驚くほど何も起きなかったのです。確かに魔獣は現れたのですが、グレイ一人で前に出たところ、魔獣たちが一斉に引き上げてしまったのですよ。念のため数日は防衛のために町に残りましたが、結局その後にも魔獣は現れず。おかげで鎧を汚すことなく帰ることができました」
笑いながら軽い口調で報告をするロトスに、アリスも同調して頷く。
「ロトス様が言ったとおり、グレイさんが剣を抜いた瞬間に魔獣が一斉に逃げて行っちゃったんです。皆びっくりしちゃって、周りにいた兵の人たちなんてぽかんとしていました。まさかこんなに簡単に終わるなんて誰も思っていなくて」
二人の話を聞いて、頭が混乱した。
なんだか話がおかしい気がする。剣を抜いただけで魔獣が逃げた? つまりグレイは剣を振るうことなく、倒した魔獣はいなかったということ?
そんな疑問が頭を巡っていると、ロドルフは私とグレイに向けて謝意を述べた。
「わが国の危機にご協力いただけたことを感謝します。リディア王女のお心遣いとノアール卿の助けにより、一人の犠牲を出すことなく討伐を終えることできました。今回のことはまた改めて国からもお礼をさせていただきます」
「いえ、人として当然の判断をしただけですわ。……グレイもご苦労だったわね」
私は労いの言葉をかけて、再びロトスの報告を聞いた。
これから王子二人は国王にも報告を上げるというので、私は連れてきた侍女とグレイと共に部屋に戻ることになった。
「改めてお礼を言わせてもらうわ、グレイ。あなたが訓練された騎士だとしても、慣れない地でラダクールの兵と一緒に行動することは大変だったでしょう」
廊下を歩きながら話しかけると、彼はお気遣いありがとうございますと言って、特に苦労なく終えたと語る。
「それは先程ロトス様がおっしゃっていたけれど……魔獣が戦う前に逃げたというのは本当?」
ゲームでは、クレイが剣を振るい戦っているシーンが描かれていた。血を流して倒れた魔獣たち、混乱する中でヒロインを守るロトス。それらが起きなかったのだとしたら、なぜこのような違いが生まれたのか知りたかった。
「……私はセダにいた頃、近衛隊に入る前に衛兵隊に所属しておりました。その時に何度も魔獣を討伐する機会があったのですが、その時に顔を憶えられたのかもしれません。彼らが普通の動物よりも賢いことを考えると、一度戦った相手が紛れていたのかもしれませんね」
一応、話の筋は通っている。
セダ王国とラダクール王国には、西側に隣接している大森林地帯というものがある。通称『魔獣の森』と呼ばれる、多様な種類の魔獣が生息すると言われている、人が立ち入ることの出来ない未開未踏の土地。
セダはラダクールよりも森に面している地が多く、頻繁に魔獣の被害にあっていた。彼に衛兵時代があったのだとしたら、特におかしなところはない話だ。国としても対策として森に近い町に衛兵を配置していたため、あり得る話でもある。
でもそうなると、何故ゲームでは同じように魔獣が逃げ出さなかったのか。
『クレイ』と『グレイ』で何が違うのか、どこでこのような差が生まれたのかがわからない。
これも一種のバグなのだろうか?
不思議な謎を残したまま、すっきりとしない気持ちを抱えていた。
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